281話 魔人族の里(2)
今日から4日連続で投稿します。よろしくお願いします。
魔人族の里の話、前・中・後編の3話になるかと思ってたんですが、5話になってしまったので前回のタイトルを(前編)から(1)に変更しました。
「店長、本気でその依頼請けるの? ドロップほぼなくて手間が掛かる割においしくない、不人気なヤツだよ、それ」
「そうなの? でも、魔術で試したいことがあるからやってみたいんだー」
「魔術で? ふーん」
ユーリーンは面倒な依頼だと教えてくれたけど、ゲーム脳的な思考でクエスト攻略を考えると、わたしはたぶんこの依頼をサクサクこなせる。Dランクの依頼の中ではこれを回すのが一番効率の良い修行になると思うんだよね。
それに、不人気な依頼をこなせばギルドや依頼人に喜んでもらえるんじゃないかな。これからお世話になる魔人族の里に貢献できたら嬉しいし。
まあ、やってみておいしくなかったらまた次の手を考えよう。
ギルドホールにある資料で下調べを済ませ、カウンターで『グラースホッパの駆除』を請ける。対象区画は複数あって、全部じゃなく一か所だけ駆除してもいいそうだ。報告と報酬の受け取りも、まとめてでもいいし達成した分を都度処理してもいいという。
それから、対象区画の駆除状況を自動で記録する魔術具を預かった。
この依頼、ナータンの金策で使った「グローダの討伐」とよく似ている。不人気で、評価用の魔術具を装着して行うところがそっくりだ。
セーデルブロムの塔の攻略が終わったら犬族冒険者集団と一緒に「グローダの討伐」をやる約束をしている。
ナータンの金策やランキング化を考えていた頃は、自分が冒険者になってあのクエストをやるなんて考えてもいなかった。どのくらいのスコアが出せるか今から楽しみだ。
Dランクの依頼なので、場所は里からそんなに離れていない。
わたしとユーリーンは少し早い昼食を済ませると、里の正門から外へ出て現地へと向かった。覚えたばかりの浮遊魔術を使って。
冒険者になると決めた後、わたしは身体能力の低さを補うためにいくつか魔術を身につけた。その一つが浮遊魔術──高速移動手段を求めた魔人族が重力軽減の魔術を発展させて編み出した魔術だ。
『移動』や『転移』が使えるわたしは、高速移動より宙に浮いて留まれるところに魅力を感じている。
以前スティーグが高いところの物を取ったり高い塔の階段を上るのが面倒な時に重宝すると言うのを聞いて、便利そうでいいなぁと思った。『霊体化』も一応宙に浮くけど、緩やかに落下していくし落下スピードも調節できないからね。
非力なわたしは崖や沼地のような足場の悪い場所での冒険に苦労するだろう。宙に浮いて留まれたらきっと便利だ。採集する時にも役に立つに違いない。
浮遊魔術はアニメや映画のおかげでイメージしやすかったので、すぐに使えるようになった。
ネトゲ仕様の魔術欄に載ってない魔術でも、練習すれば習得できるというのはかなりの朗報だ。おかげで他の魔術を覚えるのも頑張れたよ。
浮遊魔術を覚えるのはほぼ魔人族だけらしく、わたしがこの魔術を難なく扱うのを見てユーリーンは驚いていた。
フフフ。魔術の扱いの上手さは研究院長のお墨付きですからね。
魔術に関してはだいぶ自信がついた。しっかりイメージできればだいたい何とかできると思う。
何事もなく現地に到着。
さて、やりますか。
付き添いのユーリーンはイーサクにわたしをしっかり守るよう、かなり念入りに頼まれたそうだ。でも今回は、よほどのことがない限り、手出しせず見守るだけにして欲しいとお願いしてある。
下調べをしたらDランクの依頼なだけあって危険度は低そうだったし、自分ひとりでどれくらいやれるのか知りたかったので、ね。
ただし、わたしを見ているのは彼だけではない。冒険者ギルドで見知らぬ冒険者に見学してもいいかと聞かれ、構わないと答えたところ、数名がわたしたちの後をついてきた。
