279話 波乱の冒険者登録
冒険者ギルド内のカオスはなかなか収まらない。
ギルド職員が部族長会議の通達文を書き写して掲示板に貼り終える頃には、わたしの復活を知った冒険者が続々とギルドに駆け付けてきた。
ぬう、さすが冒険者。情報が回るのが早い。
「スミレ店長!」
「ヤノルスさん! わあ、お久しぶり~。エルサから連絡いったんで──」
「店長!!」
「うおっ、ナータンさん! 元気そう──」
「スミレちゃん!!」
「あっ、ヨエルさん! 会えて良かった、実はお願いが──」
「うおおおッ、スミレ店長ーッ!!」
「獣人族Sランクのお二人! エルサのお店見てきました、ありが──」
「おい、まずはそこの掲示を読んでくれ。回し読みされてる『口述筆記帳』でもいいぞ。質問はその後で頼む」
次から次へと知り合いの冒険者がやって来ては歓声を上げるので、挨拶が全然追い付かない。
見かねたミルドが交通整理のごとく、新たに来訪した冒険者を捕まえては情報へと誘導していく。うう、うちの友人兼相談役が頼もしい。
ちなみに、このあとミルドとの契約を“雑貨屋のための調査や助言”から“冒険者稼業の助言とサポート”へと変更することで合意している。とても心強く、ありがたい。
「婚姻!? 恋愛お断りじゃなかったのかよ……」
「しかも相手が先代魔王……。絶望的じゃねえか」
掲示された通達文の写しを読んだらしき声が上がっている。婚姻なんて、滅多に結婚しないという魔族にとっては驚きだよね。ギルドホール内がまだカオスってるので何て言ってるかはよく聞こえないけど。
ミルドが冒険者を捌いている横で、わたしはソルヴェイに小声で話し掛けた。
「ところでギルド長。こうして復活したので、正式に代行販売の契約を解消しようと思って出向いたんですが、どうしましょう?」
「ああ、そうか。在庫はうちが全部買い占めたから、もうスミレちゃんの手元に人族のアイテムは残ってないんだな。雑貨屋はどうするんだい?」
「廃業はしませんが、当分は休業状態のままですね。まずは学校に行って初等課程を修めるつもりです。魔族社会について学びたいのと、冒険者になってBランク以上を目指したいと思ってまして」
「へえ、本気かい? レイは反対しなかっ──」
「ハァ? スミレ店長が冒険者に!?」
「マジかよ! 冗談だろ!?」
耳ざとい犬族冒険者たちがソルヴェイとわたしのやり取りに大声を上げた。一瞬ギルドホールが静まり返り、すぐに大騒ぎになる。
「いくら何でもそりゃ無理があるぜ店長。あんた戦闘経験ないだろ」
「お嬢さんの気まぐれで務まるような稼業じゃねえんだ。マジで危ねえからやめとけって。な?」
獣人族Sランクの二人を筆頭に、ミルドとソルヴェイ以外はわたしが冒険者になるのを辞めさせようと説得してきた。
「舐めすぎじゃね?」なんて声も聞こえてくる。まあ、そう思われても仕方ないけど、舐めてるわけじゃないのでここはきっちり反論しておこう。
「わたし、元聖女なだけあって魔力量は多いし、聖女の力は失いましたけど魔族にはない独自の術を使えるので、こう見えて結構強いんですよ。魔族軍将軍のお墨付きですから、戦闘面は心配しないでください」
それから、先程会話を遮られたが、おそらく「レイは反対しなかったのか」と聞こうとしたソルヴェイに答えを返すつもりで言い添える。
「確かに能力的に不足しているとは思います。でも、それを補うために浮遊魔術を身につけたり、戦闘用に新しい魔術を編み出したりして準備してきました。こちらは研究院長のお墨付きです。なので、大丈夫と思いますよ!」
「ほー、新しい魔術か。レイが食いつきそうだね。ふうん、それで過保護なあいつの許可をもぎ取ったのかい。それなら心配はなさそうだ」
ソルヴェイはニヤリと笑って納得したみたいだけど、他はそう簡単には納得してくれなかった。
特に獣人族Sランクの二人、豹系のキャレと蛇系のヌールマンが心配だの一点張りで、全然納得してくれない。
ミルドが魔族軍将軍のブルーノに安全面の確認をしたところ、問題ないと回答を得たと援護射撃をしてくれた。それを聞いてヤノルスとサロモは態度を軟化させたが、それでもやはり心配みたいだ。
賛成してくれたのはヨエルだけ。それも、わたしが調合レベル10を活かしたいので採集専門のヨエルに師事したいと伝えたからなんだけど。
