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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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94話 ガールズトークと三人目の友達

 謎の地図は雑貨屋では売らないということで話はまとまった。

 あとは、今週末にミルドが性能テストをする予定の毛織物(ウール)の装備品を渡す作業をしていたら、ミルドがふと思い出したようにわたしに尋ねた。



「そういえば、商業ギルドの依頼ってどうなった? 何か連絡来たか?」


「それがまだなんですよ。明日で一週間経つんですけど……」



 ギルドへの依頼は普通どのくらいの日数で達成されるものなんだろう。標準がわからない。

 とは言え、冒険者ギルドへの依頼はその場でギルド長が鑑定してくれたからあっという間に済んだが、さすがにあれと同じレベルを求めるわけにはいかないことくらいはわかる。

 商業ギルドから連絡があればミルドに知らせ、報告を聞きに行く時は同行してもらうことにして、それまでは自由に過ごしてもらうことになった。

 どうも女の子たちとの約束が滞っているようなので、毛織物の装備品を渡し終えたところで今日は解散だ。

 おっと、差し入れの品も忘れない内に渡しておこう。



「モテる男は大変ですねー。あと、これ差し入れなんですけど」


「おい、そーゆーこと言いながら回復薬渡してくんなよ。あんたも下ネタとか言うんだなー。意外」


「なッ、違います! 時間のやり繰りが大変そうだな~と思っただけですってば! 寒い地域に行く時に獣化して走るって言ってたからスタミナ回復用に差し入れようと思っただけです。依頼のためですからね? プライベートに流用しないでくださいよ!?」


「何だ、頑張れって言われたのかと思ったぜ。ハハッ、じゃーまたな」



 軽く手を振って、ミルドは帰っていった。

 ふぅ、ミルドが下ネタだなんて言い出すから焦ったじゃないか。

 お誘い案件で解説される時に微妙に閨事絡みの話が出ることはあったが、魔族社会は基本的に恋愛関係にない異性間はNGが多いし、距離感に気を付けなければいけないからか下ネタを聞いたことがない気がする。

 元の世界の感覚で言えばスタミナ飲料くらいじゃ下ネタにもならないけれど、魔族国では違うのかもしれない。

 というか、魔族の下ネタってどんな感じなんだろう……もしかして、隠語とかもあるのかな……。

 この辺がわかってないとまた何かやらかしそうだし、同性のエルサに聞けたらと思うけれど、下ネタについて尋ねてもいいくらいの親しさになったかというと自信がない。



 そのエルサだが、夕食を食べにノイマンの食堂へ行ったら、わたしの顔を見るなりタタッと駆け寄ってきた。



「ねえ! 明日の午前中は仕込み手伝わなくていいって店長が言うから、服見せてもらいに行ってもいい?」


「はい、大丈夫ですよ。何時頃がいいですか?」


「朝はマッツのパン屋かロヴネルのスープ屋で食べるんでしょ? そこで合流して一緒に行くわ。……アンタ、たまには女とも出歩いた方がいいわよ。いつも男と一緒にいると思われたら地味服、地味メイクの効果も半減しちゃうから」


「うそっ」



 耳元に顔を寄せて小声で言われた内容に、思わず声を上げてエルサの顔を見た。

 確かに最近はミルドとよく出掛けているし、ブルーノやレイグラーフが尋ねてきた時は一緒に食事に出掛けたけれど、適切な距離を取るよう心掛けているから問題ないと思っていたのに。

