258話 今頃になって自覚する
ミルドとの別れも済み、城下町関連で片付けなければならないことは全部済んでしまった。
あとはヴィオラ会議の皆とファンヌと残りの日々を心穏やかに過ごす予定。
HPは10。残り十日だ。
人生最後の十日間。心残りのないよう、丁寧に過ごさなくちゃ。
そう思っていたのに、ミルドと交わした会話のせいでモヤモヤを抱えている。
『案外他に好きなヤツいそーな気がしてきたぜ』
『は? ないない。むしろこの状況で好きな人いたら辛すぎるわ』
『ふ~ん? まあ、変な意地張って後悔すんなよ』
咄嗟に否定したけど、ミルドにそう言われた瞬間魔王の顔が浮かんだ。
実は過去にも同じような経験があって、離宮に住み始めたばかりの頃に魔王のことを好きかもと思ったことがある。
異世界人の聖女という怪しさ満載のわたしをすんなり庇護してくれた魔王。失語状態で苦しんでいた時もすぐに駆け付けてお膝抱っこで介抱してくれた。当時のわたしの状況を思えば好きになってしまうのも仕方ないと思う。
ただ、幸いなことに早い段階でこれは吊り橋効果だと気付いて冷静になれた。
相手は魔王、この国で一番偉い人。心の拠り所を魔王に求めて依存しすぎるのは良くない。この世界で生きていくなら尚更だ。さっさと独り立ちしなきゃ。
そうやって一時的な錯覚はすぐに消去した。城下町へ出て働くことを目標にし始めたのは、それがきっかけだった気がする。
あの頃と同じように、HPが残りわずかという不安や緊張が絶対的な庇護者である魔王に心の拠り所を求めてしまっているんだろう。
勘違いしてはダメだ。胡乱な考えは頭の隅に追いやって、さっさと忘れてしまうに限る。
ヴィオラ会議の皆とは毎日複数人といろんな組み合わせで昼食や夕食、お茶やお酒に散歩などを共にしている。もちろん魔王もいるけど、変に意識しないように心掛けた。
今日からは皆と一対一で過ごす時間を取る予定になっている。一日に一人ずつ、時間の長さは同じだけど、相手によって過ごし方はそれぞれ違うはず。
今だからできる話もあるだろう。とても楽しみだ。
しかもファンヌとの予定も組み込んでもらえたし!
職業意識の高いファンヌにとって離宮は仕事場だから半分諦めていたのだけど、もう一度お泊まり会をしたいとねだったらファンヌがOKしてくれた。
離宮の自室でのお泊り会は初だ。初期の願い事が叶うなんて本当に嬉しい。
一方で、レイグラーフとの一対一タイムは最後に回された。
わたしの寿命対策のための情報収集が打ち切りになった後、レイグラーフはわたしがいる間に何とか録画と映写の魔術具を完成させようと実験に没頭している。
以前わたしが書いた文字に魔力を流して魔法の起動に成功した彼は、追加で提供した『録画』などの文字を使っての呪文の起動にも成功したらしい。
実験は既に最終段階に入ったそうで、最近は顔見せ程度にしか会いに来ない。一日一回は食事を一緒してくれるから、最低限の食事だけはしているので少し安心だけど。
動画は無理でもせめて静止画が撮れたらいいな。皆と一緒にわたしの姿が残ったら嬉しい。
そんなわけで、一対一タイム初日の相手はブルーノ。
ブルーノにはかなり我儘を言っておねだりを押し通した結果、獣化してもらって思う存分モフモフさせてもらった。重度の恋愛NGに抵触するのでもちろん誰にも内緒だ。お詫びと口止めを兼ねて『ウイスキー』と『ブランデー』を二十本ずつ提供して、受け取った以上は共犯だとブルーノと二人でひっそり笑い合った。
翌日はカシュパル。
彼には諜報と謀略関係の話を聞きたかったのに、直近の情報収集の際に単独でイスフェルトを強襲した話がすご過ぎて、ほぼその話だけで時間切れになってしまった。上手いことはぐらかされたような気もするけど……。最後に『四素再生』を見たヒュランデルが感涙にむせんでいたと聞いて嬉しかった。見せて良かったなぁ。
三日目はクランツと。
クランツはわたしの好きなコデマリ似の花を見に城の庭へ連れて行ってくれた。一年前わたしが来年も見に来たいと言ったのを覚えていてくれたのが嬉しい。HPが8しかないから念のためお姫様抱っこで運ばれた。いつもの肩担ぎじゃないけど互いに照れはなし。護衛で友達のクランツに身を預けるのはデフォだからね!
