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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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82話 性能テストの結果報告

 ドローテアとのお茶会の翌朝、今日はロヴネルのスープ屋の方にテーブルの空きを見つけたのでそちらで朝食を食べていたら、ふらりとミルドが店に入って来るのが見えた。

 3、4日で戻ると言っていたし、確かにそろそろ戻る頃合いか。

 手を振って合図を送るわたしに気付いたミルドは朝食を購入してこちらへやって来ると、わたしの向かい側の席へ腰を下ろした。



「おはよう、ミルドさん。いつ帰ってきたんですか?」


「おはよ。ゆうべ遅くに戻った。報告もあるし、飯食ったらあんたの家に行ってもいいか? んじゃ、そーゆーことで。あ~、飯がうめー。もう一杯食うかな」



 わたしが頷くとミルドは朝からビーフシチューを軽く平らげ、更にお代わりするというあいかわらずの健啖家ぶりを見せた。

 冒険中の野外生活では手の込んだ料理なんて食べられないだろうから、街へ戻ったらおいしいものにがっつきたくなる気持ちはわからないでもない。



 自宅へ戻りわたしがお茶を淹れている間に、ミルドは性能テストへ持って行ったアイテムを取り出してテーブルや陳列用の台の上に並べたようだ。

 お茶を出し、彼と向かい合わせのソファーへ腰を下ろして結果報告を聞く。



「結論から言うと、性能テストはどれも合格だ。魔術具はきちんと機能したし、薬や道具類も問題なかった。あと、あくまでオレの体感だけど、革のブーツや手袋はよその品より3割増しくらい丈夫だと思う」


「わあ、本当ですか!? よかった~。以前、服飾関係の業者に衣類を見せた時に丈夫そうだと言われたので、実は秘かに期待してたんですよ」



 わたしは思わず手を叩いて喜んだ。

 バグでもなければこの世界でネトゲアイテムが機能しないはずがないので魔法具の心配はしてなかったが、魔族国にない魔術具として売り出す以上魔族に評価されることは重要だから、上々の結果が出て本当に良かった。

 それに、これまでのネトゲアイテムの品質評価は“標準的な味や品質”という感じで特筆するものはなかったから、丈夫さという特徴を得られたのは大きい。

 さっそくの成果に喜んでいると、ミルドが細長い金属を摘まんでわたしの目の前で垂直に立たせて見せた。

 うん? これは、開錠道具のピックでは?



「テストした中で、よその店の品と比べてダントツで耐久が高かったのがコレだ。開錠の腕前によるけど、ピックはすぐ折れる消耗品だって説明しただろ? あんたのとこのピックは普通の品より10倍近く長持ちした。この意味がわかるか?」


「えっと、折れた時用に持ち歩く本数を今より減らせるってことですよね?」


「お、結構わかってんだな、あんた。そうだ、手荷物の重量軽減に役立つ。欲しがる冒険者は多いぜ。ピックの相場はだいたい1本10Dだけど、これは200Dでも売れる。つーか、俺は買う」


「おおぉ! 本当ですか? やったー!」



 仮想空間のアイテム購入機能でのピックの購入価格は30Dで、相場より20Dも高いんじゃ商売にならないから商品のラインナップから外そうかと考えていたのに、いきなり店の目玉商品に急上昇するとは!!


――とテンションが一気に上がったところで、いきなり頭が冷静になった。

 いくら儲かるといっても目立ちすぎるのは良くない。

 冒険者が大量に店に押し寄せてきても困るし、ピックを扱う他の店とトラブルに発展したら厄介だから、取り扱いは慎重にしないと……。


 大喜びした直後に黙り込んだわたしを見てミルドが怪訝そうな顔をしたが、何でもないと言って他の報告を促す。



「どの品も丈夫だけど、そうは言っても限界はある。ハードなサバイバルをやってりゃ、物は当然壊れるからな。でも、ピックと違って武器や装備品、道具なんかは手荷物の重量の関係であんまり予備の品を持ち歩けねーから、そのへんが冒険中に壊れると結構面倒なことになる」