精霊薬のレシピはわたしの死後商業ギルドに登録されたらしいが、調合できた人はほぼいないとレイグラーフから聞いている。調合レベル10でも精霊と契約してないと完成時に精霊薬にならないからだ。
例外は精霊族部族長のグニラとレイグラーフのみ。レイグラーフは無事に精霊と契約できたみたい。絶対作れるようになってみせるって言ってたものね。
既に精霊と契約していたグニラはレシピ公開後に調合スキルを10まで上げたのだとか。足の痛みが再発した時に備えて『精霊の回復薬』を自作できるようにと頑張ったらしい。
ちなみに、精霊との契約が必要という情報は公表されていない。自力で思い至らない者に精霊薬を調合する資格はないということのようだ。
「精霊薬のレシピを確立したスミレちゃんは当然調合できるんじゃろ? そりゃ、自分で素材を集められた方がええわなぁ。よしよし、採集はわしが面倒見てやるから、まずはCランクまで上がっておいで」
「ありがとうございます、ヨエル師匠!」
「ひょっひょっ。いい響きじゃのぅ」
「おい、ヨエルのおっさん! 呑気に昇格勧めてんじゃねえよ。真面目に止めろっつーの!」
獣人族Sランクの二人とヨエルの間で揉め出したその時、ギルドの入り口からサッと人垣が割れた。
「何揉めてるんだ。やあ店長、久しぶり」
「イーサクさん!」
現れたのは魔人族Sランクのイーサクだ。
うおお、相変わらずのイケメン。人垣が割れるのも納得だ。
「先にこっちを読んでくれ」と促すミルドをあっさりといなす。
「部族長会議の通達文なら部族の里で読んだよ。それで慌ててこっちへ来たんだ。来て正解だったみたいだな、店長に即会えた」
ひい、爽やかな笑顔の破壊力がすごい。語彙が死ぬ。
イケメンオーラに磨きが掛かってませんか。眼福すぎて目がシパシパしてきた。
「店長が冒険者になるって? 心配無用だ。スミレ店長は魔人族冒険者が全面的にサポートする。安心してくれ」
「ハァ? 何抜け駆けしようとしてやがんだよ」
「抜け駆けも何も、通達文にもあっただろ。店長の第二の里は魔人族の里だ。俺たちがサポートするのは当然じゃないか」
「調子に乗ってんじゃねえぞ。俺たちは」
「お前たちは店長の友人に助力して、既に恩義を返してるじゃないか。俺は返せないまま二十年虚しさを抱えてきた。今回は譲れない」
ちょっと待って。喧嘩をやめて、わたしのために争わないで、なんて状況にわたしを追い込まないでくれえぇ……。
オロオロするわたしの横で、ソルヴェイがニヤニヤしている。酷い。止めてくださいよギルド長!
その彼女の元に、風の精霊が伝言を運んできた。
《メシュヴィツだ。スミレ店長の件、通達文を読んだか? 情報があれば教えてくれ》
「ああ、読んだぜ。今本人がギルドに来てる。皆大騒ぎだ。スミレちゃん、声聞かせてやりな」
「はい! メシュヴィツさん、スミレです。お久しぶりです~」
伝言の相手は長老こと、竜人族Sランクのメシュヴィツだった。
どうやら出先でわたしの復帰を知り、詳細を聞きたくてソルヴェイに連絡してきたらしい。
《店長! 元気そうで何よりだ。冒険に出てる場合じゃなかったなぁ。二、三日で帰るから、ソルヴェイとミルドと一緒に食事でもどうだい?》
「はい、喜んで──」
「おいメシュヴィツ、それどころじゃねえぞ! 店長が冒険者になるって言い出してるんだ。あんたからもやめとけって言ってくれよ」
《その声はキャレか? 俺は店長の意思を尊重したいと思う。だが、心配するのもわかる。店長、どうせソルヴェイは面白がって見てるだけで仲裁しないだろうから俺の提案を聞いてくれ。一度俺たち同行のうえでダンジョンを攻略してみないか? 君の実力を見れば皆も納得するだろう。キャレ、攻略ダンジョンはセーデルブロムの塔でどうだ》
なんと、メシュヴィツが解決策を出してくれた。何気にソルヴェイをディスってたけどしっかり合っている。さすが惚れてるだけあって彼女のことをよくわかっているんだなと妙な感心をしてしまった。
それよりも! 攻略先が知っているダンジョンで思わずテンションが上がった。
セーデルブロムの塔とは駆け出し冒険者も入れる難易度の低いダンジョンだ。ミルドは『魔物避け香』の効果を示す目安として、ここの1階の大広間を選んでいる。
空中散歩の時に遠くから見たんだよなぁ。それに冒険小説の“ゲッダの大冒険”にも登場していたっけ。
そこを攻略するのか。うお~っ、漲ってきた!!