元人族の元聖女がどんな闘い方をするのか、興味半分ってところかな。
中には、本当に冒険者やれんのか?と懐疑的に思っていて、わたしの実力を確認するつもりで来た人もいるんだろう。
駆除の対象になっている区画は全部で6か所。まずは燃えても被害の少なそうな草地で考えてきた攻略方法を試してみる。
名を呼ばずに精霊を呼び出した後でアクティベートを唱えたら、周囲からどよめきが起こった。広い場所で魔術をガンガン使うなら精霊を活性化するのは定石じゃないかと思うんだけど、そうでもないのかな。
どよめきは無視して「よろしくね~」と精霊たちに笑顔で声を掛けた。
念のため『結界』を唱えてから、区画の端を辿りつつ小まめにウインドで区画中央に向かって風を送る。グラースホッパを吹き飛ばして中央に集めるためだ。結構でかくてキモい! うう、やっぱ昆虫系は苦手だよぅ。
一周したらトルネードで中央に竜巻を起こし、集めたグラースホッパを空中に巻き上げる。その下に受け皿になるようファイアウォールを展開、更にその下にアイスウォールを即座に展開。
ジュッという音が聞こえる。草地を焦がさないよう、燃えるグラースホッパの死骸をアイスウォールで受けてみたけど、ちゃんと焼却できてるかな。
落ちてこなくなったのでファイアウォールを解除。アイスウォールはキープしたまま区画外の地面に下ろし、内心でヒーヒー言いながら死骸を確認。ううぅ、どうやら燃え切っていないもよう。まとめてファイアできっちり焼却する。
『生体感知』を唱えたら区画内にまだ赤い靄があちこちに見えたので、ウインドで中央に集めながらもう一周。途中で『結界』が切れたけど、グラースホッパ相手には必要なさそうなので省略する。
トルネードで巻き上げてファイアウォール、ここまではさっきと一緒。で、今度はダートウォールで土の壁を展開してみた。
恐る恐る死骸を確認する。うん、今度はちゃんと燃え尽きているみたい。『生体感知』で駆除し残しがないのも確認。よし、この攻略方法でいけそうだ。
区画の空に向かい「手伝ってくれてありがと~」と声を掛けながらシャワーのように魔力を撒き散らした。そこら中の空間がキラキラしている。姿の見えてない精霊たちにも御礼を忘れずに!
さあ次へ行こうか。ジャンジャン駆除してやるぜーっ!!
「ユ……じゃない、サーラの旦那さーん、次の区画に行くね~」
「待ってくれ! ちょっと聞きたいんだが」
さあ次の区画へ──と行きかけたところで、ギャラリーから声が掛かった。そういえば、何度かどよめきが起こっていたっけ。
何だろうと思いつつ、どうぞと促した。
「何でウォール系の魔術を空中に展開できるんだ? あれは地面から垂直に展開するものだろう?」
「ああ……えっとね、確かにウォール系は〇〇の壁を作り出すって説明文になってるけど、実際に作り出すのは面なんだって」
「は? 面……? 壁じゃなくて?」
「うん。だから、地面に垂直に展開した場合は壁みたいになるし、平行に展開すれば床とか天井みたいになる。垂直にしか展開できないわけじゃないって先生が言ってたよ」
敬語にならないように気を付けつつ、見知らぬ冒険者の質問に答えてみた。わたしはレイグラーフにそう習ったのでね。
「マジかよ」「そんな話聞いたことあるか?」「待て、慌てるな」とギャラリーの反応が激しい。反応を見るに、ユーリーンも知らなかったみたいだ。
生まれた時から当たり前のように魔術を使ってると、却って普段使わない方法や効果を見落としてしまうのかもしれないね。
自分たちでも試し始めた彼らに、依頼対象になっている区画内では試さないでと注意して、ユーリーンには彼らを見ていてくれるよう頼んでわたしは次の区画へ向かった。うきうきとした足取りで。
ハァ~、楽しい。楽しいなぁ!
