287話 【閑話】新・ヴィオラ会議
魔王シーグバーンの執務室にヴィオラ会議が招集された。
スミレが編み出したビーム魔術が彼らの予想をかなり上回るものであったため、早急に情報を共有した方が良いと実験に参加した四名全員が考えたためだ。
「あ~あ、やっぱオレも行っとけばよかったな~。実物見たかったー」
「まあ、魔王としては今日の会議はどうしても外せませんでしたからねぇ。仕方ありませんよ」
「僕だけなら行けたのにさー。シーグなんか放っておいて行けばよかったよ」
「えー」
ビーム魔術の実験に同行できなかったシーグバーン、スティーグ、カシュパルの三人が魔石板を手に、実験の様子を収めた動画を見ている。
レイグラーフが開発した録画と再生の魔術具はスミレが去った20年の間に進化していて、ひと通り録画と再生、早送りや巻き戻しの操作が可能になっていた。
録画時間は1分少々と短かったが、それもルードヴィグがスミレのいた世界から持ち込んだ知識を参考にしてからというもの、飛躍的に伸びている。
今日の動画は約10分。今後記録媒体の開発が進めば、いずれもっと録画時間は伸びるだろう。
「このピンクの光線がビーム? うわ、すごい命中してるじゃん!」
「的を貫通してるんだね。音も聞こえないし暗殺に向いてそう。僕も使えるようになるかなぁ」
「カシュパル、発想が剣呑すぎますよ。ブルーノ、止めてください!」
「ビームを出すのは相当ハードルが高そうだぞ。ルードヴィグもレイグラーフも試していたが、まだ出せてないからな」
実験が終わり、スミレがクランツと共に離宮へと帰っていった後の実験施設で、ルードヴィグとレイグラーフはさっそく自分たちもビームを出そうと試みた。
魔力の扱いに関しては魔族国内で右に出る者のいない二人だが、そんな彼らでもその日の内にビームを出すのは無理だった。なまじ魔力と魔術に関して学術的な理解が深い分、却ってスミレのようにイメージだけで具現化するのは難しかったようだ。
「へえ~。高位の魔術師二人が手こずってるならよっぽどだね」
「あんな剣呑な攻撃魔術、見よう見まねでホイホイ実用化されてたまるか。出力が上がると魔力もかなり食うようだし、一般魔族にはまず無理だろうな」
「簡単に真似できないなら冒険者仲間の前で使っても問題はなさそうですねぇ。良かったじゃないですか」
「そこだけは、な」
「他に何か問題あんの?」
「問題というか……まあ、動画をよく見ていろ。ちょうどそのあたりからだ」
的で十分試行させた後、魔物での実験に移った。転移陣で出現した魔物をスミレにビームガンで撃たせ、徐々に魔物の数を増やしていく。
最初のうちスミレは普通に1体ずつビームガンで撃っていたが、魔物の数が5体になったところで手法を変えた。
ビームを長く伸ばしたまま横へ動かし、魔物をまとめて切断したのだ。
「うおっ、すげーっ! 何今の! ビームガンなのにビームソードみたいに切ったよ!? って、ああ~、動画終わっちゃったー」
「記録媒体の関係で録画はここまでしか撮れなかったのですが、この後更に魔物の数を増やしていきました」
「何体までまとめて切れるのか試したくてな。魔力の込め方でビームの威力は調整できるようだが、どうやら上限があるらしい。威力が頭打ちになったのか、魔物を20体出したところでスミレが、ビームの数を増やしてもいいかと聞いてきた」
「え、ビームの数って増やせるの?」
「結果から言やあ、増やせたな」
ブルーノが許可すると、スミレは手のひらを体の前に突き出して魔力を込め始めた。そして、なんと5本の指それぞれからビームを出したのだ。
その5本のビームを横へスライドし、20体の魔物を切断した。ブルーノたちが唖然としたのは言うまでもない。
「単純に、ビームの威力が5倍になったってこと? 何それ、こわっ! え、スミレそんなことしたの?」
「ああ。普通の顔して、な」
「平然としてましたね」
