283話 魔人族の里(4)
※ややグロい描写があります。ご注意ください。
明日も投稿するのでチェックお願いします!
魔人族の里から浮遊魔術で飛ぶこと約30分。何事もなくフールヘト洞窟周辺へ到着した。
冒険者ギルドで下調べした時にこっそりネトゲ仕様のマップに印をつけておいたので、ルート表示に従って飛んでいくだけだからとても楽だった。
それは良かったんだけど、洞窟の入り口が見えてきたあたりで異変に気付く。
「……くさっ! えっ、もう臭うの!?」
まだ100メートル以上離れてるのに、もう臭い。さすが汚物洞窟の異名を取るだけのことはあると、妙な感心をしてしまう。
里からたった30分なんて近場にこんな悪臭を放つ場所を放置しておく神経がわからない。魔人族の行政は大丈夫なのか。
「俺、ここが限界。ここから一歩も近づかない」
「わかった。清掃が問題なく進んでても、30分経ったら一度戻ってくるね」
「戻って来た時にもし臭ってたら、即ウォッシュするからなー」
「あはは、よろしく。それじゃ、ここからしばらく攻略に専念するね。聖女の特殊能力も使うから気になるかもしれないけど、質問とかは全部終わった後でお願い」
そう言い置いて、わたしは30メートルくらい先まで『移動』。ユーリーンと三人のギャラリー冒険者たちに背を向けたまま、どこでもストレージから取り出した『空気石』を口にくわえ、水の魔術で頭部を包み込む。
これはHPが残りわずかとなったわたしが毒作りで調合修行をしようとした際に、ブルーノが指示した毒の吸入防止策だ。臭いにも効くだろうと思ってやってみたけど、やっぱり効果があった!
よし。これなら悪臭まみれの洞窟内にも入っていける。
『移動』で更に洞窟へ近づき、『生体感知』を唱えてみた。
洞窟内の天井付近にびっしりと赤い靄が見える。これはコウモリだろうからいいとして、床のあたりに赤い靄が絨毯みたいになってるのは何だろう。
コウモリ以外に何がいるんだ?と考えて、ふと以前友人に教えられたネイチャー系の恐ろしい話を思い出した。
洞窟にコウモリが大量に住む場合、その大量のフンを食べに大量のGが寄ってくるのだと…………ぎゃああああああっ!!!
────これはもう、魔力のパワープレイ一択だ。魔法と魔術を威力MAXで投入しまくるしかない!
わたしは仮想空間のアイテム購入機能で『回復薬(究極)』と『精霊の回復薬』を購入した。
一定時間体力と魔力が瞬時に回復し続ける『回復薬(究極)』と、同時に飲んだ回復薬の効果が約半日持続する『精霊の回復薬』の組み合わせは、ネトゲ仕様で購入可能な回復薬の中で最大火力を誇る最強の合わせ技だ。
ものすごくお高いけど、ケチってる場合じゃない。悪臭で人は死なないかもしれないが、わたしのメンタルが死ぬ。大盤振る舞いで行くぞ。
『移動』で一旦下がって水の魔術と『空気石』を解除。二つの回復薬を景気良くぐびぐびっと飲んで息を整え、再度水の魔術と『空気石』を装備する。
よし、行くぞ!
今回使う戦法は、ブルーノ考案の非常用護身術の応用だ。
実技は実験施設で訓練したあの時の一回だけだけど、鬼教官がビシバシしごいてくれたおかげで体がしっかり覚えている。
洞窟の前へ『移動』し、精霊たちを呼び出してからアクティベート。魔術と魔法の威力マシマシを願い、言霊を意識してエレメンタルの力を呪文にしっかり乗せる。
ネトゲ仕様のマップで開き、視界右上に配置。『生体感知』は殲滅したと思えるまでは控えよう。視覚の刺激でメンタルが死ぬ。
次に『結界』を唱える。わたしの周囲に洞窟を塞ぐサイズの結界を張り、その状態をキープしたまま進んでいけばコウモリもGも洞窟の外へ出られない。
さて、準備は整った。
洞窟内へ向かって敵の動きを封じる『麻痺』を威力最大で唱え、最大級のファイアボールを立て続けに10発ブチ込んだ。
間髪入れずに『衝撃波』を放つ。もちろんこれも威力最大で。
でも回復薬の効果で魔力はもりもり回復するから連打しても平気そう。むしろ、魔術や魔法が再使用可になるまでの待機時間の方が長いくらいだ。
このまま魔力に物を言わせてフルパワーでゴリ押しする!!
