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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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97話 プレオープンの準備

 商業ギルドに出していたピックに関する依頼も結果が出たことだし、以前からの予定どおり、ミルドは明日から四日間寒い地域へ出掛けて毛織物(ウール)の装備品の性能テストをしてくると言った。

 寒い地域ってどれくらい寒いんだろう。北海道くらいならまだしも、もしも北極や南極くらい寒かったら大変だろうな……。



「そうだ、『テント』と『寝袋』を貸しましょうか? 良かったら『野外生活用具一式』も貸しますよ。性能テストで使ったからもう新品じゃないし、うちの商品のために行ってもらうんだから、どうぞ使ってください」


「あー。あのテントや寝袋はコンパクトに畳めるから、長距離移動する時は重宝しそーだな。んじゃ、借りてくわ。サンキュー」


「雑貨屋でこういうサービスをしてもいいかもしれませんね。有料で貸し出して、使用感を確かめてもらって購入を検討してもらう、みたいな」


「おっ、いいんじゃねーの? この辺の道具類はちょっと高いもんな」



 野外生活用具一式の価格はミルドが最初に挙げた5千Dにしたし、テントと寝袋も似たような金額だから確かに道具類は高価な商品が多い。

 装備品も丈夫な素材の品ばかりだから街着クラスと比べたら高価だ。

 結局、ミルドが言っていた上位ランク冒険者向けの高級店というポジションに落ち着きそうだなと思いつつも、1本15Dの蜂蜜酒や熱さまし効果のある20Dの素材だって売るんだと反論したい気持ちもある。

 “価格も商品の種類も様々”というところが雑貨屋らしいと思うし、最終的な商品のラインナップと価格帯にも納得しているから開店準備は今のところ順調だ。


 不慣れな場所に一人で出掛けるなよと念を押すミルドに、しばらくはプレオープンに向けて商品の陳列や在庫整理をするつもりだと答えた。

 ちょうど明日は内装屋からトルソーと小物用の台が届くので、毛織物の装備品をディスプレイするつもりでいる。

 どこかへ出掛ける必要ができたり、困ったことが起きたら巡回班のオルジフに相談するとわたしに約束させて、ようやくミルドは帰っていった。

 依頼主としては依頼の請負人に余計な迷惑や心配をかけるのは不本意なので、大人しく過ごそうと思う。

 明日が終われば里帰りとお泊り会だから、一人きりじゃなくなるしね。




 翌日は一日中プレオープンに向けての作業をするつもりだったので、朝からバルボラとヴィヴィを着た。

 どうもシネーラ姿がわたしをより“世間知らずのお嬢さん”っぽく見せているような気がするので、シネーラを着るのは離宮へ帰る時とプライベートのお出掛けくらいに留めた方がいいのかもしれない。

 店がオープンしたら“雑貨屋のスミレ”のビジュアルイメージはこの仕事着姿になるのだし、そろそろ普段からバルボラとヴィヴィで過ごして周囲の人たちにも見慣れていってもらおう。


 朝食を終えてオーグレーン荘へ戻ってきたら隣のドローテアが窓を開けているのが見えたので、わたしはタタッと駆け寄って声を掛けた。



「ドローテアさん、おはようございます!」


「おはよう、スミレ。ちょうど良かったわ。またお茶に誘おうと思っていたの」


「わぁ嬉しいな~。ただ、明日からまた里帰りで、月と火の日は友達とお泊り会をすることになっているので、風の日以降でないと予定が空いてないんですよ」


「お泊り会? ホホホ、楽しそうね。もしかして、以前話していた離宮で侍女をしているお茶好きのお友達かしら」


「はい、その子です。里帰りの時に馬車で一緒に帰ってくることになりまして」


「ねえスミレ。お邪魔でなければ彼女と一緒にお茶しに来てちょうだい。お友達を紹介してくれたら嬉しいわ」


「いいんですか!? 彼女に聞いてみますね」



 その場でファンヌにメモを送ったら、すぐに快諾の返事が届いた。

 実は、前回のドローテアのお茶会は砂糖、ミルク、蜂蜜、ジャム、果物、スパイスの6種類を添えた本式の紅茶で、里帰りの時に話したらファンヌがとてもうらやましがっていたので、ドローテアに誘われたと聞いたらファンヌはきっと喜んで参加するに違いないと思ったのだ。



「『ぜひお邪魔させてください!!』ですって。あはは、すっごい喜んでます」


「まあ、嬉しいこと。気を回さずに手ぶらで来てちょうだいね」


「ありがとうございます。楽しみにしてますね!」



 里帰りとお泊り会に加えて、更に楽しみなことが増えたなぁ。

 帰宅したわたしは機嫌良く鼻歌交じりに家全体を管理する魔術具に魔力を補充すると、家中の一斉クリーンを施して内装屋の訪問に備えた。

 納品されるトルソーと小物用の台にディスプレイする装備品や、陳列台に並べる予定の道具類などをどこでもストレージから取り出して木箱に入れていく。


 作業をしているうちに約束の時間になり、内装屋が注文の品を届けてくれた。

 注文を聞きに来た時は木工職人だけだったが今日はコーディネート担当も来てくれたので、設置したトルソーと小物用の台にさっそく装備品をディスプレイして意見を聞いてみる。

 毛織物の品に何の反応もなかったのは残念だったけれど、トルソーの足元に置くブーツ類の並べ方や照明の魔術具や窓からの光の当たり具合によるアイテムの配置方法など、参考になるアドバイスをもらえたので非常に助かった。