「マジか……。ああ、それで、やばいなって招集かけたわけね」
シーグバーンはこれまでどちらかというと、自分たちの予想の斜め上をいくスミレの奇行ややらかしエピソードを楽しんで聞いてきたのだが、ようやく事の重大さを身に染みて感じ始めていた。
魔王として、今後は自分が彼女の起こす諸問題に対応するのか。
「……そっか、ヴィオラ会議ってこういう感じで開催するんだなー」
「まあ、だいたいスミレ絡みで問題が起きた時か、懸念材料が出てきた時だね」
「実感湧きましたか?」
「うん」
「まあ、スミレさんの場合、私たちの理解の範疇を超えることはよくありますからねぇ」
「思わぬところで根本的な考え方や価値観が僕らと違ったりするから、現状把握と情報共有は重要なんだよ」
ぽつりとつぶやいた魔王シーグバーンに、側近二人が答える。
正面に座っているルードヴィグが泰然自若としている様を見て、奇想天外な異世界人を娶った先代の偉大さを改めて感じるシーグバーンであった。
ブルーノの説明は続く。
5本のビームに驚いたブルーノは、以前訓練でもやったようにドーム一杯の魔物の殲滅も試してみるかとスミレに尋ねた。
ダンジョンの中には、モンスターハウスという大量の魔物が集まっている部屋を有するものが存在する。落とし穴や転移陣でそこへ放り込まれ、全方位から一斉に魔物に襲い掛かられるのだ。
スミレはそんなダンジョンがあるとは知らなかったらしく、試してみたいと言った。一度経験しておくと心構えができるからだ。
ドーム中央の転移陣の上にスミレを立たせ、大量の魔物を召喚する。スミレは殲滅の訓練時と同様に、まずは『結界』を唱えて自分の安全を確保。『麻痺』で魔物の動きを止めるとビームを5本出し、そのままその場で回転しながら周囲の魔物を倒していった。
中央近くの魔物から放射状に倒れていくが、一周目のビームで倒しきれなかった後方の魔物の動きを『朦朧』や『時間減速』で鈍らせ、『縛』や『麻痺』で足止めしては時間を稼ぎつつ、二周目、三周目のビームで倒していく。
「殲滅が完了したのは四周目の半ば。魔力残量に気を付けながら慎重に倒したらしいが、それでも以前の訓練時より短時間で殲滅させている」
「うは~っ。ノーマル状態でそれってさー、あの最強コンボの回復薬飲んでやったらどうなるんだろうね?」
「スミレも同じことを言ってたぜ。しかも恐ろしいことに──」
魔力を最大限使えるようになったスミレは、ほぼ無双状態になるだろう。
それはヴィオラ会議の面々にも予想がつく。
だが、またもやスミレは彼らの予想を超えてきた。
「──あいつ、魔力残量を気にしなくていいなら両手でビーム10本出せますね、もっと早く殲滅できますよって、軽~く言いやがってよ」
驚きのあまり、ブルーノたちは声も出なかった。
それは、今ここで聞かされたシーグバーンと側近の二人も同様で。
「あいつがアナイアレーションを使えなくなってホッとしていたが、あっという間に殺傷力の高い魔術を編み出して自分のものにしちまった。ロックオンとかいう命中率爆上げの技も編み出したようだし……まったく、油断も隙もねえ」
なのに、まるで歩く最終兵器だなと言ってやったら、不本意そうな顔して俺を見るんだぜ?とブルーノが苦笑する。
「……ビーム魔術、使用禁止にした方がいい?」
「いや、そこまでする必要はない。あれは有用だ。あいつも危険性はよくわかってる。ビームガンのコンパクトな射出をメインに、使用頻度も低めにすると言っていた」
心配そうに尋ねるシーグバーンに、ブルーノは首を振ってあっさりそう答えた。
何でも、スミレはブルーノが懸念を払拭できるよう、かなり協力したらしい。
ブルーノさんはどうせ自分でも撃たれてみたいんでしょ?と言って、ビームが貫通してもダメージの少ない部位をレイグラーフに確認し、そのうえでブルーノの体に一瞬だけビームを放ったという。
焼けるような熱さと肉の焼ける匂い。
