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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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93話 謎の地図の調査結果

 わたしが二日間里帰りするのに合わせて、ミルドは三日ばかり謎の地図の情報を回収したり二回目の地図をこなしたりしてくると言っていた。

 昨日は姿を見掛けなかったが今朝はロヴネルのスープ屋にいたので、一緒に朝食を食べながら互いの情報を交換する。



「そういえば、来週の月の日に友達が泊まりに来ることになったんです。里帰りとあわせて陽、月、火の三日間は予定を入れられないのでご承知おきください」


「オッケー。んじゃその間にオレは毛織物(ウール)の装備品を試してくるかな。前日の土の日あたりから出掛けるわ」


「寒い地域って遠いんですか?」


「んー、途中までは転移陣使ってくし、フィールド出てからは獣化して走るんでそれ程でもないけど、オレら豹系獣人族は長距離向きの体してねーから、それなりに時間はかかる」



 なるほど。確かに、種族によって得手不得手はあるだろうな。

 スタミナを消耗しそうだし、後で回復薬を何本か差し入れしておこう。

 依頼主として提供する分にはお誘い案件にも引っ掛からないだろうし。



 謎の地図は宝箱という儲け話に直結することもあり、詳しくは自宅に戻ってから報告を聞くことになった。

 わたしも地図のことでミルドに話があるのでちょうど良い。

 お茶を振る舞うと、まずはさまざまなランクの冒険者に委託した地図の結果から聞く。

 冒険者のデモンリンガには冒険で得たアイテム、デニール、開錠スキルの経験値などが記録され、冒険者ギルドでそれらの情報を見ることができるので、地図に挑戦する前と後にチェックするよう頼んでおいたらしい。



「地図の×印は全部宝箱だった。謎の地図は宝の地図と考えて良さそーだぞ」


「おお~」


「で、あんたの予想どおり冒険者ランクに応じて宝箱の中身に差が出た。アイテムの質とデニールの額の両方ともな。それと、宝箱の開錠レベルは冒険者の開錠スキルのレベルに準ずることも確認した」



 アイテムの例としては、Dランクの宝箱からは『回復薬(小)』が、元Sランクのギルド長の宝箱からは『回復薬(特大)』が出たそうだ。

 また、開錠5の採集専門Aランクと開錠7の探索専門Aランクは、それぞれ自分と同じ開錠レベルの宝箱が出たらしい。



「収益に関しては、低ランクにとっては高額でお得感があるけど、高ランクになるに従って旨味がなくなっていくのは確定みたいだ。ギルド長が開錠10の宝箱なのに中身がショボかった、労力に見合わないって文句言ってたぞ」


「あらら、それは申し訳なかったですね。でも、概ね予想どおりかな。開錠の経験値はどうでしたか?」


「そっちは普通。他の宝箱と変わんねーな。けど、開錠の経験値に関しては全員に喜ばれたぞ。開錠は上げにくいからなぁ……。あ、もちろんギルド長以外の話な。あの人は上限に達してるからもう経験値入んねーし」



 ミルドが言うには、開錠は宝箱を見つけないと上げられない厄介なスキルで、長い年月をかけてひたすら洞窟やダンジョンを探索するしかないのだそうだ。

 そんなマゾいスキルをカンストしているなんて、冒険者ギルド長のソルヴェイは一体どれだけすごい冒険者だったんだろう。

 結構強烈な人だったけど、きっと冒険者たちの尊敬を集めてるんだろうな……。



 一方、既にクリア済みの地図にミルドが二度目の挑戦をしたところ、宝箱の中身は前回と違ったもののアイテムの質に変化はなかったそうだ。

 ただし、デニールを含めた収益の総額と開錠の経験値は半減したらしい。

 また、一度違う地図をクリアしてからでないと宝箱が現れないため、同じ地図には連続で挑戦できないことがわかった。

 “アイテム連打で経験値と金策ウマー!”とはいかないように調整が入っているのか。

 妙なところがリアルでネトゲっぽいなぁ。



「二度目以降はおいしさ半減、しかもそれなりに手間を要求される、と」


「半分とはいえ経験値と収益が入るなら悪くないかもな。同じ地図を2回やるって発想がなかったんで驚いたわ。――ってとこで、報告は以上だ。これ、3回目も同じ結果が出るか試す?」



