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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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83話 ピックの鑑定依頼と冒険者ギルド長

 報告は以上だというミルドに、何か質問や相談したいことはあるかと問われたわたしは正直に心配事を打ち明けた。



「そうですね……。ピックなんですけど、うちの雑貨屋で取り扱っていいものかどうか、ちょっと迷ってます」


「ハァ!? 何でだよ、高くても売れるって言っただろ!?」


「それが問題な気がするんですよね……」



 相場が10Dのところを200D出してもいいとミルドが考える程の商品なら、他の冒険者も欲しがらないはずがない。

 大勢の冒険者が押し寄せてきて爆買いされても困るし、今まで冒険者にピックを売ってきた店や工房から客を取られたと恨まれるのも困る。

 それに、相場10Dに対して仮に200Dで売り出したとして、高すぎる、暴利だと声を上げる相手を納得させられるだろうか。

 わたしがぽつぽつと懸念を語ったら、頭の後ろで両手を組みソファーの背もたれに体を預けたミルドは、なるほどなぁと呟いた。



「要するに商売上の問題ってわけか。そのへんはオレら冒険者にはよくわかんねーけど、大勢の冒険者が押し寄せるってのはあんまり心配しなくてもいいと思うぞ。高品質の品を使うのは上位ランクの冒険者だけだし、そんなに数多くねーから」


「へえ~、そうなんですか。それなら大丈夫なのかな……」


「まあ、Bランクのオレの品質保証で200Dって価格設定を納得させられるかってゆーと、正直微妙だけどな。……いっそのこと、冒険者ギルドにピックの鑑定依頼を出すか? 依頼料がどのくらいになるかわかんねーけど、このピックは冒険者全体の利益になるからギルドも無下にはしねーと思うぞ」


「……そうですね。ミルドさんがかまわないなら冒険者ギルドに鑑定を依頼したいと思います。ミルドさんから性能テストの話をしてもらっていいですか?」


「いいぜ。んじゃ、今から行くか?」


「お願いします!」




 そんなわけで、途中で昼食を済ませつつ、4日ぶりに冒険者ギルドを訪れた。

 ミルドがささっとカウンターに近寄ってギルド職員に小声で話し掛けると、カウンターの一番奥の席に案内される。

 ベテランっぽい雰囲気のギルド職員が来て依頼内容について尋ねられたので、わたしはピックの鑑定依頼と依頼に至った経緯を伝えた。



「ほう、ミルドの腕前でピックの折れ率が通常のピックの10分の1だった、と。君の開錠レベルはいくつだったか?」


「6だ。あと少しで7に上がれそうなとこまで来てる」


「非常に興味深いね。冒険者にとって開錠用のピックは最重要アイテムだ。鑑定は喜んでやらせてもらいましょう。ただ、依頼料はかなり高額になりますが、それでもいいですか?」


「あの……おいくらくらいになるでしょうか」


「そうですね。最高の開錠レベルを持つ者が担当することになるので、1万Dから1万5千Dというところでしょうか」



 通常のピックの20倍の値段をつけるだけの価値があると裏付けてもらうための依頼だから、出し惜しみをするつもりはないけれど、さすがの高値に、即座に依頼するとは口に出せなかった。

 それでも、脳内で少し算盤をはじいたら簡単に心が決まった。

 ピックの原価は30Dで、200Dで売るなら利益は170D。100本売れば儲けは1万7千Dだ。

 消耗品なら100本くらいすぐ売れるだろう。きっと元はすぐに取り返せる。

 その額でいいから依頼すると言おうとした時、ベテランギルド職員の首に背後から腕が巻き付いた。



「せこいこと言うなよ、ハルネス。ミルド、お前このお嬢さんの依頼、いくらで請けてるんだ?」


「今は一週間のお試し中で2千D。本契約に進めばそっちは3千D」


「ふーん。それじゃミルドの依頼料と同じ5千Dでいいや。なあ、お嬢さん。そのピックの鑑定依頼、5千Dであたしにやらせてくれよ」


「ギルド長……。安売りしないでくださいよ」


「馬鹿言うなって。冒険者全体に関わる話だぞ。第一、鑑定やるのは開錠の最高レベル保持者のあたしだろ? あたしがいいって言ってんだ。文句言うな」



 アッシュブラウンの髪にハイライトの入った何だかすごく迫力のあるお姉さんがベテランギルド職員を羽交い絞めにしながら、まるで獲物でも狙うかのような視線をわたしに向けつつニッと笑う。


 怖っ! え、どちら様?

