84話 商業ギルドへの依頼
冒険者ギルドからの帰り道、開錠レベル10の技を目にしたミルドは興奮冷めやらぬ様子でわたしに言った。
「あんたのおかげですげーのが見れたぜ。礼をしたいんだけど、何か欲しいものやして欲しいことはあるか?」
「いやいや、あれは単なる成り行きですから。――でも、どうしてもってことならご飯でもご馳走してください」
「あのなぁ……。あんた、それ絶対意味わからずに言ってるだろ」
「えっ。まさか、お誘い案件ですか!?」
お礼なんて必要ないけれど固辞するのも良くないかと思い、ここのところ朝食や昼食を一緒にとっていたからその時にでもと思って言ったら、ミルドからチェックが入った。
付き合いが浅い内から食事を奢ったり奢られたりするのは「あなたに気があります」「あなたのお誘いを受け入れます」というサインになるという。
知り合って一週間未満。しかもその内の三日間はミルドがフィールドに出ていたので顔を合わせてもいない。
交流を始めたばかりの依頼主と請負人に過ぎない今のわたしたちにとって、奢ったり奢られたりというのは魔族の距離感としてはまだ不適切らしい。
「ごっ、ごめんなさい!! 知りませんでした!!」
「まあ、オレは予想ついたからいいけど、あんたホント危なっかしいなー。がっついてる男にやらかすのもヤバイけど、うっかりよその女に聞かれたらオレに誘いをかけてると思われてやっかまれるぞ」
これまで関係者に心配されてきたのは主に魔族男性からのナンパだったけれど、まさか魔族女性から嫉妬される可能性まで浮上するとは!
「うへぇ、ミルドさんの女性関係に巻き込まれるとか最悪ですよ……。それじゃ、奢ってもかまわないくらいに親しくなったとミルドさんが判断したら食事をご馳走してください。そしたら十分親しい間柄になったとわたしもわかりますから、それまでは笑顔で喋らず、一緒に歩く時も近付きすぎないように気を付けます」
「判断丸投げとか、結構雑だなー、あんた」
「そこは信頼の証と取って欲しいんですけど」
「そいつはどーも。……今まであんたのお誘い不要スタイルがどこまで本気なのか疑ってたけど、ガチだってわかったわ。オレと恋愛沙汰になるのをそんな嫌そーな顔で最悪って言う女、初めて見たぜ。ハハッ、マジで情緒ねーな。そんじゃ、今日の礼をするのはそん時までお預けってことで」
ナチュラルにモテ自慢をされたような気もするけれど、苦笑しながらそう言うミルドにとってわたしは完全に恋愛対象外とわかるので、彼に対するわたしの好感度と安心度はかなり上がっている。
そこで、一週間のお試し期間が済んだら本契約を結びたいので、土の日は冒険者ギルドへ同行して欲しいとミルドに頼み、了承を得た。
更に、解毒剤が試せるようになったのでいつでもOKだということと、試すならわたしの店でやって欲しいということも伝える。
毒に侵される姿を人に見せたくないとミルドは渋ったけれど、そこは依頼主の責任を前面に押し出して承諾してもらった。
万が一のことがあっても、傍にいればわたしの回復魔術で対応できる。
毒か毒性の高い素材のどちらかを調達してくるついでに、知り合いに残りの地図の調査を依頼してくるとミルドは言った。
実は、冒険者ギルド長室で三人だけになった時、ミルドはギルド長にこっそりと例の地図を見せ、場所が思い当たらなかった7枚の場所の情報を引き出したのだ。
しかも、これは宝箱のある場所を示す地図だと告げ、あとで詳細を教えてくれるなら宝箱の中身ごとあげるのでやってみないかと言ってギルド長の好奇心を煽り、ちゃっかりと地図を2枚任せていた。
……確かにSランクにも頼んで欲しいと言ったけれど、Bランクのミルドですら開錠スキルを鍛えるついでならやってもいいという程度だと言っていたくせに、元Sランクで開錠スキルがカンストしているギルド長にやらせるとは、まったく大した手腕だと感心する。
この人、冒険者じゃなくて商人でも大成したんじゃないのかな。
「じゃあ、わたしは明日商業ギルドでピックの価格について相談してくるので、ミルドさんは調達や地図の依頼をお願いしますね」
「商業ギルドは同行しなくてもいいのか?」
「性能テストの結果を受けて相談に来たという体にしようと考えているので、一人で大丈夫ですよ。でも、結果をお知らせしたいので、そちらの用事が済んだら連絡をもらえますか」
「オッケー。商業ギルドの連中に依頼料吹っ掛けられないよーにな」
翌朝のパン屋とスープ屋でミルドを見掛けなかったので、昨日別れた後からさっそく行動に移ったのかもしれないと思いつつ、わたしは商業ギルドへ向かう。
カウンターで対応してくれたのは、登録のために初めて商業ギルドを訪れた時にわたしの腕を掲げてデモンリンガを職員全体に見せた、チーフ職っぽい女性ギルド職員だ。
商品価格の相談という少々込み入った内容なので、最初から彼女に当たったのはラッキーだったかもしれない。
雑貨屋で扱う予定の商品を冒険者に性能テストしてもらったところ、既存の商品の20倍の値段でも売れると言われたため相談に来たと伝える。
詳細を聞きたいので別室へと言われて連れて行かれた先は、またしても商業ギルド長室だった。
「ピックの相場は10Dだが、市販品より10倍耐久が高かったこちらのピックを200Dでも買うとBランク冒険者が評価した、と。なるほど。それで、ご相談というのは?」
