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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第一章 離宮にて

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66話 戻り石の魔術具と異世界の家族

誤字報告ありがとうございます。

 食事会が終わるとファンヌは食器類を下げて退室し、スティーグは明後日の納品テストについて二三言葉を交わすと帰っていった。

 魔王は部族のことと戻り石の魔術具について話す約束になっていたので一人残っている。


 庭が見える窓際のソファーへ席を移し、魔王がテーブルの上に銀色のペンダントを置いた。

 ペンダントトップには置き石が嵌め込まれている。

 更に自分の胸元を探り、戻り石が嵌め込まれたペンダントを服の中から取り出してわたしに見せた。



「これが戻り石の魔術具だ」


「えっ、もう完成してたんですか!?」


「お前が離宮を出るまでには完成させるつもりでいた」



 魔術具の製作に普通どれくらい日数がかかるのか知らないけれど、戻り石という未知の魔法具を組み込んだ上でとなると通常の製作とは訳が違うだろうに。

 高位の魔術師で魔術具の権威だという魔王の能力は一体どれだけ高いんだろう。


 戻り石の魔術具の使い方を見せるといって魔王はわたしに置き石のペンダントを首へかけさせると、転移してみせるべく部屋の隅へ移動し、こちらに体の側面を見せるようにわたしから見て90度ずれた方向を向いた。

 わたしは『転移』の実験の時に戻り石を使ってこの部屋に戻ってきた経験はあるが、誰かが戻り石を使うところを見るのは初めてなのでドキドキする。

 わたしが使った時は置き石を置いたテーブルのすぐ隣に転移したけれど、置き石のペンダントを首から下げている場合はどこに現れるんだろう。

 そう考えた瞬間、視界が黒い布地で遮られた。



「うわッ、近っ!!」


「ふむ。やはりお前の体の向きに関わらず、私が向いていた方向のままで転移するか」



 わたしの視界を遮ったのは魔王の服の腕部分の布地で、転移する前の魔王は横を向いて立っていたから体の側面が目の前に現れたのか。

 魔王の指示で置き石のペンダントに魔力を流す。

 どちらの石も使用した後は魔力を補充する必要があり、魔力を補充すれば何度でも繰り返し使えるというのは戻り石の仕様のままだな。

 その後、魔王は数回実験を繰り返したが、そのたびに至近距離に魔王が現れるのでわたしは心臓がバクバクしっぱなしだった。



 ひと通り実験して満足したのか、魔王は食事の時のまま残っていた未開封のワインをワインクーラーごと手に取り、もう片方の手でグラスを2つ持ってくるとソファーへ腰を下ろした。

 するすると栓を外していく様子を見ながら、スティーグも器用にサーブしていたけれど魔王も手際がいいと感心する。

 魔人族はグルメが多いと以前飲み会をした時にクランツが言っていたし、実際手慣れているのかもしれない。

 ワインが置かれていたあたりにつまみ用と思われるチーズとフルーツが載った皿もあったので、わたしはそれを取ってくるとテーブルの上に置き、魔王の向かい側へ腰を下ろす。

 魔王がすっとグラスをわたしの前に滑らせてきたので手に取ると、軽く掲げて二人で魔族式の乾杯をした。


 赤なのに冷やすのかと意外に思っていたのだけれど、口に含んでみたら微発泡の赤ワインだった。

 この異世界にはスパークリングワインもあるのか……!

 ボトルもグラスの中身も見た目は普通の赤ワインだし、グラフィックはいつもどおりの使い回しだというのにとてもおいしい。

 甘口だけどすっきりしているし、フルーティーな香りと程よい酸味のバランスも好みのタイプだ。

 まったく、このネトゲ、酒類が充実しすぎだよ。グッジョブ!


 微炭酸赤ワインを堪能しているわたしに、魔王がグラスを傾けながら戻り石の魔術具の説明をしてくれた。

 どうやらGPS的な機能が付けられているそうで、魔王の水晶球でわたしがどこにいるかわかるらしい。


 魔王は手のひらサイズの水晶球を持っていて、それには事象や景色や人物の映像が浮かぶことがあるという。

 それは何かの予兆であったり、過去に起こったことだったり、現在起こっていることだったりと様々だが、魔王が気にかけているものが何かしら問題を抱えていると水晶球に映ることもあるそうだ。

 以前わたしが失語状態で苦しんでいた時に魔王が部屋に来てくれたのは、水晶球にわたしが苦しむ姿が映ったからだという。



「今見たように、これを使えば私はいつでもお前の下へ転移できる。できるだけ身に着けておけ」


「わかりました。ありがとうございます。お守りだと思って大事にします」



 わたしに何かあって水晶球に映ったらすぐに駆けつけてくれるつもりなんだな、と嬉しくなる。

 離れていても、魔王はちゃんと見守ってくれるんだ。

 食事会の最中、もうじきこの離宮を出て皆から離れて暮らし始めるんだと思ったら急に寂しくなった。

 自分が望んだことなのに感傷的になるなんて我ながら厚かましい話だ。

 第一、今更引っ越しと雑貨屋開業をやめる気もないくせにと自嘲する。

 何だか、大学進学で家を出る直前の頃みたいな気分だな。

 これから始まる大学生活や初めての一人暮らしへの期待と、故郷や親元を離れる寂しさや、本当に一人でやっていけるのかという不安がごちゃ混ぜになっていたことを思い出す。


 首から下げたペンダントを手に取り、魔王の胸元にぶら下がっているペンダントを見る。

 お揃いを喜ぶのは「あなたと一つになりたい」というお誘いアピールになってしまうので口にはしないでおくが、何だか魔王族の印という感じで嬉しい。

 わたしがそう言うと、魔王は魔王族のことについて話し始めた。


 魔王ルードヴィグは魔王であると同時に魔人族の部族長でもあったが、国民証を付与されたわたしが魔術的に「魔王ルードヴィグを部族長とする部族」に、そしてネトゲ仕様でも魔王族となったため、この新しい部族の部族長も兼ねることになった。