 更に、コーディネート担当からブーツの試着用に腰掛けを置いたらどうかと提案され、木工職人がその場でメジャーを取り出して具体的なサイズを示し、月末までに納品できると言うから即注文した。

 うう~ん、この内装屋の精霊族コンビは商売がうまいなぁ。

 でも、毎回良い提案をしてくれるので本当に助かる。




 午後は大量の高級ピックと格闘した。

 高級ピックの在庫を貯めるために毎日MAX購入していたらどこでもストレージが満タンになってしまったので、取り出さないと次が購入できない。

 ただ、城での納品時のように木箱にドサッと出してしまうと、後から小分けする時にいちいち数えなければいけなくなってしまう。

 手間を省くためにも10本、50本、100本といった単位で取り出して、小分けした状態で何かに入れてしまっておきたい。


 いろいろと考えた結果、飲食店や離宮の厨房で見掛けたカトラリーボックスを使うことにした。

 食器と調理器具専門のラウノの道具屋にはきっとあるだろうから、さっそく買いに行こう。

 三番街だけど、あの辺りは何度か行っているから一人でも問題ない。


 ラウノの道具屋には木製のカトラリーボックスが大小2種類あったので、試しに1つずつ買って帰る。

 実際に高級ピックを入れてみたら十分に使えそうだったので、再度ラウノの道具屋に行き、大小のカトラリーボックスをたくさん買い込んだ。

 どこでもストレージからピックを10本、20本……と取り出しては、本数を書いた紙を貼ったカトラリーボックスに入れていく。

 小の方に10本、20本、30本、40本の4種類を、大の方に50本、100本、200本の3種類のセットを作ってはカウンターの収納スペースにしまっていく。

 これだけパターンを用意してあれば、客に買い求められた時にもたつかずにサッと取り出せるだろう。


 開店までに何セット作れるかわからないけれど、従来のピックから高級ピックに乗り替える時は購入本数が多くなると考えれば、高級ピックの初動は結構な数になる可能性がある。

 売り切れによる機会損失は避けたいし、冒険の必需品なら在庫をたくさん抱えてもいずれ消化するだろうから、今からしっかり数を用意しておこうと思う。




 どこでもストレージからすべての高級ピックを取り出し、今日の分のアイテム購入を終えた頃にはもう夕方になっていた。

 ……ハァ、疲れた。

 1本の重さはたいしたことない高級ピックも20本、30本となるとそこそこ重くて、それが100本ともなればかなりの重さになる。

 重量軽減の魔術の存在をコロッと忘れていたせいで、初めのうちは馬鹿正直に自力で運んでいたから無駄に体力を使ってしまったよ……。

 夕食を食べに出掛けなければいけないから回復魔術を使ってみる。

 自分にかけるのは初めてだったが、すぅっと楽になったので驚いた。

 はー。こんな簡単に疲労や身体の不調が回復するなら、魔族が怪我や病気に無頓着になるのも仕方がないか。



 ノイマンの食堂ではよく“本日のメニュー”を頼むわたしだが、今日はサーモンのグリルだったので違うものを注文したら、ノイマンにサーモンのグリルは嫌いなのかと聞かれてしまった。

 違う、そうじゃないの。

 ただ、素朴な焼き方のサーモンのグリルは鮭の塩焼きを思い起こさせるから、猛烈に白いご飯が食べたくなって、切なくなってしまうんだよ……!!


 故郷の味を思い出してしまうんだと答えたら、ノイマンが酷く恐縮してしまったので申し訳ないことをしたと反省する。

 でも、プレオープンの話をしたらエルサに午前中なら行ってもいいと許可を出してくれたので、ラッキー!!と思わずエルサと二人で喜んでしまったよ。

 ごめんね、ノイマンさん。でも、ありがとう。




 風呂上りに、いつもどおりTシャツとショートパンツ姿でごろごろしながら陽月星記を読んでいたら、魔王から伝言が飛んできた。

 明後日の里帰りは前回のように会食の機会を設けず、各自の判断で自由に食事やお茶に合流することになったとスティーグから連絡があったので、都合がつくなら一緒にお酒が飲みたいと魔王にお願いしていたのだ。



《日程の調整がついた。一緒に飲みたいという者がいたら誘っても良いか?》


「やった~! もちろん、かまいませんよ」


《準備などはこちらで手配しておく。ところでスミレ、国民証付与の儀式からひと月経つことを知っているか?》


「ヘッ!? ……あっ、本当だ! 全然気付いていませんでした」



 ネトゲ仕様のスケジュール帳を開いたら、確かに先月の明日が国民証付与の儀式だった。



「うわ~、あっという間でしたよ。何だかすごく前のことのような気がします」


《それだけ城下町での暮らしが充実しているのだろう》


「はい! 実は、開店前に試しに店を開いて予行演習してみることになりまして。プレオープンっていうんですけど――」



 シェスティンが来週の初めには商品カタログをひと組仕上げてくれると言っていた。

 今日一日でかなり店の準備も進んだし、来週半ばくらいにはプレオープンを実施できるだろう。



《開店当日にはおそらく顔を出せぬであろうから、プレオープンには行っておきたいな》


「えへへ。ご都合が良ければぜひいらしてくださいね」




 良い店だと思ってもらえるといいのだけれど。

 早く一人前の店主姿を魔王に見せられるようになりたい。

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