商業ギルド長を相手に話すことになると思ってもみなかったわたしは内心かなり焦ったが、表に出さないように心掛けながら懸念と要望を伝える。
冒険者が200Dという価格に納得したとしても、これまで彼らにピックを売ってきた店や工房は反発するかもしれない。
上位ランクの冒険者の多くがこちらのピックに切り替えた場合、彼らの顧客を奪うことになるし、冒険者にとってピックは消耗品らしいから、よく売れていた品なら単価が低くともそれなりに影響は大きいと予想される。
軋轢を生みたくないので、相場より高い値段をつけることに対する商業ギルドの見解や、適正価格に関する魔族の考え方などを聞きたい。
また、市場のコンセンサスを取るためにも、何らかの鑑定を商業ギルドに依頼したい。
言いたいことをひと通りわたしに言わせると、ギルド長はチーフ的な女性ギルド職員に指示を出し、ピックの市価を調べて来させた。
「ふむ。確かにほとんどの店が10Dで売っているようですね。それを200Dで売るとなると……まあ、荒れそうな話ではあります。ただ、商業ギルドとしては規則の範囲内ならどの様に商売しようが個人の自由と考えているので、彼らがあなたの店のピックの価格に関して何か訴えてきたとしても基本的には介入しません」
販売戦略は様々だから、いくらで売るかは売り手が自由に決めれば良いし、それに対してどう反応するかは買い手である客次第だ。
それが商売なのだからいちいち介入したりはしない、という商業ギルドのスタンスを述べた上でギルド長はわたしに提案してきた。
「元人族で亡命者のあなたがトラブルを避けたいと考えるのはよくわかります。その回避策を依頼として我々が請けましょう。有料になりますがどうしますか」
「元よりそのつもりでしたのでお願いします。具体的な内容と料金を聞かせてください」
ギルド長の提案する依頼内容はこうだ。
まずはピックを取り扱っている店や工房のいくつかに商業ギルドからこのピックの鑑定を依頼し、彼ら自身にその価値を測らせる。
耐久の高さは鍛冶工房にはわかるだろうし、顧客の冒険者の口から直接意見を聞けば彼らもその評価を受け入れざるを得ない。
また、それとは別に商業ギルドから冒険者ギルドへ依頼を出し、SランクもしくはAランク冒険者か、開錠の高レベル保持者にこのピックを鑑定してもらう。
「あなたの方でも既に依頼済みかもしれませんが、商業ギルドの依頼による結果の方が市場には受け入れられ易いでしょう。依頼料は前者だけなら7千D、後者のみなら1万D。両方ならサービス価格で1万5千Dでお受けしますよ」
後者が1万Dとは、商業ギルドは冒険者ギルドへの依頼を随分と安く見積もっているのか、それとも元Sランクで開錠レベル10の冒険者ギルド長に依頼できたわたしがイレギュラーなだけで、現役の冒険者に依頼するならSランクでもそのくらいの料金なのか。
いずれにせよ、総額1万5千Dでトラブルを回避、もしくは軽減できるなら安いものだと考えた方がいい。
それに、値切らずに提案を受け入れれば商業ギルドの心証は良くなるだろうし、結果的に商業ギルドよりわたしの方が高い依頼料を提示したとなれば、わたしの冒険者に対するリスペクトを冒険者ギルドも感じ取ってくれるだろう。
一挙両得だ、迷うことはない。
わたしが両方で依頼すると返答したら、チーフ的な女性ギルド職員が依頼手続きのために退室していった。
準備が整う間に、出されたお茶を飲みながら魔族社会における適正価格についてギルド長から話を聞かせてもらったが、ネトゲ内で他プレイヤーと所持品の売買を行うバザーと大差ないように感じた。
結局は需要と供給によるので、供給過多なら安値でないと売れないし、希少アイテムなら高くても売れる。
わたしの扱う商品は、高くても売れる希少アイテムに当たるだろう。
ここはネトゲのような世界だとは言え、リアルのネトゲのようにバザーの回転率を上げて金策をする必要はないのだから、どっしり構えて高値でも買いたい人だけに商売していけばいいのかもしれない。
薄利多売にして多くの冒険者に来店されても、それはそれで困るのだし。
そんなことを考えつつ依頼手続きを進め、店の決済用の魔術具で依頼料を収めると、微笑を浮かべたギルド長に礼を言われた。
「最初から周囲に配慮していて、更に商業ギルドにも協力的というのは非常にありがたいです。儲けを最重視するのは商人として当然のことですが、そればかりではやはり問題も起こりますから」
ギルド長の言葉にうんうんと頷く。
元の世界で培った社会人経験からすると、仕事を円滑に進める上で根回しは重要なのだ。
ましてや、ここは異世界。足場をちゃんと固めてから立ち回りたい。
最終的なピックの価格は120Dから180Dくらいの間で収まるのではないかというわたしの予想に対し、ギルド長は100Dから150Dと予想してきた。
ギルド長の予想価格でも十分利益は出るので、そのあたりの額で市場のコンセンサスを取れるなら上々だろう。
話のついでに、商品カタログを作りたいので細工師工房をいくつか教えて欲しいとお願いする。
この街の経済活動に積極的に関わる姿勢を示すわたしに、チーフ的な女性ギルド職員はにこやかに頼み事を引き受けると、簡易地図を描き始めた。
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