 魔王族も一応部族扱いではあるが、部族長が交代する他の部族とは違い魔王ルードヴィグ個人と直接紐づけられている存在で、ルードヴィグが魔王を退いた場合もそのまま彼が部族長として在り続ける。



「つまり、魔王族のわたしにとっての部族長は生涯魔王陛下一人だけで、同じ部族の長と民というわたしたちの関係は一生変わることがないということですか?」


「そうだ。その点では特殊な部族と言える。まぁ、二人しかいない部族だが」


「ふふっ、何だか親子みたいですね」


「お前の国では親子だけで暮らすのだったな。魔族国では共に暮らす社会的なまとまりを形成する集団が部族や種族なのだが、親子はそれに当たるのか?」


「共に暮らす社会的な集団……だと家族になると思います。親子、兄弟姉妹、祖父母あたりの血縁者で構成されていて、結婚して世帯が独立した場合は夫と妻、その子供たちで家族を形成することになりますね」



 魔族国では結婚は一般的じゃないらしいけど、一応説明しておいた。

 それにしても、家族と部族がイコールになるのか……。

 社会の枠組みの規模が違いすぎて、まったくピンとこない。



「ならば、血縁関係はないがこの世界では私とお前は家族ということになるな」



 ピンと来ていないところへ、ふむふむと頷きながら何気なく魔王が口にした言葉に、わたしは驚きのあまり声も出なかった。

 家族。……魔王が、わたしの家族?

 目を丸くするわたしを見て魔王が笑う。



「何を驚くことがある。魔族国の部族に当たるものがお前の国の家族なのだろう? お前と私は同じ部族。ならばお前は元の世界で家族にしていたように、私に頼り甘えればいい。私はお前の家族としてそれに応えよう」



 何かがこみ上げてきて、喉が変な音を鳴らした。

 堪えようとしたけれど、すぐに視界が滲んで嗚咽を止められない。


 魔王が苦笑しながら腕を広げるが、わたしはブンブンと首を横に振った。

 そんないつもいつもお膝だっこで慰めてもらうような歳じゃないんだから。

 四日後には城下町で一人暮らしを始める、大人の魔族なんだから。


 だけど、魔王はしゃくり上げるわたしを抱き上げて膝に乗せると、背中をポンポンと叩きながら言葉を続ける。



「この世界においては、私のいる場所がお前の里となる。私が魔王でいる間はこの離宮がお前の里だ。いつでも帰ってこい。お前は一人ではないし、帰るところもある。そのことを忘れるな」



 どうしてこの人はわたしの欲しいものを次々と与えてくれるんだろう。

 庇護を願えば離宮へ住まわせてくれて、一人暮らしと雑貨屋をやりたいと言えば許可と環境を与えてくれて、正式に魔族国民にしてくれたと思ったら今度は家族と帰る場所まで与えてくれた。

 父というには若すぎる、でも兄というには落ち着きと包容力がありすぎるこの新しい魔族の家族の存在を噛みしめる。

 だけど魔王は、感涙にむせぶわたしに容赦なく更なる衝撃を与えた。



「お前と私は家族だ。もう役職などで呼ぶな。ルードヴィグと呼べ」


「そっ、そんなの無理です! 呼べませんよ!?」


「いいから、ルードヴィグと言ってみろ」


「……ルードビク。あれ? ルードヴィク」



 驚きのあまり思わず魔王の膝から飛び降りたわたしは両手をブンブンと振って無理だとアピールしたが、からかうような魔王の言葉につい流されてしまう。

 初めて魔王の名前を知った時にも思ったけれど、声に出すとなると魔王の名前は非常に呼びづらい。

 英語が苦手だったわたしには外国語の発音は難しいんだよ……。

 何でブルーノはあんな風に魔王のフルネームをスルッと口にできるんだ。

 気付けば、名前を正しく発音するのに必死で、いつの間にか涙も止まっている。



「ルードビグ、ルード、ヴィ、グ。るーどびく、あああもう!!!」


「フッ。ならばルード、と」


「ルード、様」


「様はいらぬ」


「無理ですってば!」


「仕方がない。甘えていいと言ったのは私だ、折れてやろう」


「……何か腑に落ちませんが……ありがとうございます?」



 「ルード様」呼びを勝ち取ったわたしは、そのまま魔王と共にワインを飲む。

 今夜も月が出ていて、とても綺麗だ。

 以前にも魔王と月を眺めながらワインを飲んだことがあったが、あの時も今夜のように美しい月だったのをよく覚えている。


 この異世界では月は満ち欠けせず、星もその配置を変えることはない。

 太陽の軌跡も一年中同じなので、太陽と月と星は「陽月星(ようげつせい)」と呼ばれ、不変の象徴とされているとレイグラーフの講義で以前習った。



「毎回じゃなくてもいいんですけど、魔人族と魔王族の合同食事会はまたやりたいです」


「そうだな。赤の精霊祭本祭りは魔人族も里へ戻るから、それ以外の季節ならあの二人も喜ぶだろう」


「あと、……またこうして、お月見をしながら一緒にお酒を飲みたいです」


「うむ。お前が里帰りした時に、互いに都合がつけば飲むか」


「へへ、ありがとうございます。ルード様はやっぱりワインが好きなんですか?」


「ああ。ワインと、あとは蒸留酒か。お前は何が好きなのだ?」


「わたしはですね―――」



 月と星空を眺めながら、不変の間柄になったわたしたちは遅くまで魔王族の酒宴を楽しんだ。

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