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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第一章 離宮にて

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68話 プライベート購入と冒険者の話

 限定販売の納品テストが終わり、それでは解散となりかけたところでブルーノが待ったをかけた。



「なあ、ルードヴィグ。こうやってスミレが納品しに来たついでに俺らが個人的な買い物をするってのはアリか? もちろん、限定販売に指定されてない普通のネトゲアイテムに限るけどよ」


「あ、それ僕も気になってた」


「私もです」



 ブルーノの言葉に、二三賛同の声が上がる。

 意外だ。今までそういうアプローチがなかったので、皆がプライベートでネトゲのアイテムを欲しがるとは思っていなかった。



「……ふむ。普通のアイテムならかまわぬ。スミレはどうだ?」


「えっと、在庫の状況やその日のアイテム購入枠を使い切った後で対応できない場合があることだけ承知してもらえれば、わたしは特に問題ないです。――あ、でもひとつだけ条件が」


「ほう。言ってみろ」


「限定販売の取引と同様に手数料一割でお願いします。前にも言いましたが、わたしは皆さんを相手に儲ける気はありませんし、プライベートな買い物なら尚のことサービスしたいですから」



 手数料一割に皆が賛同しないことはわかっているけれど、わたしは敢えて強気の笑顔を浮かべて魔王に答えた。

 案の定魔王は眉根を寄せたし、同じように顔をしかめたり困ったような顔をする人ばかりの中、スティーグだけが何故か笑顔だ。

 スティーグが笑顔な理由はわからないが、納得していない人たちを説得すべく、わたしは更に畳みかける。



「それに里帰り時の販売ならデモンリンガでの決済になるでしょう? 限定販売は利益を求めない取引だからと、税を免除する目的で個人のデモンリンガでの決済を許可されましたが、無税となるデモンリンガの決済で利益目的の取引をしたらそれは脱税になりませんか? わたしの良心に反しますし、商人としての沽券にも関わりますから、是非とも手数料一割でお願いします」



 以前、限定販売の手数料を一割にして欲しいと希望した時はほとんど泣き落としに近い状態になったけれど、今回は公正さを重視するスタンスで押してみた。

 情に訴えるよりも理を通す方が受け入れられやすいのではと考えたからだが、それなりに納得してもらえたのか皆の表情も少し和らいだように見える。

 あとひと押しかなと思ったところへ、先程から笑顔だったスティーグが堪えきれなくなったという様子で笑いだした。



「くっくっく。これから商人になろうというスミレさんの矜持を傷付けてはいけませんよねぇ。それに、スミレさんがこうして堂々とおねだりを言えるようになったんですから、私はむしろ喜ばしいと思いますが」


「……ふふっ、確かにね。スミレのおねだりなら仕方ないよ、ルード。一割でも手数料取ってくれるだけマシだと思おう?」



 そう言って、まずはスティーグが、次いでカシュパルが笑いながら援護射撃をしてくれた。

 魔王の側近二人はいつもこうやってわたしの背中を押してくれる。

 まるで兄のような存在感の彼らに、二人が本当にわたしのお兄さんだったらいいのにと思った。



「手数料一割では心苦しいということなら、たまにでいいので雑貨屋に足を運んでやってください。顔を見せてもらえたら嬉しいですし、買い物の後で食事やお茶に付き合ってもらえたら更に嬉しいです」


「……いいだろう。その代わり、食事は大人しく奢られるのだぞ」


「はい! その時は喜んでご馳走になります」



 わたしが笑顔でそう言ったら、魔王は苦笑しながらも了承してくれた。

 魔王が諾と言えば、他の皆も従うしかない。

 渋々ながらも折れてくれたので、わたしはさっそくブルーノに尋ねた。



「それで、ブルーノさんは具体的に何か欲しいアイテムがあるんですか?」


「おう。あのな、ウイスキーとブランデーが欲しいんだ。この前、『転移』の実験の後にクランツの部屋で飲んで気に入った」


「おお。ごく標準的な味ですが、お気に召しましたか」


「普通にうまかったし、酔えりゃそれでいいんだ。魔人族や竜人族には物足りんだろうが、俺は特別上等でなくてもかまわん。それで、あれの値段は?」


「仮想空間のアイテム購入機能での購入価格は100(デニール)です」


「安っ!」


「めちゃくちゃ安くない!?」


「……はい。だから、まだ確定ではないんですけど、雑貨屋での販売価格は180から200Dあたりになるんじゃないかと考えてます」



 仕入値が100Dなのでかなり利幅が大きくなってしまうのだが、この価格設定は儲けのためではなく保身によるものだ。

 以前カシュパルに頼んで城下町の市場調査もどきをした時に食料品店で売っていた蒸留酒の価格帯は180から300Dだった。

 一店舗しか見ていないし、酒屋もチェックしないと酒類の相場は把握できないだろうが、おそらく150Dあたりでも十分利益は確保できると思う。

 ただ、あまり安い価格で販売して食料品店や酒屋に商売敵認定されたくないし、安酒目当ての粗暴な客が増えても困る。

 そんなわけで、最低価格の少し上あたりの金額に設定するつもりだと、わたしはぽつぽつと語った。



「気取らない味といい手頃な価格といい、冒険者向けに良さそうだな。お前の店の客層に合うし、ちょうどいいんじゃねぇか」


「う~ん、わたしのいた元の世界のイメージだと冒険者って粗野な人もそれなりにいそうで、お酒の販売はちょっと心配なんですよね……」


「おや、そうなんですか。魔族国では乱暴者は冒険者にはなれませんから、だいぶ違いますね」



 レイグラーフの解説によると、魔族国で冒険者になるには王都の学校への入学と同じく部族長の許可が必要で、里での教育中に適性を認められなければならないそうだ。

 冒険者はいろんなスキルが必要とされるし、体力はもちろん、依頼を達成するだけの知力や精神力もあると見なされた者だけが部族長の推薦状を得て冒険者ギルドに登録できる。

 冒険者ギルドへ登録した後も、依頼の達成によってポイントを稼ぎランクを上げなければ依頼料の高い高ランクの依頼を受けられないし、評価も高まらない。

 集団生活による相互扶助が基本である部族の里での暮らしと比べると、ソロや少人数のパーティーが前提の稼業はハードであるが故に尊敬や憧れの対象になるらしく、それにふさわしい振る舞いが求められるという。

