277話 魔法具のレシピ
婚姻式から数日経って、シーグバーンに呼び出された。何でも、竜人族部族長のアディエルソンから持ち込まれた案件について話があるらしい。
わたしの部族長であり夫でもあるルード様も同席するそうで、一緒に魔王の執務室へ向かった。
……自分でモノローグしておいて何だけど、部族長兼夫ってすごいな。公私共に赤い糸どころか船のもやいくらい太そうなロープで繋がっていそうだ。
「実はな、スミレちゃん。お前さんの雑貨屋で売っとった冒険者向けのアイテムのレシピを入手したんじゃ。作成可能なのも確認済みでのぅ」
アディエルソンが持ち込んできた案件というのは、わたしが魔術具と偽って販売していた魔法具に関することだった。
もともと魔族であることを隠して人族と商売していたオーグレーン商会が、会長のヒュランデルの意向で冒険者ギルドの代理販売アイテムの仕入れを引き継いでくれたのはミルドから聞いている。
その仕入れ先からレシピを授かったらしい。何でも、仕入れ先の工房では代々わずかながらに魔力を持つ者が細々とアイテムを製作していたのだが、その人が城へ召集されてしまい、アイテムが作れなくなったのだとか。
イスフェルトはよほど魔力不足なのか、微量な魔力しか持たない者たちまでかき集めだしたらしい。
「どうやら定期的に買い付けに来るのはオーグレーン商会だけだったようでの。アイテムの供給が途絶えたら困るだろうから、欲しがるようならレシピを譲るようにと、召集される者が言い置いていったそうじゃ」
技術やレシピの継承のことなど、これっぽっちも考えないイスフェルトの上層部に嫌気が差したのだろうと、残った工房の者たちが言っていたそうだ。
他に買いに来る者はほとんどいないし、もう作れる者もいないからと、工房側もすんなりと譲ってくれたという。
自分たちと同じ人族と思っての厚意なんだろうけど、気付いてないとはいえ魔族にレシピを譲ってしまっていいのかねぇ。人族は今後魔法具を入手できなくなってしまうんじゃないの?
そう思ったところで、ふと気付いた。
これ、たぶん、わたしの扱いが人族から魔族の枠組みへ変わった影響なんじゃないかな。
わたしが戻ってきた途端、今まで魔族国に存在しなかったアイテムが購入できるようになるなんて都合が良すぎる。たぶんネトゲ仕様で、魔法具はプレイヤーの所属する側で販売するようになってるんじゃないだろうか。
チラリと隣のルード様を見たら目が合って頷かれた。シーグバーンやその後ろに控える側近二人も同じ考えみたいだ。
「仕入れから戻った者がヒュランデルに報告と共にレシピを渡し、わしに一報が届いての。スミレちゃんが帰ってきて数日、しかもそのレシピは『魔法具』の作成レシピで、作り方は材料を魔法陣の上に載せて微量な魔力を流すだけというんじゃ。聖女召喚は魔術陣ではなく魔法陣じゃった。スミレちゃんだけが使える術も魔法。ならば、このレシピも聖女かスミレちゃんに関係あるに違いないと思ってのぅ」
アディエルソンも似たような考えだったようで、それでシーグバーンへ報告してきたらしい。
聖女との関わりはともかく、魔法陣という未解析の陣が使われている。安易に生産していいものか。しかも、レシピは商業ギルドに登録しないと生産物が販売できないが、公にできるレシピなのかも怪しい。
このレシピと生産できるアイテムの扱いをどうするか、その相談のためにわたしが呼ばれたみたいだ。
まずは、わたしと関係あるかどうかの確認のためにレシピを見せてもらった。
アイテムごとに一枚の羊皮紙に材料と魔法陣が描かれている。触れてもネトゲのシステムは反応せず、タップしたら『魔法具作成( レシピ )』とアイテム名が表示された。どうやら特別なアイテムではなさそうだ。