以前「グローダの討伐」を実演した後で、竜人族Sランクのメシュヴィツが攻略方法を編み出すのは冒険の醍醐味、冒険者の腕の見せ所だと言っていたけど、本当だな~としみじみ思う。
せっかく魔術や魔法が使える世界なのに、これまでほとんど生活魔術しか使って来なかったからか、いろいろと試行錯誤するのが楽しい。わくわくする。
1つめの区画は草地だったから駆除は簡単だった。次は牧草地を2か所。こちらも同じ攻略方法で特に問題なし。
残りの3か所は畑で、作物にダメージを与えると評価が下がるので要注意だ。そのうちの2か所は作物がキャベツで、ウインドやトルネードで強めの風が起こっても何とかなった。
ただ、最後の1つは麦畑で、これは強い風を当てたら倒れそうだ。でも、麦が密集しているから強くしないとグラースホッパを吹き飛ばせないしなぁ……。麦畑の外へ誘き寄せる方がいいかも。
こっそりと仮想空間のアイテム購入機能で『空の魔石(小)』を三つ買った。麦畑の様子を確認している風を装いながら魔力を込め、満タンになったら誘き寄せたい位置へそっと放り投げる。
これは、魔物以外の魔力を察知すると寄って来るという魔物の性質を利用したもので、「グローダの討伐」の実演時にメシュヴィツが使った手法だ。
お礼の飲み会の時に教えてもらった内緒の技。うまく行くといいな。
夕方に近づいてきたし、誘き寄せるにもそれなりに時間がかかるだろうから、今日はここで終わりにしよう。
他者の前で契約した精霊に魔力を与えるのはあまりよくないらしいので、いつもの魔力クリームじゃなく、さっきまでと同じように空中に魔力を撒き散らした。半日付き合ってくれてありがとうね。
キラキラした空間の中で四人の精霊たちが笑顔で飛んだり跳ねたりしている。新しい魔術を身につける訓練の時を除けば、この子たちと一緒にこんなにたくさん魔術を使ったのって、聖地を癒した時くらいじゃないかな。
本格的に冒険するようになればこういう機会も増えるだろう。これからもよろしくねと心の内で伝えると、応えるように精霊たちが激しく跳ねたり回ったりした。
うちの子たちは本当にかわいいなぁ。大好き!
ユーリーンと帰路につこうとしたら、またギャラリーから声が掛かった。
「明日も続きをするのか?」
「うん。まあ、麦畑一つだから午前中で終わると思うけど」
わたしがそう言うと彼らは顔を見合わせた。どうやら無理だと思ってるっぽい。
でも、明日も見学するつもりなら早く来た方が無難だと思うので、一応伝えておいた。
大量のグラースホッパが集っているのを見られたくないから、早朝のうちに来て焼却してしまうつもりだけどね。使ったアイテムが空の魔石だと知られたくないから仕方ない。
魔石回収後は自分を囮にして誘き寄せる。彼らにはその様子を見てもらおう。
夕食はサーラと合流して三人で食べた。もちろん食堂で。ユーリーンが愛妻の手料理を食べさせるわけがない。
料理が来るのを待っている間に、ユーリーンが付き合ってくれたので安心して駆除に専念できたとユーリーンに御礼を言ったら、働きをサーラに褒められてデレデレになったユーリーンに逆に御礼を言われた。
こういうところは変わってないみたいで、ブレないなぁとほっこりする。自分だけを見てくれるパートナーを得て、ユーリーンは本当に幸せそうだ。
そんな彼を見て、きっとイーサクも喜んでいるだろう。本当に、良かったなぁ。
連れて行ってもらった食堂の料理はおいしかった。
魔人族の里の食堂は今のところ全部当たりだ。さすがグルメな魔人族の里、おいしい料理ばかりで大満足!
里に貢献するなら、この世界にない料理やお菓子を教えてあげるのもアリかもしれない。
何か考えてみようかな~?
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