 というか、ギルド長と言いました!?

 開錠の最高レベル保持者って、そんな人が鑑定してくれるの?

 しかも、最初の提示額の半分以下の依頼料で?


 思わずミルドの顔を見たら、「ギルド長は元Sランク冒険者で、開錠レベル10で上限に達してるらしい」と言った。

 さすがギルド長。元Sランクな上に、開錠スキルがカンストしてるのか……。

 そんなすごい人に安い料金で依頼するなんてこと、できるわけがないよ。



「いえ、ギルド長自ら鑑定してくださるなら依頼料は1万5千Dでかまいません。お願いできますでしょうか」


「礼儀正しいうえに気前のいいお嬢さんだね、気に入ったよ。よっしゃ、任せな。特急コースで鑑定してやる。ハルネス、あたしの部屋に今持ち込まれてる最高難易度の依頼物を持ってきな」


「今すぐやる気ですか!? まだ依頼書もできてないのに!」


「それじゃ、すぐ作れ。さぁお嬢さん、部屋へ案内しよう。ミルド、お前も来い。特別に見せてやる」


「マジで!? レベル10が開錠するとこなんて初めて見るぜ!」



 わたしの腕を取り、引きずるようにしてギルド長室へ連れて行くと、ギルド長は手首をこきこきと鳴らして解しながら、部屋に運び込まれた宝箱2つを嬉しそうに眺めている。

 ベテランギルド職員が大急ぎで依頼手続きを進める中、ギルド長はわたしが提供したピックをミルドに手渡すと、2つの宝箱に1回ずつチャレンジさせてみた。

 ミルドは真剣な顔でピックを操っていたが、どちらの宝箱も1分くらいでピックが折れてしまった。



「手強いな……。全然開けられる気がしねー。これ、開錠レベルいくつ?」


「9と10だ。このレベルはあたしでも宝箱1つにつき10本くらいはピックを折る。……さて、お嬢さんのピックだとどのくらいで開けられるかな?」



 指先で垂直に立てたピックを眺めながら舌なめずりをしていたギルド長は、依頼手続きが完了するとさっそく宝箱を手にする。

 音を立てるな、ミルドは背後から見てろとだけ言うと、開錠を始めたギルド長の黄色い目が半眼になった。


 ものすごい緊張感と静寂の中で、息を殺してギルド長の手元を見つめ続ける。

 一度だけピックの折れる音がしたが、ギルド長が新しいピックに持ち替えて再び鍵穴に差し込んでからしばらくして、カチャリという音と共に宝箱の蓋が開いた。

 ほう、と思わず吐息が漏れたが、ギルド長は中身を見もしないで宝箱を脇にどけると、すかさずもう一つの宝箱に取り掛かる。

 すごい集中力に圧倒されているうちに、再び一本ピックを折っただけでギルド長は2つ目の宝箱も開けてしまった。



「ふう、疲れた。ハルネス、お茶」


「今運ばせますよ。お疲れさまでした、ギルド長」



 ベテランギルド職員のハルネスは2つの宝箱を手に一旦退室していった。

 ギルド長は最後に使ったピックを手にしたままぼうっと見つめていたが、不意に獰猛な視線をわたしに向けたので思わず体がビクッとした。

 この凄味のある感じ、ブルーノによく似ている。



「宝箱1つにつきピック1本折れただけとは恐れ入るねぇ……。それで、このピックをいくらで売るつもりなんだい?」


「ミルドさんは200Dでも売れると言ってくれましたが、まだ決めていません。あまり高い値段にして目立つのも避けたいので……」


「へえ、あたしも200Dで問題ないと思うが、あくまで冒険者の感覚だから商人はまた違うのかもな」


「……あの、冒険者ギルドに失礼に当たらなければなんですけど、商業ギルドにも鑑定を依頼してみるっていうのはアリなんでしょうか。値段に関してはピックを扱う他の店との兼ね合いもあるので、商業ギルドの意見も聞いてみたいんです」


