259話 記念撮影、そしてエンディングへ
第四章最終話です。後書きにお知らせがあります。
翌朝は、スッキリとはいかないもののそこまで悪い気分じゃなかった。
幸いなことに、自分のバカさ加減に凹んだだけで、誰かに迷惑を掛けたわけじゃない。
ここから先まだ人生が続くならともかく、残りはあとたったの四日。
しなかったことの後悔より今できることを。皆と過ごす時間に気持ちのすべてを注ごう。
前向きな気分で朝食を食べていたら、給仕中のファンヌのところへスティーグから伝言が飛んできた。
予定よりかなり早いけれど、レイグラーフが今すぐわたしと会いたいと言っているらしい。もちろんすぐにOKと返事してもらう。
この様子だときっと……。わたしの予想は大当たりで、部屋に入ってくるなりレイグラーフは大声で叫んだ。
「スミレ、やりましたよ! 録画と映写の魔術具が完成しました!」
「わあ、レイ先生おめでとう! すごいすごい!!」
わたしも手を叩いて喜んだ。すごいよ、本当に間に合わせてくるなんて!
さっそくレイグラーフに魔術具を見せてもらう。手押し車に乗せられてきたそれは、魔術具というより何かの装置のようで結構大きい。
テーブルの上にどっかりと載せられたその魔術具は、完成したとは言っても静止画で10枚、動画は5秒くらいしか録画できないらしい。ハードディスク的なものの容量が小さいんだね……。
でもまだ出来たばかりの新技術なんだ、最初はそんなものだろう。これから大容量、コンパクト化など、どんどん改良されていくんだろうな。
「さあスミレ、動画を撮りましょう。たったの5秒で申し訳ありませんが、あなたの姿と声を残せます。私たちはきっと何度も見直すでしょう。とびきりの笑顔でお願いしますよ!」
そう言ってレイグラーフは茶筒のようなものをわたしに向けた。カメラのレンズみたいなもの? 嵌っているのはガラスじゃなくて魔石板かな。
撮影となると何だか気恥ずかしいけど、鏡をチェックして、いざ撮影だ。
5秒で収まるメッセージ。ヴィオラ会議やファンヌだけでなく、城下町の人や部族長たちに見せてもいいような感じのを……よし。
「今までありがとう。幸せでした。皆元気で」
終始笑顔で、最後は手を振りながら言い切る。
くうぅっ……本心だし嘘じゃないけど恥ずかしいぃッ!!
両手で顔を覆って悶えていたら、鼻を啜る音が聞こえた。見るとファンヌとレイグラーフが泣いている。
何ていうか……恥ずかしいけど嬉しくて、くすぐったいような、でも一抹の寂寥感もあって言葉にならない。
ファンヌをハグして背中をポンポンしていると、気持ちを立て直したレイグラーフが装置をいじり出した。大きな魔石を入れ替えている……おお、あれはわたしが『空の魔石』に魔力を込めてできた『究極の魔石』の一番でかいヤツだ。
レイグラーフが言うには、この魔石がなかったら『録画』や『再生』を起動するのは難しかっただろうとのこと。役に立ったようで嬉しい。せっせと魔力を込めて差し入れして良かった。
わたし一人で静止画を三枚撮ってもらい、あとは皆が揃ってから撮ることに。
気に入らない写真のデータを消して容量を空ける、というのができないので、限られた枚数内で確実にいい感じに写らないといけない。
誰かが部屋を訪れる度にレイグラーフがわたしの静止画と動画を見せる。特に動画を観るとグッとくるものがあるのか、明らかに皆テンションが下がったので、集合しての記念撮影は明日に持ち越しとなった。
そして翌日。
ヴィオラ会議全員とファンヌがわたしの部屋に集まった。
ソファーに座るわたしの左右に魔王とファンヌ。背が高い人と体が大きい人は後ろへということで、魔王の隣には小柄なカシュパルが。後ろにレイグラーフ、スティーグ、クランツ、ブルーノが並ぶ。
全員の位置が決まったのはいいけど、自動シャッターもないのにどうやって離れた場所にある魔術具を操作するんだろう。そう考えていたら、レイグラーフの手元からスルスルと蔦が伸びていって魔術具の操作を始めた。
