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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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98話 クランツの角と納品に関する変更

 陽の日は近所の飲食店が定休日なので、今朝の朝食は生地にフィルをさっくりと混ぜたパンケーキを焼き、フルーツを添えた。

 魔力クリームを頬張る精霊たちと一緒に食事をしながら濃いめの紅茶を味わっていたら、ふとコーヒーが飲みたくなった。

 元の世界で毎日飲むほど好きだったというわけではないが、たまにあの香りや苦味を懐かしく思い出すことがある。

 この異世界の水や酒類以外の飲み物はお茶とジュース類と牛乳だけのようで、黒くて苦い飲み物はないかとファンヌに尋ねてみたら聞いたことがないと言われてしまった。

 城下町でも探しているが、これまでのところ飲食店や食料品店で一度もコーヒーを見掛けていない。

 ないのかなぁ、コーヒー。

 カフェオレやコーヒーゼリーも好きだったのに。



 食器を洗浄用の魔術具に入れ、家中の一斉クリーンをしてから家全体を管理する魔術具に魔力を注いだ。

 今日明日は里帰りで、明日明後日はファンヌとお泊り会だから家のことにかまけていられないだろうし、今のうちにしっかりと補充しておこう。

 それに、行儀が悪いとファンヌに叱られるかもしれないので、あらかじめ精霊たちの魔力クリームの器は物置にしまうことにした。



「ごめんね。しばらく一緒に食べられないから、三日分まとめてここに置くね」



 魔力クリームは劣化しないようだから、三日分をたっぷりホイップしてボウルに盛っておく。

 これだけあれば足りるかと尋ねたら、精霊たちは笑顔でポンポン飛び上がっていたので多分大丈夫なんだろう。

 精霊たちに留守をお願いしていたら、玄関のドアベルが鳴るのが聞こえた。

 今回もクランツが迎えに来てくれたんだなと思い、慌てて店へ行くと予想どおりクランツが立っていたのだが。



「おはようクランツ――って、おおお!!」



 何と、クランツの頭に立派な角が生えている。

 そういえば、クランツはこれまで異世界に不慣れなわたしを気遣って自慢の角を出さずにいたのだが、前回の里帰りの時にわたしが“竜人族の鱗や獣人族の尻尾や角も見慣れた”と話したからもう配慮は不要と判断したそうで、帰りの馬車で次からはわたしの前でも角を生やすと宣言していた。

 緩くウェーブしたベージュ色の髪に端正な顔立ちのクランツは美形という印象が強かったけれど、ビッグホーン系のいかつい角を備えたクランツは野性味があって非常に男らしい。

 日焼けした肌に琥珀色の目、そしていかつい角を備えたクランツは魔族男性を見慣れてきたわたしの目にもめちゃくちゃかっこ良く映った。



「うわ~っ、その角強そう! すっごい似合ってる。かっこいいよクランツ!!」



 初めて見るクランツの角姿をわたしが手放しで絶賛したら、クランツが無表情のままぐんぐんと詰め寄って来たので思わず後ろへ下がった。

 しかし、クランツはまだ足を止めない。



「ヘッ? ちょっと、何?」



 更に何歩か後ずさったら何かがドンと背中に当たり、壁にぶつかったんだと気付いた瞬間、わたしの顔の両脇にクランツが手をついた。



「獣人族の異性に向かって、種族の身体的特徴を誉めることがどういう意味を持つのか、君はまったく考えていないようですね」



 クランツが顔を近付け、わたしの目を見つめながら言う。

 だけど、冷静じゃないわたしの頭は他ごとに気を取られていて、クランツの言葉に集中できない。



――これは、もしかして、壁ドンというヤツではないだろうか。



 そう気付いた途端、息がかかりそうなクランツの顔の近さに頭がカッとなって、心臓の音が耳元でドッドッドッと鳴り響いた。

 な、なな何なんだ。この、今すぐにキスでもされてしまいそうなシチュエーションは!?

