288話 セーデルブロムの塔(1)
時系列では「284話 魔人族の里(5)」の続きの話となります。
未踏破ダンジョン発見&攻略の一報は冒険者ギルド本部のギルド長ソルヴェイにもすぐに届いたようで、直接話を聞きたいとわたしのところへメッセージが飛んできた。
予定ではもう二三日魔人族の里に滞在するつもりだったけど、駆け出し冒険者の修行姿を見せるという目的は果たしたし、もういいか。
合コンの幹事を引き受けてくれたビルギットへのお礼を兼ねて、商業ギルドが冒険者ギルドに出していた駆除系の依頼を一つこなすと、わたしは予定を切り上げて城下町へ戻ったのだが。
冒険者ギルドに顔を出した途端、ギルド長室に連れ込まれ、何故か吊し上げ状態になっている。今ここ。
「……なあ。何で里の支部でDランクの依頼やっただけで、未踏破のダンジョンなんてもんに遭遇するんだよ」
「ちょっと目を離しただけでこれか……」
「たいしたもんだぜ! この勢いで空中庭園も見つけてくれよ」
「わしは新種の薬草がええのぅ」
「冗談じゃなく、新種の魔獣とか見つけてきそうだな……。キャレもヌールマンも心配しすぎだと思っていたが、俺も心配になってきた」
顔ぶれは、頭を抱えているヌールマンに、ため息交じりのヤノルス。
高揚しているギルド長ソルヴェイとヨエル。
そして、やや遠い目をしたメシュヴィツの五人だ。
約千年ぶりの未踏破ダンジョン発見に沸き立っているのはギルド長とヨエルだけで、あとの三人は微妙な顔をしている。
人を危険物みたいに言うのはやめていただきたいと言いたいところだが、彼らはわたし絡みの異常事態に免疫がない。こういう反応になるのも仕方ないか。
ヴィオラ会議のメンバーはさすがに慣れていて、わたしが未踏破ダンジョンを発見、攻略したと報告した時もそこまで驚いてはいなかった。
カシュパルとスティーグなんかは「想定の範囲内じゃない?」「ですよねぇ」といった感じで。それはそれで何か不本意なんだけども。
もともとヴィオラ会議の考察では、聖地を癒し魔素の循環異常を解消した影響が今後各所に現れる可能性について言及されていた。
何しろわたしのステータスやネトゲ仕様にいろいろと変化があったので、わたしを取り巻く世界の方も変化するだろうと彼らが考えるのは自然な成り行きで。
わたしの扱いが人族から魔族の枠組みへ変わったことの影響が、魔法具のレシピが魔族国に移るという形で既に出ているため、部族長会議もすんなりと彼らの考察を受け入れたようだ。
わたしからすれば、追加シナリオのデータがインストールされたんだから新しいダンジョンが見つかるのなんて当然なんだけどね。
仮想空間のアイテム購入機能に『米』などの新しい食材が追加されているんだから、新種の魔物や素材も絶対あるはず。
まあ、まだフラグを立ててないから追加シナリオ関連のは当分表には出てこないだろうけど。
「魔素の循環が正常化して二十年。この世界がいろいろと変化し始めていてもおかしくないって部族長会議は考えてるみたいですよ。そういう変化の一つに、たまたまわたしが最初に遭遇したってだけじゃないのかなぁ」
「たまたま、ねえ」
「ここは探索済みって思ってるところが変化してる可能性だって、あるかもしれないじゃないですか。今回の発見だって、駆け出しのわたしに先入観がなかったせいで、長い期間誰も寄り付かなかった場所へ出掛けたのがきっかけなんですし」
「──既成概念や固定観念に囚われていては見つけ出せない、か」
「あり得るな」
「そんなもんに囚われてるなんざ、冒険者の名折れだぜ」
少しばかり煽ってみたら、途端に目をギラリとさせた。さすがトップクラスの冒険者たち。皆、心底冒険が好きなんだね。
冒険者たちがその気になれば、追加要素はどんどん発見されるだろう。わたしの未踏破ダンジョン発見の印象も薄まっていくはず。
追加シナリオが始まればわたし発の新発見が続くだろうから、それまでに新発見がさほど珍しくない空気になっていてくれると助かる。
うん、心配している冒険者たちには早く安心してもらおう。そして、各々の冒険に邁進してもらわないとね!
彼らのぼやきが治まり、セーデルブロムの塔の攻略に関する打ち合わせが始まった。進行は攻略同行の提案者で、本件のリーダーでもあるメシュヴィツ。
ちなみに、攻略同行予定のメンバーがここに全員揃っていないのは、同行時に必要となるアイテムを取りに出掛けているかららしい。一定時間魔物に自分の魔力を感知されなくなるというアイテムだそうで、ここにいるメンバーは常備している派だったようだ。
イーサクも常備派なんだけど、わたしがお願いした合コン出席のため里に帰っていてここにはいない。
意外なことに、メシュヴィツは下調べなしで攻略しないかとわたしに提案してきた。
初心者向けのダンジョンで危険度が低いことと、ぶっつけ本番の方がわたしの実力や潜在的な適性を見れると考えたとのこと。なるほど。
「かまいませんよ。ただ、わたしだけが使える“魔法”という特殊な術がありまして、呪文の詠唱がわたし以外の人には聞こえないんです。なので、わたしが何をしているか皆には伝わらない場面が多いと思うんですけど、そのへんはどうしましょう」
例として『霊体化』を唱えてみせたら、いきなり半透明になったわたしの姿に全員ギョッとして身を引いた。
ヤノルスなんか一瞬でドア前まで飛び退いたもんね! さすがいつどこでも警戒を怠らない男。
相談の結果、音漏れ防止の結界を展開したまま攻略し、行動内容をメシュヴィツ宛に伝言で簡潔に伝えることになった。
インカムがあれば便利なんだけどなぁ。メッセージの魔術はいちいち風の精霊に運んでもらわないといけないから、こういう時はちょっと不便だ。
「それから、冒険用に編み出した新しい攻撃魔術がありまして。魔法やその攻撃魔術などを見せるのはかまわないんですが、詳しい説明ややり方を教えるのは禁止されてるんです。そこはご了承ください」
「まあ、気にはなるが、手の内は明かさない方がいいしな」
「元聖女なんだし、機密もあるだろ。当然だ」
「見たことのない術を見れるだけでわしは満足じゃがの。楽しみじゃわい」
「マジで危ないので、絶対にわたしの前に出ないでくださいね。もう普通のヒールしかできないので!」
何しろ、ビーム魔術を編み出したわたしは、その開発と訓練に付き合ってくれたブルーノに「歩く最終兵器」と言わしめてしまったのだ。
使用禁止にされたくないので絶対に事故は起こしたくない。NO!フレンドリーファイア!
