263話 告白
どのくらい泣いていたのか、気付いたらわたしは魔王の膝の上で背中をぽんぽんされていた。
思い切りしがみついて泣いたので魔王の服がぐしゃぐしゃだ。わたしの顔もきっとひどいことになってるだろう。
うう、魔王には見られたくないな……。そう思った瞬間思い出した。わたし5キロも太ったんだった! しかも吹き出物だらけだし!
さっき顎クイされた時に思いっきり顔見られてる。久しぶりに会った大好きな人に一番不細工な顔を見られたの!?
ぎゃああ死にたい────いやダメだ、HPゼロなんてもう二度と味わいたくない……ううぅ、でも。
煩悶するわたしに気付いたのか、魔王が魔術を使ったらしい。無詠唱だから何を使ったかはわからないけど、魔王の服がきれいになったし腫れぼったかった目蓋もすっきりした。ウォッシュと回復は間違いない。
魔王はこっちの世界でも魔術使えるんだなぁ。……ん? 回復魔術……?
ハッとして両手で頬を触ったら吹き出物のブツブツがない。え、治ったの!?
魔王にちょっと失礼と断って洗面所にダッシュする。鏡を見たら、吹き出物なんてないつるつるの肌になっていた。しかも太ってたのもむくんでたのも戻ってる!
「ルード様! いろいろ治りました! ありがとうございます!!」
「酩酊はともかく、不摂生は感心せぬな」
「うえっ、そこまでわかっちゃうんですか……」
「わかるも何も、そう表示されていた。以前お前が言っていただろう。頭上に名前が表示されていて、そこからステータス画面を開けばその者の個人情報や状態異常が見れると」
「へ……? 名前の表示に、ステータス画面? ……さっき頭の方に手を伸ばしたのって、もしかして操作しようとしてたんですか?」
「もちろんそうだ。『酩酊』だけでなく、『不摂生(肥満)』と『不摂生(肌荒れ)』がついていたぞ。この十年、一体どんな生活を送っていたのだ」
眉間にしわを寄せた魔王に厳しく問い詰められる。
ひいぃ。肥満だの肌荒れだの、好きな人に見られたなんて恥ずか死しそう。
というか、反省はしてますし、確かにそちらでは十年経ってるでしょうが、わたしもいろいろ突っ込みたいんですけど!?
「ルード様、ステータス画面見えてるんですか? え、なんで??」
「知らぬ。私も訳が分からぬが、それがネトゲ仕様というものなのだろう? お前がよく言っていた四角もあるぞ。……おお、これが……。フッ、これはなかなか興味深いな」
わたしから消えてしまったネトゲ仕様の機能が、何故か魔王には備わっているらしい。どういうこと??
魔王は嬉々としてバーチャルなウィンドウを開いて操作してるっぽい。もう視線での操作を覚えたのか、視線が忙しく動いている。
「む、魔法の欄は説明文しか読めぬのか。つまらぬ。アイテムも魔術も灰色の文字だ。アイテム購入も魔術をネトゲ仕様で起動するのも無理のようだな」
「なにナチュラルにネトゲ仕様使いこなしてるんですか……。でも、さっき無詠唱で魔術使ってましたよね。こっちの世界では魔術も魔法もおとぎ話のものなんですけど、魔素があるってことですか?」
「その口ぶりだと、ここはお前が元いた世界か。お前は故郷に戻ったのだな?」
「あ、はい、そうです」
「お前の言うとおり、この世界にも魔素があるようだ。MPというのが魔力量を示すと以前聞いたが、先程魔術で消費した分も既に自然回復している。魔素がなければそうはならぬだろう。……む、精霊もいるではないか。魔素はある。確定だ」
「えっ、精霊いるんですか!? うそ、見たい見たい! どこ!?」
「目の前にいるが見えぬか。お前の魔力は戻っておらぬのだな……」
わたし宛にメッセージの魔術を使おうと風の精霊を呼び出したけど、飛び立たなかったらしい。うう……残念。
でも、そうか。魔王は精霊が見えて魔術も使えて、ネトゲ仕様も一部制限はあるものの一応機能しているのか。いいなぁ。
精霊と魔術は彼が生来持っている能力だからとして、ネトゲ仕様が使える理由がわからない。
もしかして、ネトゲ仕様って異世界から来た者にだけ機能する仕組みだったりするの?? 謎だなぁ。
「佐々木すみれ、これがお前の正式な名か。部族名の記載はないのだな」
「え、部族名載ってないんですか。人族しかいない世界だからですかね?」
「どうだろうな。名前と年齢に職業、先程までは状態異常も載っていたがそれだけだ。職業は『無職』となっている」
「ぐっ、雑貨屋以外の仕事する気になれなくて辞めたんです。ルード様のステータスはどうなんですか? どこか表示変わってるとこあります?」
「ルードヴィグ、39歳、元魔王・ルードヴィグ族部族長。以上だ。39歳というのは元の世界の年齢を人族の年齢に換算したものか……? ふむ、興味深い」
39? 思ったより年離れてないんだな……じゃなくて。
ルードヴィグ族ってなに、魔人族と魔王族の部族長じゃなかったの?……って、そうじゃない!