 暴力を振るったり詐欺を行ったりしたとバレたら冒険者ギルドから厳しくペナルティを科せられ、追放処分となればせっかくのキャリアも水の泡と化してしまうのだ。



「ですから、冒険者というのは魔族国では割と信用のおける存在です。そうでなければ、あなたの店の客層が冒険者になりそうだとわかった段階で私が反対するに決まっているでしょう?」


「そ、それもそうですね。ハイ、だいぶ安心しました」


「ただなぁ、冒険者はモテるから男女問わず恋愛に積極的なヤツが多い。眉を顰められるほどのことはないにしろ、奔放なヤツはそこそこいるし押しも強い。そこらへんは注意が必要だぞ」


「うへえ……。一番厄介な方面じゃないですか」


「しない、行かない、必要ない、と誘いを断り続ければいいだけのことですよ」



 レイグラーフの言葉に安心しかけたのも束の間、ブルーノとクランツの言葉にまたもや不安が頭を持ち上げる。

 モテる連中が地味なアラサー女子のわたしに声をかけるとは正直思えないが、面倒事に巻き込まれないよう、地味メイクと地味服でお誘い不要としっかりアピールしていくしかないか。

 商品カタログの作成作業はほとんど済んでいて、あとは冒険者に聞き取りして販売価格を決め、それを書き込んで細工師に渡すだけというところまで進めてある。

 商品を売るにしろ、情報を得るにしろ、うちの雑貨屋は冒険者と関わらないわけにはいかないんだから腰が引けていてはダメだ。

 お誘いは不要だけど、客や情報提供者としての彼らとはうまく付き合っていかないと。



 そう思い直したところで、ふと思い出した。

 限定販売と冒険者に関することで、気になっていたことがあるのだ。

 仮想空間のアイテム購入機能には入手困難な素材もラインナップに入っていて、レイグラーフはこの限定販売で安定供給できることを喜んでいる。

 役に立てるのは嬉しいけれど、安定供給の結果、素材の価格が下がったり買取そのものが減ったりして、これまでそれらを採集していた冒険者たちの収入に打撃を与えてしまわないだろうか。

 わたしがそう懸念を示したら、レイグラーフは穏やかな笑みを浮かべながら、そういう事態にはならないと否定した。



「素材に関する依頼は冒険者ギルドに常設してあります。常に定額で購入することになっていて、限定販売で安定供給されるようになってもそれを変える予定はありません」


「あ、買取価格は相場に拠らないんですね」



 素材採集の依頼に関しては、依頼を受けてから採集しにいくのはありふれた素材や採集量が多い低から中ランクの依頼に多く、希少な素材は他の依頼や冒険のついでに取れた時に持ち込まれることが多いという。

 特に高ランクの依頼の場合は、希少な素材を入手してから依頼を受け、その場で納入して依頼を達成し報酬を受け取る、というパターンがほとんどらしい。

 そして、このパターンが成り立つのは高値の定額で依頼が常設されていて、持ち帰れば確実に良い報酬を得られると冒険者たちが認識しているからだ。

 現在依頼があるかどうかわからない、報酬が下がっているかもしれないという状況になれば、希少な素材を採集して来てくれる冒険者は減ってしまうだろうとレイグラーフは言う。



「限定販売で希少な素材が安定供給されるようになったとしても、保険として複数の入手手段を確保しておくべきです。研究院としては報酬額を変更したり依頼の常設をやめたりすることはしませんよ」



 研究院長のレイグラーフが断言するのを聞いてわたしはホッとした。

 酒の件と同じくあからさまに誰かの取り分を侵すことは避けたいし、特に冒険者は客としてターゲットにしているのだから利害で対立しなくて良かった。

 わたしはできるだけ目立たずひっそりと雑貨屋を営みたいのだ。

 揉め事や争い事は極力避けたい。



 冒険者にも絶対売れるから、ネトゲの酒はしっかりと在庫を確保しておいてくれよとブルーノに頼まれた。

 冒険者が割と信用のおける存在だとしても積極的にお酒で稼ぎたいわけではないのであまり気は進まないが、自家消費もするだろうしブルーノのためにもそれなりに数を揃えておくとしよう。


 更にブルーノはその場でネトゲの酒を買って帰りたがったが、カシュパルに止められた。



「どうせなら明日の夜にしようよ。皆でネトゲの酒を飲みながら買い物したらいいじゃない」


「ああ、そうか。買ったものを見せ合えるしな。スミレ、酒は今日のアイテム購入枠で買っておいて、明日は購入枠を残しておいてくれ」


「明日って何かあるんですか?」


「離宮でスミレの壮行会をやるのさ。楽しみにしててね」


「えええっ!!? 初耳ですよッ!?」



 驚くわたしに、カシュパルは「サプライズ大成功!」という顔をして少年のように笑った。



 引っ越しまで、あと二日。

 離宮最後の夜は、皆とにぎやかに過ごすことになりそうだ。

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