 冒険者が武器や装備品、道具などを選ぶ上で耐久性を重視するのは主にそういう理由からで、場合によっては冒険を中断して一旦街に戻らなければならなくなることもあるという。

 わたしが以前ネトゲで冒険をしていた時も持ち物の重量制限はあったが、替えの武器や防具を持てないという程切迫したことはなかった。

 それに、そもそも耐久の下がったアイテムを修復するアイテムがあったので、そこまで困るような事態に陥ったこともない。

 そう、この世界でいうところの――



「んで、そんな時にこの『裁縫箱』って魔術具がすげー役立つ。こいつは武器や金属の防具には効かねーが、革や布製の防具や装備品なら新品時の8割くらいの状態まで直してくれる。それがどのくらいありがたいか……、例えば革のブーツで考えてみてくれよ」


「サバイバル中にブーツが壊れたらかなり大変なことになりそうですね。ブーツの予備なんてかさばるから持って歩かないでしょうし。そういう危機的状況を回避できるというわけですか」


「そーゆーこと。ただし、完全に壊れた場合はもう直せないし、使う度に修復度が下がってくから4回目以降は半分までしか直らない。街へ戻ったら買い替えが必要だけど、少なくともその冒険中は乗り切れるって代物だ。これは高値で売っていいぜ。オレなら千Dでも買う」


「うえっ! せ、千D!?」



 そうそう、裁縫箱みたいなアイテムがあれば冒険者は大助かりだよね~と思いながらミルドの話を聞いていたら、予想外の高値が提示されたので思わず変な声が出てしまった。

 裁縫箱の購入価格は500D。

 蒸留酒やピック以上の利幅だ、ボロ儲けすぎるよ……!!


 その後もミルドの報告は続いたが、今回持って行ったアイテムの中ではピックと裁縫箱以外に高値となりそうなアイテムはないようだ。



「『ドライフルーツ』と『干し肉』がどのくらい日持ちするかはまだ調査中。もう少し待ってくれ。あとは、例の謎の地図な。場所がわかる3枚のバッテンが書かれた地点に行ったら宝箱があった。んで、中身はこっち」



 ミルドが立ち上がって陳列台の方へ向かったのでわたしも後に続く。

 陳列台の上には回復薬が2本、ダガー、頑丈そうな手袋に銀のサークレット、そして虫取り用の網のようなものが載っていた。



「これが3つの宝箱から出たアイテムで、あとは合計985Dがオレのデモンリンガに入ったから清算してくれ」


「清算? と言いますと」


「今回の場合、宝箱から出たアイテムやデニールはあんたの物だ。デニールは実体がないからデモンリンガ経由で渡すしかねーんだよ」



 調査依頼の対象である地図で得たものは依頼主の物だと言って、すべて報告して差し出してくるミルドの律儀さに、レイグラーフがこの魔族国で冒険者は信頼の置ける存在だと言ったことを改めて嚙みしめる。

 他の冒険者と接したことがないからすべての冒険者がそうだとはまだ言えないけれど、少なくともミルドは冒険者という職業に対して誠実だ。

 ここで受け取りを辞退したら彼の矜持を傷付けることになるんだろうと思い、わたしは大人しくデモンリンガでデニールを受け取った。


 ただ、アイテムの方はちょっと持て余すので、冒険者は使い道のないアイテムをどうするのかと尋ねたらミルドは冒険者ギルドで換金していると答えた。

 ギルドでの換金は冒険者だけが対象だそうで、依頼主が売却したい場合は手数料3割で代行を請け負うという。

 手間を考えれば仮想空間のアイテム購入機能で売却してしまうのが手っ取り早いけれど、今回はミルド経由で手放す方が自然だろう。



「それじゃ、売却の代行をお願いできますか? 雑貨屋で取り扱わないダガーと銀のサークレットは決定として、この手袋と虫取り用の網って冒険者に需要ありますかね?」


「これは『作業用手袋』で、あんたの商品一覧表にも載ってる。毒や熱を通さない効果があるんで冒険者は毒のある素材を採集する時に使うし、薬の調合をする連中にも需要がある。素材には虫もいるからこの『捕獲用網』も素材採集に使う。店で取り扱う素材を増やす気なら、採集関係の道具は置いといてもいいんじゃねーの」