実際に体験してみてブルーノは実感した。貫通だけならマシだが、少しビームを横に動かして切られたらかなりのダメージを受けるだろう。
ブルーノが満足すると、スミレはすぐヒールを掛けた。自分で付けたブルーノの傷をスミレが癒すのは、あの騙し討ち以来だ。
「以前のあいつなら腰が引けてそんなこと出来なかったろうに。常に最悪の事態を想定する俺の性分をよく知ってやがるぜ」
「それだけ信頼関係が築けてるってことでしょ。必要だからしてるってのは当時もわかってたし。ブルーノのこと、生存戦略の教官って呼んでるもんね」
「騙し討ちされて号泣していた時のことを思うと、スミレさんも大人になりましたねぇ。いえ、最初から大人ではありましたが、私たちから見るとほぼすっぴんだった初期のスミレさんは子供にしか見えませんでしたから」
「あの頃と比べると随分と逞しくなりましたし、魔族らしくなりました」
スミレが離宮で暮らし始めた当初から傍で面倒を見てきたスティーグとクランツが感慨深そうに言う。
確かにスミレは逞しくなったし魔族らしくなったとブルーノも思った。
なので、スタンピードが起こった時はお前の働きに期待するかとスミレに軽口を叩いたのだが。
スミレはまたしてもブルーノの予想を超えることを言ってきた。──スタンピードを起こしたダンジョンの前に、ピットフォールで穴を掘ればいい、と。
「効果時間・幅・深さを最大にした穴を掘ってやれば、ダンジョンから出てきた魔物は勝手に落ちていくから被害の拡大は抑えられる。あとは穴の周囲から攻撃魔術を撃ち込むか、武闘派の兵士が穴の中に降りてボコってもいい。ピットフォールが解けた時にスタンピードが終わってなければ自分が再度穴を掘る。ビームで無双するより危なくないし効率いいでしょ? だとよ」
ハァと深いため息を吐きながら語るブルーノに、当日実験施設におらず、初めてその話を聞いた三人も思わず遠い目になる。
「……そんなこと、よく思い付くなぁ。あの子、イスフェルト相手でもなるべく殺さないよう気遣ってたのに、魔物相手だとまったく躊躇しないよね」
「何ていうかさー、魔法やネトゲ仕様を別にしても、スミレって本当に、歩く最終兵器って感じだね……」
「ブルーノはうまいこと言いますねぇ」
「まあ、スミレの言いように呆れはしたが、正直楽しみでもある。スタンピードは対応に時間と手間は掛かるが、魔族軍にとってそれほど大きな脅威じゃねえ。次に起きた時は実行してみようと本気で考えている」
「オレも見たいなー」
そんな感じで、新しく編み出されたビーム魔術は、その威力の高さの割りにそれほど危険視されることもなくヴィオラ会議に受け入れられた。
その後、ルードヴィグとレイグラーフの二人がビーム魔術の術式を構築し、ビーム魔術を身に着けた。
更に彼らは用途や性能に制限を設けた簡略版を作成。そちらは学校の高等課程で習得可能となり、魔術具作成や魔石の加工に活かされていく。
またある日、ビームの色変は可能だろうかと思い付いたスミレが実験する過程で精霊に助力を頼んだところ、精霊色のビームを編み出した。エレメンタルの属性を帯びたビームは各方面で効力を発揮する。
「……あの子、もう高位の魔術師って呼んでもいいんじゃない?」
「私もそう思います。ただ、学術的な裏付けが足りなさすぎるので、研究院長としては対外的にそう発言するのは難しく……。ですが、彼女の魔術の才はあまりにも柔軟で自由で、私は師として足るのかと、自信がなくなりそうです」
「同意」
「うわ、ルードも同意しちゃうの!? マジかー」
こんな会話が某執務室で交わされたとか何とか。
それでも、か〇は〇波や波〇拳などを具現化していないだけ自分は自重しているとスミレが思っていることを、彼らは知らない。
終盤は後日談っぽくなりました。魔族になったスミレは寿命も延びるので、この先もヴィオラ会議の面々が驚くようなことをいろいろとやることでしょう(笑)
次回こそはセーデルブロムの塔攻略の話を……!




