272話 最終話 異世界で第二の人生を始めます!
本日は3話投稿しています(こちらは3話目で最終話です)
そんな感じで、わたしが離宮の自室で今後の方針について熟考している間、ルード様はルード様で精力的にあちらの世界の知識のアウトプットに注力していた。
動画での再確認が不可能になった今、少しでも記憶が新しいうちに正しく書き出したいと、城に割り当てられた魔王補佐官の執務室でせっせと作業している。
わたしが『口述筆記帳』をどーんと百冊提供したらめちゃくちゃ喜ばれた。自分で書くより断然早い!ってね。
あと、1回だけラーメンを作って差し入れた。こっちもめちゃくちゃ喜ばれました、ハイ。でも、その差し入れ2回だけで、睡眠時間も削って作業しているようだから最近はあまり顔を合わせてない。
邪魔したくないから今後に関する相談も後回しにしてたんだけど、気分転換がてらか今日はデートに誘われた。
「『転移』で聖地へ行ってみぬか。お前が癒した後の聖地の姿を見せたい」
「おお~、いいですね!」
治癒完了のメッセージを見た途端意識を失ってしまったから、記憶に残っている聖地は『四素再生』する直前の状態だ。聖地の傷が癒えた後どうなったか、全然見てなかった。
目が覚めた後はHP27とMPゼロだったせいで、聖地のことを気に掛ける余裕もなかったもんね。
パーティーを組んで聖地へ『転移』する。聖地へ入る手前の道に出たらしい。森を抜けて開けた原っぱに出る。
青空の下に広がる草原。爽やかな風が吹き抜けていく、この空気感。
思わず胸いっぱいに息を吸った。相変わらず聖地は心地良い。
「お前は自身の魔力、命と引き換えにここを守った。改めて感謝する」
「結果的にそうなっただけで、引き換えにするつもりはなかったんですけどね~」
「スミレ。これに関しては謙遜せぬ方が良い。魔族にとって聖地と魔力の基である魔素は何にも代えられぬほどに重要なのだ。今後魔族社会に復帰するならば、大したことをしてないように語ると誤解を受けかねんぞ」
「ッ! はい、気を付けます」
そんなつもりはなかったけど、確かに聖地や魔力を軽んじているように聞こえてしまう可能性はある。危ない危ない。魔族にとって謙遜や遠慮は美徳じゃないんだから気を付けないと。
日本人気質はだいぶ薄くなってたのに、あっちの世界に戻ったからまた復活してたんだな。異世界転移が成功して気が緩んでいたかもしれない。わたしはもう日本には戻らないんだから、魔族としての意識をしっかり持たなきゃ。
聖地を癒したことに関してはちゃんと誇りを持とう。だってわたしは精霊たちを愛している。魔族の誰かに感謝されたら、魔族の一員として当然のことをしたまでだと胸を張って言おう。
マップを開き、『生体感知』を唱える。聖地にはわたしたちだけで、魔物もいないみたいだ。
ルード様が浮遊魔術で素早く移動を始めた。わたしは『移動』で彼の背中を追う。目指すのは巨岩と巨木があった場所。
ルード様の後をついていくのは、ランドマークだった巨岩と巨木が今はもうないからだ。『四素再生』が完了した後、巨岩は静かに崩れ、空気に溶けるようにスッと消えてしまったのだとか。
巨木は巨岩が消えた翌日一気に枯れた。やがて倒木となり、その後数日で消えたという。精霊族の間では、聖地を見守るという役目を果たしたから消えたのだろうと言われているらしい。
その巨岩と巨木があった場所に二人で立った。
ムービーを見て知った、聖地の傷ができた経緯。原因を作ったのは巨岩となった精霊族、隠蔽したのは巨木となった元精霊族部族長。この重大な情報をわたしは伏せたままこの世界を去ったけど、異世界転移してきたルード様には自分が見たものをすべて打ち明けた。
事が大きすぎて、さすがにルード様も頭を抱えていたっけ。聖地の傷は既に癒され、問題は解決している。今更明かしたところで不和を呼ぶだけだと。
ただ、それを判断するのは自分ではなく現魔王のシーグバーンだ。魔王はこの地で起きた事を知っておく必要があるから彼にだけ明かす。措置に関して進言はするが判断は彼に委ねるとルード様は言った。