そういえば、ヨエルやコスティみたいな蔓性の種族でなくても樹性精霊族なら訓練次第で蔓を使役できるんだっけ。敵や魔物の拘束以外にもこんな使い方ができるのか。便利だなぁ。
準備が整ったので、撮る瞬間に目を閉じないよう皆に伝えて、いざ撮影。
一枚目と二枚目はお行儀良く、三枚目と四枚目ははっちゃけて。魔族はわりとノリがいいので、初の撮影なのにパリピみたいな静止画が撮れた。皆で見ながら大笑いする。
そんな様子をレイグラーフがまた遠隔操作で撮っていた。
「魔術具がもっと小さくて扱いやすかったら良かったのにね。動画は無理でも、せめて静止画であちこち撮ってきてスミレに見せたかったよ。海辺の町とかレーヴ湖とかさ」
カシュパルがぽつりと言うのが聞こえた。
そうだね。魔族国内をあちこち行って、いろんなところをもっと見たかったよ。
特に海辺の町。異世界の海を見ながら魚介料理をアレコレ食べたかった。
「君は本当にブレませんね」
クランツが呆れた声で言う。口に出してないのに何故バレた。わたしの思考を読むのやめてもらっていいですか。
でも、そのおかげで翌日の夕食は魚介料理にするようスティーグが手配してくれた。まあ、散々笑ってからだけど。
そうして用意されたのは何と魚介料理全種類で。
魚介類の食材は白身魚、赤身魚、エビ、貝の4種類。それぞれの煮込みと揚げ物とグリルにスープがずらりと並んでいる。ビュッフェ形式だから、少しずつ取れば全種類食べられそうだ。
魚介料理が全種類揃うのは魔族たちにとっても稀だそうで、エビや貝が苦手なメンバーも夕食に参加している。職業意識の強いファンヌには毒見と称して配膳が始まる前にあらかじめ摘まんでおいてもらった。
苦手な人が多いというエビと貝だけど、食材の姿が曖昧になるスープは全員が何の問題もなくおいしいと言って食べていたし、見た目が苦手そうな料理もわたしが絶賛したら恐々だけど食べてそのおいしさに驚いていた。
「これ、めちゃくちゃうめえなぁ! 酒が進むぜ!」
そりゃね、ガーリックシュリンプやホタテのクリーム煮に似た料理なんておいしいに決まってるもん。さすがに全料理OKとはいかなかったけど、魚介料理に対するネガティブな印象を少しでも払拭できただけでわたしは満足だ。
そして最終日。HP1で朝を迎える。
今夜0時になってHPがゼロになる時、自分がどんな風になるのか想像もつかなくて、さすがに緊張してきた。
まあ、そうなるだろうなとは思っていたので、最終日の昼食にはネトゲアイテムの日本食食べ放題を企画してある。
ファンヌは初めて見る日本食に目を白黒させていたけど、またもや毒見と称して全種類わたしとシェアして食べてもらう。『アイスクリーム』を気に入るかと思っていたら意外なことに『おにぎり』に反応を示して、これは緑茶に合うはずと言ってすかさずお茶の準備に走ったのはさすがファンヌと思った。
ヴィオラ会議のメンバーは買い置きがあるけど、わたしは日本食の食べ納めだ。これが最後かと思うと感慨深い。でも、限られたメニューしかないとはいえ異世界でも日本食が食べられて嬉しかったな。
大盛り上がりの昼食を終えると、魔王とカシュパルが部屋を去った。魔王は今夜わたしの最期を看取る担当なので、それまでしばらく引き上げる形。側近のカシュパルも同行。
さすがに0時が近づくにつれわたしがナーバスになるだろうと考えてか、少しずつ時間を置いて三々五々他の皆も去っていく。
最後に残ったスティーグとはファンヌのお茶を楽しんだ。離宮へ来たばかりの頃みたいで懐かしい。
顔を合わせるのは侍女のファンヌとお世話係のスティーグだけで、時々魔王も、という感じだった。クランツも初期から部屋の外で護衛していたらしいんだけど、部屋から出なかったから会ってなかったんだよね。
「スミレさんがこの国に来てからというもの、面白いことばかりで退屈とは無縁な日々でしたねぇ。楽しかったですよ。この国に来てくれてありがとう」
