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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第一章 離宮にて

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67話 本の貸し借りと納品テスト

 白の精霊祭の翌日は久しぶりにレイグラーフの講義が行われた。

 重量軽減の魔術に合格し魔術の訓練を卒業して以来だから一週間ぶりになるし、夜遅くに行われた『転移』の実験ではゆっくり話す時間もなかったから嬉しい。

 講義再開の連絡があった時に精霊祭について知りたいとわたしがリクエストしたからか、白の精霊祭をどんな風に過ごしたのかとレイグラーフが尋ねてきたので、わたしは嬉々としてこの二日間のことを話した。



「お菓子作りにお茶会、そして食事会ですか。楽しんだようで何よりです」


「はい! 魔人族とクランツの種族の精霊祭の話を聞かせてもらったんですけど、部族や種族でまったく違うんですね」


「ええ。魔人族は単一部族、影響を受けるエレメンタルにより四種に分かれますが竜人族も単一部族なので精霊祭を部族で行います。一方で獣人族と精霊族は非常に多くの種族に分かれるので、各種族で精霊祭を行います。そのため、獣人族と精霊族の精霊祭は独自色の強いものが多いですね」



 それではレイグラーフのところはどんな風に過ごすんだろうと思い尋ねてみたところ、樹性精霊族の多くは一族に新たな子が生まれた季節の最終日に種族の里で新たな芽吹きを祝うのだそうだ。

 驚いたことに、新たな子が生まれていなければ特に精霊祭の祝日を祝うこともないそうで、精霊族は部族名からしてさぞかし精霊祭を大事にするんだろうと思っていたから意外だった。

 しかしレイグラーフによると、むしろ精霊との関係が密接だからこそ日々感謝するのが当たり前で、特定の日だけを祝うという考えにはならないのだという。

 もちろん非常に熱心かつ敬虔な態度で精霊祭に取り組む種族もいるそうで、水性や風性など一部の精霊族は精霊祭について尋ねられるとセンシティブな反応をするため注意が必要らしい。

 精霊族は種族によって形態も大きく異なるし、寿命も10年から2000年と差が非常に大きいせいか性質や考え方にかなり違いがあるという。

 樹性精霊族を始め、王都に出て来る精霊族のほとんどは大丈夫だが、精霊族に精霊祭について尋ねるのは余程親しい間柄になってからでないと推奨しないと言われた。


 なるほど。精霊族を部族で一括りにして語るのは難しそうだ。

 それにしても、精霊祭は本当に奥が深い。


 わたしがふむふむと頷きながら聞いていると、レイグラーフが持参した分厚い本を一冊、わたしの前に置いた。

 「陽月星記(ようげつせいき)」といって、古の部族の起こりから対立、数々の衝突を経て和解と共存へ至った魔族国の成立とその後を描いた書物で、様々な部族や種族の逸話が数多く収録されているらしい。



「講義を始めたばかりの頃に、魔族国の歴史や文化が学べるからと言って“魔族国物語”という本を貸したでしょう? あれはこの書物を簡略化したものなのです。いろんな部族や種族の生活や慣習に関する描写が出てきますから、読んでいるうちに自然と精霊祭についても学べると思いますよ」



