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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第一章 離宮にて

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69話 スミレの壮行会

 引っ越しを明日に控えた今夜、離宮の自室でわたしの壮行会が開かれると部屋の主であるわたしは昨日知らされたというのに、侍女のファンヌは当然のように前々から知っていたらしい。



「そりゃ、準備があるからファンヌには知らせておかないと話にならないだろうけどさー。まったくもう、いつから決まってたのよ」


「引っ越しが決まったのと同時だったかしら。ねえ、食後は飲み会になると聞いているけれど、用意するのはグラスだけでお酒はいいのよね?」


「あー、うん。そうみたい」



 今夜飲むのはネトゲアイテムのお酒だからファンヌに詳しく話すことができず、わたしは軽く誤魔化した。


 ファンヌはわたしが異世界から召喚された聖女だということと、イスフェルトから魔族国へ逃れてきた経緯を知っているから関係者の一員ではある。

 だけど、ネトゲ仕様やアナイアレーションの件といった機密事項は一切知らされていないので、ヴィオラ会議のメンバーとは一線を画さざるを得ない。

 こうして彼らと会合を持つ時、いつもその中に含まれないファンヌに対して申し訳なく思うことがある。



「壮行会には、やっぱりファンヌは参加しないの?」


「当然よ。わたしの主義は知っているでしょう? 給仕を終えたらいつもどおり下がるわ」


「……うん」



 わたしの気落ちした声に反応したのか、ファンヌが作業の手を止めてわたしの側へ寄って来たと思ったら、人差し指でわたしの頬をぐいっと突いた。



「言っておくけれど、除け者にされているなんて思ってないわよ? わたしは侍女としての職分があるから最初から参加するつもりはないの。誘われても断るもの、スミレが気にすることじゃないわ」


 ファンヌがそう言うことはわかっているが、仲間外れにしているみたいで嫌だというだけでなく、これだけ世話になっている彼女に機密を明かさないでいることについても後ろめたさがある。

 と言っても、これは完全にわたしの我儘によるものだ。

 機密を知る者の数を極力抑えたいという魔王らの意向が最初の頃にあったのは事実だが、ファンヌと親しくなったわたしに彼らは彼女に明かしたければ明かしても良いと打診したけれど、わたしはそれを断った。


 ファンヌは最低限の事情は知っていても詳細は知らない。

 聖女のことにも一切触れずにいてくれる。

 だからわたしは、ファンヌの前ではただのスミレでいられるような気がして、ただの異国から来た同性の友人のように扱ってくれるファンヌに甘えている。

 でも、明日にはここを離れるというのにこのままでいいんだろうかと迷っているのも事実だ。



「あのさ、ファンヌに詳しいことを話さないでいたのは――」


「ねえ、スミレ。あなたが気にする気持ちはわかるけれど、それ、わたしには必要ないことなの。あなたが話したいなら聞くわ、でもそうじゃないなら別に話さなくてもいいじゃない。わたしたち、あなたの機密ありきで繋がっているわけじゃないのだし」


「……うん。ありがとう、ファンヌ」



 ファンヌは強くて凛々しくて優しくて、本当にかっこいい。

 わたしの自慢の友達だ。

 彼女みたいになりたいと思うのに、わたしはこんなにもヘタレで情けない。



「わたし、一人暮らしを始めるのは本当に楽しみなんだけど、ファンヌと会えなくなるのがすごく寂しいよ。毎日一緒にいたのに」


「馬鹿ね。しばらくは毎週帰ってくるのでしょう? それに引っ越したらスミレの家に泊りに行って食事も外出も一緒にできるし、ようやく友達らしいことができるようになるわ。わたしもあなたが一人暮らしを始めるのが楽しみよ」