手元にある素材で試してみると断って、仮想空間のアイテム購入機能で材料を揃えて魔法陣の上に載せ、魔力を流してみると、調合の時と同じようなネトゲ仕様のメッセージが流れた。
減った魔力はたったの1。確かに、これならわずかな魔力しか持たない人族でも作成できるだろう。
「特別な反応はないですね。調合と同じ感じの、普通の生産っぽいです。聖女とは特に関係なさそうです」
そう聞いて、アディエルソンはホッとしたみたいだった。他の皆も同じようで、わたしも内心ではホッとしている。
せっかく元聖女という気楽な身になったのに、イスフェルトから聖女絡みの品なんて持ち込まれたら正直困るだけだ。
気を取り直すように咳ばらいをすると、アディエルソンはわたしに訊ねた。
「先日の部族長会議では、スミレちゃんは雑貨屋の再開は保留して、学校へ行ったり他のことをしてみたいと言うておったが、気は変わらんかね? 冒険者向けのアイテムが魔族国内で作成可能となれば、亡命時に人族の国から持ち込んだ商品を売るという設定も必要なくなると思うんじゃが」
「アディおじいちゃん、気に掛けてくれてありがとうございます。でも、今回の件で、むしろ再開しない方がいい気がしてきました。これまでは人族エリアから持ち込まれた品でしたけど、魔族製に切り替わるなら、イメージを刷新するためにも元人族のわたしは関わらない方がいいと思うんです」
それに、レシピはすべて作成可能だったそうだが、残念ながらアイテム全部を商品にできるわけじゃない。
雑貨屋の許可をもらう時に、どのアイテムを商品として取り扱ってよいか検討された結果、ルード様たちは魔法具の半数以上を城と魔王軍と研究院のみの限定販売に指定した。
結界や罠、変装といった、悪用される危険性のある品があったからだ。
レシピは商業ギルドに登録しないと作ったものを販売できないが、代理販売をしてきたアイテムはともかく、限定販売に指定されたアイテムのレシピも登録するのか。城などに納品する限定販売に指定されたアイテムの製造はどこが担うのか。
誰に、どこまで許可を与えるのか、その管理は、と考えるとなかなか難しい。
魔族が生み出したものではない魔法具というアイテムに、解析できない魔法陣を使用したレシピだ。その取扱いは、部族長だけでなく魔族軍将軍のブルーノ、研究院長のレイグラーフも交えてじっくり検討することになると思う。
そこに「元聖女のわたしの商売」という要素が加わるのは、論点がズレそうで嫌だった。わたしの都合なんて気にしなくていいから、純粋に魔族国としてより良い運用をすることだけを考えて吟味して欲しい。
わたしがそう言うと、アディエルソンだけでなくシーグバーンもルード様も納得したようで、ああでもないこうでもないと意見を交わし出した。
その様子を傍で眺めながら考える。
このレシピの登場のおかげで、保留といって曖昧にしてきた雑貨屋の再開は凍結された。城から注文が入ることもあるだろうから廃業はしないけれど、少なくとも当面の間店舗での営業は再開しないとわたしの中では確定した。
ミルドに話して以来冒険者になることを真面目に考え始めていたので、踏ん切りがついて却って良かったかもしれない。
ミルドの話によると、仕入れにコストが掛かるせいで現在の代理販売アイテムはかなり高額になっているという。魔族国で生産されるようになって値段が下がれば冒険者たちは喜ぶだろう。
冒険者になるなら、わたしにとっても利益となるはずだ。
ある程度話し合ったところで、後日またメンバーを集めて検討することになったらしく、この場は一旦終了。
お開きとなりかけたところで、アディエルソンがわたしに別件を振ってきた。
「スミレちゃん、もし迷惑でなければなんじゃが、雑貨屋を再開するつもりはないとヒュランデルに伝えてもらえんじゃろうか」
「えっ、わたしがですか?」
