表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/289

76話 初めての依頼と初めてのギルド

「昨日はすみませんでした、失礼な態度を取ったりして」


「気にしてねーよ。前日に引っ越してきたばっかなら人見知りもするだろ。しかも元人族で魔族慣れしてなさそーだし。そんなことより話って何だ? もう商品見せてくれんの?」



 最初に昨日尻込みしてしまった件を謝ったら、ミルドはわたしの謝罪をあっさり流してさっさと本題へ入った。

 この人は見た目や喋り方だけ見ると軽薄な印象を受けるけれど、少し接するとこちらの心情を細やかに察した上で敢えてスルーしてくれる人だとわかる。

 魔族たちのこういうカラッとした優しさに触れる度、素敵だなといつも思う。

 わたしがこの魔族国にもっと馴染んだら彼らみたいになれるだろうか。



「それもあるんですけど、他にもお願いしたいことがあって。うちに来ていろいろ見てもらった上で意見を聞かせて欲しいんです。ミルドさんの都合のいい日でかまわないので、お願いできませんか」


「ふーん。今日これからでもいいけど」


「ヘッ? 急な話なのにいいんですか?」


「いいぜ。んじゃ、それ食ったらあんたの店へ行くか」



 ミルドはあっさりと承諾してくれた。

 わたしはホッとしてひと息つくと急いで食べ始めたが、急がなくていいとミルドが言ってくれたので少しスピードを緩めてしっかり味わって食べる。

 ミネストローネ風のトマトスープは野菜の旨味がたっぷり詰まっていて実に味わい深く、挟みパンはなめらかな口当たりとふわふわな食感のスクランブルエッグにカリッとしたベーコンが香ばしくてとてもおいしい。

 既に食べ終わっていたミルドがわたしの食べている挟みパンの具を聞いてきたので教えると、同じものを注文してきて食べ始めた。



「うまいな、この組み合わせ」


「でしょ? トマトスープもおいしかったし、朝から元気出ますね~」



 マッツのパン屋とロヴネルのスープ屋のおかげで毎日朝食が充実していて、非常にありがたい。

 満足しながら食事を終え、ミルドと共に店を出る。

 オーグレーン荘へと向かう途中で巡回班の班長であるオルジフと行き会った。



「おはようございます、オルジフさん」


「おはよう。なあ、あんた何でこいつと一緒に歩いてるんだ?」


「仕事を依頼するのでうちへ来てもらうところなんです」


「仕事の依頼か……。おいミルド、お前このお嬢さんに変なことするなよ?」


「地味服、地味メイクでガッチガチに固めてる女に手ぇ出すかよ、面倒くせえ。そこまで困ってねーよ、おっさん」


「店のドアを開けっぱなしにするわけにはいかんだろうが、窓は開けときなさい。何かあったらすぐ俺に伝言を飛ばすんだよ?」



 そう言うとオルジフは去っていった。

 ブルーノが選出した巡回班の班長なんだから、きっとオルジフは面倒見のいい人なんだろう。

 気に掛けてくれたオルジフには悪いけれど、ミルドの言葉がエルサによる評価を裏付けるものだったのでわたしの中ではかなり安心感が増している。




 家へ着くとオルジフの言葉に従って店の窓を開け放った。

 応接セットのソファーをミルドに勧めて商品一覧表を手渡すと、まずはひと通り目を通してもらう。

 ミルドがそれを見ている間にお茶を出し、わたしも向かい側のソファーに腰を下ろした。


 実は、渡した商品一覧表はあらかじめ限定販売の指定を受けた物と扱いが難しそうな物を省いてある。

 在庫を貯める作業の中でたまたま手にした鋼の片手剣の重さに驚き、相変わらず自分はどこかゲーム感覚で、そのアイテムを入手した誰かがそれで何をするのかというリアルに対する意識が薄かったことを再認識した。