「ううう、それはそうだけど少しは寂しがってよ~」


「はいはい。ああ、寂しいわー。スミレがいなくなるの、本当に寂しいわー」


「ちょっと、棒読みはやめてよね」



 湿っぽくなりがちなわたしを適当にいなすと、クールで有能な侍女はテキパキと壮行会の準備を整えていった。




 夜になり、ヴィオラ会議のメンバーがわたしの部屋にやって来て、壮行会と称した夕食会が始まった。

 思えば、わたしがレイグラーフに城下町で自活したいと言い出したのがきっかけで、事態が動き出してはやひと月。

 こんなに短期間で一人暮らしの環境が整ってしまうとは思わなかったし、雑貨屋開業の目途まで立つとは思いもしなかった。

 すべて魔王の許可と庇護のおかげだし、皆の協力やサポートの賜物だ。


 わたしがそう言って皆に改めてお礼を言うと、スティーグがしみじみとした様子で言う。



「スミレさんもこのひと月で随分と変わりましたねぇ。逞しくなりましたよ」


「そうだね。国民証を付与されたあたりからかな、元気で前向きな感じになった気がする」


「本当ですか!?」



 カシュパルの言葉を聞いて、確かに、正式に魔族国の一員になってから心持ちが変わったとは自分でも思う。

 その変化を喜ばしく思ってもらえたのが嬉しくて、思わずにやけてしまうわたしに意外な方向からレイグラーフが絡んできた。



「本当にスミレは変わりましたよ。少し講義を休止して会わずにいたら、いつの間にかクランツは呼び捨てになっているし、気付けばルードもルード様呼びになっているし……。スミレ、私のこともいい加減レイと呼んでください」


「ええっ!? 師に対して愛称でなんて呼べませんよ!」


「魔王で部族長のルードのことは愛称で呼んでいるじゃないですか」


「それはフルネームを正しく発音できなかったからで……。敬称を外すのはお断りしましたし」


「それなら、私の名前は発音しづらくないからレイグラーフと呼んでくれますか」


「だから、呼び捨ては無理ですってば! じゃあ、レイグラーフさんのこともレイ様と呼びましょうか?」


「……様付きは嫌です」



 いつも穏やかなレイグラーフにしては珍しく拗ねたように言うので、困ったなと思っていると他の面々が苦笑いしながら口を挟んできた。



「スミレ、レイグラーフは絶対諦めねぇから、さっさと折れた方がいいぞ」


「そうそう。ただでさえ、明日スミレが引っ越してしまう、寂しい寂しいとうるさくて仕方ないんだから」


「師の機嫌を取るのは教え子の役割かと思いますが」


「ええぇ……」



 助けを求めてスティーグに目を向けたが、くつくつと笑ってばかりで手を差し伸べてはくれないようだし、魔王を見れば目を細めるだけで何も言わない。

 どうやら、諦めるしかなさそうだ。



「それじゃ、レイ先生で」


「レイ先生? ……いい響きですね」


「わたしにとってレイグラーフさんはずっと前から先生ですよ。ただ、研究院長のレイグラーフさんを先生と呼ぶと自分が教え子だと公言することになるので、圧倒的に学識が足りないわたしがそう呼ぶのもどうかと思って控えてました」


「あれだけの魔術の冴えを見せておいて何を言うのですか。あなたは私の自慢の教え子ですよ、胸を張ってください」


「はい。ありがとうございます、レイ先生」



 わたしがそう言うと、レイグラーフはようやく今日一番の笑顔を見せた。

 こんなに喜んでくれるなら、もっと早く先生と呼ばせてもらっておけば良かったかもしれない。




 食事が終わり、食器類を下げてファンヌが退室すると、いよいよネトゲアイテムのお酒を披露しながらプライベートの買い物をする段となった。

 ブルーノにせかされながらテーブルの上にお酒を全種類1本ずつ並べたら、全員が一斉に蜂蜜酒に手を伸ばしてきたので、慌ててどこでもストレージから足りない分を取り出す。

 魔族は「とりあえず生」ならぬ、「とりあえずミード」なのか。

 本当に蜂蜜酒が好きなんだなと、改めて認識した。


 一人一本ずつ手にしたのは蜂蜜酒だけで、それ以外は各自グラスに注いでは試飲したり、好みのものを味わったりしている。

 何から飲もうかとテーブルの瓶を見渡していると、スティーグが自分のグラスに白ワインを注ぎながら話し掛けてきた。



「いろいろとありますが、スミレさんはどの酒が好きなんですか?」


「わたしはビール派ですね。元の世界は季節によって気温や天候が変わるんですけど、すごく蒸し暑い“夏”という季節があって、その暑い夏に飲む冷えたラガーの味は格別でした」