「はい、やってみたいです!」
「俺たちも異存はねえ」
キャレが周囲を見回し、皆が頷くのを見て返答する。よかった。どうやらこの騒ぎも収まりそうだ。
詳細はメシュヴィツが戻ってきてから詰めることになり、メシュヴィツとの伝言は終わった、のだが。
今度はダンジョン攻略に同行する人選で揉め出した。助けて。
いろいろ揉めたけど、最終的に同行者は9人に絞られた。
提案者のメシュヴィツと相談役のミルドは当然として、採集で師事する予定のヨエルにもわたしの技量を見ておいて欲しいのでメンバー入り。
あとは納得してもらいたいキャレとヌールマン、思わぬ助言をくれるヤノルス、冒険者内最大グループの犬族を代表してサロモ、第二の里の魔人族を代表してイーサク。
最後に、全然仲裁する気なかったくせにダンジョン攻略となった途端に参加する気満々になった冒険者ギルド長のソルヴェイ。
わたしもあわせたら10人とか、過保護過ぎないだろうか。なんかもう半分遠足みたいな気がしてきた。
「んじゃ、話もまとまったことだし、登録するか。スミレちゃん、部族長の推薦状は持ってるかい?」
「はい、ここに」
「おい! まだ攻略してねえだろ」
「部族長が推薦する者の登録を止める権利などないぞ。まあ、登録くらいしたっていいじゃないか。危険な冒険ばっかじゃないだろう。スミレちゃんも採集に関心があるみたいだしな」
ソルヴェイのひと言ですんなりと冒険者登録が成った。
わーい、冒険者になったぞー! って、そうじゃなく!
いや、もちろんうれしいけど、こんなにすんなり話を進められるんなら、もっと早くそうして欲しかったよ、ギルド長……。
その後、今度はDランクのわたしのランク上げを誰がサポートするかでイーサクとサロモが揉め始めた。助けて。
「店長、最初の一週間くらいは魔人族の里でクエストをこなした方がいいぞ。王都で登録したうえにランク上げ中の姿すら見せなかったら、ランクを抜かれた連中は間違いなく不正を疑う。実力に自信があるならそれを示した方がいい」
なるほど。今後のことを考えたら魔人族の里で駆け出し冒険者姿を披露しておいた方が無難かも。
そんなわけで、サロモたち犬族冒険者とはいずれ一緒にグローダ討伐をすると約束し、イーサクには上位ランクのクエスト受注のためのパーティーを組んで欲しいと頼んだ。
イーサクは、その程度では恩返しにならないとがっかりしていたのだが。
「イーサクさんには、もっと重要な場面でお願いしたいことがあるんです。もう本当に、イーサクさんにしか頼れないことがあるので、その時に取っておいてもいいですか?」
「かまわないが……、どんなお願いか聞いてもいいか?」
小声で耳打ちしたところ、ちょっと困ったような顔をしたけどイーサクは「お安い御用だ」と笑顔で引き受けてくれた。良かった、助かった~ッ!!
魔人族の里で過ごすようになれば、いずれイーサクの力を借りる時が来る。
その時にぜひともご助力ください、スーパーモテ男さま。
ついに冒険者になりました!めでたい!
イーサクへの頼み事はもう少し先になります。
獣人族Sランクの二人の名前が決まったので、273話の登場人物まとめを更新しました。