 驚くわたしの顔を見ると、エルサは腰に手を当ててため息を吐いた。



「男と比べて女の方が断然数が少ない城下町じゃそれで普通なんだけど、アンタはシネーラなんて目立つ格好してるから目につきやすいのよね~」


「うう……、でもわたしには地味服と地味メイクが必要なんですよぉ」


「馴染みの店の連中はもうわかってるって。もう少し広い範囲に伝わるまでは慎重に動いた方がいいってだけのことよ。じゃ、明日はよろしくね! 楽しみにしてるから!」



 わたしの肩をポンと叩くと、エルサはご機嫌な様子で仕事に戻っていった。

 確かにわたしが魔族女性と出歩いたのはドローテアに近所の店を教えてもらった時くらいだから、少しでも同性のエルサと一緒にいるところを周囲に見せられるのはありがたい。

 そのために、直接家に来るのではなくて外で合流しようと誘ってくれたのか。

 エルサは遠慮なしにズバズバ言ってくるけれど、世話好きでいつも何かと気を配ってくれるから感謝している。


 ヤルシュカの裾を翻してくるくると立ち働くエルサは今日も明るく溌溂としていて、いかにも食堂の看板娘といった感じだ。

 肩に届くか届かないかくらいのツインテールが兎系獣人族っぽくて可愛い。

 オレンジがかった明るい茶色の毛束には白いメッシュが入っていて、以前それをオシャレだと褒めたら天然だと言っていた。

 兎のことは良く知らないけれど、そういう種類の兎がいるのかな。


 エルサは客あしらいがうまいので、魔族相手の接客の参考にさせてもらおうと普段から食事をしながら観察している。

 何しろ、わたしにとって一番身近な魔族女性と言えば、出来る女・クールビューティーのファンヌだけど、城で働く姿しか見てないので城下町の暮らしではあまり参考にならない。

 他は上品なおばあ様のドローテアに、取って食われてしまいそうな迫力のある冒険者ギルド長のソルヴェイくらいで、これまた参考にしづらい。

 細工師のシェスティンが女性だったら少しは参考になったかもしれないが、わたしが参考に出来そうな若くて一般的な魔族女性と言えばエルサしかいないのだ。

 見た目や言動はややギャルっぽいし、恋愛OKなエルサとわたしでは考え方もだいぶ違うけれど、率直で嫌味がない彼女のことは好ましく思っている。




 そして、翌朝。

 そろそろ食事が終わりそうなタイミングで、朝からハイテンションな様子のエルサがマッツのパン屋に現れた。

 連れ立って店を出ると、好きな服の話をしながらオーグレーン荘へ二人で歩いていく。

 エルサは普段ヤルシュカばかり着ているけれど、意外なことにシネーラもバルボラとヴィヴィも服自体は好きなんだそうだ。



「でもさ、恋愛お断りだと思われたら困るから着られないの。まったく、迷惑な話よねー。服に意味なんて持たせなきゃいいのに」


「あ~、わたしもヤルシュカが勝負服じゃなかったらなーって思ったことがありますよ。でも、地味服を着るだけでお誘い不要の主張ができるのは楽でいいとも思ってました」


「そんな理由で喜ぶのはアンタだけだってば」


「ええー」


「キャハハッ。でもアンタらしいかもね!」



 仕事に向かう人々の姿や、仕事中よりもキャピキャピしているエルサとの他愛ない会話に、ふと高校時代の通学時のことを思い出した。

 JKだった頃は毎朝こんな風に友達とおしゃべりしながらバス停から学校まで一緒に歩いたよなぁ……。

 不思議なことに、ノスタルジーに浸るよりエルサのキャピキャピがうつったというか、何だか酷く心が浮き立ってきて、二人でキャッキャと盛り上がりながら家へ着いた。

 アラサーのくせに年甲斐もなく……という考えが一瞬頭をよぎったが、この魔族社会ではわたしを「いい歳をした女」として見る人がいないので、もうそういう思考は必要ないかとスルーする。

 わざわざ自分から楽しい気分に水を差すこともないだろう。



 最初にお茶を振る舞おうと思っていたけれど、エルサが早く服を見たいというので2階へ案内した。

 靴を脱いで階段を上がる仕様にエルサは何も反応しなかったので、部族や種族によっては特に珍しいものではないのかもしれない。

 寝室のワードローブを開けてみせると、エルサは声を上げて喜んだ。



「うわあ、本当に地味服ばっかりね! すごいわー、こんなワードローブ見たことない……って、アンタってば最高級シネーラ3着も持ってんの? あ、このシネーラ素敵! ねえ、触ってもいい?」