「……る、ルード様。元魔王、って……」
「ああ。シーグバーンに継承してきた。その準備に時間が掛かったのだ。少しでも短縮しようと頑張ったのだが」
「魔王やめちゃったんですか? わたしのところへ来るために!?」
「それはそうだろう。戻ってくるかどうかわからぬのに、いくらなんでも魔王の職に就いたまま異世界へ行くわけにはいかぬ」
何てことだ! 魔王が来てくれて嬉しかったけど、めちゃくちゃ迷惑かけてるじゃないか。
魔王は承知の上って感じで平然としてるけど、ヴィオラ会議のメンバーはともかく、シーグバーンや部族長たちは反対しなかったの!?
わたしがそう言ったら思い切り眉をしかめられた。
「お前がHPとMPを失ったのは聖地を癒して魔素の循環異常を解消したからではないか。その労に報いるのに全力を注ぐのは当然だろう。異を唱えた者など一人もおらぬぞ」
「でも、何もそこまで……」
「この十年、お前が水晶球に映らぬ日は一日とてなかった。見知らぬどこかでお前はいつも泣いている。このまま放っておくわけにはいかぬと思った。ならば私が行くしかあるまい」
向こうでは十年くらい経っているだろうと予測していたけど、改めて魔王の口から聞いてその時間の長さの重みを感じた。
わたしにとっては苦しい苦しいひと月だった。でも、たったのひと月。魔王は十年間、毎日どんな気持ちで水晶球を見ていたんだろう。
初めてわたしが水晶球に映ったのはアナイアレーションを放つ直前だと聞いた。
わたしが魔族国に着く前から、どこの誰とも知らない段階で、水晶球に映ったわたしを救うと決めていたという魔王。
今度は魔王の職を次代に譲ってまで、場所もわからないのに来てくれたのか。
世界を隔てていても、わたしは魔王の水晶球に映っていた。
十年間、ずっと繋がってたんだ。魔王の祝福が効いたんだよ。きっとそう。
──これはもう、運命でしょ。
また恋愛脳みたいなことを考えて! なんて引っ込めちゃダメだと思った。
弱腰のヘタレにはならない。もう二度とあんな後悔はしたくないんだ。
わたしはひとつ息を吐くと、魔王の紫色の目を見つめたままキッパリと自分の気持ちを告げた。
「ルード様、あなたが好きです」
「急にどうした」
目をパチクリされてしまった。
く……ッ、ごもっともですううぅ!! 唐突に何言い出してんだわたしは! 告白するならするで文脈ちゃんとしなさいよッ!!
あああああああこんなとこで恋愛離れしてた影響があああ…………いやもう今更みっともないだの何だの気にしてる場合じゃない。怯むなわたし!
