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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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88話 ミルドの本契約とシェスティンの訪問

 家に帰るとわたしはさっそく2階のリビングに行き、細工師シェスティンから購入した絵を飾る場所を吟味した。

 ソファーに座って見るのに一番良さそうな壁に位置を決め、そこに絵をくっつけると、シェスティンに教わったとおり土の精霊を呼び出す。



「ツッチー、この絵を壁に飾りたいんだけど、手伝ってくれる?」



 わたしがそう言うとツッチーは親指を立ててニッと笑い、ブンブンと絵の周囲を飛び回り始めた。

 魔族国の建物の基礎・壁・屋根という土台となる部分は土の精霊の力を使って魔術的に作られているそうで、シェスティンの工房のように壁に掛ける作品を時々替えるなら専門家に頼んでフックなどを取り付けた方が良いが、滅多に替えない絵を壁に貼り付ける程度なら土の精霊にお願いすれば何とかなるらしい。

 その代わり家全体を管理する魔術具の魔力をものすごく消費するため、魔力切れを起こさないよう後でしっかり補充する必要があるそうだ。

 ツッチーが再び親指を立てたので絵を支えていた手をそっと離すと、見事に壁にくっついたらしく絵は落ちなかった。



「おおお、すごいなぁ。ありがとう、ツッチー」



 思わず拍手をしながらわたしがお礼を言うと、ツッチーはニッと笑って階下へと飛んでいく。

 わたしはその後を追って、家全体を管理する魔術具に魔力を補充しに行ったのだが、“ものすごく”というほど魔力は減っておらず、ちょっと肩透かしを食ったような気分になった。

 よそと比べて我が家の魔術具は魔力効率が相当いいんだろうな。

 レイグラーフが施してくれたバージョンアップはどれだけすごいのか。



 魔力を補充し終えたわたしはさっさと入浴を済ませ、パジャマ代わりのTシャツとショートパンツ姿になると居間のソファーに座って晩酌しながら絵を眺めた。

 やっぱり富士山と桜のように見えるなぁ。

 晩酌しているからか、何だか本当にお花見でもしているような気分だ。

 

 この絵を側に置いたら望郷の念にどっぷり浸ってしまって、離宮に住み始めた頃のように泣いてばかりになるかもしれないと少し心配していたけれど、どうやら杞憂だったようだ。

 元の世界に戻れなくなったことは今でも悲しいし、イスフェルトを恨む気持ちに変わりはないものの、今となってはこの異世界でどう生きていくかの方がわたしには重要だし、雑貨屋開業に向けて邁進することに充実感を覚えてもいる。


 そんな風に前向きでいられるようになった自分が嬉しくて、何となく魔王と話がしたくなりメッセージを送った。

 一人暮らしを始めて以来、ファンヌやヴィオラ会議のメンバーと他愛のないメッセージをやり取りすることが増えたのは、やはり直接会って言葉を交わさなくなったからなんだろう。


 元の世界の風景によく似た絵を買いましたと魔王にメモを送ったら、すぐに伝言が返ってきた。



《見たいな。里帰りの時に持って来られないか?》



 先程壁に取り付けたばかりの絵を外すことになるが、魔王がわたしに何かを望むことは珍しいので二つ返事で引き受けた。

 絵の取り外しと再設置で魔力を消費してしまうけれど、大切な人のために使うのだから魔力の無駄遣いではないと思う。


 胸元にある置き石のペンダントを服の上からそっと撫でる。

 初めての里帰りは明後日だ。皆に会うのが待ち遠しい。




 翌朝、マッツのパン屋とロヴネルのスープ屋へ行くとテーブル席でミルドが食事をしていた。

 今日は依頼の本契約のために冒険者ギルドへ同行してもらう約束なので、きっといるだろうと思っていたのだ。

 わたしが軽く手を振ったらスプーンを持った手を上げて合図を寄越したので、朝食を買って彼の向かいの席へ座る。



「おはよう、ミルドさん」


「おはよ。昨日の細工師工房巡り、どーだった?」


「気に入った細工師さんが見つかったので依頼してきました。看板や名刺もお願いしたので、今日の午後、店の内装などを見に来てくれることになってます」


「へー。そりゃ良かったな。三番街はその格好で行ったのか?」


「これとは別の服ですけど、バルボラとヴィヴィにスカーフというスタイルは同じですね。少し作業する予定があるのと、細工師さんに店の雰囲気を見せるなら実際に店に立つ時の仕事着姿でいた方がいいかと思って」



