276話 カップル成立の余波(後編)
わたしとルード様の帰還の知らせと共に、部族長会議が招集された。
大慌てで登城してきた部族長たちは、竜人族部族長のアディエルソンが男泣きするのはまあ予想していたけれど、まさか精霊族部族長のグニラまで泣きながらハグしてくれるとは思わなかったので、わたしもついボロ泣きしてしまった。
「よう戻ってきた、よう戻ってきたのぅ」
「ルードヴィグ、よくスミレちゃんを連れて戻った! でかしたぞ!!」
「ルード、スミレさん、お帰り。再会できて嬉しいよ」
あいかわらずイケオジな獣人族部族長のニクラスがスマートに対応してくれて助かりました。
部族長たちにわたしの現状と変化を報告する。
わたしの復帰については「聖地を癒した直後姿が消えた。戻らなかったため死亡と公表したが、この度復活した。おそらく仮死状態のまま聖地内部に取り込まれエレメンタル漬けにして治療され、完治したため外界へ戻されたと思われる」という公式設定が承認された。
聖女じゃなくなったというのに結局ファンタジーな存在のままだ。むしろ、蘇り設定がついた分、聖女だった頃よりファンタジー度が増している気がする。
そして、カシュパルの案のとおり、ルード様と向こうの世界で結婚し、こちらでも婚姻関係を継続するつもりだと伝えた。
これについては部族長たちも納得という表情で。
というのも、部族長会議に出席するにあたってスティーグから服装指定があり、紫と黒の最上級シネーラを着て出席したんだよね……。
明るい紫色の生地に黒メインでモノトーンの刺繍を施したシネーラ。スティーグの見立てで初期に仕立てた三着のうちのひとつだけど、思い切りルード様の色だ。
仕立てた時は気付かなかったし、その後ルード様の色だと気付いた時も、魔王の色を纏うことで庇護を示しているんだと思っていた。
だけど、こっそり耳打ちしてきたスティーグの話によると、黒と紫の服を仕立てたのは「魔王の色を纏わせるように」というカシュパルの指示によるものだったそうで。
魔王が聖女を囲い込む。それが一番手っ取り早くて、万事丸く収まるとカシュパルは考えていたらしい。そんなにも前から、そんなことを考えて手筈を整えていたなんて。さすが謀略担当。先読みがすごすぎる。
カシュパルの思惑どおりかーとも思ったけれど、基本的にカシュパルがわたしに悪いように動くことはないと思っている。まあ、わたしが気付かないうちに誘導されている可能性はあるけど……。
彼はわたしが嫌がることや苦手に思うことをよく知っていて、いつも極力それを避けられるように動いてくれる。わたしにとっては兄のような存在だ。
実の兄ときたら、好きな人が出来たから彼の国へ行って暮らすと伝えてもまともに信じなかったというのに。爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。無理だけど。
そして、もう一人の兄のような存在であるスティーグは、婚姻式に陽月星色のドレスを着せてくれた。
そう、あのイスフェルトの侵攻時に拵えたルード様とお揃いの衣装!
たった一回のために最高級の衣装を仕立てるなんてもったいないと思っていたけれど、まさかこんな形で再登場するとは思わなかった。
「もしかしてこれを作った時も、いつかこういう用途で着る可能性を考えて作ってたんですか?」
「フフフ。さあ、どうでしょう。覚えていませんねぇ」
スティーグは笑って否定したけれど、これ絶対意図的なヤツだ。わたしは誤魔化されないぞ!
というか、魔王の側近二人とも、先読みと手回しがすごすぎない? こういう能力がないと魔王の側近なんて勤められないのかもしれないけどさ。脱帽だよ。
今後ともよろしくお願いします。兄貴分のお二人。
離宮の自室で行われた婚姻式には部族長とヴィオラ会議のメンバー、そしてファンヌと、まさかの先々代魔王が参列してくれた。
ルード様の代わりにシーグバーンの指導や部族長の仕事を引き受けてくれていた方だし、すごく感謝している。だけど、こんな緊張する場面でいきなり偉い人と初対面とかやめて!