 ミルドは報告を終えると、次の調査について尋ねながらカップのお茶をゆっくりと飲んだ。

 彼は大型ネコ科の豹系獣人族だからか、いつもある程度冷めるのを待ってお茶を飲む。

 カップが空いたのを見てお代わりを尋ねれば、じゃあもう一杯と言うので自分の分も含めてお茶を注いだ。

 そして茶器を置くと、わたしは居住まいを正してミルドに告げる。



「いえ、地図の調査はここまでとします。実は、この地図を店で売るのは見送ろうかと考えてるんです。せっかくこれだけ詳しく調査してもらったのに申し訳ないんですけど……」


「へー。別にオレに気遣いはいらねーけど、何でなんだ?」


「最初は、この地図を有効活用すれば効率良く開錠スキルが上げられるんじゃないか、そしたらそこに需要が生まれるかもしれないって考えてました。でも――」



 昨日シェスティンの工房から帰ってきて、いつまでもゲーム感覚が抜けないことへの一人反省会をした。

 その結果、ネトゲをプレイしていた頃の行動や思考をこの異世界に持ち込んでいるからいつまで経ってもゲーム感覚が抜けないんだと、今更ながらに気が付いた。

 限られた時間の中でネトゲを十分に楽しむには効率の良い経験値稼ぎや金策をするのが当然だったから、わたしはこのネトゲのような異世界でも何の疑問も持たずにその思考のまま過ごして来た。


 でも、それじゃダメなんだよ。

 わたしはネトゲのプレイヤーとしてここにいるんじゃない。

 雑貨屋経営で独り立ちすると決めた魔王族のスミレなんだから。


 そう気付いた後で商品カタログを見直したらこの地図は明らかに効率プレイ用のアイテムであることに気付き、慌ててシェスティンに伝言を飛ばして商品カタログの製作を一時的に止めてもらった。

 作業を進めてくれと頼んで帰って来たばかりだったというのに……。


 わたしの事情を話すわけにはいかないからネトゲについては伏せるが、調査してくれたミルドにはきちんと説明したいので、言葉を選びつつ理由を話す。



「わたしの考えた開錠スキルの上げ方って、何ていうか、すごく作業っぽいんですよ。冒険とか関係なく、スキル上げのために次々と宝箱を処理する……そういう感じになるんです」


「……ちなみにその方法って、具体的にどーゆーのを想定してたんだ?」


「目的地が近い2種類の地図を大量に用意し、ひたすら往復して宝箱を開けます。移動距離が短い組み合わせの地図を大量に用意するのは大変でしょうが、店売りの品だからお金さえ出せば可能ですし、その資金も宝箱からの収益である程度は補填できます」


「つまり、その気になればデニールで経験値が買えるってことか」


「……はい。でも、これは行き過ぎた行為で、冒険に対する冒涜になると気付いたんです。ミルドさんはいつだって冒険には真剣だし、高レベルの宝箱を開錠するギルド長の姿も見せてもらいましたから……」



 ネトゲをプレイしていた頃なら、そんな感傷は切り捨てていたと思う。

 でも今は冒険を生業としている人たちが身近にいて、彼らは実際にピックを手にして宝箱と向き合っている。

 そんな人たちを尻目にお手軽なスキル修行を推奨するような真似は出来ないよ。



「地道に経験値を積み重ねたからこそ高レベル保持者は尊敬される。そこへ、購入したアイテムを使って高レベルを得る者が現れたらどうなるだろう……。幸いなことに、ミルドさんには口の固い人に地図の調査を頼んでもらったし、この地図が店売りの品だと知っているのはミルドさんだけですから、今ならなかったことにできます」