巨岩と巨木。遥か昔の二人の精霊族。そろそろ生まれて来てないかな。二人とも生まれ直しているといいな。
そんなことを考えながら、あの日の光景を思い浮かべる。
アクティベートを唱えた瞬間、聖地の空間いっぱいに現れた大量の精霊たち。淡い虹色の光がキラキラしていて本当にきれいだったな。
魔素の循環異常が解消し、精霊の大量投下という犠牲はもう不要となった。精霊たちを守れて本当に良かったよ。
「素晴らしい光景でしたよね」
「ああ。後日部族長たちと実験してみたが、我々がアクティベートを唱えても精霊の姿は現れなかった。あのようになったのは術を唱えたお前が聖女だったからか、それとも聖地で魔力の循環異常が起こっていたせいなのか。今となってはもう確かめようがないな」
ルード様が少し残念そうに言う。本当に実験が好きなんだねぇ。
念のため、わたしもアクティベートを唱えてみた。しかも当日と同じく四人の精霊ちゃんを呼び出した上で、言霊を意識してエレメンタルの力を呪文に乗せるようにイメージしながらというガチな本気仕様できっちり詠唱したんだけど、やっぱり再現はできなかった。残念。
それはともかく。『四素再生』が終わったら力を貸してくれた精霊たちに魔力をあげるつもりだったのに、意識を失ってしまったせいであげられずじまいだったことを突然思い出した。せっかく聖地に来たんだから今ここで魔力をあげたい。
ルード様に許可を得て、庭の水やりをイメージしながら空中に魔力をまき散らした。ちょっと乱暴だけど個別に与えるのは無理だから仕方ない。
うちの精霊ちゃんたちはもちろん大喜びでブンブン飛びまくってたけど、そこら中で空間がキラキラ虹色に輝いていたから、きっと姿が見えてない精霊たちも喜んでくれていたと思う!
「あの時は手伝ってくれてありがと~っ! また何かあったらよろしくね~!」
そう言いながら大きく手を振って、わたしたちは聖地を後にした。
あれからいろいろと考えて、ルード様やヴィオラ会議とも相談しつつ、わたしの今後について少しずつ決めていった。
まずは学校に行く。これは一番に決定した。
冒険者になるかどうかは置いておくとしても、魔族としての知識がわたしには足りていないし、薬学もきっちり学んで調合カンストだと胸を張って言えるようになりたい。
何より、魔族としての社会経験が圧倒的に足りてないわたしには、面識のない普通の魔族たちとの幅広い交流が必要だと思う。
魔族としての知識や社会経験の不足を埋めるためにと、未成年魔族が受けるという職業体験のようなこともさせてもらえると決まった。種類は多くないけど、今のところ農業、酪農、土木・建築、醸造の現場見学が決まっている。
魔族国における土木や建築は土の精霊との共同作業だ。以前、壁にシェスティンの絵を掛けるのにツッチーにお願いして手伝ってもらった。あれのもっと魔術的に練度の高いことをやるらしくて、一度見てみたいと思ってたんだよね。
あと、魔族軍と研究院の見学もさせてもらえるらしい。どちらも組織のトップが張り切っているから楽しみだ。
聖女だったことや魔族にはない能力の一部を隠さないことになって、わたしの職業選択の幅はぐっと増えた。
雑貨屋という職には就いているものの、魔族国では二十年も休業状態で実態はほぼない。だったら、とりあえず休業状態のままで、学校に通いながら一般的な魔族としての暮らしをスタートしてみよう、ということで落ち着いた。
今のわたしにできること、魔族国への貢献、願望や夢など、生活を送る中でいろいろと考えて、少しずつ形にしていけたらいいなと思っている。
わたしは何にだってなれるし、何にでもチャレンジできるんだから。
この異世界へ戻って来て、ある意味第二の人生が始まるわけで。恋も仕事も、遊びも趣味も、後悔しないで済むように、力いっぱい頑張りたい。
魔族の仲間と精霊たちが側にいてくれるから、わたしはどこまでも頑張れるよ。