 そう話したら、暑い季節があるということに皆が関心を示した。

 この世界は季節による気温の変化などはないらしいが、地理的に暑い地域や寒い地域はあるそうで、いつか王都以外の土地にも行ってみたいと思う。



 プライベートの買い物は意外なほどに皆のテンションが高くて、まるで小学生の頃のクリスマス会か何かのようでおもしろかった。

 ウイスキーとブランデーを買うと決めているブルーノが自分は最後でいいと言ったら、それならと最初に手を挙げたのは意外なことにクランツだった。

 クランツの購入希望は『野外生活用具一式』で、そういえばお酒の品質評価会の時、すごく楽しそうに手に取って見ていたのを覚えている。

 デモンリンガで決済してアイテムを手渡すとさっそく中身を取り出して、栓抜きと缶切りとワインオープナーが一体となった多機能ツールを皆に紹介し始めた。

 嬉々として語るクランツに、順繰りにツールを手にしては眺めている皆の様子を見ていると、男の人はいくつになってもどこかしら少年ぽさが残っていて可愛らしいなと、口元が緩んでしまう。


 次はレイグラーフが『口述筆記帳』という魔法具を購入した。

 これは口述したことを自動筆記してくれるノートで、筆記中は魔力を流し続ける必要はあるが、考えを口にして一旦書き出したりデータを読み上げてメモを取らせたりと、研究者なら確かに使い出がありそうだ。


 スティーグが購入した『上等なマント』は衣類発注時に服飾関係の業者らも関心を寄せた品で、マントに用いられているウールは魔族国内では寒い地域内でしか生産、流通していないという話だった。

 スティーグは寒い地域に出掛ける予定でもあるのか、それとも贈答用だろうか。


 カシュパルは『空気石』という、口にくわえていれば水中でも呼吸ができるようになる魔法具を購入した。



「ふふっ。これで水中へ逃げ込んだヤツも追っていけるよ」


「カシュパルが、陸・水・空、全制覇か。……怖ぇな」


「人聞きの悪いこと言うのやめてくれない?」



 ……敢えて尋ねはしなかったけれど、諜報担当のカシュパルは尾行などもするのかもしれない。



 最後にウイスキーとブランデーを2本ずつ買って、ブルーノはとても満足そうな顔をしている。

 飲み過ぎで体を壊したりしないかと心配になったが、二日酔いも肝臓の病気なども状態異常扱いで、回復薬や回復魔術で治してしまうというのだから、余程のことがない限り魔族に病気や怪我の心配は無用なんだろう。


 そして魔王は、今日皆が飲んだお酒すべてを自分の購入分として払ってくれた。

 太っ腹だと感心していたら、わたしの壮行会の飲み物だから費用は部族長である魔王が持つのが当然らしい。

 皆ネトゲのお酒を十分に堪能したようだが、再注文するほど気に入っているのはブルーノだけのように見える。

 お酒で儲けるつもりもないので、少し肩の荷が下りた思いだ。




 後半はお酒もしくはネトゲアイテムの品質評価会といった感じになったけれど、大笑いして過ごした楽しい壮行会だった。


 最後の夜を仲間と一緒に離宮で過ごせて良かったと思いつつ、わたしは夢も見ず朝までぐっすりと眠る。



 この離宮はわたしの帰る場所。

 来週にはまた帰って来る、わたしの里。

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