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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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80話 暦と定休日と陽月星記の話

 今日は講義の日で、レイグラーフがやって来る。

 店の応接セットとダイニングテーブルのどちらを講義に使うかわからないので、検討中のネトゲアイテムは木箱に入れてカウンターへ、精霊たちの魔力クリームの皿はキッチンのキャビネットの隅によけておいた。

 昨日のように自宅で3食食べることは滅多にないので、精霊たちが好きな時に食べられるように魔力クリームの皿を常設している。

 魔力クリームを盛る度に精霊たちが飛び上がったりくるくる回ったりと大はしゃぎするのが可愛くて、ついつい「おいしくな~れ」と一生懸命ホイップしてしまうのだからわたしも大概単純だな。


 講義は10時からなのでまだ時間に余裕はあるけれど、自宅で訪問客を迎えるのは初めてなので少し落ち着かない。(ブルーノの来訪はあったが、あれは訪問ではなく襲撃だからノーカウントだ!)

 視界の右隅に表示されている時刻を何度もチラ見してはそわそわしている。

 ネトゲ仕様の時刻表示はパソコンのタスクバーに表示されていたのと同じ位置にあるせいか、普段なら見ると何となく落ち着くのだけれど。




「やあ、スミレ。こんにちは。お邪魔しますよ」


「いらっしゃいませ、レイ先生。今日はわざわざありがとうございます」



 レイグラーフは10時少し前にやって来た。

 講義はわたしがノートを取りやすいからという理由でダイニングテーブルで行うことになり、わたしがお茶の用意をしている間にレイグラーフは家全体を管理する魔術具の調子を見てくれている。



「何だかすごく魔力効率が良いみたいで魔力があまり減らないんですよ。レイ先生のおかげですね、ありがとうございます」


「おや、そうですか。……前回はいつ魔力の補充を? そのあと家事はどのくらいしましたか?」


「昨日の朝補充して、昼頃から夕方まで結構長いこと調理しています。それから、お風呂に入ったあと洗濯しました」


「ふむ、結構使っていますね。その割には確かに減りが少ない……何故でしょう」



 レイグラーフは首を傾げていたが、どこか故障しているわけではないそうなので様子を見ることになった。

 魔力がすぐ減ってしまうなら問題あるけれど、逆ならあまり気にしなくてもいいんじゃないだろうか。



 今日は講義というよりわたしが引っ越してからの話をしながら、気付いたことや疑問などに答えてくれるそうで、わたしはさっそくいろいろと話した。

 近所の人々や店、商業ギルドへの登録に冒険者への依頼など、振り返ってみるとたった4日間なのにいろんなことがあって充実していたなぁと、改めて感じる。

 城下町へ引っ越したら雑貨屋開業に向けてすぐに動き出そうと考えていたから、順調に活動出来ていることに満足しつつ、ミルドの協力を得られたのが大きかったと話すと、レイグラーフは少し心配そうな顔をした。



「冒険者としての腕が良くても女性関係が派手だというのが心配です。本当にその冒険者で大丈夫なのですか? 何なら、女性の冒険者を紹介してもらうという手もありますよ」


 依頼する冒険者を選ぶうえで性別は特に考慮していなかったのでレイグラーフの提案内容は盲点だったが、今からミルド以外の冒険者とわざわざ接触する積極的な理由にはならないと感じた。

 それに、ミルドが異性だからこその利点もあるのだ。



「商業ギルドへ同行してもらった時に、知り合ったばかりの異性との適切な距離感について指摘してくれたんです。わたしは今まで親しい男性としか出歩いたことがなかったからか、距離が近すぎたみたいで」


「ああ……、確かに私たちの間柄だとその点は見落としてしまいますね。距離は親しさを表すものですからそれだけで周囲に誤解されることはありませんが、注意を払うに越したことはありません」