 実物の武器はダガーですら怖かったし、メンテナンスを請け負えないなら防具類も売るべきじゃないと気付いたので、武器と防具はすべて除外してある。

 亡命時に大量に持ち込んだ品々を売っているというのがヴィオラ会議が決定した雑貨屋の公式設定なので、食料品なども長期保存が可能なもの以外は不自然になるからやめた。

 そうやって絞り込み、色違いやサイズ違いもひとまとめにした結果、470点以上あったアイテムはこの商品一覧表では140程度まで数を減らしている。

 ミルドの意見を参考にして更に絞り込み、最終的に雑貨屋で取り扱うアイテムと販売価格を決めてカタログの発注に進みたい。



「人族の装備品と道具類がメインで、魔術具と薬と素材が少々と、酒や調味料、保存食の類に本と地図ってとこか。随分と雑多だな。こりゃ確かに雑貨屋だ」


「あくまで取り扱い可能な品目を書き出しただけで、全部を扱うつもりはないんです。その中から需要がある物を選んだり、逆に問題がありそうな物を外したりするのに冒険者の意見を聞きたくて……。うちの商品は冒険者に需要がありそうだと言われたものですから」


「なるほどね。んじゃ、あんたの依頼はこの品々についての所見を求めるってことでいいのか?」


「いえ、他にもありまして、最終的に残った商品の冒険者から見た適正価格を教えて欲しいんです。それに商品の性能テストもお願いしたいし、できればその結果を基に品質保証もしてもらえたらと考えてます。それから」


「ちょっと待て。えらく多いな。それ、全部オレに依頼すんの?」


「お願いできたらと思ったんですけど……、無理でしょうか」



 わたしの言葉にミルドは手を顎に添えて考え込んだ。

 眉間にしわが寄っているところを見ると、面倒な話を持ち掛けてしまったのかもしれない。

 しかしミルドはすぐに思考を切り上げ、お茶をひと口飲むとわたしに提案があると言った。



「まず最初に言っとくが、あんたの要望を全部まとめるとかなりデカい額の依頼になる。それを面識の浅いオレに全部任せていいのか? 何なら冒険者ギルドに話を持ち込んで依頼を細分化するって手もあるぞ」


「目立ちたくないので、できれば大勢の手を介したくはないですね……」


「……目立ちたくないってのは無理じゃねーの? そのスタイルやめるつもりないんだろ?」



 シネーラと地味メイクを指摘され、うっと言葉に詰まったが、お誘い回避はわたしにとって至上命題なので頷いた。



「まあ、余計な情報の拡散を防ぎたいってのはわかるんで、オレ一人で依頼を受けるのは別にいい。なら、あんたの言う細々とした要望を“雑貨屋開業のための調査依頼”として全部まとめちまうってのはどうだ?」



 その様子じゃ後から細かい要望が出てきて追加料金が発生しそうだと言われ、ごもっともな意見に返す言葉もない。

 更に、高額になるのでまずは一週間お試しで依頼することを提案された。

 初めて依頼する冒険者なんだから、その間の働きぶりをしっかり見てから本式の依頼をしろと言われ、堅実な提案をしてくれたミルドの冒険者としての誠実さに感動を覚える。

 ぼったくることだってできたのに……この人、見た目と中身のギャップが本当に激しいな。


 ミルドの概算によると依頼にかかる期間はだいたい2、3週間で、依頼料は総額5千D。

 ひと月の食費と同じくらいの金額だろうか。家賃が月額9千D相当と考えると確かにお高い。

 でも、これまで雑貨屋開業のための必要経費をわたしは何も払っていないし、これくらいの投資は必要だと思う。

 依頼料はお試しの一週間分を2千D、本式の契約を残りの3千Dとすることで話はまとまった。

 依頼は冒険者ギルドを通して行われるので、さっそく冒険者ギルドへ行こうとしたところで、はたと思いつく。

 デモンリンガで決済したら単なる自腹になってしまう。

 でも、これは雑貨屋開業のための必要経費。ならば、まず商業ギルドで登録して決済用の魔術具をゲットしてそれで支払わなくては!