 相手は異世界の美形近衛兵ですよ? しかもワイルド系。やめて、心臓が死ぬ。

 恋愛事から遠ざかっていたアラサー地味女にはあまりにも刺激が強すぎて、わたしは思わず声をひっくり返した。



「クランツ、おち、落ち着いてください! 息を吸って、ほらヒッヒッフー! わたしたち友達ですよ、ね? ヘイ! 近い近い! 近すぎるよボーイ!」


「誰がボーイですか。落ち着くのは君の方だ。……君の先程の発言は、確実にこういう事態を誘発すると言いたいんですが、わかりませんか?」



 呆れたような顔でわたしを見ているクランツが、出来の悪い子に噛んで含めるように、ゆっくりと告げる。

 先程の? 角が強そうでかっこいいって……。

 げっ! もしかして、獣人族の異性に向かって種族の身体的特徴を誉めることはお誘いに該当するの!?



「どわ――ッ!! 理解しました!! 以後気を付けますううう!!」



 わかればよろしいと、ようやく壁ドン状態から解放された。ふああ、マジで鼻血出るかと思ったよ……。

 クランツのシャイなはにかみ攻撃は何度か食らったことがあるけれど、こういうイケメン攻撃もするんだね……。


 心のHPをごっそり削られ、行きの馬車の中で皮肉交じりのお説教を聞く。

 そんなNGがあるならもっと早く教えてよと不満を零したら、わたしのようにお誘い不要、恋愛お断りという女性は滅多にいないので、NGなど気にしたこともないからわからないのだと言われてしまった。

 どうやら、わたしが実際にやらかして初めて気付くらしい。それでは事前回避のしようがないじゃないか……。



「せめて、獣人族の異性に言ったら不味い表現を教えてくださいよ」


「そうですね……。素敵な毛並み、立派な角、鋭い牙や強そうな爪、優雅な尻尾に綺麗な羽、といったところでしょうか」


「……何となく傾向が掴めてきました。それは男性に対してだけですか? 女性には言ってもいいのかな」


「女性同士なら普通に誉め言葉となりますよ」


「ああ、良かった。安心しました」



 エルサの白いメッシュが入ったツインテールをオシャレだと褒めたことがあったから、一瞬ひやっとしたが問題なかったようで安心した。

 ハァ、本当に魔族社会はトラップが多い。地雷原か、ここは。




 離宮に着いたら、今回もまたファンヌとスティーグが出迎えてくれた。

 ファンヌはともかく、魔王の側近のスティーグは多忙なんだから出迎えてくれなくてもいいと、前回の里帰り時に伝えたのに。



「今日はこのあと顔を出せそうにないのですが、どうしても新しい最高級シネーラを見たかったので。ああ、やっぱりいいですねぇ。そのバッグとブーツもよく合ってます」


「本当に素敵だわ。スティーグの見立てはさすがね」



 今日着ているのは年寄りくさいとダメ出しされたわたしのチョイスをスティーグが修正してくれたシネーラで、落ち着いたブラウンの生地に淡いオレンジ色とミントグリーンの刺繍が散らしてある。

 わたしがくるりと回って全身を見せたら、スティーグとファンヌはうんうんと頷きながら満足そうに笑った。

 控えめな華やかさのあるこのシネーラはわたしも大のお気に入りだ。



 今回の里帰りはすべてのスケジュールが一日目に納まっていて、午後に講義、そのあとに城への納品となっている。

 明日はファンヌとのお泊り会があるから早めに帰宅できれば……と考えていたので非常にありがたいが、もしかしたらファンヌが手を回したのかもしれないな。


 このあとは顔を出せそうにないとスティーグが言っていたとおり、今日の城への納品はカシュパルが担当してくれた。

 レイグラーフは講義の後そのまま残って納品の場に参加したけれど、ブルーノは急な用事が入ったとかで欠席だった。

 でも、納品作業とアイテム名や数の確認は側近のどちらかとわたしの二人がいれば完結するので、特に問題はないんだよね。

 最初の頃はネトゲのアイテムに対する若干の警戒があったようだし、納品の手順自体が手探りだったこともあるけれど、納品の手順も固まった今となっては事務的な作業に多忙な魔族軍将軍や研究院長が立ち会う必要はないと思う。