 そんな風に、ミルドはわたしが魔族の常識を把握しきっていないことに早い段階で気付き、おかしなところがあれば指摘してくれるので非常に助かっている。

 わたしの知識不足に付け込む気がまったくないのは彼が女性に不自由していないからなので、自分に累が及ばないのであれば女性関係が派手だというのはむしろ安心要素だと伝えたら、レイグラーフもそれなりに納得したようだ。



「そういう魔族の常識や慣習に早く慣れることも大事だと思うんですけど、今一番関心があるのは暦のことなんですよ。離宮にいた時は今日が何日で何の日かなんて気にしたことありませんでしたから」


「確かに、ヴィオラ会議の面々は不定休の人ばかりですからどうしてもスケジュールは流動的になりますね。スミレはその影響下にありましたから……」


「はい。でも、城下町での暮らしはお店の定休日にかなり影響を受けるので、暦を意識して生活するようになりました。開業までに雑貨屋の定休日を決めないといけませんし、この世界の暦のことをもっと知りたいと思いまして」


「なるほど。離宮への里帰りにも関わりますから、定休日はしっかり検討する必要がありますね」



 そうなのだ。里帰りは城への納品や講義、訓練という重要な用件のために帰るという側面もあるので、定休日はそのあたりも考慮して決めなければいけない。


 この異世界の暦では一週間は7日で、ひと月は7日×4週の28日。一年は28日×12か月の336日だ。

 微妙に元の世界の暦と違うが、ひと月の日数が固定なのはおそらくネトゲの仕様上、計算がしやすいからだろう。

 フィクションの世界にわざわざ面倒な閏年の概念を持ち込むこともない。

 イベントの進行やゲーム内の物価の変動など、経過日数で管理されている項目は多いだろうし、処理スピードや管理のしやすさを考えればそれも当然だ。

 同様に、月が満ち欠けせず、太陽の軌道が変化しないのは世界観の構築のためではなく、単にその方がプログラムが楽だからに違いない。


――と、そういう視点で見るとこの世界の暦や天文の話は味気ないものになってしまうけれど、「太陽・月・星々はいつも同じ姿で同じ軌道・方角にあるため不変の象徴となった」という陽月星(ようげつせい)の設定はゲームのフレーバーとしては割と気に入っている。

 それに、日にちと曜日の組み合わせが固定なのは慣れたら楽そうなので特に不満はない。



 レイグラーフの解説によると、曜日はエレメンタルの四元素と不変の象徴である陽月星で構成されていて、陽・月・火・風・星・水・土の順だ。

 1日が(よう)の日、2日が(つき)の日……と続き、月末は28日の(つち)の日で終わる。

 曜日は元の世界とだいぶ違うし、水曜日と(みず)の日の位置が違うのでややこしい。

 そして、多くの魔族が四元素を冠する日を活動日と捉えているため、休日はほぼ陽月星の日に当てられるそうだ。



「魔族の休日で一番多いのは陽の日で、二番目が月の日、三番目が(ほし)の日ですね。また、陽と月の日で連休にしたり、陽の日が全休で月と星の日を半休にしたりと、いろんなパターンがありますよ」


「へえ~、半休なんてあるんですね。そういえば発酵屋は年中無休ですが、午前のみの営業だと言っていました」



 発酵屋ではフィルというヨーグルトに似た発酵食品を扱っている。

 フィルは発酵の関係上毎日売る必要があるので年中無休で営業しているが、たいてい午前中に完売するため午後は閉店してしまうらしい。

 年中無休、でも実質週休3.5日か。

 飲食業は週休1日が多そうだし、商業ギルド・冒険者ギルドはどちらも年中無休だったし、休み方は業種によって様々なようだ。



「定休日にはもちろん業種の事情が反映されますが、種族の事情が影響する場合もありますよ。以前、精霊祭の取り組み方は部族や種族によって異なるという話をしましたが、同じように定休日の考え方や対応も種族によって異なります」


