280話 魔人族の里(1)
城下町で復活の挨拶回りをしてわたしの城下町暮らしが再開した。今度は雑貨屋ではなく、冒険者として。
冒険者登録をした翌日の朝、いつものようにステータス画面をチェックしたら職業欄に「冒険者」が加わっていたんだよね!
本当に冒険者になったんだと実感が湧いてきた。
よし、冒険頑張るぞ!
城下町での暮らしを再開した翌々日、ルード様と二人で魔人族の里を訪れた。
本当はもう少し先の予定だったんだけど、冒険者ランク上げの最初の修行は魔人族の里でやった方がいいという、ヤノルスのアドバイスに従い予定を早めたのだ。
二人でと言っても経路は別々。ルード様は城にある部族長会議メンバー用の転移陣で、わたしは城下町の第三兵団駐屯地にある一般魔族用の転移ゲート経由で里入りする。
ルード様から一緒に行くかとも聞かれたけど、城下町巡りで転移ゲートの建物を眺めて以来、いつかあそこからどこかへ出掛けてみたいと思っていたので断った。
自分一人だけでどこかの里へ行くのは初めてだ。新しいことを経験する度、着実に魔族としての暮らしが身についていっている感じがして充実感が漲ってくる。
うきうきドキドキしながら転移すると、ルード様と先々代魔王のリューブラント様が出迎えてくれていて驚いた。うおっ、恐縮です。
転移ゲートの建物から出るとそこは里の正門前の広場で、多くの魔人族が集まっていた。いきなり注目されて焦る。ひえぇ、心の準備が!
リューブラント様が穏やかな声で流れるようにわたしを紹介し始めた。
聖地を癒し魔素の循環異常を解消した元聖女。二十年の眠りから覚めた今はただの魔族で、部族は先代魔王ルードヴィグを部族長とするルードヴィグ族。
おお~、なんて声が上がる。大勢の前で紹介されるのはちょっと気恥ずかしい。
「彼女はルードヴィグと婚姻を結んだため、魔人族の里を第二の里とすることになった。皆、仲良くしてやってくれ」
「スミレです。よろしくお願いします!」
お辞儀をしたらパチパチと拍手してくれる人たちがいた。笑顔も多いし、概ね歓迎ムードっぽい。
ホッと胸を撫で下ろしてルード様の家へと向かう。
こうしてわたしは魔人族の里の一員となった。
魔族国を構成する四つの部族の中で、魔人族の部族長は建国以来代々魔王を兼任するという特殊な立場にある。そのため、魔王を譲位した先代が部族長代行として政務を行い、次期魔王を教育する任を負う。
そんなわけで、当代・次代・先代の三人には里の奥に位置する城館内の住居棟に自宅を与えられている。もっとも、当代はもちろん、次代も部族長教育を終えて魔王教育が始まれば魔王城へ居を移すため、先代しか住んでいない時期も結構あるそうな。
本来ならルード様は譲位済みなのでここに住んで部族長代行を務めるはずなんだけど、わたしの元へ行くためにシーグバーンの魔王教育をかなり突貫工事で済ませたこともあり、帰還後しばらくは魔王補佐官として魔王城で勤めることになった。
その間は先々代魔王のリューブラント様が引き続き部族長代行を務めてくださっている。まったくもって、リューブラント様は感謝してもし足りない存在だよ、本当に。
ルード様とシーグバーンが里の自宅を使うのは精霊祭で里帰りする時くらいで、現在住居棟に住んでいるのはリューブラント様だけ。
わたしが魔人族の里に滞在する時はルード様の自宅を使わせてもらうことになったので、リューブラント様はお隣さんだ。
魔人族の中ではシーグバーンに次いで後見人にあたる方でもあるので、滞在中は積極的に交流していこうと思っている。