 この陽月星記は全24巻から成る歴史書のような長編小説で、古語で書かれているため王都の学校でも高等課程に進まないと扱わない古典に当たるそうだ。

 ネトゲ仕様で自動的に翻訳されてしまうから古語でも問題なく読めるだろうと、精霊祭に強い関心を示したわたしのために持ってきてくれたらしい。

 ことわざや教訓に関連する話もあるから魔族との会話で役に立つこともあるだろうし、魔族や魔族国に関する知識を幅広く底上げしてくれるだろうとレイグラーフは言う。


 パラパラとページを開いて目を通してみると、序盤は叙事詩のような感じで、その後は文語調のような文章で翻訳されている。

 読書は元の世界でも趣味の一つだったし、この異世界で娯楽と呼べるのは今のところ読書だけだから、レイグラーフから提供される本は何でも喜んで読んできた。

 娯楽且つ有益なレイグラーフの推薦図書をわたしが断るわけもないのだが、まずは一冊読んでみてから決めるようにとのことで、ありがたく第一巻を借りる。

 どんな物語が綴られているのかとても楽しみだ。

 さっそく今夜から読み始めよう。



 陽月星記の話から、ネトゲアイテムの書物の話になった。

 明日行われる納品テストで、レイグラーフは『魔物大全』、『薬草大全』、『調合大全』というこの世界の魔物、薬草、薬それぞれをすべて網羅した書物を発注している。

 研究院長としては魔術具に魔法具、薬品や素材と入手したいものは山ほどあるのだが、まずは書物から押さえようと考えているそうだ。

 確かに、他のものと比べれば読むだけでいい書物は手を出しやすいだろう。



「ただ、大全3冊は迷うことなく発注しましたが、購入枠や予算、優先順位を考えると他の書物は少々二の足を踏むのですよね……。ネトゲ独自の本ではなく単なる人族の本であれば、我々にとっては既知の情報であまり価値がありませんから」


「タイトルだけでは中身のわからない本もありますしね……。レイグラーフさん、実はわたし、まだ講義が始まる前の頃にネトゲの本をいくつか買って読んでいるんですけど、良かったら貸しましょうか?」


「えっ、既に手元にあるのですか!?」


「全部じゃないですけど、ありますよ。一度読んでみてから買うかどうかを決めたらどうですか。手元に置く必要のない内容なら買わなくて済みますし」



 イスフェルトと聖女に関する本だけは買ってないけれどと言ったら、レイグラーフが気遣わし気な顔でわたしを見たのでニッと笑っておいた。

 わたしはもう魔族国の人間だし、あの連中と聖女のことでいちいち神経を尖らせるのも鬱陶しいからスルーするに限る。


 わたしの申し出をレイグラーフはとても喜んで、手持ちの本をすべて借りたいと言うので、わたしはどこでもストレージから大全3冊以外の本を取り出した。

 分厚い本ばかりなので一度に運べるのかと心配したが、レイグラーフは重量軽減の魔術を唱えると積み上げた本を軽々と持ち上げて帰っていった。

 今までにたくさん本を貸してくれたレイグラーフに自分が本を貸してあげられるなんて思っていなかったけれど、少しでも役に立てたのなら嬉しい。




 講義の翌日は納品テストが行われた。

 ネトゲアイテムの納品作業にどれくらい時間や労力がかかるかを調べるためにも一度実際に試してみようということで、ヴィオラ会議のメンバーが魔王の執務室に集まった。



「スミレ、ランチミーティングの後に発注リストを届けたけど、アイテムは揃えられたかい? 魔物避け香は999個になってたけど」


「はい、大丈夫ですよ。限定販売を試した時のブルーノさんの様子だとまた注文が入るだろうと思って、在庫をMAXまで貯めておいたのが幸いしました」


「いい読みじゃねぇか」


「ふふふ。機会喪失は避けるべきですからね」



 納品テストに先立ち、今後の納品は里帰り時に行うと正式に決まり、引っ越して最初のひと月は週イチのペースで注文を受け、様子を見ながら試行錯誤していくことで話はまとまった。

