71話 【閑話】魔王と将軍と院長と側近の会話
本日は2話投稿しています。出立場面を未読の方は前話からお読みください。
「行っちまったなぁ……」
馬車が森の中へ消え見えなくなったところでぽつりとブルーノがつぶやいたが、柄でもないと思ったのか頭をガシガシと掻いて誤魔化している。
ずっと手を振り続けていたファンヌは手を下ろしサッと振り返ると、魔王ルードヴィグに尋ねた。
「離宮で少し休憩していきますか?」
「いや、いい。明日から休暇に入るのなら今日はやることも多いだろう。そちらへ取り掛かってくれ。……長いことご苦労だったな、ファンヌ。礼を言う」
「とんでもない。スミレの世話を任せてくれたこと、光栄に思っていますよ。彼女は得難い友人となりましたし、わたしの方こそ感謝しています。それではお言葉に甘えて下がらせてもらいますね。スティーグ、後はよろしくお願いします」
「わかりました。里帰り時のシフトについてはまた連絡します」
軽く一礼してファンヌが去っていく。
その足取りがやけに軽く、去り際に見えた表情は鼻歌でも歌いそうなほど機嫌が良さそうに見えた。
「何だ、随分と機嫌が良さそうだな。久しぶりの休暇がよっぽど楽しみなのか?」
「もちろん休暇のことも喜んでいるでしょうが、ファンヌはスミレさんと約束していたお泊り会が今から楽しみで仕方がないんですよ。一緒に作るお菓子を何にしようか、持って行く寝間着を買いに行かなきゃと、ウキウキしていましたからねぇ」
「うへぇ。あの氷のファンヌが、なぁ……」
そう言うと、ブルーノは先に歩き出していた魔王の後に続き、スティーグもその後に続く。
名残惜しそうに馬車が去った方角を眺めていたレイグラーフもひとつ息を吐くと踵を返した。
魔王の執務室へ戻ると、魔王は侍女らにお茶を用意させてから人払いした。
応接セットのソファーに四人で腰を下ろすと、お茶を啜りながらようやくひと息入れる。
「何はともあれ、スミレさんは無事出立しました。良かったですねぇ」
「そうですね……。肩の荷が下りた感があるのは事実です」
「まあな。元気に出てったし、まずはひと安心か。カシュパルが挨拶回りは最初に第三兵団の分屯地へ行くと言ってたから、俺も後で様子を見て来る」
「ああ、頼む。皆、この4か月の間、ご苦労だった」
「ルードヴィグ、お前もな。高性能魔術陣の敷設に戻り石の魔術具と、いろいろ大変だったんだろ?」
「そうでもない。私よりも、研究課題を複数抱え込んだレイグラーフの方が大変なのではないか?」
魔王がそう水を向けると、ちょうどティーカップを傾けていたレイグラーフは嬉しそうに目を細めた。
カップをテーブルに戻すと流暢に語り始める。
「ええ、スミレは魔法に動画、自動翻訳と本当に興味深いものを見せてくれましたから。個々の魔法はもちろんのこと、魔法の術式の解明に何故呪文が聞こえないのかという謎や、スミレの国の文字で書かれた呪文の解析に『移動』や『転移』などの呪文による瞬間移動と、実に多岐に渡ります。現実的な目標としては録画と映写の魔術具作成を重視していますが、それもある程度魔法への理解を深めないと難しいでしょう。まずは文字で書かれた呪文の解析を先行させようかと考えています」
「我々の言語の文字に翻訳されなかったという、線の多い難解な文字か」
「ええ、それです。実は、以前スミレに『生体感知』の呪文を文字で書いてもらったのですが、呪文を詠唱できなくてもその文字から起動できないかと試行錯誤しているところなのですよ」
「ほう。それは興味深いな」
「文字そのものに魔力を流せれば起動できるのでは、と踏んでいるのですけどね」
「ふむ、触媒次第か。魔法はエレメンタルを必要としない分、何と相性が良いのか想像がつかんな」
「そうなんですよ。それで――」
魔法談議を始めてしまったレイグラーフと魔王をブルーノは呆れたような目で見ていたが、つとスティーグに視線を移すと目と顎で移動を促した。
少し離れた窓際へ立ち、魔王らに背を向けたまま沈黙の魔術を発動して音漏れ防止の結界を張る。
「で、お前ら一体何を企んでるんだ? お前があのシネーラとスカーフを選んだというなら、あの組み合わせは意図的にやったんだろう? 発案はカシュパルだろうが目的は何だ。まさかあの二人をくっつけようってわけじゃねえだろうな」
口元を皮肉っぽく歪め、目を半眼にしてジッと見下ろすブルーノを相手に、やれやれといった風情でスティーグは肩を竦めてみせた。
「企むという程の話ではありませんよ。虫よけとして魔王の庇護者という立場を最大限に利用しようというだけの狙いですって。カシュパル自身はとにかくスミレさんに男を近づけたくないようでしたからねぇ」
「……カシュパルも、スミレに関しては大概過保護を発動するよな」
「仕方がないんじゃないですか? 皆、スミレさんのことはどうしたって心配なんですよ。彼女は確かに見かけによらずちゃんとした大人ですし、自分で冷静に考え判断し行動していますが、根本的な考え方や習慣の違いからか妙なところに抜けがあったり、非常に無防備だったりしますからねぇ……」
「それだよなぁ……。本人が無自覚だから余計質が悪いと言うか……。あんなの、魔族なら誰だって放っとけねえだろ。俺が最近心配してるのは、城下町であいつに庇護欲を刺激された魔族がうっかりあいつの傷に触れやしねえかってことだ」
ブルーノがそう言うと、スティーグがプッと吹き出した。
くつくつと笑うスティーグに己の過保護具合を指摘され、ブルーノは嫌そうに顔を歪めたが、自分でも一応自覚はあるので否定はしない。
「くっくっく。泣く子も黙る強面将軍のブルーノがねぇ……プッ、くくっ」
「フン、笑いたきゃ笑え。――お前、今日の挨拶回りで第三兵団の分屯地へ行くと知ってて俺が同行しなかった理由がわかるか?」
「いいえ、思いつきませんねぇ」
「城下町でうろつくスミレを見たら、心配のあまり手を引いて離宮へ連れ帰りたくなる衝動に駆られるんじゃないかと思ってよ」
ブルーノの自虐ネタにスティーグと大笑いしたが、ふいに二人そろって真顔になると、互いの顔を見合わせた。
「いや。それ、冗談じゃなく今まさに」
「カシュパルとクランツが味わってるかも、な」
彼らは窓から城下町の方角を見ると、口には出さなかったがそれぞれの胸の内で仲間への精霊の加護を祈った。
(第一章・完)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これにて第一章完結です。キリもいいのでぜひ↓の[☆☆☆☆☆]で評価をお願いします!
第二章もこれまでと同じペースで投稿する予定ですのでぜひお付き合いください。今後ともよろしくお願いします。




