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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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75話 冒険者ミルド

久しぶりに朝の予約投稿!

 城下町に引っ越して二日目の夕食はノイマンの食堂で取ることにした。

 夜の城下町を一人で歩いたことがなかったので少しだけ緊張したが、バーチャルなマップにも『生体感知』にも妙な動きはないまま店に着く。

 時刻は夜の6時頃。離宮でも夕食が始まる時間帯だ。

 ノイマンの食堂はそこそこの混み具合で、兎系獣人族のエルサが忙しそうに店内を行き来するのを眺めながら、わたしは空いているテーブルに腰を下ろした。

 注文を取りにきたノイマンに、黒板のメニューに書かれていた肉団子の煮込みを頼む。


 この異世界の肉団子はかなり大きめで、小ぶりなハンバーグくらいの大きさだ。

 肉料理のメニューにハンバーグがないせいもあって、肉団子の煮込みはわたしの中で煮込みハンバーグのような位置づけになっている。

 子供の頃からの大好物なので黒板に書かれているのを見た瞬間注文してしまったが、出てきた肉団子の煮込みは期待に違わぬおいしさだった。

 噛むたびに肉汁がジュワッと出るし、ひき肉の食感がしっかりしていて満足感がすごい上にスパイスも良いアクセントになっている。

 更に濃厚なブラウンソースがこれまたおいしくて、まさに大人の煮込みハンバーグといった感じだ。

 これにとろけるチーズがのったら最強だなと、母がよく作ってくれたことを思い出しながら黙々と食べていたら、ノイマンに声を掛けられた。



「あんた、毎回うまそうに食べてくれるねぇ」


「そうですか? 自分ではわかりませんけど……」



 離宮で皆と同じメニューを食べていた頃は言われなかったが、城下町でそれぞれ別なものを食べる機会を得てからカシュパルたちにそう言われるようになった。

 食いしん坊と思われているみたいで恥ずかしかったが、提供する側が喜んでくれるのなら、まあ良しとしよう。



「前回もその前の初めて来た時も思ったんだが、あんたが食べてるのを見るとつい同じものを食べたくなるんだよ」


「なるんだよ、じゃなくてこの子たちが帰ったあと実際に肉の煮込み食べてたじゃない。あの子やけにうまそうに食べてたなーとか言ってさ」


「えっ、わたしが初めて来た時のことを覚えてるんですか?」


「当たり前でしょ。アンタ、自分が目立ってるって自覚ないの?」


「……その様子じゃ、なさそうだね。自覚」



 会話に混ざってきたエルサにズバッと言われて焦ってしまう。

 目立つ理由にシネーラの着用を挙げられ、しかも今日は街着だから少しマシだが前2回は最上級シネーラだったので相当目立っていたらしい。

 確かに街で見掛ける女性の8割がヤルシュカ、残り2割がバルボラとヴィヴィという感じだったが、隣人のドローテアもシネーラを着ていたからそこまで異色だとは思っていなかったのだ。



