265話 わたしが去ったあとの魔族国情報
自宅へ帰ると、魔王はさっそくカップ麺を食べる準備を始めた。
作り方の説明文を読みながら作業を進めている。魔術で作り出した熱湯を注ぎ、ネトゲ仕様のタイマーで時間を計る魔王。魔術具の権威は手先も器用なのか手際がいい。
3分待っていそいそとカップ麵を味わいながら、魔王はわたしが去った後の魔族国のことを聞かせてくれた。
魔王の話によると0時になった瞬間わたしの体は消え、デモンリンガだけが残っていたそうだ。
魔族が死んだ時、遺体が消えるのは一定の時間が経ってからで、通常は聖地の石壇に置かれ葬送されてかららしい。デモンリンガもその時に消えるのだとか。
「体は消えたがお前のデモンリンガは残った。私の水晶球にもお前の姿が映っている。お前は死んでない、どこかで生きていると確信した。周囲の様子から察するに我々の知らぬ場所のようだ。元の世界へ戻ったのであれば良い。だが水晶球に映るお前はいつも泣いている。安心できる要素はなかった」
魔王の報告を聞き、ヴィオラ会議だけでなく部族長会議の面々も心配してくれたそうだ。何とか助ける方法はないかと声が上がる中、スミレの下へ向かう手段ならある、自分が向かうと魔王が宣言した。
反対はなかったものの、魔王の継承をどうするかという問題が浮上する。そこで即座に魔王支持を打ち出したのが次期魔王候補のシーグバーンだった。
『だいぶ早いけどオレが後を引き継げばいいだけじゃん。オレ頑張って大急ぎで継承するから、ルードは早くスミレのとこへ行ってやりなよ』
そう言ってシーグバーンは魔王を後押ししたそうだ。
いつも空気を読まないあのシーグバーンが……。お姉さんは感動したよ……。
「だが、言うほど簡単なことではない。通常、魔王の継承は60年から100年ほどかけて行う。それを今回は魔力に関することに特化し、実務的なことは最小限とした。不足分は譲位後に先代魔王が指導して補うよう頼んである。それでも、引き継ぎには10年かかった」
シーグバーンの魔王教育は10年ほど前から既に始まっていて、魔人族部族長としての引き継ぎはほぼ終えていたらしい。それでも肝心な魔王の職務に関することは手付かずで、イスフェルト関連のゴタゴタが一段落してから開始する予定だったのだとか。
数十年から最大100年かかるところを、普通では考えられないほどの短期間で魔王の継承を済ませてきたのか……。
シーグバーンはもちろん、魔王も周囲もとてつもなく大変だっただろう。そこまでして来てくれたんだとありがたく思う一方で、申し訳なくも思う。
わたしはただメソメソ泣いて悲嘆に暮れていただけなのに……。しかも不摂生してたし……すみません。
内心で謝るわたしに、来るのが遅くなってすまないと魔王が謝った──って、もう魔王はシーグバーンなのか。脳内でもルード様って呼ばないとね。
脳内で訂正しつつ、ルード様に謝る必要はないと伝えた。
「あの、向こうでは10年経ったかもしれませんが、実はこっちではまだひと月しか経ってないんです」
「……何だと?」
わたしが異世界召喚されてから向こうで過ごした1年2か月が、こちらへ戻ってみたらたったの3日しか経っていなかったことを伝える。
ルード様はびっくりしていたけど、すぐホッとした顔になってぎゅっとハグしてくれた。10年間泣いたまま過ごさせたと思ってたのかな。へへへ、嬉しいのでわたしもぎゅっとし返す。
安心して気が抜けたのか、ルード様が蜂蜜酒を飲みたいと言い出した。はいはい、冷蔵庫に入れたヤツが冷えてるだろうから飲みましょうね。
スパークリングのミードをグラスに注ぎ、二人で乾杯した。掲げるだけでグラスを合わせない魔族スタイルの乾杯。久しぶりで嬉しい。
組み合わせは微妙だけどおつまみにサラダ味のせんべいの封を開けた。パリパリいう音や食感が気に入ったのかルード様の手が伸びるのが早い。
ミードとせんべいを楽しみつつ、話の続きを聞いた。
通常なら魔王の代替わりに伴い側近も刷新する。だけど、今回は当面引き続きカシュパルとスティーグが担うそうだ。
部族長会議は最低でも二、三十年はメンバー変更なし。魔族軍と研究院もブルーノとレイグラーフがトップのままで行く予定らしい。
「シーグバーンの治世が安定するまで皆で支えるんですね」
「もちろんそれもあるが、詳細を知る者をこれ以上増やしたくないというのが一番の理由だ。部族長たちも、魔素の循環異常が本当にもう発生しないかを見極めてからでないと職を辞すわけにはいかぬと言うのでな」
「あっ、そうか。それもありましたね」
「それにお前のこともある。お前は重要機密の塊のような存在だからな。事態が完全に収束するまでは現体制を維持するのが安全確実だ」
「うっ、まあ確かに……。異世界人で聖女ですもんねぇ」
「禁忌の魔術アナイアレーションを使用したりイスフェルト城に殴り込みをかけたりと、いろいろやっておるしな。あまり広めぬ方が良いだろう?」
ニヤリと笑いながら言われて思わずミードを吹き出しそうになった。
そう言われてみると、わたしって碌なことしてないというか、だいぶ過激で災厄みたいな女だね……。対イスフェルトだけだと思いたい。
国レベルの話のあとは、わたしの知人友人たちの話を聞かせてくれた。
ルード様個人はシーグバーンへの引き継ぎが忙しくてよく知らなかったらしいのだけど、わたしの下へと出立する前にブルーノたちがスミレに伝えてくれと情報を託したらしい。
それがもう、どれもこれも嬉しい話ばかりで!!