『縛』や『麻痺』で敵の動きを止めては、圧倒的火力のファイアボールとフルパワーの『衝撃波』をガンガンブッ放していく。
魔法や魔術の待機時間中は他の術を駆使し、敵の動きを止めては攻撃を加え、ひたすら殲滅を目指した。
そして、敵を排除した空間はすかさず最大出力のウォッシュで清掃、そしてクリーンで消臭。最大出力なのに、これが結構時間が掛かる。どれだけ汚れてるんだよ、この汚物洞窟は!!
行動阻害と攻撃と洗浄のルーチンを何度も繰り返しては、マップで進路を確認しつつ先へと進む。そして、ついに洞窟の最奥までたどり着いた。
『生体感知』をしても赤い靄は見当たらない。マップ上にも敵のマークはない。ウォッシュを唱えてももう反応しなくなった。清掃完了だ。
そう、依頼達成、なんですけど。
──洞窟の最奥、その脇の壁に不自然な突起物がありまして……。それがどう見てもスイッチなんですよ。
それに、マップを見ると、最奥の壁の向こう側にも空間があるのよね……。しかも、『生体感知』を範囲MAXで唱えたら、うっすらと赤い靄が一つ見えているような──
もうね、このスイッチ、押したら絶対壁が開いて向こうに行けるようになるヤツじゃん!
しかもボスキャラが待機してる匂いがプンプンするんですけど!!
そういえば、ネトゲ仕様のマップに印をつけようとした時、すんなり「フールヘト洞窟」と表示された。あれって、ここがダンジョンだったからなのでは!?
ここは慎重を期すべきと判断。ちょうど30分過ぎたところだし、ー旦ユーリーンたちのところへ戻ろう。
とりあえず全身をクリーンして臭いを落とし、息を止めたまま頭部を保護していた水の魔術を解除。そっと息を吸ってみても悪臭はまったくしなかった。
よし、洞窟もわたしも臭くない! 彼らを連れて来ても大丈夫だ。
『空気石』を仕舞い、精霊たちに魔力をあげて引き上げてもらうと、『移動』でユーリーンたちの元へ戻った。
洞窟の清掃が完了したと告げたら早すぎると驚かれたけど、それよりもっと驚くことがあるんだよ、皆!
「洞窟の奥まで行ったら壁に怪しい突起があって、どうも更に奥に進めるみたいなの。サーラの旦那さん、ちょっと見てもらえないかなぁ。三人も良かったら一緒にどう?」
自分一人で攻略できる自信はあるけど、獣人族Sランクの二人があんまり心配するから、セーデルブロムの塔の攻略が済むまで一人ではDランクの簡単な依頼しかしないって約束してしまったのよね。
それに、もしボスがいてお宝があるなら、皆でパーティー組んでクリアした方がいいんじゃないかな。
ちょうどパーティーが組める人数だし、昨日今日と付き合ってくれた彼らにもお裾分けできたら嬉しいし。
本当に臭くないのかと及び腰だったユーリーンも、ギャラリー三人に引っ張られていく内に悪臭がしないとわかって安心したみたい。
そうとなれば、彼も冒険者。入ったことのない洞窟の最奥に何かありそうと聞けば、好奇心が疼くというもの。ギャラリーの三人も興奮気味で、足早に洞窟の中を進んでいく。
「あー、これか~。これは開くなあ」
岩壁の怪しげな突起物を見てユーリーンがそう言った。この五人の中で一番ランクの高い彼が言うんだから、まず間違いないだろう。
「汚物洞窟がダンジョンだなんて聞いたことねえが、ここから先は未踏破エリアってことなのか?」
「俺らが知らないだけかもしれないけど、そう考えて用心した方がいいだろうな。即席だがパーティーを組もう。俺が先行する。店長はその後、お前らは背後を警戒してくれ」
Aランクの冒険者らしくキリッとした顔付きになったユーリーンが指示をする。
全員が頷くと、パーティーリーダーのユーリーンが自分のデモンリンガをそれぞれのデモンリンガに重ねていった。その度にデモンリンガが一瞬光る。
ふおお、これが魔族のパーティーの組み方か~! ネトゲ仕様とは違うんだなぁ。
突如訪れた魔族流のパーティー初体験の機会に、内心でテンションが爆上げしてしまった。しかも、もしここが本当にダンジョンなら、初めてのダンジョン攻略になる!?
