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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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95話 ピックの価格決定

 ミルドを伴って商業ギルドを訪れると、チーフっぽい女性ギルド職員がささっと近寄ってきて商業ギルド長室へ案内された。

 やや緊張しながら青竜のギルド長から依頼の結果を聞く。



「依頼されたピックの鑑定ですが、ピックを取り扱う店と工房、それから冒険者ギルドを介してAランク冒険者に依頼しました。前者は道具屋と鍛冶工房で、敢えてドワーフの鍛冶工房に依頼しています。もちろんドワーフの人族嫌いを知った上でのことです」


「……一応、理由を聞かせていただけますか?」


「ええ、もちろん。自分たちが作る物より高品質で高価格な品を元人族のあなたが売り出すことに対し、おそらく彼は不満を抱くでしょう。それならば彼自身に鑑定させて品質を認めさせ、納得のいく金額を提示させた方が良い」


「なるほど。不満分子に鑑定させれば少なくとも品質にケチはつけられなくなるでしょうし、価格の最低ラインが明確になりますね」



 わたしがギルド長の言葉に理解を示すと、彼は満足そうに目を細めた。

 こういうところでわたしの商人としての能力も測られているんだろうと思うと、上司や人事の面談でも受けているような気分になってくる。

 査定、上げられるかなぁ……。


 ドワーフの鍛冶職人は城下町で五指に入る腕前の持ち主であり、鑑定に関しても同業者らが一目を置く存在だそうだ。

 道具屋の方は比較的冒険者向けの商品を多く扱う店で、上位ランクの冒険者が既存のピックからこちらのピックに鞍替えした場合に一番影響を受けそうな店を選んだらしい。

 要するに、どちらもわたしに対して含むところがある者たちで、辛い評価を下してくる可能性はあるが、彼ら自身が鑑定した金額に基づいて決定したピックの価格には文句を言わせない、そういう商業ギルドの意図はよくわかった。



「鑑定結果ですが、まずは前者から。ドワーフの鍛冶工房は100(デニール)で、道具屋が120Dから160Dでした」


「100Dとは、随分と低いですね。荷物の軽量化に繋がるので冒険者が200Dと評価していることを知らなかったんでしょうか」


「いいえ。それを踏まえての評価を求めているのですから、金額自体は伏せましたが軽量化のことは依頼した時に伝えています。ただ、鑑定結果を報告する際に“耐久が10倍なんだから値段も10倍でいいだろう。本数持たなくてよくなる利点? 冒険者の都合なんぞ知ったことか”と言っていましたので、品質でしか評価する気はなかったようです」


「付加価値は認めないということですか。まあ、職人らしいと言えば職人らしい気もしますが……」


「依頼主の意図を考慮する気はないと突っぱねたわけですから、我々としては彼に対する評価を下げざるを得ません。今後、商業ギルドが彼に鑑定を依頼する機会は減るでしょうが、それも承知の上でのことでしょう。……ドワーフの人族嫌いは相当なものですな。細工師工房でのこと、聞き及んでおりますよ」



 どうやら一週間ほど前にわたしがドワーフの細工師工房で怒鳴られながら追い出された件はギルド長の耳に届いているようだ。

 通行人が何人かいたからそれなりに商工関係者の間で話題に上がっただろうし、一週間もあれば余裕で商業ギルドの情報網に達するか。


 ミルドはドワーフの人族嫌いを知らなかったらしく、何のことかと尋ねて来たので、ドワーフら少数部族が魔族国の庇護下に入った経緯を簡単に説明する。

 長命の魔族からしたら二千年前のこともそれ程昔でもないのかと思っていたけれど、少数部族や人族に関心がなければ気にも留めない類の話なのかもしれない。

 ドワーフが人族を嫌う理由はわかったものの、わたしが怒鳴られて工房を追い出されたことを話すと、聞いてないと言ってミルドは不機嫌になった。

 ジロリと睨みながら後で詳しく聞くからなと言い渡され、わたしは思わず首をすくめる。

 うう、やばい。お説教になりそうだよ……。


 そんな不穏なムードを無視して、ギルド長は淡々と報告を進めていく。



「道具屋は店の常連である冒険者らからも聞き取りしたようです。ただ、200Dというのはあくまでその品に対して出せる金額の上限であり、“200Dでも買う”という上位ランク冒険者の評価がそのまま商品の適正価格になるわけではないと主張してきました」


「なるほど、そのあたりを加味した結果が120Dから160Dという金額なわけですね」



 そう簡単に高値の商品を認めてなるものかという意思が見える気もするけれど、主張そのものは理解できる。

 その道具屋の顧客には下位ランクの冒険者もいるそうで、鑑定結果には彼らの意見も反映されているらしい。



「それから、Aランク冒険者の鑑定結果は160Dから200Dでした。こちらもやはり上位ランク以外の冒険者のことを考慮したようです」


「160Dでも下位ランクの連中には手ぇ届かねーのになぁ。あいつら、50D超えたらもう普段使いなんてできねーよ?」


「Cの上位あたりまでの中堅の冒険者も想定に含めたようですよ」


「はーん、なるほどな~」



 ひとまず、Aランク冒険者の鑑定結果は同業者のミルドも納得できるものだったようだ。




 さて、商業ギルドの依頼によるピック鑑定結果がひと通り示された。

 あとはそれを受けてわたしがどう判断し、価格をいくらに設定するか……ギルド長が見定めるような視線を向けてくる。

 スパッと決めてしまいたいところだけれど、懸念もあるんだよなぁ……。


 考えをまとめるために『口述筆記帳』を取り出し、魔力を流しながら鑑定結果を口述してメモを取ると、ギルド長がそれは何ですかと食いついてきた。

 この異世界の筆記具はペン先にインクをつけて書くつけペンで、持ち歩きには向かないから口述筆記帳は意外と役に立つので、普段はネトゲ仕様のメモ帳機能を使うが今のように他者に見せたいメモもあるから使い分けている。

 ギルド長に商品をプレゼンする良い機会だと思い、雑貨屋で扱う魔術具だと紹介して使い方を簡単に説明したところ、ギルド長が自分も書いてみたいと言い出したので手渡した。

 しかし、何故かギルド長の口述は自動筆記されない。

 ちょっと! 商業ギルド長に不良品だと思われたら困るよ!?