 そこまでひと息に言うと、わたしは息を詰めてミルドの反応を窺った。

 自分が真剣に取り組んでいる分野でズルい方法を考えて儲ける気だったなんて聞かされて、さぞかし嫌な気分だろう。軽蔑されるかもしれない。

 ミルドはソファーの背もたれに体を預け、首の後ろで腕を組んで考えを巡らせているようだったが、スッとわたしに視線を向けると困ったような顔をした。



「確かにこの地図が販売されたらその利点に気付くヤツはいるだろうし、それで開錠スキルを上げるヤツが出てきたら冒険者界隈は嫌な雰囲気になるかもな。ただ、あんたが気にすべきなのはそっちじゃなくて、この地図が人目を引きそうってことだと思うぞ? あんたは地図って呼んでるけど、これ実際は魔術具だろ?」


「……え?」


「さっき報告したとおり、この地図は結構複雑な判定をしている。『染色料』や『脱出鏡』の単純な効果と比べたらわかると思うけど、これはちょっと店売りの範疇を超えてる気がする。高度な魔術具を扱うのはたいてい公的機関だし、魔術具に興味ある連中に気付かれたら面倒なことになりそーじゃねぇ? 目立つのを避けたいなら売るのをやめるってのは普通にアリじゃねーの」



 ミルドに指摘されて、じわりと嫌な汗が出てきた。

 そうだ。“本・地図”のカテゴリに入っていたから見落としていたけれど、ミルドの報告を聞いた限りではこの地図は“魔法具”に当たるだろう。

 アイテムの説明文にも“謎の地図”としか書かれていなかったから、まったく気付かなかったよ……。

 魔法具なら限定販売の対象になるかどうか魔王たちの検閲が必要なのに、危うく未確認のまま世間に放出するところだったなんて。



「ミルドさん、ありがとうございます。わたし、その可能性に全然気付いてませんでした。……うわーっ、危なかった! 売るのを思い止まってて良かったよおぉ」


「おいおい~。商売に関することは結構しっかりしてるんだなーと感心して見てたのに、ハハッ、やっぱどっか抜けてんだな。アハハハハ」


「笑うことないじゃないですか。わたし今すっごい冷や汗かいてるのに~っ」


「未遂で済んだんだからいいだろー。あんま気にすんなよ」



 頭を抱えるわたしを見てミルドが笑うので、わたしもつられて苦笑しながら唇をとがらせて反論した。

 わたしが謎の地図の販売を見送ると言ったからか、効率だけを求めたスキル上げのことはこのままスルーしてくれるらしい。



「あ、守秘義務があるから、この地図のことは外には漏らさねーから心配しなくていいぞ」


「そこは心配してませんってば。……でも、ギルド長は地図の出処がわたしだと察しているかもしれませんね」


「あ~、ピックの鑑定の時に頼んだからなぁ……。でも見せたのは7枚だけだし、あれで全部で、もう残ってないってことでいいんじゃねーの? ギルド長が地図のことで何か聞いてきたらそー言っとくよ。ただ、あんたがギルド長の開錠を見てリスペクトしてたってことは言ってもいいか? 多分あの人喜ぶし」


「ちょっと恥ずかしいですけどギルド長だけにならいいですよ。うちは冒険者向けの雑貨屋ですから、冒険のロマンと冒険者へのリスペクトは大事にしたいので」


「真面目だなぁ、あんた。けど、サンキュー」



 また一つアイテムを商品から外すことになったけれど、ミルドが照れ臭そうな、それでいて嬉しそうな顔をしていたのが嬉しかった。

 雑貨屋の方向性がはっきりしてきて、少しずつ自分の足元が固まっていくような感じがする。

 それが何だかとても誇らしく思えた。

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