「部族や種族独自の行事や集会があれば定休日の選定に影響しそうですね」


「とは言っても個人の事情や考えもありますから、定休日は店主が自由に決めれば良いというのが魔族社会の一般的な考え方です。――という建前を述べつつも、実は雑貨屋の定休日を決めるに当たってスミレに考慮して欲しいことがあります」


「はい、何でしょう」


「できれば、陽月星の日は定休日にしてもらえたらと考えています。こちらの都合で申し訳ないのですが、ヴィオラ会議の面々は不定休なので、今後のスケジュール調整を考えると週に3日ほど候補日があると非常に助かるのです」



 なるほど、確かにそうだ。

 彼らはいつも多忙なスケジュールの合間を縫ってわたしの用事をこなしてくれるが、いつまでもその厚意に甘えているわけにもいかない。

 融通が利く立場のわたしが合わせる方が容易いのだし。



「わかりました、それじゃ陽月星の日を定休日にしますね」


「えっ、即決してしまって良いのですか? 頼んでおいて何ですが、店の経営に関わることですからじっくり考えてくれて良いのですよ?」


「いえ、ヴィオラ会議のメンバーとの協調の方がわたしにとっては大事ですから、かまいません」



 週に4日の営業で雑貨屋の経営が成り立つのかわからないし不安はあるけれど、それでもわたしは彼らの要望に応えたい。

 まだ開業前だし商品価格も未決定だから、週休3日でも成り立つようなビジネスモデルを考えて対応していけるかもしれないし。


 レイグラーフはまだ気遣わし気な顔をしていたが、そろそろ昼食の時間だと言って外へ誘い出した。

 彼が所望していたマッツのパン屋とロヴネルのスープ屋へ案内する道すがら、別の話題を振ってしまおう。



「そういえば、レイ先生。陽月星記の二巻は持ってきてもらえましたか?」


「もちろん持ってきましたよ。家へ戻ったら渡しますね。スミレがあの物語を気に入ったようで嬉しいです。どのあたりが良かったのですか?」



 陽月星記は古の部族の起こりから魔族国が成立するまでの経緯とその後を描いた書物で、様々な部族や種族の逸話が数多く収録されているから魔族や魔族国に関する知識を深めるのに良いと言ってレイグラーフが貸してくれたものだ。

 一巻は叙事詩のような感じで、精霊族のいくつかの種族の起こりに関する話と竜人族の起こりに関する話が収録されていた。

 精霊族が一番古い部族であることや、具体的な記述のおかげでどんな種族がいるのか一部だけでもわかったし、竜人族もまた古い血脈を持つ部族だと知った。

 どの話もとても興味深くて、古めかしい文体なのに一気に読んでしまった程だ。




 結局、そのまま陽月星記の話で盛り上がってしまい、食事中も家に戻ってからもずっと陽月星記の話を続けてしまった。

 帰り際に借りている本の入れ替えをしたが、レイグラーフは何と二巻から五巻まで4冊も持ってきてくれていて、わたしを喜ばせた。

 どこでもストレージから一巻を取り出して返し、入れ替わりに借りた4冊を丁重にしまう。



「それでは、次の週末には必ず里帰りしてくださいよ。皆、楽しみに待っていますからね」



 心配性のレイグラーフはわたしの健康と身の安全を心配し、陽月星記を読むのに根を詰めたり夜更かししたりしてはいけないと注意事項を並べると、名残惜しそうに帰っていった。

 相変わらず教え子思いの先生だ。

 師の蔵書のおかげで夜の読書タイムが充実しているからか、一人暮らしの寂しさをほとんど感じずに過ごせている。


 よーし、今夜からさっそく二巻を読み始めよう。

 次はどの部族が登場するのかな。楽しみだ!

読んでいただき、ありがとうございます。ブックマークや★クリックの評価にも感謝しています!

※ヨーグルト似の発酵食品の名前を変更(短くしました)

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