思わず内心で悲鳴を上げたけど、先々代魔王は落ち着いた声で話す穏やかな人で、緊張はすぐに解けた。
落ち着いたら一度里を見においで、赤の精霊祭にはぜひ里帰りして欲しいと言ってもらえたのがとても嬉しい。シーグバーンだけでなく、先々代様からもお墨付きをもらえたと思うとすごくホッとする。
それにしても、こういうタイプの魔王もいるんだなぁ。
寡黙で気怠げなルード様や、空気を読まないシーグバーンといった魔王を見てきたからか、先々代魔王も個性的な方かと勝手に想像していた。
それとはかけ離れた先々代魔王の穏やかな人柄に触れ、魔王って人柄関係ないんだな~なんて失礼なことを思ってしまった。
おかげでかなりリラックスして式に臨めたけども。
婚姻式は魔人族部族長でもあるシーグバーンが執り行う。
ただし、今回は特別に儀式の手前でまさかの指輪の交換が行われた。通常の式の進行にはないらしいのに。
そんなのやるなんて聞いてないよ! 指輪はルード様のお手製って、いつの間に作ったんだ……。しかも、元の世界の総合結婚情報誌で見たのを参考にしたと聞いて脱力した。何読んでんのよ元魔王!!
おそろいの指輪は精霊銀で作られているそうで、虹色の小さな魔石が嵌っていてとても綺麗だ。わたしが服などに引っ掛けないようにと、爪のないタイプにしてくれたらしい。よくストッキングを駄目にしてたので助かります……。
そして、この結婚指輪……といっても実は魔術具も兼ねてるらしいんだけど、GPS機能や防御だけでなく攻撃反射とかいろいろ盛り込まれていると聞いて若干不安になった。
オーグレーン荘三号室に敷設されていた魔術陣みたいにすっごい高性能だったりしない? わたし、これ身に着けて城下町歩いて本当に大丈夫?
指輪の交換が終わると婚姻式が始まった。
わたしとルード様のデモンリンガが触れ合うように腕を重ねられる。その二本の腕にシーグバーンが上下から挟むように両手を添えて祝詞を唱えると、デモンリンガが光りだし、ひと際明るく光を放ってフッと消えた。これで婚姻成立だ。
国民証付与の儀式の時もこんな感じだったけど、本当にファンタジーな現象だなと思う。
「新しき魔族の夫婦に精霊の加護を」
魔王シーグバーンの祝福の言葉に、参列者から拍手が起こる。
これが魔族の婚姻か~。うわ~っ、なんだか胸がいっぱいになってきた。
魔族社会では滅多に耳にすることのない「夫婦」というワードがとても新鮮だ。
儀式を終えた瞬間から、デモンリンガには配偶者情報が記載されているらしい。
なんて記載されるんだろう……。魔族社会は世帯を形成しないため家族関係が希薄で、父母兄弟といった続柄を示すワードも耳にしないから想像がつかない。
普通に「妻」とか? うは、照れる。
そういえば、向こうの世界へ転移してきた時、ステータス画面ではルード様の名前に姓はなかったそうだけど、もし向こうで結婚してたら「佐々木ルードヴィグ」になったのかな。
それはちょっと見てみたかった。
それにしても。
初めて参加する魔族の婚姻式が自分たちの式になるとは思わなかった。
異世界に召喚されたり死んで元の世界へ戻ったり、再度異世界に転移したりしておいて今更だけど、人生ってホントいつ何が起こるかわからないな。
でも。今日のわたしは、間違いなく幸せだった。
お母さん、ルード様と結婚したよー!!
見せられないけれど、母に見せるつもりで、わたしはネトゲの機能でスクショを撮りまくった。
そんなわけで、スミレはルード様と結婚しました。最初の構想ではHP0になる前に結婚する予定だったんですが、スミレの性格だとあの場面でそういう選択はしないだろうと先送りに。更に本編には入れず番外編で、となりました。でもこうして書き出してみるとだいぶ甘々な内容になったので、本編の雰囲気には合わなかったかなと思います。番外編で披露できて良かった!(笑)
糖度が高い話はここまでで、今後は城下町での冒険者生活に向けて話を進めていく予定です。更新した際はまたお付き合いいただけると嬉しいです。また、新シリーズ『魔王の箱庭』https://book1.adouzi.eu.org/n3822jy/ もよろしくお願いいたします。