まず最初は、エルサのあんこ菓子店オープン!
城下町では空きがなく確保が難しいという店舗物件を見事にゲット。二番街の南通り沿いという好立地に出店できたらしい。やったね!
部族が所有する賃貸物件の枠を融通してもらうために獣人族Sランク二人に助力を頼んだし、最後の面談では獣人族部族長のニクラスにも後押しを願った甲斐があったよ。
あんこ菓子の評判も上々で、開店以降順調に営業しているそうだ。ヤノルスとの仲も続いていて、店の二階で一緒に住んでるんだとか。
手軽にあんこ菓子が食べれるようになって欲しいというヤノルスの願いも叶ったんだね。よかったよかった!
ただ、わたしにとっては上出来な結果なんだけど、エルサとヤノルス、そして獣人族Sランクの二人は一時ひどく気落ちしていたそうで。
何でもわたしの死が公表され、わたしが生きているうちにあんこ菓子を世に出せなかった、店を出せなかったと知って相当ショックを受けたらしい。
特にSランクの二人はわたしが寿命の短い人族だから物件の確保を急いでいると思っていたそうで、わたしの願いを叶えて恩に報いることができなかったと、それはそれは深く悔やんでいたという。
あ~~、わたしが早逝してしまったからか……。わたしにとっても想定外のことだったとはいえ、申し訳ないことをしてしまったな……。
でもそんなエルサたちに、ミルドから話を聞いたレイグラーフがわたしの動画を見せたらしい。『今までありがとう。幸せでした。皆元気で』と終始笑顔で手を振りながら言うわたしの姿を見て、彼らもだいぶ慰められたそうだ。
おお、あの動画がそんな風に役立つとは……。メッセージ動画を撮った時は恥ずかしくて悶絶したけど、撮ってもらって本当によかった。
あの時録画と映写の魔術具が完成しててよかったとしみじみ思う。
エルサたちに動画を見せてくれてありがとう、レイ先生!!
わたしの死は部族長会議で諮ったとおりに公表されたそうだ。
体が消えてもデモンリンガが残っていて、魔王の水晶球でも姿が確認されているため、一度は公表の見送りも検討されたらしい。
ただ、わたしの功績を称えるためにも、聖女によって聖地が癒されたことは絶対に公表しなくてはならないと部族長会議で結論されたそうだ。それで予定どおり公表されたのだとか。
また、聖地が癒された結果魔素の循環異常が解消され、それに伴い今後聖女がこの世界に現れなくなる可能性が濃厚だということも併せて公表された。
前者は魔族社会に歓喜をもって受け止められたらしい。後者は一部の聖女信奉者には衝撃を与えたものの、多くの魔族には特に影響なかったようだと聞いてホッとした。
とは言ってもそれは魔族社会全体の話で、城下町では一番街の一部と冒険者界隈でそれなりに衝撃が走ったそうだ。
親しくしていた常連の冒険者たちはかなり悲しんでくれたようで、精霊祭の時に使われる二番街の北側にある空き地で追悼集会を開いたそうだ。
追悼集会!? なんかすごいことになってるな……。
発起人はミルドを筆頭にAランクが4人。たぶんヤノルスとヨエルとサロモじゃないかな。それに冒険者ギルド長とSランクが4人も参加したんだって!
ひええ……聖女だってことを除けばわたしなんてただの元人族の女なのに、恐縮です……。
雑貨屋の常連客ではなく特に交流のない下位ランクの冒険者たちには「あの女が聖女!?」というまさか系の驚きが広がったそうだ。しかも、もしかすると雑貨屋の商品も何か隠された特別な性能があったんじゃないかといった憶測が広まったらしい。
その結果、今となっては入手できなくなったサバイバル道具類などの高額商品が更に羨望の的になったんだとか。何だそれは。意味がわからん。
似たような感じで、公表直後はわたしがよく行っていた店で一時的に聖女フィーバー的なものが起こっていたらしい。
一番街のノイマンの食堂とマッツのパン屋、ロヴネルのスープ屋はもちろん、商業ギルド裏の小さな公園の屋台群。二番街の串焼き専門店に三番街のパイ専門店。
特に鱗持ちしか飲まないコーヒーを扱うカフェは、普段は閑古鳥が鳴いているのに一気に客が増えて大変だったみたい。うわあ、迷惑かけちゃったなぁ……。
まあ、そういうのも一過性の流行りで、しばらく経ったら落ち着いたそうな。
なんか予想外の話ばかりで驚いたけど、自分がそこで暮らしていた証のように思えて嬉しかった。
わたしは確かにあの街に存在していたんだね。
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