 わたしは薬と素材については完全に無知なので、ネトゲアイテムでも薬と素材は8割以上が限定販売の指定を受けている。

 でも、素材採集は冒険者の主要な依頼の一つらしいし、先々わたしが薬学を学んで扱える素材が増えるかもしれないから、採集道具は一応取り扱い範囲としておこう。



「ところで、この地図についてはどう思いますか」


「宝箱の中身の価値は同じくらいだったんで、当たり外れは特にないと思う。この地図のためだけにわざわざ出向こうとは思わねーけど、依頼で近くへ行ったら開錠のスキル上げのついでに小遣い稼ぎする分にはいいかもって感じか? 特別なアイテムが入ってるわけじゃなさそーだし、デニールもたいして多くないしなー」


「……ミルドさんって今Bランクなんですよね? SかAの人と、CかDの人にもこの地図を試してもらうことってできるでしょうか」


「ん? ランクによって中身が変化するかどうか確認したいってことか?」


「はい。アイテムの質やデニールの額といった宝箱の中身もですけど、開錠の難易度も変わる可能性があるんじゃないかと思いまして」


「なるほどなー。別件でギルドに依頼するか? 面倒ならオレが知り合いに頼んでもいいけど、宝箱から出たもの全部相手にやるって条件になると思うぜ」



 その条件でいいので、なるべく口の堅い人に頼んで欲しいとわたしはミルドにお願いした。

 今回の性能テストに関しては、冒険者ギルド預かりによる依頼の細分化という提案をすでに断っているのだし、できればひっそりと済ませてしまいたい。


 更にわたしはミルドが今回探してきたのと同じ地図をもう一度彼に渡し、宝箱の中身が変わっているかどうか確認してきて欲しいと頼んだ。

 実は、ミルドが心当たりがあると言った地図を動画で確認し、同じものを準備しておいたのだ。

 地図の中身は毎回ランダムのようで同じ場所のものが出るまで何枚か地図を開くことになったが、全部で何種類あるのかまでは確認していない。


 追加となった3枚の地図を受け取りつつ、ミルドが値踏みするような目でわたしを見た。



「そんなことまで考えつくのか。世間知らずな人族のお嬢さんだと思ってたけど、あんた、意外と冒険者的な感覚あるよな。実は人族の国でやってたとか?」


「えっ!? ま、まさか! わたし、ひっそりと隠れ住んでたので本はたくさん読んでまして、宝箱は魔術具の一種だと何かで読んだことがあるから不思議な現象があってもおかしくないだろうと、論理的帰結による推測をしただけですよ?」



 単に過去のネトゲ経験による予想に過ぎないのだが、リアル冒険者に指摘されてドキッとしてしまった。

 魔族国に亡命してくるくらいなので訳アリだと思われて当然だけど、魔力持ちだということ以外にも深い事情があると気付かれたらまずい。


 気を付けなければと思いつつも、「世間知らずな人族のお嬢さん」というミルドの言葉に、一般的な魔族によるわたしの評価はそういう感じなのかと若干凹む。

 そうか、それで交流の浅い人たちも親切にしてくれたんだな……。


 魔族の目にはひどく庇護欲をそそる存在に映ると、以前言われたファンヌの言葉を思い出す。

 ……早く一人前の魔族に見られるようになりたい。切実に。

読んでいただき、ありがとうございます。ブックマーク、★の評価にも感謝しています!

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