65話 白の精霊祭2DAYS
今日明日の二日間は白の精霊祭で祝日だ。
精霊祭というのは季節の変わり目に行われる祭りで、この異世界ではエレメンタルの強さの移ろいによって3か月ずつ4つの季節に分けられている。
エレメンタルの四元素、火風水土に対応する赤青白黒の精霊色を季節名とし、赤の季節、青の季節と呼ぶそうで、白の季節は日本で言うと秋にあたるんだろうか。
ただ、日本とは違い一年を通じて季節による気温の変化などはなく、エレメンタルの影響を受けやすい植物だけは花が咲いたり葉が散ったりするらしい。
精霊祭は、前の季節の最終日を宵祭り、次の季節の初日を本祭りとし、季節を跨いで行われる。
今日は白の精霊祭宵祭りの日で、最終日とはいえ実際には青の季節なのに何故青の精霊祭じゃないんだろうと不思議に思ったが、宵祭りは明日の本祭りの前夜祭という位置付けなので白の精霊祭の括りに入るのだそうだ。
部族や種族によって重視する季節や祝い方がかなり異なるため、厳密に分けるとかえって不自由が生じてしまうそうで、呼称はともかく魔族国としてはこの二日間をまとめて祝日と定めるのが最大公約数的に納まりがいいのだろう。
そんな話を朝食時にファンヌが聞かせてくれた。
魔人族が里を挙げて祭りを行うのは年が改まる1月1日の赤の精霊祭本祭りで、セットで前日の宵祭りも祝うらしい。
日本の元日と大晦日みたいな感じで、何だか親しみを覚える。
「他の精霊祭の時は本祭りの日に親しい人と軽く会食するくらいかしら」
「ほほ~。それで明日は魔人族と魔王族の合同食事会をするんだね」
「ええ。今回はこちらで勝手に話を進めてしまったけれど、もしもスミレにとって望ましい精霊祭の過ごし方があるなら次回からそれを優先してちょうだい」
「うん、わかった。今のところ特にこだわりはないんだけど、他の部族や種族の過ごし方も見てみたいから、機会があれば単独行動をするかもしれない」
「城下町にはいろんな人がいるからそれもいいわね。ただ、精霊祭を共に過ごすというのは異性相手だと勘違いされやすいから気を付けなきゃダメよ?」
うん。何となくそんな気がしてたよ、ファンヌ。
お誘い案件は本当にそこら中に転がっているんだなぁ。
食後にお茶の稽古をしつつそんなおしゃべりをしていたら、ファンヌに明日の本祭りの食事会以外にも祭りっぽいことをしてみないかと、お菓子作りに誘われた。
魔人族は宵祭りにお茶会を開くこともあるらしい。
ただし、職業意識の高いファンヌはお菓子作りの手伝いはしてもお茶会には付き合ってくれないそうで、クランツを誘ったらどうかと言う。
次の精霊祭に備えて誰かを誘う練習をしておくといい、クランツなら変な勘違いをされることもないから安心だと言われれば、確かにそうだと思った。
それに、お茶会をすればクランツにも精霊祭の話を聞かせてもらえるだろう。
「クランツ、練習したいことがあるので付き合ってもらえませんか?」
《いいですよ。今からそちらへ向かいます》
さっそく部屋へやって来たクランツに事情を話し、精霊祭のお茶会に誘う練習に付き合ってもらうことになったのはいいのだが、いざ誘うとなったら急に気恥しくなった。
いくら友達のクランツが相手だとしても、美形近衛兵をお茶に誘うなんてわたしにはハードルが高すぎる。
どう誘ったものかとわたしが少しばかりためらっていると、ファンヌからダメ出しが入った。
「ダメよ、スミレ。そんな風にもじもじしながら誘ったら、相手は絶対に誤解してしまうわよ?」
「ファンヌに同意します。これでお茶会の場所がどちらかの自宅なら、当日は確実にベッドへ連れ込まれますよ」
ひいぃ! 自分から勘違いを誘発してどうする!
