274話 カップル成立の余波(前編)
本編に盛り込めなかった、帰還後ヴィオラ会議とお酒を飲みながら歓談していた時(271話冒頭)の一場面です。
【お知らせ】前話『登場人物まとめ』ですが、スミレとエレメンタルを一部追記してます。よろしければご覧ください。
「ところでルード。スミレの世界はどうでしたか? 見聞したことをぜひ聞かせてください」
「ああ、そのことだがレイ、吉報だ。私は録画と映写の魔術具の実物を見てきたぞ」
「何ですって!? ど、どうでしたか本物は」
「分解して構造をじっくり見た。向こうでは魔力の代わりに電力というものを用いて動かすのだが、その電力についても学んできたので仕組みは把握している。録画と映写の魔術具に転用できるものがいくつもあった。レイ、お前の魔術具はもっと軽量コンパクトにできるぞ」
「素晴らしい!! ルード、詳しく聞かせてください!」
「紙はあるか。図に書くとだな……」
「ふむふむ、なるほど……」
ルード様とレイグラーフはテーブルの方へ移動すると、紙に何やら書きつけながら録画と映写の魔術具の改善案について話し込みだした。
向こうの世界にいた時、実際にブルーレイレコーダーを使ってみせたら、おおこれが録画と映写の魔術具の実物かと大喜びしていたもんね。
家財道具は処分してしまう予定だったから、好きにしていいよとレコーダーをルード様にあげたところ、取説を読み込み散々操作したあと嬉々として分解していたっけ。相変わらず実験好きな様子を見て思わず笑ってしまったよ。
しかも、そのあと組み立て直して再度使えるようにしたんだから、すごいを通り越して呆れてしまったけれど。
そんなことを思い出しながら、異世界の知識や技術について学術的な話で盛り上がっている二人から視線を戻した。
わたしの方はというと、他のヴィオラ会議のメンバーとまったり飲みながら歓談中……と思っていたのだけど、どうも雰囲気が妙だ。
彼らにとっては二十年ぶりの再会だから、気兼ねでもしているのかな。
とりあえずお酒を飲みながら様子を見ていたら、何やら目配せを交わし合ったあと、カシュパルが改まった感じで話しだした。
「ところでさ、スミレにちょっと確認したいことがあるんだけど、いいかい?」
「はい、なんでしょう」
「ルードとは、恋仲になったと認識していいのかな?」
「ごふっ」
飲みかけていたお酒を吹き出しそうになった。
報告すべきことはすべて済んだと思ってリラックスしていたから、思いっきり気を抜いてすっかり飲みモードになっていたのだ。
うわ、しまった。なんて切り出そうかと迷ってたのもあるけど、ネトゲ仕様の方にいろいろ変化がありすぎて、そっちの報告に必死だったからすっかり忘れてたよ。
「は、はい。まあ、そんな感じでして……。あの、すみません。報告し忘れてました」
「それは気にしなくていいんだけどさ。スミレの意志でそうなったの? わざわざ迎えに来てくれたルードに絆されて仕方なく、ってことはない?」
「えっ!? そんな、ないですないです!」
君はいつも恋愛意欲が低いって言ってたからさ、と肩をすくめるカシュパルに、スティーグもうんうんと頷いて同意を示す。
まさか、そんな心配をされるとは。びっくりして、慌てて否定した。
ルード様に申し訳なさすぎるので、ここはきっちり説明しておかないと。
「むしろわたしの方から告白したくらいでして。死ぬと思ってたのに気付いたら向こうに戻ってたから、こんなことになるなら告白しておけばよかったってものすごく後悔したんです。その、実はまだこっちにいた時、最後の数日はルード様のことが好きだって自覚してたので」