「あの人は年配だから納得いくけど、アンタはまだ全然若いじゃない。何で地味メイクにシネーラなのよ」


「えっと、恋愛する気がないからですけども。シネーラも地味メイクもお誘い不要のサインなんですよね?」


「嘘!? アンタ、マジで恋愛する気ないの? 何で?」



 エルサはまだ面識が浅いのにもかかわらず、ストレートにわたしに尋ねてきた。

 おおう、すごいな魔族社会。マジで遠慮がない。

 そして同時に、今まで周囲の魔族たちがわたしに対していかに慎重に丁寧に接してくれていたのかを理解した。

 わたしは真綿で包むように大切にされていたんだな……。



「う~ん。今は魔族社会に慣れるのに手いっぱいで、恋愛とか考えてる余裕がないんですよ。まあ、元々関心も薄いんですけどね」


「ふ~ん。そっか。恋愛する余裕がないっての、想像つかないけど」


「雑貨屋を開業するので、その準備もあって気忙しいんです。商業ギルドの登録もしなくちゃいけないし」


「そういや、そんな話だったな。その雑貨屋は人族の品も扱うのかい?」


「はい。一応その予定です」


「なあ、その話詳しく聞かせてくんねえ?」



 ノイマンの問いに答えたら、少し離れたテーブルから声が上がった。

 声がした方を向くと、金髪の男性が伸び上がるようにしてこちらを見ている。

 どこかで会ったような気がしたが、シルバーのピアスに気付いて思い出す。今朝マッツのパン屋で相席した人だ。

 そっちのテーブルに行ってもいいかと聞かれ、ノイマンとエルサの顔を見たが店側は別にかまわないようだ。

 特に断る理由もないし、雑貨屋に関して他の魔族の話も聞いてみたかったので相席を承諾する。

 自分の料理と飲み物を手にテーブルを移って来たその男性は、腰を下ろすと同時に自己紹介した。



「オレ、ミルド。豹系獣人族の冒険者。よろしく」



 何と、彼は冒険者だった。

 雑貨屋の商品は冒険者向けのものが多そうなので、販売価格を決めるためにも冒険者の評価を聞いてみたいと思っていた。

 朝相席した時のやり取りやノイマンとエルサの反応を見ても問題のある人物ではなさそうだし、とりあえず縁を繋いでおくといいかもしれない。



「スミレです。こちらこそよろしく」



 今まではカシュパルがやってくれていたわたしの公式設定を簡単に伝えて自己紹介すると、好奇心をそそられたのかミルドが食いついてきた。



「へー、元人族の亡命者なのか。オレら冒険者は依頼で結構人族のエリアにも行くんだけど、どの辺りの出身なんだ?」


「あ、すみません。そういうのは秘匿するように言われてるんです」


「はーん、なるほどね。了解」



 すごいな魔族社会。皆、本当に遠慮なしにグイグイ来る。

 だけど、言えないと伝えればスッと引いてくれた。

 さっきのエルサもそうだったけれど、遠慮なしにズバッと踏み込んでくる割に、こちらの主張を否定したり自分の意見を押し付けようとすることはない。

 気軽に手助けを申し出てくれるし、互いを尊重し合うのが魔族社会の基本なんだと改めて実感する。



「で、あんたの雑貨屋では人族の品を扱うらしーけど、具体的にどんなものを扱うのかもう決まってんの?」


「はい、一応は。装備品や道具類に食料品、書籍と薬も少々扱う予定です。ただ、最終的に店頭へ置く品目はまだ決定してません」


「薬は助かるな。この辺りには薬屋がないから」


「中レベルくらいまでしか扱えませんよ?」


「それでいいって。低・中レベルの回復薬と特殊回復薬があれば十分よねー」



 ノイマンとエルサも興味があるのか、注文や料理運びがない時はテーブルの横で会話に参加してくる。

 病気や怪我は回復魔術で治すものだと思い込んでいたが、回復魔術は適性が必要なため誰でも使えるわけではないらしく、普通の怪我や体調不良程度なら回復薬で治すのが一般的のようだ。

 そのため低レベルから中レベルの回復薬や解毒剤、状態異常を回復する特殊回復薬を各自で常備しているらしい。



「人族の装備品に道具類か。おもしろそーだな。商品はもう見れるのか?」


「昨日引っ越してきたばかりで、店の品はまだ手付かずなんです……」



 どうしよう。まだミルドの為人を知らないのに、このまま勢いで商品を見せる流れになっても困る……。

 そう思ったら、とっさに腰が引けてしまった。

 ミルドは一瞬こちらをジッと見たが、フッと笑うと椅子から腰を上げた。



「んじゃ、見せてもいい状態になったら知らせてくれねえ? あんたの気が向いた時でいいからメッセージ飛ばしてくれよ」



 そう言ってミルドは席を立ち支払いを済ますと、じゃあなと片手を上げて店を出て行った。

 おそらくわたしが尻込みしたのをミルドは察したに違いない。

 何も言わずに今度もスッと引いてくれた彼に対して、何だか酷く悪いことをしてしまったような気がしてわたしはうな垂れた。

 ううう。朝もチャラ系な見た目の割に親切な人だなと思ったのに、しかもせっかく冒険者との伝手を得るチャンスだったのに、何をやってるんだわたしは……。



「プッ。何だいあんた、今のを気にしてるのかい? 初対面なら普通の反応だろ。むしろ一人暮らしの若い女ならそのくらい用心深くてちょうどいいさ」


「そうね。この子が一人暮らしなんて大丈夫?って思ってたけど、案外ちゃんとしてるじゃない」



 ノイマンとエルサの言葉に少し励まされ、凹んでいる場合じゃないと気を取り直して彼らにミルドについて尋ねる。

 レイグラーフが冒険者は信頼の置ける存在だと言っていたが、彼個人の評判はどうなんだろう。



「わたし冒険者さんに依頼したいことがあるんですけど、あのミルドさんの評価はどんな感じなんでしょうか」


「冒険者としての腕はいいぞ。もうそろそろAランクに上がれそうだって話だから若手の中じゃトップクラスだろ。ただ、ちょっと女関係が派手かもな」


「冒険者なんだからあんなもんだってば。モテるから女に不自由してないし来る者は拒まず去る者は追わずって主義だから、しつこく付きまとわれる心配がないだけアンタには悪くない依頼相手なんじゃない?」



 女性のエルサから見て恋愛方面で問題なさそうな上に腕もいいなら、せっかく顔見知りになったのだし彼に依頼してみたい。

 どちらにしろ、まずは一度アイテムと商品一覧表を見てもらって、冒険者としての意見を聞かせて欲しいと頼んでみよう。


 参考になったと二人にお礼を伝えて店を出た。

 明日ミルドにメッセージを送ってアポを取ろう。

 失礼な態度になったことも謝りたいし。




――そう思っていたのに、翌朝マッツのパン屋とロヴネルのスープ屋に行ったらミルドが食事していて、目が合うと手を上げて身振りで挨拶を寄越してきた。

 軽く会釈を返してから、せっかく会えたのだしここで話かけてしまえと思い、わたしはミルドのテーブルへささっと近づいた。



「おはよう、ミルドさん」


「おう、おはよ」


「話があるのでご一緒してもいいですか?」


「オッケー。向かいの席空けとくから飯買ってこいよ」


「ありがとう。お願いします」



 ミルドはかなりの早食いだから待たせたら悪いと思い、急いで注文する。

 でも少しだけ慣れたからか、昨日よりは若干メニューを吟味する余裕があった。

 トマトスープがミネストローネ風だったのでそれを頼み、挟みパンはスクランブルエッグとベーコンにしてもらうと、それらを手にミルドのテーブルへ向かう。


 よし。しっかり食べて、冒険者にビジネスの話を持ち掛けるぞ!

読んでいただき、ありがとうございました。

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