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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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74話 初めて過ごす城下町の夜と朝

 仮想空間のアイテム購入機能で紅茶の茶葉を買い、キッチンでマグカップにお茶を淹れると、わたしはダイニングへ移動してゆっくりとお茶を飲んだ。

 四人掛けのダイニングテーブルは一人暮らし用には大きいと思うが、離宮のテーブルと比べればわたしの庶民感覚に随分と近づいた感じがする。

 お茶も同じで、ティーカップとソーサーでお茶を飲むのは優雅で素敵だけれど、自分一人ならこうしてマグカップで済ませてしまう方が性に合っていると思う。

 一人暮らしを始めた途端に大雑把で面倒くさがりなわたしの一面が出てきたことに気付き、自分のことながら笑ってしまった。


 飲み終えたマグカップを洗おうと洗浄の魔術を使いかけたところで、そういえばこの家ではまだ一度も精霊を呼び出していないことに気付く。

 そうだ、この家にいる精霊たちにも挨拶しておこう。



「火、風、水、土、四元素の精霊たちよ……」



 四人の精霊がフッと現れ、テーブルの上にふわふわと浮かんでいる。

 どの子もニコニコと笑っていて、見ているこちらまで笑顔になってしまう。



「こんにちは。わたし、スミレ。今日からこの家の主になりました。よろしくね」



 そう声を掛けたら、飛び上がったりクルクル回ったりして元気良く反応してくれたので、たぶん歓迎してくれているんだと思う。

 何だかとても嬉しくなったので、お近づきの印に魔力をあげることにした。

 今まではレイグラーフを真似て手のひらの上で丸めて作った魔力の球をあげていたが、我が家の精霊たちにあげるのだしオリジナリティーのあるものにしたい。

 わたしは手のひらをくぼませると、洗顔料を泡立てる時のようにもう片方の手をシャカシャカと動かして魔力をホイップクリーム状にしてみた。

 食器棚から取り出した器に魔力クリームを移し、精霊たちにどうぞと言って差し出したら四人とも大喜びで手ですくって食べ始めた。


 くうう、可愛い。めちゃくちゃ可愛い!

 精霊たちには本当に癒される。


 大はしゃぎしながら魔力クリームを食べる精霊たちを一人ずつじっくりと眺めていると、それぞれに個性があっておもしろい。

 一人暮らしにはほんの少し寂しさがあるけれど、それを埋めてくれそうな彼らともっと仲良くなりたいな……。



「――そうだ。君たちに名前を付けてもいい? ただの精霊じゃなくて、わたしにとってオンリーワンの精霊になってくれると嬉しいんだけど、どう?」



 わたしの問いかけに、一瞬間があったあと精霊たちは飛んだり跳ねたり回ったりと賑やかに喜色を表してくれた。

 彼らが承諾してくれたと見なして、さっそくそれぞれの名前を考える。

 まずは火の精霊から――。



「君は、ひーちゃん!」



 残念ながらわたしにネーミングセンスはなかったわけだが、ひーちゃんは喜んで50センチくらい飛び上がりながら宙返りした。

 おお、さすが火の精霊。元気いっぱいだ。


 次は風の精霊。

 メッセージの魔術はしょっちゅう使うから、たぶんこの子を呼び出す回数が一番多くなるだろう。



「君は、ふぅちゃん!」



 つま先立ちでくるくるっと一回転(ピルエット)したふぅちゃんは、まるで小さなつむじ風のようだ。

 動きが速く、でも優雅で美しい。


 その次は水の精霊なんだけれど、この子はシャイなのかモジモジしていて、他の子たちと比べて少し大人しい。



「君は、みーちゃんね!」



 ピョンピョンとルの字ジャンプするみーちゃんがキュートすぎる。

 それを見て「かわいい~」と言ったらまたモジモジしてしまった。可愛い。


 そして、最後は土の精霊だ。

 この子はとても個性的で小さな力士のような、何だか四股でも踏みそうな雰囲気を醸し出している。



「君は――、ツッチー!」



 一人だけ毛色の違う名前になってしまったが、ツッチーはニカッと笑ってわたしに向かって親指を立てた。

 わたしも笑顔でサムズアップして返す。

 ノリがいいね、ツッチー。そういうの結構好きだよ!



 四人の精霊を顕現させたままわたしは衣類や生活雑貨の整理をし、そのあと少し時間は早いがさっさと夕食にした。

 先程の器に魔力クリームを足して、四人の精霊たちと一緒に食事をする。

 マッツのパンもロヴネルのポトフも大満足のおいしさで、結構なボリュームだったのにペロリと平らげてしまった。

 明日の朝食も彼らの店で食べることにし、忘れないうちにネトゲのバーチャルな画面を操作して目覚ましのタイマーをセットしておく。


 お風呂を上がったあとは、ネトゲアイテムの白いTシャツと杢グレーのショートパンツを着て、ベッドにゴロリと寝転んだ。

 この世界の寝間着はくるぶしまであるネグリジェで、布団の中で脚にまとわりつく感じがどうにも寝苦しかったので、一人暮らしを始めたら絶対に夜はTシャツとショートパンツで寝ようと決めていたのだ。

 久しぶりの着心地の軽快さに思わず笑い声がこぼれる。

 ああ、爽快だ。何て身軽なんだろう。

 わたしの機嫌がいいからか、精霊たちも飛び上がったりくるくる回ったりと大はしゃぎしている。


 この世界にない服装なので、ファンヌが泊まりに来る時はもちろん寝間着を着るし、突然の来訪者にも対応できるよう、瞬時に着替えられるようにしておいた方がいいだろう。

 ネトゲ仕様を使えば一瞬で装備を変えられるので、街着のシネーラ、バルボラとヴィヴィ、寝間着の3種類をさっそくショートカットキーに登録した。

 うん、これで心置きなくこの格好で寝られる。


 先程目覚ましのタイマーをセットした時に気付いたが、不思議なことに、わたしにしか見えないはずのネトゲのバーチャルなウィンドウの存在を精霊たちも認識しているようで、不思議そうに画面を覗いたり、触ろうと手を伸ばしては画面を通過してしまったりしていた。

