275話 カップル成立の余波(中編)
更新が遅くなり申し訳ありません。
長くなったので分けました。後編は明日投稿予定です。
魔人族の里を第二の里にする理由は納得いくものだったので、承諾しようと思ったところへ待ったが掛かった。意外なことにスティーグからだ。
「シーグ、説明が不足してますよ。マイナス要素もあるときちんと説明しないといけませんねぇ」
「あ~~、そうだった……。あのさー、スミレは聖地を癒した元聖女だから、基本的に魔族は皆感謝してるし、魔人族は喜んで君を自分たちの里に迎え入れるよ。ただ、一部の住民は反発して君を邪険にするかもしれなくて」
「それはもちろん、そういう人もいるでしょうね。万人に好かれるわけないんだから、そのくらい気にしませんよ?」
「──まったく。普段は空気読まないくせにじれったいですねぇ。スミレさん、先程元魔王のルードは子作りを求められると話しましたが、里にはルードの子を産みたいと考えていた魔人族女性たちもいるんです」
なるほど、邪険ってそういうことか……。
魔力量の多い子を産みたい魔人族女性なら、当然ルード様と子作りしたいと考えるだろう。シーグバーンが魔王を引き継ぐ前に子を儲けたように、ルード様が次期魔王候補だった頃から狙っていた人がいたっておかしくない。
魔王在任中は子作り禁止だから、ルード様が譲位するのを待っていた彼女たちからしたら、わたしがルード様を横取りしたようにしか見えないよね……。うわあ、恨まれそう。
……だけど。
「嫌がらせされるかもしれないですけど、まあ、受けて立ちますよ。何言われたってルード様を譲る気なんかありませんし。こっちは一生ルード様と生きるって覚悟決めて元の世界を捨てて来たんです。子作り目的の人たちにとやかく言われる筋合いないですよ」
女同士のマウント合戦になりそうだけど、折れる気はない。自分のためでもあるしルード様のためでもあるけど、一瞬ミルドのことが頭に浮かんだ。
ミルドと子作りしたい里の女性たちの嫌がらせに耐えかねて、ミルドの元カノはパートナーを解消した。ミルドは里を捨て、その時の傷をずっと抱えている。唯一の女友達であるわたしまで元カノと同じ選択をしたら、ミルドを失望させてしまう。女性不信に追い打ちを掛けてしまうかもしれない。
そんなこと絶対にしてたまるもんかと、内心で固く決意する。
わたしがきっぱり言い切ったら、皆一瞬息を飲んだ。言い方がきつくなったからかと思ったけど、どうも違うみたいだ。
シーグバーンの顔が赤い。ブルーノとクランツは手で顔を覆っている。カシュパルには目を逸らされた。この感じ……一生ルード様と生きるって覚悟決めたとか、元の世界を捨てて来たっていうのは、魔族男性にとってはかなり熱烈な表現だったもよう。
とりあえず、唯一平静だったらしいスティーグが話を進めてくれた。
「えーと、スミレさんがそう言うんでしたら、魔人族の里を第二の里にする方向で話を進めてもいいですかねぇ?」
「はい、わたしは特に問題ないです。いろいろとお気遣いありがとうございます。けど、まずはルード様に確認してからでないと決められな──」
「私もそれで構わぬ。こちらの話がついたらシーグに頼むつもりだった」
わたしがシーグバーンに答えているところへ、ルード様が言葉を被せてきた。いつの間に戻ってきたのか、どうやら録画と映写の魔術具の改造談義はひと区切りついたらしい。
「ん? こちらの話って、何かありましたっけ?」
「子作りや里の件より先に、お前の考えを確かめたいことがあったのだ。スミレ、私と婚姻を結ばぬか」
「…………こんいん…………ヘッ!? け、結婚ですか!? 何でまた」
「もともと、無事に転移して落ち着いたらお前に告げようと思っていた。母御とも約束したしな」
「いつの間にそんな話を。……でも、いいんですか?」
子が出来にくい魔族にはパートナーを固定する結婚という形態は向かないため、ほとんどの魔族が結婚せずに子作りすると聞いた。結婚するのは変わり者と見られるようだけど、実際わたしの交友範囲で結婚しているのはあのユーリーンだけだから、その評価も理解はできる。
なのに、積極的な子作りを期待される元魔王のルード様が結婚なんかしちゃって大丈夫なの?