「スミレちゃんの帰還を知れば、あいつは間違いなく代理販売の仕入れをやめてスミレちゃんに返すと言い出すじゃろう。わしから伝えても、スミレちゃんが遠慮しておると思って信じん可能性が高いんじゃ」
「あ~、ありそう……。僕からも頼むよ、スミレ。彼は君の言うことなら何でも聞くだろうから、魔王と部族長の指示に従うように言ってくれない?」
「わ、わかりました」
困り切ったというようなアディエルソンとカシュパルの様子に、聖女信奉者と化した時の暑苦しいヒュランデルの様子を思い出して、わたしも苦笑いが浮かんでしまった。
でも、わたしも彼には御礼を伝えたかったからちょうどいいや。
わたしがいなくなった後、冒険者のためのアイテム供給を引き継いでくれたと聞いて、本当に嬉しかったからね。
そう思って、軽い気持ちで引き受けたのに。
なんとアディエルソンはすぐにわたしをヒュランデルに引き合わせた。レシピの件で魔王との会議に向かうにあたり、詳細な説明が必要となった時のために念のため待機させておいたというのだ。
「せ、いじょさま……ッ!?」
会議を行っていた部屋へ案内されてきたヒュランデルは、わたしの姿を見るなり泣き崩れた。
……うん、予想してたよ。だってね、彼と最後に会ったのは聖地で『四素再生』をした時で。
きっと彼にとって、長年憧れ続けてきた聖女の最も聖女らしい姿を目に焼き付けた後の、わたしの死亡通達。良かれと思ってあの場に呼んだんだけど、結果的にすごく残酷なことをしてしまったわけで。
でも、彼がこういう反応をするのは予想できたので、前もってシーグバーンとアディエルソンに許可を取っておいたのだ。『鎮静』の魔法を掛けてもいいかって。
精神に干渉する魔法だし、無断で掛けるのは問題あるからね。
で、『鎮静』を掛けたら、「せ……スミレさんに術を施してもらえるとは!」とか言ってまた感極まっちゃって、結局『鎮静』を三回掛けたという……。
わたしが御礼を伝えた時も感極まっていたけれど、続いて当面の間雑貨屋を再開するつもりはないと伝えたら、今度は挙動不審になった。
「そ、そんな。もしかして長に何か言われたのですか? 今はオーグレーン商会が冒険者ギルドへのアイテム供給を引き受けているのだから、このままでと。そのせいでスミレさんは」
「いえ、そうではなくて! わたし、聖女じゃなくなったおかげで普通の魔族として暮らせるようになりまして。せっかくだから学校に行きたいし、魔族国をあちこち出掛けたいんです。だから、オーグレーン商会さんが引き続き冒険者へアイテムを供給してくれるととても助かります!」
「私どもが、スミレさんをお助けできる、と?」
「そうですそうです! ご迷惑でなければ、今までどおりお願いできませんでしょうか」
「────喜んでッ!!」
チラッと見ると、アディエルソンとカシュパルが安堵の表情を浮かべていた。
よし、依頼は達成したぞ。
「詳しいことは魔王や部族長の指示に従ってください。それから、また以前のようにオーグレーン荘に住むつもりです。お世話になりますね、大家さん」
「お、大家さん…………うおおおおッ!! お任せください! 我がオーグレーン商会は、スミレさんの城下町ライフを万全の態勢でサポートしますぞーッ!!」
魔法具のレシピなんてものが登場したおかげで、オーグレーン商会との話がすんなりついてしまった。
雑貨屋の休業維持もわたしの中で確定し、冒険者になるのに支障となるものはなくなった。
城下町へ出掛けてもいいと許可が出たら、まずは冒険者ギルドへ出向いて代理販売の契約を解消しないとね。
再会の挨拶をして、契約を解消して、そして冒険者登録……できたらいいな。
皆、びっくりするよね。楽しみ!
これでスミレが冒険者活動を始める下地が整いました!
次回から城下町での話がメインになる予定です。のんびりペースですが、お付き合いいただけると嬉しいです。