 やはり精霊はこの異世界において特別な存在だからネトゲ仕様のものも認識できるんだろうか。


 ネトゲのバーチャルな画面を開いたついでに、動画を観ながら今日会った人の顔と名前をチェックしておく。

 笑顔や愛想を封印したまま良い関係を築いていくためにも、次に会った時にちゃんと挨拶できるよう顔と名前をきちんと覚えておかなくちゃ。

 ベッドでゴロゴロしながら、学生時代の試験勉強のように今日知り合った人の顔と名前を頭に叩き込む。


 寝具のリネンが離宮のベッドと同じ肌触りで、何だかすごく心地良い。

 濃淡のブルーでまとめられた寝室の落ち着いた色合いが、興奮していたわたしの頭を徐々に落ち着かせていく。

 わたしはいつの間にか眠りに落ちていった。




 翌朝は目覚ましが鳴る前に起きた。

 気分はすこぶる快調で、ステータス画面にも異常はない。

 いつものようにベッドの上でストレッチをしてから、寝室内で軽く護身術の動きをしてみた。

 今日からはいよいよ一人で街の中を出歩くんだから、気を引き締めていこう。


 開店と同時に行くのもどうかと思い7時半頃店に向かったら、マッツのパン屋もロヴネルのスープ屋も激しく混雑していた。

 どうやら一番混む時間帯に来てしまったらしい。

 店で食べていくつもりだったがテイクアウトにしようかと考えていると、パン屋の方のテーブルが1つ空いたので慌ててスープとパンをゲットして席に座る。

 ふう。座れたのは良かったが、メニューを吟味する暇もなかった。

 明日は時間帯を前後にずらそうと心に決めつつパンにかぶりつく。


 これから出勤する人たちばかりなのか、周囲の食べるスピードが速い。

 わたしも早く食べて席を空けなきゃいけない気がして一生懸命口を動かしていると、挟みパンとドリンクらしき瓶を手にした男性がわたしの座っているテーブルへやって来た。



「ここ、空いてるか?」


「あ、はい。どうぞ」


「サンキュー」



 サッと腰掛けて食べ始めた目の前の男性を視界に納め、何となしに眺める。

 浅黒い肌に襟足が少し長い金髪、複数つけたシルバーのピアスというパッと見た感じはチャラそうな印象だ。

 異世界にもこういうタイプがいるんだなぁと妙な感心をしながらスープを啜っていると、急にその男性から話し掛けられた。



「あんた、見掛けない顔だな。最近この辺りに引っ越してきた口か?」


「はい、そうです。昨日引っ越してきました」


「住処と仕事はちゃんと決まってるんだろーな?」


「家は決まってますよ。仕事は、今準備中です」


「へー。ま、当てがあるならいいか。んじゃ、お先」


「はい、どうもー」



 ブルーノたちに散々脅かされたせいか、すわナンパかと焦ったが、見掛けない顔のわたしの家と仕事を気に掛けてくれただけのようだ。


 え、やっぱり魔族って親切な人が多い?

 見た目だけでチャラいとか思ってごめんね、お兄さん!

 というか、食べるの早!


 わたしも慌てて詰め込むと、ピザ生地を買ってマッツのパン屋を出た。

 せっかくこの後買い物に行くのだし、今日の昼食はピザでも焼いてみよう。



 午前中はドローテアに近所の食材関係の店を案内してもらいながら、買い物をして歩いた。

 残念ながらスーパーのように一か所ですべての食材が揃う店はないので、自炊しようとすると複数のお店を回らないといけない。

 食料品店、青果店、肉屋、酒屋あたりは想定の範囲内だったが、発酵屋という初めて見聞きする業種があって驚いた。

 何でも酒と茶葉以外の発酵食品すべてを扱っているそうで、酢、チーズ、ピクルスなどはもちろん、ヨーグルトのような発酵乳製品やパン作りに必要な酵母も売っているらしい。

 精霊族の店主を見ながら、確かに精霊族は酵母の扱いがうまそうな気がすると、何となく納得してしまった。


 現在うちには食材どころか調味料もないので、今後いろいろと買い揃えていかないといけないのだが、今日はピザを作るのに必要なものだけを買うことにした。

 どこでもストレージは外で使わないと決めているから一つの買い物バッグに入る程度の量にしておかないと持ち帰るのが大変だし、近所の店と交流を深める機会と考えれば一度に済ますよりこまめに足を運んだ方がいいだろう。

 六番街にある市場にはいろんな店が集まっているらしいが、ここからだと距離があるので徒歩で行くのは少々厳しいそうだ。

 機会があればいつか訪れてみたいと思う。



 ひと通り店を巡り買い物を済ませてオーグレーン荘に戻ると、わたしはドローテアにお礼を伝えた。



「今日は本当に助かりました。ありがとうございます」


「わたしの方こそ一緒にお買い物できて楽しかったわ。ねえスミレさん、週が明けたらお茶をしましょうよ。予定が空いている午後があったら教えてね」


「わあ、嬉しいです。来週の予定が決まったらお知らせしますね」


「ええ、待ってるわ」



 ドローテアはファンヌと同じお茶好きなんだろうか。

 お茶に誘われた時は手土産にお菓子などを持参した方がいいのか、あとでファンヌに尋ねよう。


 魔族とのご近所付き合いはまだ少し緊張するけれど、少しずつでも魔族社会に馴染んでいけるといいな。

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