そう言ってスティーグも去った。たくさん迷惑をかけたと思うので、亡命してきたことを喜んでもらえたのは嬉しい。
夕食はファンヌの給仕で一人。メニューはわたしの大好物の肉団子の煮込みで、しっかりチーズものっていた。嬉しい。
そして、食器を下げつつファンヌも退室する。
「おやすみスミレ」
「ファンヌのおかげで快適な離宮暮らしだったよ、ありがとう。じゃあね、おやすみ~」
最後にハグしてファンヌを見送ると、ささっと湯を浴びてバルボラとヴィヴィに着替えた。
自分の体がどうなるか謎なので、横になって0時を迎えるつもりでいる。それならシネーラよりシンプルなパンツスタイルがいいかな、と。
白い無地のバルボラと黒のヴィヴィは魔族国一周年記念に自分で買った服で、元の世界のオフィスカジュアルを思わせる。魔族の感覚だとかなり異質だけど、皆いなくなってもう魔王としか会わないなら何を着ててもいいかと思い切ってみた。
ここでは白と黒は精霊色でおめでたい色だけど、死に装束は白か黒というイメージだからちょうどいい。
そう思うものの、実は死を迎えるという気持ちは薄くて、どちらかというとエンディングを迎えるという感覚の方が強い。
聖地の異変を感知して以来ずっとゲーム的な展開が続いたから、ゲーム感覚が抜けないんだよね。
でもそのおかげか、今は恐怖心より好奇心の方が勝っていて、どんなエンディングになるのか想像を巡らせている。
だってエンディングは感動的で美しいものだから。心配することなんてない。
11時すぎに魔王がやって来た。わたしの顔を見て少しホッとしたみたい。思ったより落ち着いていると思ったのかな。
「酒でも飲むか?」
「うーん、酔っぱらうと平常心を保てるか自信がないのでやめておきます。ルード様は飲んでてもらっていいですよ」
「いや、私もやめておこう。だが、このままでいいのか? 眠った状態で0時を迎えたければ眠りの魔術を掛けてやるぞ」
「ふふっ、今のところ大丈夫です。でも怖くなったらお願いするかも」
「ああ。必要になったらすぐ言うように」
「はい。じゃ、わたし横になってますね」
絨毯の上に直に座り込むスペースでごろりと横になると、魔王はわたしの横に腰を下ろした。
今日もカーテンを開け放っているので満月が見える。
特に言葉を交わすこともなく、静かに時が過ぎていく。
「いよいよか。寂しくなるな」
あと10分くらいとなって、魔王がぽつりと言った。
「わたしも寂しいです。もっと長くここにいたかった」
「早く生まれてこい」
「へへへ。……ねえ、ルード様。すぐに見つけてもらえるように、祝福してもらってもいいですか? あの、国民証を授与された時にしてもらった……」
「うむ」
魔王の唇が額にそっと寄せられる。
ふおお……二度目のでこちゅー、いただきました。どさくさ紛れに大胆なお願いをしてしまった……。平常心ブッ飛びそうだけど、このおまじないは効きそう。
不変の象徴・月の光の下での魔王の祝福。
今度はきっと、普通の魔族としてこの世界で寿命を全うできますように。
「ルード様。今まで本当にありがとうございました。わたし、この国で暮らせて幸せでした」
23時59分。泣かずにちゃんと言えた。
そして、おそらく0時になった瞬間、意識を失ったんだと思う。
何故そう思ったかというと、わたしは再び目を覚ましたからだ。
再び目を覚ました時、わたしは見知らぬ部屋にいた。
人の気配がして、いきなり見知らぬ人に顔を覗き込まれる。
「佐々木さん? 佐々木すみれさん、聞こえますか? ここは〇〇病院の──」
わたしは、元の世界の、どこかの病院のICUにいた。
【お知らせ】都合により少しお休みさせていただきまして、次の投稿は7月後半になる予定です。よろしくお願いいたします。
次話から最終章へ突入!最後までお付き合いいただけると嬉しいです。評価やここまでの感想などをいただけたら励みになりますので、この機会にぜひ!お願いいたします。