「あちらの世界では、生涯を共にする男女は婚姻で結ばれるものなのだろう? 母御がお前の扱いを案じておられたから、きちんと娶る、婚姻を結ぶと約束した。もちろん、お前が望まぬなら別の手段を考えるが」
「ええぇ………」
「スミレはルードとの結婚、気が進まないの?」
「まさか! 何言い出すんですかシーグさん! そんな、もちろん嬉しいですよ。でも魔族は滅多に結婚しないって聞いてたし、当然ルード様もしないものだと思ってたからびっくりして──」
「それなら問題ないね! いや~、オレらもそれが一番手堅いって考えてたんだけど、押し付けるのもどうかって皆が言うから控えてたんだ。でもルードが結婚考えててスミレもOKなら話は早いや。さっそくその線で話を進めよう~」
シーグバーンがにこにこ笑いながらヴィオラ会議の面々に水を向ける。皆も笑顔で頷いてるけど、いやいや、ちょっと待って。「手堅い」とか「話は早い」ってどういうこと? なんかおかしくない?
訝しがるわたしに気付いたスティーグがカシュパルとブルーノに目配せする。
ちょ、なにその反応。諜報と謀略の担当と魔族軍将軍の管轄範囲に当たるような何かがあるってこと? 剣呑な匂いがプンプンする……ひいぃ、おっかないよぅ。
「スミレって普段は鈍くさいくせに、妙なところで鋭いよね。まあ、確かに少々剣呑な話なんだけどさ」
実は──と言ってカシュパルが切り出したのは、わたしがこの世界を去り、わたしが聖女だったという事実が魔族社会に広まったあとの話だった。
ごく少数ではあるものの、「聖女が城下町で暮らしていたのなら、取り込んでおけば良かった」と口にする魔族があちこちにいたらしい。
ヴィオラ会議の皆は、わたしの復活が周知された際に当時このように考えた者たちが行動に移すことを懸念しているのだ。
「何しろ、以前とは違って今はスミレが元聖女だと広く知られてる。当然魔力量は普通の魔族より多いはずって、魔力量の多い子を望める優良な母体と認識される可能性が高いんだ。しかも、全部族と子作り可能な元人族で、どの部族、種族から見ても絶好の子作り相手ってわけ。聖女の特殊能力は失ったとしても、十分狙う価値があるのさ」
ビビリながら聞き始めた話だったけど、剣呑というよりムカつく話だった。
なんだそいつら。何が優良な母体だよ。聖女の魔力だけが目当てだったイスフェルトと大差ないじゃないか。
魔族にとって魔力量の多さを買われて母体や子種を求められるのは誇らしいことで、かなりのステータスなのだとスティーグからフォローが入ったけど、わたしにとっては単に胸糞悪いだけだ。
ムッとしたのが顔に出ていたんだろう、カシュパルがまあまあとわたしを宥めながら、少年っぽい笑顔になった。
あ、これ悪だくみしている時の顔だ。カシュパルの悪だくみは結構過激なので、いつもなら心配するところなんだけど、今はちょっとウェルカムな気分。
「だからね、良からぬことを考えるヤツらが出ないよう、スミレの復活を公表する際にがっつり牽制しておきたいんだよ。で、それには結婚って手段は最適でさ」
「へぇ……。あの、全然ピンときてないんですけど、具体的にどう最適なんですか?」
「婚姻ってのは魔族社会ではかなり重い契約でね。結婚してる者に手を出すなんて相当な重罪になるんだよ。問答無用で聖地の地下収容施設に即ぶち込めるくらいにね」
カシュパルがそれはもう爽やかな笑顔で言い切った。
