264話 異世界転移者を迎える側になりました
幸せの絶頂にいてもお腹は減る。
異世界間を跨いだ想いを告白し合い、このまま甘~い空気になるのかな、ちょっと恥ずかしいけど嬉しいななどと内心でニヤけていたら、思い切りぐう~~~っとお腹が鳴った。
信じられない。なんという雰囲気ブレイク。
ちょっとは空気読んでよ腹の虫ぃ!!
ショックを受けてたら、相変わらずのようで何よりとでも言いたそうな顔で魔王が微笑んでいる。色気皆無なのがデフォと思われてそうなのが悲しい……事実ですけどね……ハハハ。
いや、そんなことより。もう夕食の時間だ。魔王の食事のことを考えないと。
今夜は簡単に野菜炒めと納豆と味噌汁で済ますつもりだった。でも異世界人の魔王にいきなりガチな日本食を出して大丈夫だろうか。
日本食アイテムは普通に食べてたけど、納豆はさすがにちょっとねぇ……。
あ、そうだ。
「ルード様。夕食ですけど、ラーメン食べに行きますか?」
「おお!」
いつも気怠そうな魔王から一度も聞いたことのないような歓声が上がった。日本食アイテムの『ラーメン』が大好きなのは知ってたけど、そんな反応してしまう程食べたかったの?
聞いてみたら、日本食アイテムは何年か前に食べ切ってしまったらしい。こちらへ来たらまた食べれるのではと内心期待していたんだとか。
軽い気持ちで聞いてみたけどすごく嬉しそうだ。キラキラした目で魔王がわたしを見ている。何この、くっかわいい。
今までわたしは向こうの世界でこの人に散々お世話になったんだ。ここで恩返ししないでどうする。よし、決まりだ。お連れしましょう、ラーメン屋へ!
日本食アイテムの『ラーメン』はしょうゆラーメンだったから、他のタイプのも食べさせてあげたい。向こうの世界と違ってこっちは食べ物の種類が豊富だから驚くだろうな。
そう考えて気軽にホイと出掛けたけど、歩き出してしばらくするうちに魔王が周囲の人からものすごく見られていることに気付いた。
しまった。向こうの服装のまま連れてきちゃったよ!
ゆったりめの上下に長衣を羽織った中東とか中央アジアとかの民族衣装っぽい服装の魔王の姿は、地方の駅前商店街ではめちゃくちゃ目立っている。
わたしにとっては見慣れた姿だったのと、魔王は黒髪で他の魔族みたいに派手な髪色じゃないので、周囲から浮く可能性を思いつかなかった。
異世界人の魔王を外に連れ出すならもっと慎重を期すべきなのに、告白して両想いとわかったからって浮かれすぎだ。魔王本人は周囲の目を特に気にしてないようだけど、気遣いが足りなくて申し訳ない……。
今から服を調達に──って、魔王は絶対ラーメンを優先させたいだろうから閉店時間には間に合わないか。明日はメンズのショップへ買いに行こう。
わたしは向こうで何不自由なく揃えてもらってたんだから、こっちではわたしができるだけのことをしてあげなくちゃ。多少の蓄えはあるし退職金も入った。当面の生活の面倒くらいは見られる。
魔王は魔族国のトップでしかもお金持ちだったみたいだから、一般人のわたしとじゃできることの差は激しいだろうけど、せめて気持ちだけはしっかり込めたい。
ラーメン屋へ入った瞬間は注目されたものの、何事もなかったかのように店員さんが席へ案内してくれた。
ネトゲ仕様のおかげで魔王は壁に貼られたメニューの文字を読めるらしい。嬉々としてメニューを眺めていたけど、どんな味かまったく想像がつかないというので、結局わたしが選んだ。
まずはあっさり系の塩ラーメン。絶対失敗しないと思う。あとは無難に味噌ラーメン。日本食アイテムの『味噌汁』で味噌味は体験済みだから大丈夫だろう。
半分こすれば二種類食べれるから半分こしようと言ったら、ラーメンが来るまでの間魔王はずっと照れていた。魔族的には異性と食べ物を分け合うのは恋愛NGに引っ掛かるけど、わたしたちはもうカップル成立したから問題ないのでは?
……もしかして魔王からすると、今まで恋愛意欲皆無だったわたしが急に積極的に迫ってきているように感じているとか……? うわ、ありそう。
なんだかわたしまで恥ずかしくなってきたところへラーメンが運ばれてきた。ナイスタイミングです大将!
「どっちから食べますか?」
「この、澄んだスープの方から食したい」
「じゃ、わたしが味噌ラーメンいただきますね。では、いただきまーす」
「……いただきます」
わたしの真似をして手を合わせてから食べ始める魔王。魔族のくせに、普通に上手に箸使って食べるんだよなぁ。まあ、啜るのはできないみたいだけど。
ひと口ふた口食べて、レンゲでスープを飲んで。ほうとひと息吐くと、うっとりした顔でしみじみと魔王が呟く。
「美味い……」
カウンターの向こうで大将が目を細める。かすかに口角が上がったのをわたしは見逃さなかった。
フフフ。大将、あなたのラーメンは異世界人をも虜にしたようですよ。
魔王は久しぶりのラーメンにすっかり心を奪われたようで、半分こと言って味噌ラーメンとチェンジした時はもう照れなんてどこへやら。これも美味いと呟くと、スープも残さず食べ切り、更にもう一杯食べたいと言って今度はとんこつラーメンを注文した。
そんなに食べて大丈夫かと心配になったけど、回復魔術が使えるなら何をどれだけ食べたって問題ないからいいや。心ゆくまでラーメンを堪能してもらおう。
「美味かった。また来る」
魔王は大将にそう言うと、会計を済ませて店を出た。
そう、自分で会計したの。左手首にあるデモンリンガで。
……何で普通に支払えてるの!? おかしくない??