 複数人の魔力には対応してないのかもしれないと思い、バッグにもう一冊持っていた体でどこでもストレージから新品を取り出して試させたところ、今度は見事に自動筆記された。

 魔術具や魔法具は予想外の作用をすることがあるから気が抜けないなぁと思いつつ、ホッと胸を撫で下ろす。

 性能テストをしたミルドは見落としがあったと思っているのか、少し悔しそうな顔をしていた。

 使い方を把握していなかったわたしに非があるので気にしないで欲しいのだけれど、下手に触れるとミルドのプライドを傷付けるかもしれないので気付いていない振りをしよう。

 わたしにとっては、一人の魔力にしか反応しない単純な機能だと判明したのは嬉しい誤算だ。

 高度な魔術具扱いじゃないなら、人目を気にせず安心して売ることができる。


 新品の口述筆記帳はギルド長の魔力で登録されてしまったからお買い上げいただくことになり、店の決済用の魔術具で処理をする。

 また新たに依頼が発生するかもしれないと思い、荷物になるが念のために持ってきておいて良かった。

 決済用の魔術具は持ち出し用のコンパクトサイズもあるそうなので、話し合いが終わったらカウンターで手続きをしていこう。



 話が脱線したが、メモを見ながら再び値段について考える。


鍛冶工房 100D

道具屋  120~160D

Aランク 160~200D


 仮想空間のアイテム購入機能でのピックの購入価格は30D。

 原価が30Dなら、道具屋の最低価格の120Dでも90Dの利益になる。

 ピックは消耗品だから十分な儲けではあるけれど……。



「道具屋とAランクの両者が提示している160Dで良い気もしますが、ドワーフに自分の鑑定を無視したと騒がれたら面倒なのでもう少し下げましょう。120Dなら文句は出ないでしょうが道具屋に迎合したと思われるのは不本意ですし、弱腰だと周囲に見縊られかねません。冒険者側との兼ね合いもありますから、道具屋とAランクの最低価格120Dと160Dの間を取って、140Dでどうでしょう」


「……フフッ、良いと思いますよ。中々のバランス感覚ですな」



 提示した価格に商業ギルド長のお墨付きをもらえてホッとする。

 ただし、この価格は別の面で不安があるから、それを解消するためにもしっかりと手を打っておきたい。



「ありがとうございます。そう言っていただけて安心しました。……ですが、懸念もあります」


「懸念? 何かありますかな?」


「冒険者の想定する価格との差が結構大きいので、転売する人が出るんじゃないかと……それが心配なんです」


「転売って何? 何すんの?」


「えーと、このピックは冒険者の基準だと200Dの価値がある。それを140Dで買った誰かが200Dで冒険者に売れば60Dの儲けになる。100本売ったら6千Dですよ? 楽に稼げると考える人が出ると思いませんか?」



 そう言うわたしをミルドだけでなくギルド長まで口をポカンと開けて見ている。

 え? わたしそんなに変なこと言ってる?

 ゲーム感覚じゃなく、普通に用心のつもりで言ったのだけれど……。



「……何てゆーか、すげーこと考えるな、あんた」


「も、もちろん、本来は140Dで売られている品だと知らない相手でないと通用しませんし、仕入れ値がバレたら信用を失いますからリスクもありますけど、高くても欲しいという人がいれば成立するんじゃないかと……」


「何のためにその作業をするのか、よくわかりませんな。ボロ儲けと仰いますが、稼業を外れたところで儲ける必要がありますか?」



 ミルドやギルド長の言葉からすると、どうやらわたしの主張は彼らにとって完全に想定外のもののようで驚く。

 まさか、利を追求する商人の代表とも言える商業ギルドの長が転売という行為をまったく認識していないとは思わなかった。

 単にNPCにはそういう行動がプログラムされていないというだけの話なんだろうかと、そんな考えが一瞬頭をよぎったがすぐに振り払う。

 それはゲーム的な発想だ。彼らはNPCじゃない。


 わたしの懸念するようなことが実際に起こるとはとても思えないとギルド長が言い、ミルドもこくこくと頷いて同意を示す。


 魔族は、ズルをして儲けようなんて考えないんだな……。


 何だか自分がすごく狭量で猜疑心の強い嫌なヤツに思えてきて凹む。

 でも、ブルーノやレイグラーフが魔族にも悪人はいると言っていたし、やっぱり心配だよ……。



「転売防止のためにピックを冒険者限定の商品にして、冒険者ギルドで正規の価格を周知してもらおう。決済用の魔術具に客の職業が判別できる機能があれば対応できると思ったんですが……警戒しすぎでしょうか」


「決済用の魔術具に職業判別機能を付けることは可能ですよ。職業や資格の確認を必要とする取引は結構ありますからね。用心するのは悪いことじゃないですから、あなたが安心を得られるならそれで良いんじゃないですかな」



 ギルド長の眼差しは温かく、宥めるような言葉はおそらく“世間知らずな元人族のお嬢さん”に向けられたものだろう。


 ハァ。わたしの査定は横ばいのままだな、きっと。

読んでいただきありがとうございます。猛暑と大変な状況が続いておりますが、少しでもまったりと楽しんでいただけたら幸いです。

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