「別にかまわんぞ? あちらとは価値基準が違うからな。あんたは商人なんだし、そっちの流儀も大事だろう。まあ、どっちにしろ商業ギルドからうちへ依頼が入ることになるだろうけどな」



 ハッハッハと豪快に笑うと、運ばれてきたお茶を満足そうに飲みながらギルド長は答えてくれた。

 迫力があるので若干怖いが、気さくな人でありがたい。


 ギルド長が鑑定結果や所見を口述したものをハルネスにまとめさせている間に、冒険者ギルドについて少し話を聞かせてもらった。

 現在の冒険者数はSランクが5人にAランクが19人、Bランクが約50人で、Cランクは120人前後、Dランクは300人前後だそうだ。

 ミルドの言う上位ランクの冒険者というのは、Bランクの真ん中あたりから上のだいたい50人くらいを指すらしい。



「意外と少ないんですね。冒険者はモテるって聞いていたので、もっと成り手が多いかと思ってました」


「憧れて冒険者になるヤツは多いんだよ。だけど、キツイから続かなくてね」



 下位ランクのうちは低報酬の依頼しかないため、衣食住が保証されている部族の里で暮らしながら里にあるギルド支部の依頼をこなす冒険者が多い。

 しかし、里で暮らすなら普通の職に就いた方が遥かに楽に稼げるという現実の前に、CランクやDランクで辞めてしまう者が圧倒的に多いのだそうだ。



「駆け出しの頃は稼げねーし仕事はキツイし、マジで冒険やりたいヤツじゃねーと無理だろ」


「あとは、身体能力に自信があっても魔族軍は合わないっていう団体行動が苦手なヤツとか、そもそも里のぬるい暮らしが嫌なヤツとかだな」


「そんなだから変わり者が多いかもしれねーけど、上位ランクの冒険者はちゃんとしたヤツが多いから、そーゆー連中向けの商品を扱う高級店にするってのもアリだと思うぜ?」


「確かに、下位ランクの冒険者の腕前じゃ1本200Dのピックはもったいなくて使えないだろうな。第一、連中は部族の里でギルド支部の依頼やってるヤツが多いから城下町にはあまりいない。必然的にあんたの店じゃ上位ランクの冒険者を相手にすることが多くなるんじゃないか?」



 そもそも上位ランクと下位ランクの依頼では戦闘やフィールドワークの質がまったく違うので、必要とされる武器や装備品、道具類の質も自ずと異なってくるのだとギルド長は言った。

 どうも魔族の言う高級店とは単に品質の良さとそれに伴う価格の高さだけを意味していて、そこに見栄や格式のような鼻持ちならないものはないみたいだ。

 そういえば、衣類の大量発注をした時に魔族社会には高級志向のようなものは見られないなと感じたことを思い出す。

 もしそうなら、高級店という方向性を嫌がる必要はないのかもしれない。



 ハルネスが仕上げた鑑定書類に目を通しながら、ギルド長が依頼主であるわたしの名前を読み上げた。



「雑貨屋開業予定のスミレちゃん、ね。あたしはソルヴェイ。鳥系獣人族だ。開業したら冒険者ギルドはピック300本発注するから、そのつもりでいてくれ」



 そろそろ帰ろうかという頃になって自己紹介!?

 鳥系ってかなり大雑把な括りですけど、絶対猛禽類ですよね!?

 というか、ピック300本ってマジですかッ!?



 いろいろと強烈な冒険者ギルド長に度肝を抜かれながら、わたしは冒険者ギルドを後にしたのだった。

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