「確かにそうだね。話し合いが必要な時は別だけど、今後は城への納品は僕ら側近とスミレだけで済ませようか。スケジュール調整も楽になるし」


「そんな!? 私とブルーノを除け者にしないでくださいよ」


「しかし、実際前回の納品時にレイと将軍は雑談しかしていません」



 クランツが冷静に事実を告げると、レイグラーフがしょんぼりと肩を落とす。

 わたしはお喋りは食事やお茶の時にできるし講義の時間もあると言って、レイグラーフを宥めた。

 録画と映写の魔術具化を頑張ってもらいたいから、納品に立ち会う時間は研究に回して欲しい。



「スミレの言うとおりだよ。頑張ってね、レイ。それじゃ、次回から納品は側近とスミレの二人でやって付き添いはクランツのみにするとして、スミレは他に何か要望はあるかい?」


「要望というか、講義と納品を別々の日にするのもアリかなと思ってます。納品は1、2時間で終わりますし講義は長くても3時間ですから、里帰りが日帰りで済むようになります」


「……スミレは泊りがけで帰ってくるのが嫌なのですか?」


「違いますってば! 泊まりだとどうしても陽と月の日に偏りがちで、せっかく陽月星の三日を定休日にしたのに今イチ自由度が低いというか。もっと小回りの利く運用をしたいんですよ」



 現状の里帰りパターンだと、陽の日が休みのエルサと遊ぶのは難しい。

 それに、雑貨屋を開業した後も毎週泊まりで里帰りするというのはあまり現実的じゃないだろう。



「そうだね。スミレの雑貨屋がオープンするのも間近になってきたわけだし、そのあたりを考えていかないと……。じゃ、次回は二日に分けてみるかい?」


「あっ、星の日に予定を入れるなら来週にしてもらってもいいですか? 今週の星の日はもしかしたらプレオープンをやるかもしれないんです」


「ああ、ルードが言っていたヤツだね。正式に開店する前に一度試しに店を開いてみるんだって?」


「はい、知り合いの魔族を招いて実際にお客さんになってもらって、商品の陳列や販売方法などについて感想を聞かせてもらうつもりです。それで、それらを基に改善や軌道修正を施して正式な開店に備えようと考えてます」



 それは自分たちも参加していいのかと聞くクランツに、もちろんだ、実施日が決まったら連絡するので、都合が良ければぜひ来て欲しいと伝えた。

 ただし、くれぐれも無理はしないようにと、特にレイグラーフには念を押す。

 開店当日に来てもらうのも嬉しいから、どちらか都合が良い日にお願いしたい。




 夕食後の魔王との飲み会では、“本・地図”カテゴリの『謎の地図』が魔法具だと判明したので雑貨屋での取り扱いをやめたと報告した。

 ミルドが店売りの範疇を超える高度な魔術具と認識していたことを伝え、限定販売の指定を受ける。

 好奇心旺盛なレイグラーフが検証したがったがミルドの検証結果が既にあるし、開錠スキルがないと無理なのでさすがに諦めてもらった。


 飲み会の最中、参加していたカシュパルにこっそりと尋ねる。

 実験施設で訓練をした時に竜化したカシュパルを褒めたり鱗に触れたりしたが、やはりあれもNGに該当していたらしい。



「訓練だったし、鱗に触らせたのは僕だから問題ないよ。でもまぁ、竜化した僕を見てうっとりしてるスミレの表情には参ったけどね。フフッ、あれは照れたな~」



 初めて本物の竜を見たんだから仕方がないと思う。


 思い出し照れ笑いをするカシュパルは非常に爽やかだ。

 この人が諜報担当だなんて信じられないなぁと思いつつ、わたしはグラスを傾けた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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