「どうぞどうぞ。っていうか、良かったら着てみる?」


「えっ、いいの!?」



 エルサがびっくりしたような顔でこちらを見たが、まだ時間もあることだし、服は見るだけじゃなく試着するのも楽しいからね。

 洗浄の魔術があるから気になったら洗えばいいし、せっかくの機会だからいつも何かと世話を焼いてくれるエルサに喜んでもらえたらわたしも嬉しい。



「うん、いいよ。ヤルシュカと違ってシネーラはゆったりしてるからサイズはあまり関係ないでしょ。わたしもエルサさんがシネーラ着てるところ見てみたいし」


「んもう、エルサでいいよ。服の貸し借りするならアタシたちもう友達でしょ?」


「ヘッ!? あ、うん。じゃ、エルサ。これ着てみる?」


「着る着る! あ、手だけ洗っておくわ。ウォッシュ!」


「こっちに衝立あるから使っ」


「女同士だし、そんなのいいでしょ? えいっ」



 そう言ってエルサはさっさとヤルシュカを脱ぎ始める。

 女子更衣室のノリか、懐かしいな。

 それにしても、小柄だけど服を着ている時でもボンキュッボンでスタイルが良いと思っていたエルサは、脱いだら更に凄かった。

 同じ女性としてはうらやましく思うものの、きっとお誘いがかかってしょうがないだろうと思えばわたしは今のサイズで十分かな……。



「う~ん、シネーラ着ると派手メイクは浮いちゃうなー」


「このシネーラは地味メイクのわたしに合わせて色を選んでるからねぇ……。何なら、メイクも変えてみる? わたしので良ければ貸すけど」


「試してみたいけど、この後仕事があるから今日はやめておくわ。また今度頼んでもいい?」


「うん、わかった。あと、バルボラは着回しを考えて選んでるから、こっちのヴィヴィとの組み合わせもアリなんだよ。それと、スカーフがこれで……ね、巻いてみない?」


「わあ、スカーフって巻いたことないの! やってやって!」



 そんな風に、実際に服を着てみたり、あれこれ並べてコーディネートの妙を楽しんだりしていたら、あっという間にエルサが帰る時間になってしまった。

 名残惜しそうに服をしまいながら、今度は一緒に買い物に出掛けようとエルサが言い出した。



「スミレはセンス良いから、アタシに合う服を選んでよ」


「えっ? 違う違う、誤解だよ! このワードローブはわたしが選んだんじゃなくて、監修してくれた人がいるの。センスが良いのはその人だから! わたしが選んだのは年寄くさいって評価で、手直しが入ったもん」


「なーんだ。離宮の関係者?」


「うん。このメイクもスカーフの巻き方もその人に教わったんだよ」


「へえ、すごいね。いいなー」



 エルサはオシャレにすごく関心があるみたいだから、機会があればスティーグを紹介したいところだけれど、スティーグは城下町にはほとんど来ないみたいだから難しいかな……。



 結局、わたしは帰りもエルサとしゃべりながら一緒に食堂まで歩いて行って、ノイマンにエルサと遊ばせてくれた礼を伝えて帰った。

 元気に手をブンブン振りながらエルサが見送ってくれて、何だかくすぐったい気分になりながら自宅へ戻る。


 どうやらこの異世界で三人目の友人ができたらしい。

 昨日まではここまで親しかったわけじゃないのに、家に遊びに行って仲が深まるのはどこの世界でも同じなのかな。




 夕方になり、ノイマンの食堂へ出掛ける準備をしているところへ、商業ギルドから依頼の結果が出揃ったと伝言が飛んできた。

 ミルドに連絡を取り、明日の午前中に結果を聞きに行くとギルドに返事をした。


 いよいよピックの販売価格が決まる。

 スムーズに事が進めばいいけれど、どうなるかな……。

獣人族は匂いに敏感なのでかなり親しくないと服の貸し借りをしません。エルサはスミレが一気に距離を縮めて来たと思ったので驚きましたが、同性だしスミレを気に入っているのでそのまま受け入れました。相手によってはドン引きされたかもしれません。

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