「ミルドさん、先に商業ギルドで登録済ませていいですか? でないとこの高額な依頼料を経費として処理できません!」


「ああ、いいぜ。……あんた、案外ちゃんとしてんだな」



 ミルドはやや呆れたような顔をしつつも、商業ギルドまで案内してくれた。

 商業ギルドはオーグレーン荘と同じ一番街にあるのでそれ程遠くない。

 受付のカウンターでギルド登録の申請をしている最中、デモンリンガを提示したところで別のギルド職員が呼ばれ、ちょっとした騒ぎになった。



「はいはい、あなたが元人族の方ですね。亡命者が城下町で開業すると城から通達がありましたからあなたのことは聞いていますよ。皆さん、この方の紫のデモンリンガをよく見ておいてくださいね。彼女は正式な魔族国の民として登録されていますので、次にカウンターで応対する時にいちいち驚かないように」



 チーフ職と思われる女性ギルド職員がわたしの左手を掴んで上に上げさせ、ホール内にいるギルド職員にわたしのデモンリンガを見せた。

 ギルド職員たちが椅子から立ち上がったり近寄ったりして見てくるので、見世物にでもなった気分だが我慢する。

 確かに毎回特別なデモンリンガで驚かれるのも面倒だ。


 デモンリンガが登録手続きの完了を示す光を放ち、わたしは魔族国の商業ギルドの会員になった。まだ開店していないが、既にデモンリンガの職業欄には雑貨屋と記載されているらしい。

 よし、これでいつでも店を開けるぞ!

 商業ギルドの規則について説明され、決済用の魔術具を受け取り使い方を教えてもらった後、最後にギルド長に引き合わされた。

 偉い人に会うことになるとは思っていなかったので驚いたが、元人族の亡命者という特殊な立場なのだから最初のうちは特別扱いも仕方がないだろう。

 ただの亡命者ですらこれなのだ、聖女だとバレたらどうなることか……重々気を付けようと改めて心に誓う。

 今後ともよろしくお願いしますと挨拶して商業ギルドを後にした。




 続いて冒険者ギルドへと向かう。

 冒険者ギルドは中央通りを挟んだ二番街にあり、商業ギルドからは比較的近い。

 昼時近かったので先に昼食にするかとミルドに聞かれたが、早く仕事の話を進めたいので手早く依頼手続きを済ませ、何か適当にテイクアウトしてうちで食べることにする。


 ミルドに連れられて入った冒険者ギルドは当たり前だが商業ギルドとはだいぶ雰囲気が違い、アウェー感がハンパなかった。

 何こいつ? と言わんばかりの視線が痛い。

 カウンターでギルド職員に依頼内容とミルドを指名する旨を伝えると、わたしが冒険者ギルドの利用が初めてなことと依頼料の高さを理由に、ミルドと同じようにギルド預かりによる依頼の細分化を提案してきた。

 それは既にミルドからも提案済みでわたしの希望に沿わないことを説明したうえで、まずは一週間のお試しの依頼をすると言ったら納得してもらえたようだ。

 さくさくと依頼手続きが進められ、わたしが店の決済用の魔術具で依頼料を収めると、その場でミルドが依頼を受ける手続きを完了させた。

 おお。ネトゲのプレイで数えきれないほどのクエストを受けてきたが、依頼側になることはなかったのでものすごく新鮮で不思議な感慨がある。


 ミルドへの依頼を継続するなら一週間後にまた来ますと伝えて、冒険者ギルドを出た。



「これであんたは正式にオレの依頼主になったわけだ。よろしく頼むぜ」


「こちらこそ、よろしくお願いしますね!」



 雑貨屋開業までの道筋がどんどん確かなものになっていく。

 そんな実感を噛みしめつつ、わたしは帰り道を急いだ。

読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