 わたしの方も新生活に慣れることや開店準備などにひと月くらいはかかるだろうから、最初のうちは毎週里帰りして皆に報告や相談ができたらいいと思う。



 納品アイテムのラインナップはというと、購入枠の割り当てなどをどういう風に決めたのかは知らないが、発注者の個性が現れていると感じる内容だった。

 わかりやすいのはブルーノの注文した品々で、ドワーフ製の武器と防具を全種類1つずつ、それと魔物避け香が999個だ。

 ドワーフ製品を一気に全種類揃えるという大胆さの一方で、消耗品を1種類だけMAX購入という手堅さ。

 攻守というか、押したり引いたりする場面でのブルーノのバランス感覚と果断さには毎度感心させられる。


 レイグラーフの注文は大全3冊に、『素材分布図(東部)』から始まる東西南北4種類の地図、そして希少と思われる素材5種と思い切り素材関係に振ってきた。

 素材は1回の購入上限が20個で再購入可となるまでの日数が5日と、数を揃えるための条件が少々厳しい。

 薬の材料と思うと素材を扱うのは少し怖かったが、茶色いクラフト紙の『紙袋』に入れて個別包装する作業はお店屋さんぽくて徐々に楽しくなった。


 魔王の、というか城の注文は戻り石20個と、それ以外はすべて薬関係だ。

 薬には回復薬、解毒剤、状態異常を解消する特殊回復薬、毒、麻痺毒の5種類があるのだが、特殊効果のある最高ランクを全種類注文され、しかもいきなり毒を購入するとは思わなかったから正直驚いた。

 更に驚いたのは『隠遁薬』と『変身薬』で、諜報担当のカシュパルが使うのかとちょっとドキドキしている。



 いよいよ納品作業を、という時になってメンバー間で少し揉めた。

 今回は発注から納品までのスパンが短かったせいで再購入可になる復活日数を満たせず、1回の購入上限分の個数しか用意できない品が多かったため、数が多いのは魔物避け香だけだ。

 その魔物避け香を、一度に引き出すところを見たいブルーノと、999個をどう処理するつもりだと反対するカシュパルの間で押し問答が続いている。



「捕獲蔓99個ですら山盛りだったじゃない。魔物避け香はあれよりひと回り大きいのに、テーブルの上に乗りきるわけがないよ」


「だからこそだ。どんな惨状になるのか試せるものなら試しておきたい。幸い壊れ物じゃねぇし、せいぜい散らかるだけだろう?」


「999個数えるだけでも手間なのに、散らかして仕事増やすなんてやめてよ」


「手間は手間だが、7人で手分けして数えりゃそれ程でもないだろ」



 平行線を辿る二人の応酬に、まあまあと宥めながらスティーグが割って入ったと思ったら、数えなくても直接木箱に全部放り込めばいいのでは?と言い出した。



「スミレさん、所持していた数と取り出した数と残りの数はネトゲ仕様で確認できるんでしょう?」


「はい、わたしは見えるんですけど、どこでもストレージの画面はスライド表示できないから皆さんは確認できな……あ、そういえば」



 取り出したアイテムの名前と数はログに出ているはずだ。

 ログをスライド表示できれば皆で確認できる!?

 以前、ブルーノに限定販売した時のログを探し出して試してみたら。



「出ました! これならどうですか?」


「最初の所持数と残量は出ていませんが、アイテムの名前と取り出した数は確認できますね」


「ネトゲ仕様は数を誤魔化したり間違えたりしないでしょうからねぇ。これで手を打ちませんか、カシュパル」


「ふ~ん。確かにこれで数の確認を済ませられるなら、個別に数えずに木箱へ直接全部入れてしまっても問題なさそうだね」


「よっしゃ! じゃぁさっそくやろうぜ」



 皆が注目する中、ドキドキしながら魔物避け香999個をタップして木箱の上にズルッと引き出したら、仮想空間から大量のアイテムがドドドっと出てきて木箱はあっという間に満杯になってしまった。

 すごい……さすが999個。圧巻だ。


 他のアイテムの納品作業もつつがなく進み、取引のすべての品と数をログで確認できたからか時間も思ったよりかからずに済んだ。

 入手したアイテムを木箱に入れ、それぞれの部署に持ち帰るのはものによっては大変そうだけれど、そのあたりは発注側に調整してもらえばいいだろう。



 デモンリンガで決済したら取引完了だ。

 納品テストが無事済んだことに、わたしは胸を撫で下ろした。

読んでいただきありがとうございます。ブックマークも☆クリックの評価にも感謝しています。

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