一気に高まったテンションを、でも何とかして抑えた。ゲームじゃなくてリアルなんだから、浮ついた気持ちで臨んじゃいけない。
冒険を甘く見るなと口を酸っぱくして言っていたミルドの顔を思い出す。
メンバーそれぞれの得手不得手を確認後、ユーリーンが戦闘時の役割を振っていく。わたしは補助魔術で後方支援担当だ。絶対に前へ出るなと念を押され、しっかり頷く。
「行くぞ」
パーティーを見渡して声を掛けると、ユーリーンが壁の突起物をぐいと押し込んだ。一瞬、ああ、わたしが押したかった……と思ってしまった。雑念多すぎ。集中しろ!
ゴゴゴ……と大きな音を響かせながら、最奥の岩壁が左右に開いていく。土ぼこりが舞う向こう側には、予想どおり洞窟の続きが広がっていた。
マップをチラ見しつつ奥へと進んでいくと、やがてマップ上に広い空間が現れ、敵の位置が示された。
「突き当りを右折した先に広い空間。生体反応あり。数は1。ボスかも」
「了解」
少し進んで右折する手前で、パーティー全員に攻撃力、防御力、スタミナを上げる魔術をかける。素早さはタイミングを狂わせるかもしれないから自重。
右折すると同時に広い空間が現れた。上から明かりが漏れていて、とても幻想的だ。まるで天然の聖堂のようで、一瞬目を奪われる。
でもすぐに視線を切り替えた。上から漏れる明かりの下に大きな蛇がいる!
ユーリーンを始めに冒険者たちは素早く散開し、それぞれ得意な武器を手に蛇に立ち向かっていく。
一人が蛇の注意を引きつけている間に他の三人が攻撃を加える。蛇の鱗が固いのか、攻撃が通りにくそうだ。
蛇の防御力を魔術で下げようか、いや、『麻痺』で蛇の動きを止めるのが一番かなどと考えを巡らせたが、ボスキャラの強さが曖昧になるかと思ってやめた。
ここが未踏破のダンジョンなら、なるべく正確な情報を冒険者ギルドに持ち帰ることを優先した方がいい気がする。
危なげなく討伐完了。ギャラリーの三人はちょっと拍子抜けだったみたいだ。洞窟がDランクの依頼場所だったし、初心者向けのダンジョンだったのかもしれない。
ユーリーンはさすがにAランクなだけあって、他の三人とは動きが違った。まさか、ユーリーンがかっこよく見える時が来るとは思いもしなかったよ。
広い空間の奥に進むと、平たい岩の上に大きな宝箱があった!
「うおおおおお~~ッ!!!」
「おい、これ未発見の宝箱じゃねえの!?」
「マジかよ、なんでこんなとこにそんなもんがあるんだよぉ!」
「すげええええ!!」
パーティー全員が興奮しまくって、飛んだり跳ねたりガッツポーズしたりと大騒ぎした後、リーダーのユーリーンがわたしに開錠してみなよと言った。
「えっ、わたしが?」
「洞窟に入れるようにしたのは店長じゃないか」
「うえぇっ!? わたし開錠したことないんだけど!!」
いきなり初開錠の機会が訪れてしまった。ピックを持つ手が震える……!!
結論から言うと、ピックを30本くらい折った。
それでも開かなくて、皆を待たせていることに焦ったわたしは視線で宝箱の上にある三角をタップし、ネトゲ仕様の操作であっさりと開錠。宝箱を開いた。
冒険の、ロマンとは!? 口だけか!!
ミルドごめん。ギルド長、すみません。
わたし開錠のセンスないみたい。お宝の探索は向いてないみたいよ。くすん。
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