270話 元聖女の帰還
最終話の予定でしたが長くなったので3つに分けました。本日中にあと2話投稿しますのでチェックよろしくお願いします!
ひと通りネトゲ仕様のチェックを終えた。
いよいよ皆に帰還を知らせるのかと思っていたら、ルード様が意外なことを言い出した。
「城まで『転移』で行ってみるか」
「おお~、いいですね!」
馬車だと何かと時間が掛かるし、魔力も復活したからね! 魔力ゼロになって以来、三か月くらい魔術と魔法を使えなかった。そう思ったら、使いたくてうずうずしてきたよ。
さっそくルード様が帰還を知らせるメモを書いている。送り先はシーグバーン。
一瞬何でシーグバーン?と思ってしまったけど、今は彼が魔王。真っ先に報告すべき対象であり、了承を得ないといけない相手なんだよね。
『ルードヴィグだ。スミレと共に帰って来た。スミレの魔法で城へ転移しても良いか。正門脇の木立あたりに出るはずだ』
メモを託された風の精霊が飛び去る。懐かしい皆との邂逅ももう間近。そう思ったら何だか急にドキドキしてきた。
緊張を解そうと深呼吸をしていたら、風の精霊がもう伝言を運んできた。
早っ! って、何でルード様じゃなくわたし宛に飛んできてるの!?
《マジでスミレも帰ってきたの!? やったー! 二十年越しでライバルに挑めるぞ~ッ! スミレ、今夜は寝かせないからね!!》
ちょっ、転移の許可は!? 魔王様、相変わらず空気読めてない上に、あっち向いてホイのことしか考えてないっぽい。というか、ルード様がそこにいるのに、寝かせないとか誤解を招く言い方するなー!
あとでスティーグにきっちり叱ってもらおうと考えているところへ、魔王の側近二人から追いかけるように伝言が届く。
《まったく、シーグってば肝心なこと一つも言わないんだから。お帰りルード、スミレ。待ってたよ。『転移』はOK。正門には今スティーグが連絡入れたからいつでも通れる。で、まずは離宮へ向かってくれる? 正門から馬車使ってくれてかまわないから》
《ルード、スミレさん、お帰りなさい。離宮のスミレさんの部屋はそのまま残ってますよ。ファンヌが出迎えるので、まずはゆっくり休んでてください。ヴィオラ会議の他のメンバーにはこちらから連絡します。レイが大騒ぎするでしょうねぇ》
懐かしい声に、変わらない話し方。ああ、カシュパルとスティーグだ。
現実逃避でわたしが脳内で会話していたイマジナリーな彼らじゃない。間違いなく本物だ。
胸がいっぱいになりつつも、ルード様と腕を組んでパーティーを組み、マップを開いて「魔王城」を選択。呪文を唱えると、一瞬で正門脇の木立の中へ出た。『転移』の実験の時以来だから久々だ。
正門をすんなり通過し、門番の兵士らに馬車を頼む。さっそく馬車に乗り込んで離宮へと向かった。久しぶりに乗る馬車は軋みや振動も懐かしく思えてくる。
里帰りの度に通った道。離宮は森に囲まれている上に関係者以外出入りしないせいか、巡回の兵士くらいしか見掛けなくてとても静かだ。なのに、懐かしい景色にどんどん心拍数を上げていくわたしの心臓がうるさく音を立てて耳に響く。
やがて森を抜けて離宮が現れた。更に道を進むと離宮の玄関口が見えてくる。車寄せに立っているのは懐かしい人たち。ファンヌ、レイグラーフ、カシュパル、そしてクランツ。
仕事中なのに、職業意識の高いファンヌが駆け寄ってくる。我慢できなくて、馬車が止まると同時にドアから飛び出した。
「ファンヌ!」
「スミレ! ……また会えるなんて、夢みたいよ」
「へへへ、帰ってきたよ~」
互いに両手を伸ばして固く抱き合った。かけがえのない、わたしの親友。
ファンヌとハグしつつ、レイグラーフ、カシュパル、クランツの三人にも笑顔で声を掛ける。
「ただいま~っ! 皆さん、お久しぶりです!」
「スミレ、お帰りなさい! ああ、全然変わっていない! 一体どうして」
「え?」
レイグラーフが両手でわたしの頬を包んで顔を覗き込むいつものムーブをしながら困惑している。お帰りと言いつつも、クランツはわたしの顔をジロジロと見て来るし、カシュパルは唖然としている。
「君はもう50歳を過ぎたんでしょう? 人族は寿命が短く老化も早いと聞いてますが、どうして以前とまったく変わってないんですか」
「老けたスミレとの再会を覚悟してたのに。どうなってるのさ、ルード」
「え、いきなり年寄り扱い!?」
感動の再会なのに、最初に聞くのがそれ? ちょっと酷くない!?