「では、もう行く。リュー、スミレのことを頼んだぞ」
「ああ。任せなさい」
「ルード様、いってらっしゃ~い」
わたしの予定変更に合わせ、仕事の合間を縫って里入りに付き合ってくれたルード様は、わたしに自宅を案内し終えると早々に魔王城へと戻っていった。
わたしの方もさっそく動こうと、冒険者ギルド魔人族の里支部へ出向く。
実は、ここで人と待ち合わせをしているのだ。
「おっ、いた! 本当に店長だ、生きてたのか!」
「お久しぶりです、ユーリーンさん。元気そうで何より」
そう、魔人族の里在住の唯一の知人、Aランク冒険者のユーリーンだ。
対人スキルに難のある彼は、知り合った当初はしつこくナンパしてくる迷惑な客だったんだけど、いろいろあって良い方向へ変化した結果、同族のパートナーと結婚し子作りするために里へ帰っていった。
魔人族の里で冒険者ランク上げ修行をすることになって、すぐに彼のことを思い出した。
この地での冒険についてアドバイスをもらうなら彼が最も適している、はずだ。
ちょっと不安だけど。
ユーリーンは女性を連れていて、わたしに紹介してくれた。
「こっちは俺のパートナーのサーラ。可愛いだろ? 城下町に住んでた頃は四番街の服屋で勤めててね、俺の服を褒めてくれたのがきっかけで────」
馴れ初めから始まるサーラさんとのスイートライフについて、彼女が止めるまでユーリーンのマシンガントークは続いた。
相変わらずな彼の様子に笑いを堪えるのが大変だったよ。
ぜひ夕食を一緒にとサーラさんが誘ってくれたけど、今夜はリューブラント様に近所のお店を紹介してもらうことになっていたので、翌日にと約束した。
その会話の中で、ついうっかり彼女のことを「ユーリーンさんの奥さん」と呼んでしまい、奥さんの意味を聞かれて教えた結果、何かがユーリーンにブッ刺さったらしく……非常に面倒な展開になってしまった。
滅多に結婚しない魔族国では「夫」とか「妻」という単語を耳にすることはほぼない。ましてや「奥さん」なんて呼称は存在しないのだ。
「俺の奥さん、なんていい響き……。店長、彼女のことはユーリーンの奥さんと呼んでくれよ! 夫の方はなんて呼ぶんだ? 旦那さん? じゃあ俺はサーラの旦那さんな! 魔族は誰もそんな呼び方してない……俺たちだけなんて最高ッ!!」
ユーリーンの面倒臭いところは健在だった。ほんと相変わらずだ。
まあ、これくらいいいけどね。イーサクのことみたいに拗らせてないし、むしろ微笑ましい気持ちになったよ。
ユーリーンさんの奥さんでは「さん」が続いてくどいのと、里の者として振る舞うならさん付けはやめた方がいいとユーリーンから指摘された結果、なし崩し的に「呼び捨て+奥さん・旦那さん」で呼ぶことになってしまった。
というか、対人スキルに難ありのユーリーンに指摘されてしまうとは……くっ。
実はこれ、冒険者たちにも言われていて、改め始めたところだったりする。さん付けって、魔族からすると結構壁を感じるらしいのよね……。
以前はわたしが元人族の亡命者だったから、皆それ程気にしなかったらしいんだけど、魔族として生きていくなら呼び捨ての方がいいぞと言われた。
魔族が遠慮や敬語を嫌うのは知っているので納得している。今後は気負わず軽く名前で呼んでいくつもりだ。
────そのつもりだった、のだけど。
いざ、リューブラント様に呼び捨てにしてくれと言われたら、すごく抵抗がありましてですね……。
だって、先々代の魔王様だよ!? 普通に様付けしちゃうでしょ。リューブラント様には敬意持ってるし!