「ああ、やっぱりそうだったんですねぇ。何事もなく逝ってしまったので、気のせいだったかとがっがりしていたのですよ」
スティーグににっこり笑いながらそう言われて、ブワッと顔が熱くなった。
うわ、バレてたのか。まあ、スティーグだし、十分あり得る話だよね……。というか、皆の前で思いっきりルード様が好きって言ってしまった。うはあ、恥ずかしいぃ。
でも、皆が口々におめでとうとか、良かったねと言ってくれたのでホッとした。
たぶんそう言ってくれるだろうとは思っていたものの、相手は元魔王でわたしは異世界人だし元人族だから、もしかしたらあまり歓迎されないかもしれないと少しだけ心配してたんだよね。
ただ、ブルーノあたりはもっと冷やかしたりしてくるかと思ったけど、意外なことにあっさり祝福しただけで静かにお酒を飲んでいる。クランツも微妙に視線を反らしているような……。
いつも空気を読まないシーグバーンまでもが神妙な顔をしている。何だろう、この空気。
何か変だなと思ったところへ、カシュパルがぐいと身を乗りだした。
「その様子なら幸せなんだね。良かった。じゃあ、更に突っ込んで聞かせてもらうけど。子作りのことはどう考えてる?」
「ちょっ! いきなりそれ聞きます!?」
元の世界の感覚だと完全にセクハラだ。だけど、魔族にとって子作りは男女間で最大の関心事。
子が出来にくい魔族にとって、相手が子作りについてどう考えているかを確認するのはとても大事なことだから。恋愛お断りを表明していたわたしが今はどう考えているのか、彼らが気に掛けるのも無理はない。
これのせいか、妙な空気だったのは。ブルーノとクランツが静かなわけだよ。わたし相手にこういう話するの苦手だもんね。よくお誘い案件で被弾させては迷惑かけたっけ。
子作り。これは魔族としては避けて通れない話題ではある。
でもさ、わたしは対象外だと思ってたんだけど違うのかな。
「あの、確か、魔族と人族の子作りは非推奨じゃありませんでした? わたしの扱いはどうやら魔族の枠組みになったっぽいですけど、生態的にも人族じゃなくなったかどうかはわかんないですよ?」
「ん~、そこら辺はあまり詳しく説明してなかったんだけど……。あのさ、それは魔力のない人族との話で、スミレは魔力持ちだからもともと魔族との子作りに何の支障もないんだ」
「えっ。そうなんですか」
「スミレさんは恋愛お断りの意思が強かったので、敢えて触れなかったんですよ。スミレさんが聖女だと知らなければ、周囲の魔族はあなたをただの人族と思って子作りの対象とは見ませんからねぇ。わざわざ教えて余計な緊張感を与えるのもどうかと」
確かに、今まで自分は子作りの対象外だと思っていたから、自分には関係ないことだと気楽に構えていた。でもそうじゃないとなれば──
「聖女だった、つまり高い魔力を持っていたと周知された今、ルードと恋愛関係にあるスミレは周囲から子作りを期待される。スミレにその気があるなら問題ないけど、ない場合は相当風当たりが強くなると思うよ」
魔王と部族長は在任中の子作りを禁じられているが、離職後は解禁となる。
彼らのように魔力の強い者はなるべく多く子を儲けて欲しいと期待が寄せられるそうで、最低でも一人はとノルマ的に求められるのだとか。
おおう、異世界でもこういう話はあるのか……。魔族は子を儲けづらいと聞くのに大変だな……と思ったところで、ハタと気付いた。
それなのに、ルード様わたしの世界へ来ちゃったの!?
え、ノルマは? ハッ、もしかして済ませてから転移して来たとか!?