打ち合わせのあと、攻略実施日が決まった。
そして当日。いよいよセーデルブロムの塔に向かって出発だ。
現地集合と聞いていたのに、わたしがミルドと共に第三兵団駐屯地内にある転移ゲートを訪れたら、今日同行するメンバー全員がそこにいた。
魔族が庇護対象に手厚くサポートするのはよくわかってるけど、いくら何でも過保護すぎる!
人族=魔力がなくてひ弱、っていうのが魔族の認識だから、実は聖女だったと知ってもその印象が強いんだろうなぁ。聖女もバリバリ戦闘するイメージないだろうし。
ハァ~、今日はもうバンバン魔術と魔法を使っていこう。
わたしは強いんだぞ!ってところを見せて、ひ弱イメージを払拭しないとね!
出だしから何だかなぁと思ったりもしたんだけど、実はわたし的にはご褒美タイムの始まりだった。
転移ゲートを通って城下町から出たあと、いくつか転移ゲートを経由してセーデルブロムの塔の最寄りの転移ゲートへ到着。
そこから先は現地まで各自で高速移動のターンとなったわけですが。
高速移動といえば! 変化ですよ、変化!
獣人族のミルドとキャレが豹に、ヤノルスは狐、サロモは犬でボーダーコリー系? ヌールマンは大蛇で、ソルヴェイが猛禽類に。
そして竜人族のメシュヴィツが黒竜に変化したの!
もうね、テンション爆上げよ!!
だって見たことないモフモフが、一気にいっぱい現れて! 平静でいろって方が無理だよ!
モフモフじゃなくても、大蛇も猛禽ももちろん黒竜もかっこよくて!
パラダイスですかここは?って感じで、はあぁ~~眼福ぅ~~。
恋愛のNGに抵触するから顔には出さなかった。それはもう必死に。舌噛んで我慢したもん!
その代わりガン見したけどね! 今日家に帰ったら絶対動画で見直そう。あ、スクショもいっぱい撮っておこう!
変化してないのは、魔人族のイーサクと樹性精霊族のヨエルだけ。
イーサクはわたしと同じく浮遊魔術で移動するとして、ヨエルはどうするんだろうと思っていたら、何とメシュヴィツの足に掴まっていくんだって!
そう聞いてびっくりしたんだけど、ヨエルが黒竜の前脚にしがみついたと思ったらシュルシュルと蔓が伸びてきて、あっという間にヨエルの体を黒竜の脚にしっかりと括りつけた。
そういえばヨエルは籐族だった。蔓を使役するのはお手の物か。
高速移動の準備が整ったので、わたしは『生体感知』を唱えた。そしてこっそりと視線の操作でネトゲ仕様のバーチャルなマップを広げ、視界の隅に配置する。
セーデルブロムの塔を目的地に設定すると、視界に黄色い矢印が現れた。
実は以前空中散歩をした後、通った場所や見たものにマップの印をつけていて、その中にセーデルブロムの塔もあったのだ。
記念にと思ってしたことだったけど、思わぬところで役に立ったなぁ。
マップで位置さえわかればルート表示機能が使えるから、迷子になる心配もない。
ネトゲ仕様のことは皆に詳しく教えられないけれど、わたしにはそういう能力もあるんだと知って安心して欲しいな。
『そろそろ行くか。店長の準備はいいだろうか』
視界にチャットの文字が流れてきた。
そういえば変化している人たちの言葉は同族と変化者にしかわからないんだったね。
「メシュヴィツさんが、そろそろ行くかと言ってます。わたしは準備OKですよー」
イーサクとヨエルに向けて通訳しつつメシュヴィツに答えると、皆が一斉にわたしを見た。
うおっ、驚きの文字が一斉に!
こんなに多くの変化者が話すところを見るのは初めてだ。
「こりゃ驚いた。スミレちゃんは変化しとらんのに奴らの言葉がわかるのかい?」
「えへへ、実はそうなんです」
「そりゃ便利でええなぁ。通訳してもらえると助かるわい」
うわ、またもや驚きの文字が! 視界が文字だらけなんですが!
モフモフがいっぱいで眼福って喜んでたけど、人数が多いとチャットが大変なことになるなぁ。
今はいいけど、重要そうな場面では読み落としがないかログをチェックした方がいいかもねぇ。
「では、行きまーす」
わたしはひと声掛けると、先頭を切って浮遊魔術で飛び始める。
自分一人の力で目的地へ着けるかを見るため、皆はわたしより前へ出ることはない。
おしゃべりも止んだから視界はクリア。
ルート表示の黄色い矢印が行き先を示している。
さあ、行こう。セーデルブロムの塔へ。
冒険の始まりだ!
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