部屋へ向かって歩き出しながら、ルード様が苦笑交じりに説明する。
「こちらではスミレが去ってから二十年ほど経っているようだが、スミレのいた世界ではほんの二か月しか経っておらぬ」
「……は? に、二か月!?」
「しかも、こちらへ転移する際にネトゲ仕様の影響でいろいろと変化があったようで、スミレの年齢は330歳になった。おそらくスミレの扱いが魔族の枠組みに変わったからだと思われる」
「…………」
いやそんな、皆してわたしに向かって、お前は何を言ってるんだみたいな顔をされても困るんですが。
「君って人は、本当に信じられないようなことばかり引き起こしますね……」
「全然変わってないみたいで、逆に安心したよ僕は」
「ええ。寿命も魔族並みになっているかもしれないなら、こんなに嬉しいことはありません」
三人とも反応はバラバラだったけど、やがて肩の力を抜いたように微笑んだ。
時空を超えて久々に再会した彼らと笑いながらハグを交わす。
「ただいま」
「お帰り、スミレ」
離宮の自室はどこも変わってなかった。二十年も経ったというのに壁紙もカーテンも年月を感じさせない様子に、丁寧に維持してくれてたんだなと嬉しくなる。わたし的にはたったの二か月留守にしただけなのに、こんなにも懐かしい。
ソファーに腰を下ろし、皆でファンヌのお茶を飲んだ。
ああ~、ファンヌのお茶が五臓六腑に染み渡るぅ~。こんなにおいしいお茶、久しぶりに飲んだよ。向こうの世界はおいしい物がたくさんあるけど、お茶はファンヌのが至高、最上、ナンバーワンだ。
カシュパルは城で厳重に保管していたというわたしのデモンリンガを持ってきていた。部族長のルード様がまた呪文を唱えて嵌め直してくれる。
ああ、ようやくわたしの左手首に国民証が戻ったよ! 本当に嬉しい!
嬉しさを噛みしめながらお茶を楽しんでいるところへシーグバーンとスティーグが、次いでブルーノもやって来た。案の定、顔を見るなり歳をとっていないことを驚かれ、またもやルード様が説明する羽目に……。
何回歳とってないって驚かれるんだよーと正直思うけど、こちらの世界では二十年経過してるし、魔族の感覚だと人族の一生はあっという間だから仕方ないか。
しばらくは誰かと再会する度に驚かれるんだろうなぁ。ちょっと面倒だけど、二十年経っても顔を忘れずにいてくれたんだと考えれば嬉しいことだと思える。
それはともかく、関係者が勢揃いした。懐かしいヴィオラ会議のメンバーにプラス現魔王のシーグバーン。今度からこの顔ぶれがヴィオラ会議になるそうだ。
関係者にはもちろんファンヌも含む。もっとも、控えているだけで発言はしないらしいけど。前回の終わり際にはそれまで伏せていたわたしの事情や情報をファンヌも共有してたもんね。内緒事が減るのは嬉しいな。
関係者が勢揃いしたところで、まずはわたしの現状報告をする。
真っ先にHPとMPが正常に戻ったことを報告したら、皆ホッとしたような顔をして心から喜んでくれた。皆には随分と心配をかけてしまったよね。
魔術と魔法が使えるようになった証拠に、照明の魔術と『霊体化』を使って見せた。ファンヌは『霊体化』を見るのは初めてだったから相当びっくりしたみたい。
それから、ステータスでは役職は元聖女のままだが、年齢が330歳に変化したこと以外に、部族がルードヴィグ族に、職業が追加されて雑貨屋と表示されたことを伝える。
更にルード様はマップやアイテムなどの変化にも触れて、ネトゲ仕様におけるわたしの扱いが魔族の枠組みに移ったという裏付けを示してくれた。