「ルードは譲位後すぐにスミレさんの世界へと旅立ちましたから、スミレさんが心配するようなことは何もありませんよ。ただ、ルードが去ったと部族に公表した時は、それはもう、部族内から激しい突き上げを食らいましたけどねぇ」
「あの時期はホント大変だったな~。まあ、ほとんどの連中は、オレがルードの分まで頑張るって言ったら引き下がったけどさー」
「カシュパルの入れ知恵で、引継ぎ期間中に一人儲けておいて良かったですねぇ」
「うん。あれで不満言うヤツいなくなったもんな」
スティーグとシーグバーンがしみじみと頷き合っている。
部族内の圧力に苦労したらしい魔人族の二人には申し訳ないんだけど、ルード様が子を儲けてないと聞いてホッとした。付き合う前のこととわかっていても、やっぱりちょっと抵抗があるので。
それにしても、ルード様の分まで引き受けるつもりでいてくれたとは。頼もしい魔王になったんだなぁ、シーグバーン。
そして、その宣言に説得力を持たせるよう働きかけてくれたカシュパルもありがとう。
心の中で二人に向かって手を合わせていたら、いつの間にか皆の視線がわたしに集中していた。
うおっと、感謝の念に浸ってる場合じゃないか。皆にわたしの気持ちをはっきりと伝えなきゃ。男性陣に子作りについて語るのは猛烈に恥ずかしいけど、誤解される余地がないくらい明確に意思表示しておかないと!
「えっと、今までそういう……その、妊娠出産を自分のこととして考えたことがなかったので、ちょっとまだ頭回ってないんですが。嫌だとか避けたいなどとは全然思ってないです。ルード様と子を授かれたら、間違いなく嬉しい──」
「そう! 良かった、スミレが嫌がってないなら問題ないよ!」
食い気味に声をあげたカシュパルだけでなく、皆すごくホッとした顔になって、一斉に乾杯したよ。
うわ、わたしの恋愛お断りの主張のせいで相当気を揉ませてたんだなぁ……。なんかすみません……。
「よし、そういうことなら万事OK! じゃあここからはオレの担当ね! スミレさ、このままオレの代もこの離宮を里として使ってくれて構わないよ。ただね、今後のためにも魔人族の里を第二の里にしておかない?」
「えッ!? な、なんでまた」
「だって、子ができた時に困るだろ? 出産だけなら離宮でもできなくはないだろうけど、魔族として生きていくなら子育ては里じゃないと無理だよ。スミレの世界ではカップルで子育てをするって聞いてるから抵抗あるかもしれない。でも、スミレの子はルードの子でもあるんだ。魔人族の里で生んで育てるのがいいと思う」
シーグバーンからまったく予想もしてなかった提案をされた。
だけど、ああそうか。子作りの話はそこへ繋がるのか。
魔族は部族や種族ぐるみで子育てを行う。まとめて里で面倒を見るため、子供たちは成人するまで集団生活を送る。元の世界のように親子で暮らすことはない。
生まれた子供が魔族社会ですんなり生きていくには、やはりどこかの部族の里で育った方がいい。というか、そうするべきだよね、どう考えたって。
それなら確かに魔人族の里が妥当だろう。皆、先回りしてすごく考えてくれてるんだなぁ。ありがたい。
それに、聖女ではなくなり、ただの魔族になったわたしが四部族のどこにも属してないというのも座りが悪いだろう。
正式にはルードヴィグ族だとしても、たった二人しかいない特殊部族。わたしの寿命が短かった頃ならともかく、魔族並みに伸びた可能性がある以上、魔王シーグバーンの傘下に収まっていた方がきっとヴィオラ会議の皆も安心だよね。
それにしても、ルード様とカップル成立した途端に、ここまで話が大きくなってしまうのか……。
改めて、異世界だったこの世界で新たに一魔族として生きていくんだなと、心の底から実感した。
今後のスミレの立ち位置を決める意味で重要なエピソードなんですが、本編に入れるとなるとスミレの帰還からエピローグまでが間延びしてしまう気がして、迷った結果、ラストはスピード感重視で行こう!と本編に入れるのを諦めて番外編で披露することに。最終回が延び延びになった挙句三話投稿になったのもその影響です。まだ途中だけど年内に投稿できて良かった!(笑)
今年最後の投稿となります。なるべく早く続きをお届けできるよう年末年始も執筆頑張りますね!皆様どうぞ良い年をお迎えください。