まあ、それならシーグバーンはどうなんだって話だけどね……。
初対面の時からシーグさんって呼んでたような……でもそれは本人にシーグって呼んでくれって言われたからだし! ヤツは年下であの通り空気を読まない軽~い人柄だったから抵抗なかったんだよ……。
互いに落としどころを探った結果、リューさんと呼ぶことになりました。ルード様や周囲の人たちがリューと呼んでたから、それに「さん」付けした形。
なんか、そこらのおっさんの呼び名みたいですごく気が咎めるんだけど、リューさんと呼んだ時のリューブラント様のお顔がとても嬉しそうだったので、今更やっぱり無理なんて言えないな……と諦めた。
そこで終われば良かったんだけど、その夜ルード様と伝言していた時にその話をしたら自分も様付けは嫌だと言い出して、結果的にルード様までルードと呼ぶことになってしまったという……。ふおお、照れるうぅぅ。
敬語派のわたしにとってはなかなかハードル高いんだけど、これも魔族の流儀に馴染む一環だと思え!と自分を叱咤している。
内心での様付け、さん付けもこの機会にやめよう。
そのうち慣れるよね、きっと。たぶん。
冒険者ギルドの魔人族の里支部前でユーリーン夫妻と挨拶を交わした後、奥さんは帰っていった。
何でも、二人目を身籠っているらしい。子ができにくい魔族にとって、二十年で二人目というのはものすごいハイペースなのでは!?
案の定、子作りしたい魔人族女性からのアプローチがかなり増えているそうで、奥さん以外にまったく関心のないユーリーンは迷惑な話だとぼやいていた。
以前の、モテることに執心していた彼を覚えているだけに、人って変わるもんだなぁとしみじみしてしまう。幸せなんだねぇ……本当に良かった。
結婚している人に手を出すのは相当な重罪になるそうで、問答無用で聖地の地下収容施設にぶち込めるらしいよとユーリーンに教えてあげたら、今度からそう言ってやると意気込んでいた。
これからも幸せな二人でいて欲しい。
それはともかく。
ユーリーンの案内で冒険者ギルド支部に入り、職員たちに紹介された。
魔人族の公的機関にはひと通りわたしのことは通達されているそうなんだけど、まだ登録したての駆け出しの身なので軽く挨拶して終わる。
王都の本部と違って支部長と顔合わせ、なんてこともない。気楽でいいな。
掲示板に張られているDランクの依頼票を眺めて吟味する。
依頼の見方や下調べといった冒険の初歩的なことは、あらかじめミルドから簡単にレクチャーを受けてきた。装備やアイテムの準備なども二番街でしっかり整えてたしね!
わたしは魔族国内でフィールドに出た経験が圧倒的に少ないので、ミルドには冒険を甘く見るなと口を酸っぱくして言われている。
実際のところ、ネトゲ仕様のマップ機能と『生体感知』で敵の位置は把握できるし、戦闘自体は『衝撃波』で容易に敵を排除できると思っている。
フィールドで採集実習した時に軽く戦闘しているし、研究院の実験施設で護身術の訓練をした時には大量の魔物を殲滅したりもした。
でも冒険は、そういうのとはまた違うんだと思う。
下調べと準備を怠らないこと。それを肝に銘じて、わたしは駆け出しのDランク冒険者としてここに立っている。
いろいろ見比べて考えた結果、請けた依頼は『グラースホッパの駆除』。
グラースホッパというのはバッタを5倍くらい大きくした昆虫型の魔物で、大量発生すると農作物や植物を食い荒らすという。元の世界で言うところの蝗害だね。
単に討伐するだけでもいいのだが、体内に微量の毒を含むので焼却処分するのが望ましいとのこと。だけど、農作物や牧草にダメージを与えてしまうと評価は下がると備考欄に書かれている。
Dランクの依頼なので難易度は低い。当然、経験値も低く依頼料も安い。
ただし、適切に焼却処分した場合はボーナスが加算されるそうで、依頼料はそれ程でもないものの経験値の方はかなり上がるらしい。
金策を必要としない今のわたしにとって、この経験値のボーナス加算はかなりおいしいと思う。
魔人族の里支部で経験値稼ぎするなら、この依頼が一番効率良さそうだ。
よーし、頑張って冒険者ランク上げるぞーっ!
少し投稿が空いてしまいました。すみません。
本編と同じように時系列に沿って書き進めていたのですが、冒険や学校の場面になるにはまだしばらく掛かる、しかも筆が進まない……。で、番外編なんだし、もう書きたいところから書いていくことにしました。
まずはスミレの冒険を! ネトゲの経験を活かして頑張ってもらいましょう。
【追記】前・中・後編の予定でしたが、5話になってしまったのでタイトルを(前編)から(1)に変更しました。