うわあ~。カシュパル、やる気だわ……。聖地の施設って、魔力を延々と吸われる例の恐ろしい刑を受けるところでしょ? 話を聞いてムカついていたけれど、実行者は即終了だな……御愁傷様……と、それはともかく。
なるほど。それは確かに最適っていうか、最強だ。単にわたしの身を守るだけでなく、不要な混乱を招く要因を排除するという意味でも、わたしとルード様が結婚するのは都合がいいのか。
ここまで口を挟まなかったブルーノが重々しく言う。
「お前には多大な功績がある。ルードヴィグとの結婚がお前の希望だと言えば、部族長たちはまず余計な横やりは入れてこないし、部族の連中を抑える方向で動くだろう。手堅いっていうのはそういう意味でもある」
「何ならさ、部族長たちには最初から向こうの世界で結婚したって報告したらいいんじゃない? そしたらこっちで婚姻関係を継続するのは当然って流れになるし。で、部族長たちの前で婚姻を結ぶってのはどう? なんてったって、元魔王と元聖女なんだからさ」
「あはっ、強制的に立会人にする気だ。でも皆喜んで参列しそうな気がするなー」
そんな具合に、トントン拍子にわたしとルード様の結婚が決まってしまった。
正直実感が湧かない。結婚ってこういう感じ? なんていうか、ロマンが皆無なんですが。いや、ルード様は生涯を共にする前提で結婚を提案してくれたわけだし、あれは一応プロポーズ……? 「何でまた」って言っちゃったけども……。
まあ、わたしとしては、これまで結婚なんて考えたこともなかったので、ロマンがあろうがなかろうが特に不満はない。危険から身を守る上でもメリットしかないんだし。
ただ、ルード様狙いの魔人族女性たちが処罰の対象にならないよう、なるべく穏便に立ち回ろうとは思った。第二の里になる以上、魔人族とはうまく付き合っていきたい。
あと、いきなり人前結婚式みたいなものをやる流れになったことに対しては、照れというか、うおお、心の準備がああ~っ!なんて焦りは若干ある。
ほとんど結婚しない魔族のレアな結婚式、初めて参加するのが自分のだなんて思わないじゃない?
魔族的には婚姻式と呼ぶようで、部族長が魔術的に執り行うというから国民証付与の儀式みたいな感じだろうか。式の準備などはルード様とスティーグが手配してくれるそうだ。
意外なことに、ルード様は向こうの世界にいた時にネットであちらの結婚事情についていろいろ調べたらしい。
なんでも、二度と会えなくなる母の思い出にと、何なら式を挙げようか、せめて写真くらい撮るかと母に訊ねたのだとか。
でも、母はルード様の申し出を丁重に断ったそうだ。結婚なんてまったく考えてなかったわたしに、異世界への引っ越し準備で手一杯の今そんな話を持ち掛けたら確実にキャパオーバーになるから、と。
母の娘への理解が深すぎて頭が上がらない。うう、お母さんありがとう。気遣いの足りない娘でごめん。
なのに、ルード様はそんな風に母を気遣ってくれていたのか。全然知らなかった。ありがたくて、ああ、愛されているんだなぁとしみじみ思う。
おかげで、唐突に降ってきた結婚話にも実感が湧いてきた。魔族社会の事情などがなくても、いずれわたしたちはこういう形に収まっただろう。
うん、ルード様と二人で幸せになるぞ。
ブックマーク、いいね、評価、ありがとうございます。誤字報告も感謝しています。
【お知らせ】別シリーズ始めました。
『魔王の箱庭』https://book1.adouzi.eu.org/n3822jy/
よろしければ、こちらのお話もぜひお付き合いください!