わたしは頭をビジネスモードに切り替え、取引先の担当者に声をかけるつもりでクランツをお茶会に誘ったら、今度はクランツとファンヌのお眼鏡にかなったらしく意外と高評価を得た。
ふむ、異性の魔族と接する際はビジネスモードを心掛けるのが良さそうだ。
ファンヌの言うとおり、練習してみて良かったなぁ。
クランツと午後にお茶会の約束をして、わたしはファンヌと共に厨房でお菓子作りに励んだ。
作ったのはセムラというお菓子で、元の世界でも同じような名前の外国のお菓子があった気がするが思い出せない。
作り方は簡単で、丸くて小ぶりな甘いパンを焼き、ナッツのペーストとたっぷりの生クリームを挟んで、仕上げに粉砂糖を振りかける。
結構甘いが、パン生地に練り込んだカルダモンがふわっと香る、ちょっと大人な感じのスイーツだ。
パン屋でパン種を買って来れば割と簡単に作れるし、一人暮らしを始めたら自分で作ってみるのもいいかもしれない。
ファンヌに合格をもらったセムラをお茶請けに、クランツとお茶会をする。
お茶会なので本式の紅茶に挑戦してみたいとファンヌにお願いして、砂糖、ミルク、蜂蜜、ジャム、果物、スパイスの6種類を添えてみたところ、クランツが嬉しそうな顔をした。
本式の紅茶が喜ばれるというのは本当なんだなぁ。
茶葉は3種類あるが、どれが好みかと聞くのは勘違いを招きやすいそうなので、銘柄を伝えてどれを飲むかクランツに選んでもらう。
こういうやり取りを重ねて少しずつ相手の好みを知っていき、相手が喜びそうなもてなしに繋げていくのがお茶好きの醍醐味なのだと、以前ファンヌが熱く語っていた。
クランツが濃厚な風味の茶葉を選んだのは甘いセムラがお茶請けだからかな。
「ほう、いい味です。定番以外のお茶も淹れられるようになったんですね」
「フフフ、わたしも日々腕を上げているんですよ。セムラの味はどうですか?」
「おいしいですよ。生クリームがあっさりめでいいですね」
お茶もお菓子も褒められるとは。
祭りだからクランツも機嫌がいいのか、お茶とセムラをお代わりしながら里の精霊祭について話してくれた。
羊系獣人族の中でも高山に住むビッグホーン族は土性のエレメンタルと相性が良く、黒の季節を最重要視する。
そのため、一般的な精霊祭のように季節跨ぎの宵祭りと本祭りを連日で祝うことはしないという。
黒の季節の初日、10月1日の早朝に一族で日の出を迎え、黒の季節の最終日である12月28日に日の入りを見送るらしい。
なるほど、最終日を赤の精霊祭宵祭りとしては扱わないのか。
険しい山の斜面に立ち、赤く染まる空を見つめる角ありクランツの姿はめちゃくちゃかっこ良さそうだ。
見てみたいと思ったが、神聖な儀式っぽいから部外者は立ち入り禁止だろうな。
他の季節は特に祝わないらしく、わたしの護衛任務がなくても今日明日の祝日も普段どおり勤務するという。
「なので、祭りに出たい者と休みを交代してやって、その代わり黒の季節の時には自分が休めるよう調整してもらうんです」
「そのあたりはいつもの相互扶助で乗り切るんですね。ブルーノさんのところは全部の祭りに参加するみたいだから大変だろうなぁ」
「好きでやっているんだからむしろ楽しんでますよ。一方で、強く影響を受けるエレメンタルを持たない魔人族は他部族ほどには精霊祭に熱量を注ぎませんから、彼らが中心となって休みを調整してくれます」
魔人族はエレメンタルの四元素を満遍なく受ける特性があるそうで、そういうところも魔人族の調整力の高さに関係しているのだろう。
……精霊祭は奥が深いなぁ。
エレメンタルに部族や種族のことなど、魔族社会を多方面から知る一端となるので非常に興味深い。
レイグラーフの講義が再開したら真っ先に精霊祭の講義をしてもらおうっと。
明けて二日目、白の精霊祭本祭りは待ちに待った魔王、スティーグ、ファンヌと食事会をする日だ。
てっきりいつものように魔王の執務室へ行くんだと思っていたら、わたしの部屋でやると聞いて驚く。
でも、自分たちの会食のために城までクランツに護衛をさせるのは違うでしょとファンヌが言うのを聞いて、なるほど確かにと思った。
それにしても、考えてみたら離宮のこの部屋で誰かと一緒に食事をするのは初めてじゃなかろうか。
何だかすごくドキドキしてきた。
まるで誕生日会で友達が家に来るのを待っている時のような心持ちになり、小学生か!と自分で自分に突っ込んでしまう。
食事会に先立って、約束どおりスティーグによるスカーフの巻き方教室が開催された。
ファンヌと二人でスカーフを手に鏡台に向かい、あのオシャレ感が倍増するスタイリッシュな巻き方を伝授してもらう。
オーソドックスな巻き方はファンヌに教わっていたけれど、スカーフを頭に巻くという行為にまだ不慣れなわたしは中々うまく巻けずに手こずった。
これは練習が必要だな……。
早々に覚えたファンヌにチェックしてもらいながら毎日練習していこう。
やがて夕方になり、魔王も部屋にやって来て、いつもの夕食より少し早めの時間から食事会が始まった。
スティーグが器用な手つきでワインの栓を抜き、サーブしてくれる。
最初に配膳してしまえば給仕が不要なメニューになっていたので、ファンヌも落ち着いて一緒に食事をしている。
普段から寡黙な魔王だけれど、それでも今日は比較的言葉数が多いみたいだ。
魔族国へ来て最初の精霊祭は3か月前の青の精霊祭だったんだなぁ。
この離宮へ入ってまだ3週間くらいで精神的余裕がなかった頃のことだから仕方がないけれど、祭りがあったという覚えがない。
異世界の季節のことも、魔族の部族のことも、何も知らなかった。
ネトゲのマニュアルに書かれている設定のことしか知らず、部屋の隅で膝を抱えていたわたしが、今同じ部屋で親しい仲間たちと共においしい食事を堪能しながら談笑している。
今の気持ちを何て表現したらいいんだろう。
こうして皆と一緒に過ごす時間の愛しさ、ありがたさで胸がいっぱいだ。
でも、あと数日でわたしはこの部屋を出て、一人暮らしを始める。
食後のお茶はわたしに淹れさせてもらった。
ちゃんとおいしく淹れられたはずなのに、やけに紅茶の渋みが舌に残った。
読んでいただきありがとうございました。ブックマークや☆の評価もとても嬉しいです。