決済端末にデモンリンガをかざす魔王を店員さんは何の疑問も持ってないような様子で見てるだけだし、大将も店の客たちも魔王の支払い方法に注目する様子はない。
何で皆普通にしてるの? どう見てもおかしいでしょうに。
店を出てから魔王に何故デモンリンガが使えるのかと訊ねたら、むしろ何故使えないと思った? みたいな顔をされた。いやいや、こちらの世界じゃそんな支払方法ないですから!
「……結局、これもネトゲ仕様ってことなんですかねぇ?」
「そうなのではないか」
「今更だけど理不尽だなぁ。わたしはデモンリンガ持ってこれなかったのに~」
本当にネトゲ仕様って謎だ。でも、とりあえず魔王の支払いや決済、身分証明などに問題がなさそうなのは良かった。
鍵はどうだろう。うちのアパートは魔王に権限がないからさすがに無理かな。
ちなみに、わたしのデモンリンガは向こうに残っているらしい。魔王城で厳重に保管してあるそうな。
持ち主が死んだら消滅すると聞いてたけど、こっちで生きてるから消滅しなかったんだろうか。わたしが向こうで生きた証が残ってるみたいで嬉しい。
こちらの支払い方法について説明したら、魔族国には物理的な通貨はなかったからか、魔王は現金での支払いというものにものすごく興味を示した。自分のお金を現金化したいというのでコンビニに寄ってATMが使えるかどうか試してみる。
……普通に使えました。ATMの液晶部分にデモンリンガをかざしたら金額聞いてきたんですよ。暗証番号入れてないのに! 何で!?
というか、使い方を教えようと一緒に画面を見ていたせいで、一瞬残高が見えてしまった。
すぐに目を逸らしたけど、なんかものすごいたくさん数字が並んでたよ……。桁を区切るコンマがなかったんだけど、何でだろう。わたしの時はネトゲ仕様の残高表示は普通に3桁ずつコンマで区切られてたのに。よくわからん……。
魔王がお金持ちってのは知ってたけど、わたしの予想を超えるレベルのお金持ちなのかもしれない。とりあえず見なかったことにしよう。うん。
そして、コンビニの棚を見て歩きながらカップ麺コーナーに差し掛かった途端、魔王はかつて見たことがないほど興奮した。カップ麺を大人買いする人を初めて見ましたよ……。
これ、家に帰ったら全部食べる気なんじゃないかな。考えただけで胃もたれしそうなんだけど、魔王は回復魔術が使えるから問題ないネ……アハハ。
他にもお菓子やお酒、飲み物やアイス、それから今夜の着替え用にTシャツや靴下やパンツなども買ってもらって、魔王は嬉々として現金で支払った。お釣りの紙幣と小銭を嬉しそうに眺めている。
ちょ! いくら袋が多くて持ち歩きづらいからって、人目があるところでどこでもストレージにしまおうとしてはいけません! 自分で欲望の赴くまま買い物したんだから、ちゃんと自分で持って帰りましょうね、ルード様!
ふう。その場の常識を知らない人の面倒を見るのって本当に大変なんだなぁ。
わたしが城下町で一人暮らしするというのがいかに無謀なことだったか、今更ながら身につまされる。
レイグラーフやブルーノが心配して反対するのも当然だ。よく許可してもらえたよなぁ……。まあ、魔王は何か起きても自分でなんとかする自信があったんだろうけど。
改めて彼の度量の大きさに感謝する。おかげでわたしは城下町でとても充実した生活を送れたもの。
「ルード様、ありがとう」
「うむ。早く帰って食べるぞ」
全然伝わってないけど、いっか。
ウキウキいそいそと早足なのに、魔王が帰り道を全然間違えない。もしかするとネトゲ仕様のマップを展開しているのかもしれないなぁ。
自宅の位置にマークを付けてたらマップのルート表示機能が使えるんだけど、いくら何でもそこまでは……。
「ルード様、もしかして視界に黄色い矢印が表示されてたりします?」
「うむ。これは便利だな」
ゲーム知識もないのに、何でそう簡単にネトゲ仕様を使いこなせるの!?
声を大にして問い詰めたいところだけど、ビルの合間から急に姿を現した半月を見た途端、両手のコンビニ袋を全部取り落とすくらいに驚いた魔王がかわいかったので許す。
あれは単なる自然現象で不吉なものじゃありません。怖くないから大丈夫。
ちょうど周囲に人がいなくなったし、荷物をどこでもストレージに放り込んじゃいましょう。
それで、空いた手を繋いで帰りましょうね、ルード様。
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