「へえ~、ネトゲ仕様でも魔族扱いになったのは確定っぽいんだね。それはちょうど良かったかも。実はルードが発った後、スミレを連れて戻ってきた時の対応について部族長会議で検討を進めててさ。スミレの待遇とか、かなり具体的なことまで検討済みなんだよね」
カシュパルがそう言うと、ブルーノが重々しく頷いた。
「以前はお前が聖女で、それを隠して暮らしたいと望んだから何かと制限を設けざるを得なかった。だが、今はもう聖女でなくなった上に、お前が聖女だったことも既に公表されてしまっている。元聖女として生きていくしかない以上、せめて最大限の自由を与えたいというのが部族長会議の総意でな。今後、スミレのことは亡命者ではなく完全な魔族として扱う、そう決まった」
「そうそう。だから、スミレは王都から自由に出掛けていいし、よその里へも出入りしていいし、学校に行ったりとか公的機関への就職なんかも認めるから好きにしていいよー」
「ええっ、学校に行ってもいいんですか!?」
「うん。ただし、資格取得は魔族と同じだから、自分の能力と部族長の承認次第ってことで! まあ、ルードが部族長だから、後者の条件はないも同然だけどー」
重々しく語るブルーノの後に続いて、シーグバーンが軽~い感じで部族長会議の決定事項を教えてくれた。
うわあ、一気に自由度が上がったよ。元聖女だと注目されるかもしれないけど、所詮「元」だし。面倒くささを差し引いても十分余りある好待遇だと思う。やったね!!
パッとルード様を見たら、ニッと笑って頷いてくれた。ふおお、学校入学は許可してもらえるっぽい!
普通の魔族みたいに学生生活を送れる上に、あの魅惑の学食パンケーキがしょっちゅう食べられるようになるなんて最高だよ!
「ですが、聖地を癒した結果死亡したと公表されたスミレがいきなり現れたら混乱が起きますよ。そのあたりはどう対応するのでしょうか」
心配性なレイグラーフがそう言い出した。確かにそこはわたしも気になってたんだよね。設定をきっちり詰めておかないと、知人友人に説明する時に絶対困る。
蘇りみたいに扱われるのは避けたいしね……と思っていたら、シーグバーンがすごくお気楽な感じで案を出した。
「えー。そんなの仮死状態でした、でいいじゃん。聖地を癒して魔力枯渇を起こした聖女を聖地が保護してたとか、完全回復するまでエレメンタル漬けになってたとかさー。仮死状態だったら歳とってないのも変じゃないし」
「その説明で納得してもらえるでしょうか。あまりにあり得なさそうな内容では信じてもらえないのでは……」
「あり得なさそうでも“聖女だから”で押し通せばいいんだって。どうせ誰も聖女の生態なんて知らないんだから、そういうことにしておけばいいじゃん」
シーグバーンの言い方は確かにお気楽だけど、意外と良い案のような気がする。
幸い、意識を失った後は関係者と部族長とミルドしか会ってないから、口裏を合わせればこの案でいけるのでは?
皆もそう感じたらしく、彼の提案はそのまま支持されてしまった。部族長会議に諮って正式決定とするらしい。
やるじゃん、シーグバーン。ちょっと見直したよ、魔王陛下!
それに、ルード様をわたしの下へ早く送り出すためにって、魔王の継承をすごく頑張ってくれてたらしいし、あとでちゃんと御礼を伝えなきゃね。
間違いなくあっち向いてホイを所望されるだろうけど、二十年ぶりだし、少しくらいは付き合ってあげよう!