 絵を外すのはともかく梱包は袖がたっぷりしているシネーラではやりづらい。

 昨日今日とシェスティンには仕事着姿ばかり見せて、普段のシネーラ姿を見せないことになってしまうけれど、シネーラはワードローブで見せればいいだろう。

 細工師が店主の人柄やイメージを掴みたいと言うので、店舗部分以外に他の部屋やワードローブを見せることになっていると話したら、ミルドは露骨に眉をひそめた。



「その職人って男なんだろ? 昨日知り合ったばっかの男を二人きりで家の奥まで入れるつもりなのか? あんた、いくら何でも不用心すぎるぞ」


「二人きりって言ってもちゃんと窓は開けておきますし、それに、そういう心配が必要なタイプではないと思いますよ。エルサさんの友人だそうですし」



 あの美意識の高そうな人がわたし相手に食指が動くとは思えない。

 一般論でいえばミルドの心配はもっともだけれど、シェスティンの為人を見たらきっと彼も無用な心配だとわかると思う。

 第一、我が家は魔王特製の高性能魔術陣が敷かれているから、家の中での防御に関しては心配無用だと言われているのだ。

 わたしがそう言うと、ミルドは頬杖をついて深々とため息を吐いた。



「あんたなぁ、攻撃でなきゃ魔術陣は反応しないかもしれねーんだぞ。不埒な振る舞いにも魔術陣が反応するのか実際に確かめたのか? ……ほらみろ。もういい、午後はオレも付き合う」


「でも、ミルドさん。それは依頼した“雑貨屋開業のための調査”の範疇から外れてしまいませんか?」


「嫌なのかよ」


「とんでもない! わたしは助かってしまいますけど……。う~~ん、それじゃあ今日交わす予定の本契約の依頼料を上乗せするので、依頼内容に“魔族社会に慣れるための助言や補助”というのを加えてもらってもいいでしょうか」



 親切にしてくれるからと、ミルドの厚意に甘えてしまうのは違う気がする。

 友達ならともかくわたしたちは冒険者と依頼主の間柄なんだから、そこはきちんとけじめをつけたいと思って料金と依頼内容の追加を頼んだ。

 これまでミルドが冒険者として誠実に対応してくれたことを考えれば、わたしも依頼主として誠実に対応すべきだと思う。

 そう言うわたしに、ミルドは苦笑しつつも追加案を承知してくれた。



「真面目だなー、あんた。……依頼主が女だと面倒なことになりがちなんだけど、あんたはマジで恋愛お断りだからホント気楽だよ。依頼料のことだって普通は上乗せなんてすげー嫌がられんのに、冒険者に理解のある依頼主で助かるぜ」


「それはこちらの台詞ですよ。ミルドさんはわたしがうっかりしてもお誘いと受け取らないでスルーしてくれるし、魔族社会の常識不足を指摘してくれるので本当に助かってます。追加を受け入れてもらえてこちらこそありがたいですよ」



 そんなわけで、ミルドとわたしは冒険者ギルドでお試し期間の依頼を終了し、新たな内容と料金で本式な依頼の手続きを済ませた。

 期限はとりあえず今月いっぱいで、延長等は月末に改めて話し合う。

 雑貨屋開業に向けてのToDoリストに挙げていた事柄はすべて着手できたし、あとは結果報告や納品を待つだけだからある程度開業の目途はついているが、魔族社会に慣れるための助言や補助の方はそうもいかないからだ。