「こっちに戻ってきたと気付いた瞬間死ぬほど後悔したんです。ルード様のことが好きで、こんな風に会えないまま生きることになるなら、せめて告白しておけばよかったって」
「お前、恋愛お断りではなかったのか?」
わたしの決死の告白に、クールに質問で返す魔王。
今までの自分の言動がブーメランになって刺さる。
そうだけど! 言ってたけど!
「別に、絶対恋しない!って頑なに決めてたわけじゃないんです。ただ、魔族とは寿命が違いすぎるから、誰かを好きになったら辛いだろうなって思ってたんです。だから消極的になってて……」
「ふむ」
「でも、ルード様に会えなくなるのが一番つらかった。もっと傍にいたかった。そう気付いた時思い知ったんです。もともと庇護者として部族長として大好きでしたけど、異性としてルード様が好きだって。……ずっと、ずっと好きでした」
「異性としての好意に気付いたのはいつだ」
「えっと、最後に一対一で過ごした時です。ほら、水晶球の話を聞いた……」
「まだ向こうにいた頃ではないか! 何故言わなかった……いや、お前のことだ、どうせ残り数日で死んでしまうのに想いを告げたところで迷惑を掛けるだけだなどと考えたのであろう? 馬鹿者が」
ギロッと睨まれた。ううぅ、わたしの考えなどお見通しのようで……。
馬鹿者、か。今まで魔王にこういう風に叱られたことはなかったので、なんだかすごくズーン……と堪える。
しゅんとしてうな垂れていると、魔王がフッと笑った。
「まあいい。お前の告白は受け取った。ならば私も思いを伝えよう。初めて水晶球に映った時からお前は私にとって特別な存在だ。愛しく思っている」
魔王の言葉を聞いた瞬間、わたしの背後で特大の花火がドーン!と上がり、波しぶきがザバーン!と押し寄せた。
心臓の音が耳元でものすごいビートを刻んでいて頭が回らない。
魔王、今なんて言った? 愛しいって聞こえたような……え、もしかして両想い成立? マジで?
「それは……その、恋愛的な“愛しい”という解釈で合ってますか?」
「私にとって、庇護でも恋愛でもそれほど差はない。お前を慈しみ守るのであればどちらでもかまわぬ。お前が人族でも魔族でも、異世界人、聖女、無職、何であろうとかまわぬのと同じこと。佐々木すみれ、お前を愛しく思う」
ドン!と胸を突かれたみたいに苦しくなった。今更ながら、魔王はわたしを聖女扱いしてなくて、最初からただわたし個人を見てくれてたんだと思い知る。
この懐の深い人を相手に、わたしはなんてちっぽけなことでウダウダ悩んでたんだろう。馬鹿者です、本当に。
というか、魔王の告白が強い。感極まってもう泣きそうだ。
「お前が恋愛お断りを表明していたので庇護という形に留めていた。だが、今お前が恋愛を持ち出した。ならば今後はパートナーとして振る舞うが、それでかまわぬか?」
「無理して付き合ってもらってる、ってわけじゃないんですよね?」
「当たり前だ。お前、私がわざわざ異世界へまで来て好きでもない女と付き合うと思うのか? ああ、そういえば戻り石の魔術具を寄越せ。魔力を入れ直す」
魔王はそう言うと懐から『戻り石』を取り出して魔力を込め、わたしの置き石のペンダントにも同じように魔力を入れ直してくれた。
本当にこの魔術具で渡ってきたんだ……。効果を失ったと思ってたけど、ちゃんと効いてたんだね。勝手に失望してごめんペンダント。わたしの元へ魔王を連れてきてくれてありがとう。
魔力を満たされたペンダントを返しながら魔王が言う。
「人族の寿命が短いことも織り込み済みだ。前回HPゼロの時もちゃんと看取っただろう? 今後は独り善がりな判断を下さず、考えや望みを伝えるように。私もそうする」
「はい。約束します」
魔王を幸せにして、わたしも幸せになる。
もう魔王から離れない。今度こそ迷わず最期まで一緒にいよう。
心にぽっかり空いていた穴がようやく塞がった。
泣いてばかりの日々はもうおしまいだよ!
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