今日はひとつ、前からの夢を叶えに行く。
部族長会議で「元聖女・スミレ」に関する通達が各所になされた日、わたしは城下町へ一人で出掛けた。
オーグレーン荘3号室の内装をいじるので、内装業者に来てもらうことになりましてね。ほら、魔族カップルが同棲を始める時には内装に凝るものらしいから。
4号室のドローテアがヘッグルンドと同棲を始める時も内装を変えていたし、わたしも魔族らしい行動をしてみようと思って。
と言っても、ルード様とがっつり同棲するわけじゃない。
ルード様は魔王補佐官と研究院の特別顧問という役職に就いていて、城と研究院に自室を与えられている。どちらでも研究や実験をするから、そしてそれは確実に夜更かしやら徹夜やらを伴うので、そちらで寝泊まりする日も普通にある。
わたしも一人暮らしが長いので、いきなりガチな同棲になるよりゆる~く一緒に暮らす時間を持つ方が気楽だったりするから、特に不満はない。
それでもルード様がオーグレーン荘3号室に帰ってくる日も週半分くらいはあるので、ちゃんと二人で住む用の内装に整えたいと思うわけですよ。
休業中の店舗部分を遊ばせておくのも何だし、この機会に一人暮らしの時は雑に使っていた居間兼書斎をそれぞれ分けて、使ってない倉庫も有効活用したい。
そんなわけで、内装業者とあれこれ相談しながら家具とか壁紙やカーテンを決めていく。まあ、ほとんどお任せに近かったけど。
だって来てくれた内装業者さんが、何と、ここに住むって決めた時に内装を担当してくれた人だったんだよ! 彼女のセンス、すごく好きだったから安心してお任せしたってわけ。
子ができてパートナーと里へ帰ったので、担当から外れてたんだけどね。二十年も経ってるから、当然担当はまた他の人に変わってるんだろうなと思ってたのに、まさか一周回って最初の人が来てくれるとは思わなかったなぁ。
そんな風に、城下町へ出た最初の日に嬉しい再会があって。
更に嬉しい再会と、いつか願った夢を叶えるために、わたしは一人、南通りを歩いている。
二番街の南通り沿いに、その店はあった。カウンター前には三人ほど並んで待っている。繁盛しているようで何よりだ。
客が注文して、代金を支払って、品物を受け取る時、店員がオレンジがかった茶色のツインテールを揺らしながら「はいどうぞ」とにっこり笑顔で客に手渡した。
それそれ! 最初の女子会の時に思い描いたその姿!
そんな風に、彼女の店で彼女が作った商品を彼女に手渡されるのが夢だったの。
わたしにもそうやってちょうだいね!
そしてわたしの番が来て、ひとつ深呼吸してから店員に注文する。
「あんこ菓子、1個ください」
「はーい、1個ね────スミレッ!?」
「へへ。エルサ、久しぶり~」
手渡されようとしたあんこ菓子がぼとっとカウンターの上に落ちたけど。にっこり笑って「はいどうぞ」とは渡してもらえなかったんだけど。
泣きながらカウンターを飛び出して抱きついてきたエルサのオレンジがかった茶色のツインテールは揺れてたから、わたしの夢は叶ったってことで!
異世界で始まった第二の人生、いろいろと幸先良いね~。
(完)
これにて完結です。最終盤にきて何か所か構想と違う展開を選択することとなり、着地点の模索や辻褄合わせに苦しむことになりましたが、何とか最終話を迎えられました。一応今回で「完結済」としますが、盛り込めなかった後日談やエピソードなどもあるので、いずれまた番外編として何か書けたらいいなと思っています。
4年と5か月、長い連載となりました。最後まで書けたのはひとえに読んでくださる方の存在のおかげです。ブクマやいいね、感想、評価など、本当に励みになりました。感謝申し上げます。
最後に感想や↓の☆☆☆☆☆のところで評価をいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。最後まで読んでいただきありがとうございました。/恵比原ジル