 無事に依頼の更新が済み、ホッとしながら冒険者ギルドを後にする。

 城下町へ引っ越してきてまだたったの十日だけれど、依頼内容や依頼料についての話し合いがスムーズにいく関係をミルドとの間に築くことができて良かったと、しみじみ思った。



 中央通り付近でテイクアウトして帰り、昼食をとりながらミルドに頼んでおいた冒険者から見た各商品の適正価格について意見を交わしていたら、シェスティンから3時半頃訪問すると伝言が届いた。

 ここで生活し始めてから店舗部分以外を見せたのはブルーノとレイグラーフだけだから、業務上の用件とはいえ人にプライベート空間を見せるということに多少の緊張はある。

 特に散らかってはいないと思うけれど、普段は出しっぱなしにしている精霊たち用の皿は一応食器棚にしまっておこう。


 時間どおりにやって来たシェスティンに、雑貨屋開業準備の協力者としてミルドを紹介する。

 シェスティンは雑貨屋が冒険者向けの店だとは思っていなかったようで、上位ランク冒険者の登場に面食らったようだったけれど、ミルドが『野外生活用具一式』の多機能ツールを見せたら予想以上に食いついたので驚いた。

 アウトドア系には見えないので意外だったが、こういう機能美には細工師としてそそられるものがあるらしい。


 店の内装をじっくり見たシェスティンとミルドを連れて他の部屋を案内し、ワードローブの服を見せた。



「ちょっと、服の半分以上がシネーラなの!? バルボラとヴィヴィにスカーフっていうのも随分とガードが固いスタイルで驚いたんだけど、あなた、本気で恋愛お断りなのね……。なのに、何でこちらのお兄さんみたいにモテそうな冒険者を平気で傍に置いてるのよ。意味がわからないわ」


「な、驚くだろ? でもこのお嬢さん、まだ魔族の常識に疎いんであんまわかってねーんだよ。そのくせ、他の女どもにやっかまれるかもしれねーから気を付けろって言ったら、すっげー嫌そーな顔で最悪って言うんだぜ」


「あぁ~、想像つくわねぇ……。実はこの子、昨日うちでもやらかしたのよ。私のこと男だと思わなかったらしくて」


「マジかよ……。でもまぁ、あんたなら多少は仕方ねー気もするけど」



 細工師のシェスティンと冒険者のミルドの二人にはこれと言って共通点は見られないのにどこかしら気が合ったのか、用事を済ませてノイマンの食堂へ行くことになった時ミルドも一緒に行くことになった。

 主にわたしのことで話が弾んでいるように見えるのが腑に落ちないけれど、わたしの不用心さを危惧していたミルドが「確かにこの人が相手なら心配無用と判断するかもな」と認めてくれたのは良かったと思う。


 ノイマンの食堂では自分の友人のシェスティンがわたしとミルドと一緒に現れたことにエルサが驚いていたが、何故か三人でわたしの危なっかしさを話の種にして盛り上がっていた。

 ネタにされていることは不本意に思いつつも、何だか気安い友人の集まりみたいで楽しい。

 ヴィオラ会議のメンバーは皆保護者枠だからわたしもつい甘えてしまうけれど、城下町で知り合った人たちとは対等な間柄だからか、良い意味で容赦がなくて刺激的だ。



「でもね、この子のワードローブ、センスのいい服が多かったのよ」


「あー、確かにオレもそー思った」


「いいな~、アタシも見たい! ね、今度見に行ってもいい?」


「食堂の開店前の午前中でもいいですか? 今月は陽と月の日に里帰りすることになってるんですよ」


「わかった。店長に午前中抜けてもいいって言われたら連絡するね!」



 エルサはいつもかわいいヤルシュカを着ているから、きっとおしゃれ好きなんだろう。

 わたしのワードローブは天才スティーグの監修なので楽しみにしていて欲しい。

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