四日目はスティーグ。
天才スティーグとは、あらかじめファンヌに引き上げてきてもらった自宅のワードローブをあれこれ着ては、メイクやヘアアレンジをしてもらって遊んだ。ただ、服の中に精霊色のヤルシュカを見付けたスティーグに一度くらい着れば良かったのにと言われて、また魔王の顔が浮かんでしまった。うう、動揺させないでよ……。
五日目はファンヌとのお泊り会!
一緒にお菓子を焼いて、わたしのワードローブから好きな服を選んでおめかしして、正式な紅茶でお茶会。夜は手軽にピザを摘まみながらお酒を飲んで、ベッドに並んで眠るまでずーっとおしゃべりして過ごした。
ファンヌがぽつりと言った「思い残すことはないの?」という言葉が胸に引っ掛かったけど、「離宮でお泊まり会できたからもうない!」と笑って押し切ったというのに。
そして六日目。
ついに魔王の番が来て、わたしは早々に白旗を上げた。自分が何から目を逸らしていたのか、もっと早く気付くべきだったと痛感している。
魔族の皆が大好きで、皆大切な人たちだ。それは確かにそう。だけど、残酷なまでに脳は瞬時に優先順位を判断していて。
このまま会えなくなって一番つらいのは誰か。
一番傍にいたい人は誰なのか。
魔王と話し始めてすぐに思った。わたし、やっぱりこの人が好きだ。
会えなくなるのがつらい。もっと傍にいたかった。
素直に白旗を上げつつ脳内で自分を罵る。HP5なんて土壇場になってから恋愛感情を自覚するとかバカじゃないの? バカすぎて乾いた笑いしか出ないよ。
恋愛意欲が低いアラサーだからなんて言い訳して見ないフリしてないで、ちゃんと自分の気持ちと向き合っておくべきだったのに。
自分のバカさ加減に打ちのめされ、初っ端からグロッキー気味だったけど、事前に考えておいた質問を魔王に投げて会話を繋ぐ。
魔王の水晶球について一度訊いてみたかったのだ。魔王はいつもわたしが水晶球に映るのを見てピンチに気付いて駆け付けてくれるらしいから。
あれは魔王という役職の備品ではなく私物であること。未来が見えたり失せ物探しができたりするような便利な品ではなく、重大な事態が起きた時に映ったりもするが、気まぐれに意味不明な事象も映し出すこと。
驚いたのは、わたしが初めて水晶球に映ったのが予想と違ったことだ。
「おそらくお前がアナイアレーションを放つ直前だろう。凄まじい絶望と怒りに震えながら床に描かれた陣に魔術を放つ女の姿が映った」
あの時は確かに、死んでもここにリスポーンするのかと、本当にもう元の世界には戻れないんだと絶望していた。
絶望の度合いから言ったら、HPがあとひと月足らずでゼロになると気付いた時といい勝負だったと思う。
「そうでしたか……。てっきり失語状態になった時が初かと思ってました」
「それは二度目だな。一度目の直後、微かだが大気に震えが走った。翌日、亡命希望者が現れたと境界門から連絡がきて、ああ、あの女が来たのだと直感した。絶望の淵にいるあの女を救わねばならぬ。そう感じた」
それを聞いて胸が熱くなった。
魔王はわたしが魔族国に来る前からわたしの存在を知っていたのか。
どこの誰とも知らないままに、水晶球に映ったわたしを掬い上げた魔王。
何かもう、それは運命なんじゃないのと、恋愛脳みたいなことを考えてしまう。
いや、恋愛脳をバカにするのは良くない。筋肉と同じで、片思いでいいから適度に恋愛して脳を解しておかないと、わたしみたいに頑なになって肝心な時に誤った判断を下してしまったりするんだ。
今更だけど、次の人生で活かそう。異世界なんだから、魂の記憶の継承とかがあるかもしれないし。
「……わたしが死んで魔素に返って、次に魔族として生まれてきたとしたら、絶対ルード様の水晶球に映りに行きますから、わたしを見つけてくださいね」
「ああ、必ず探し出す。お前はどこかで一人泣いてそうだから、放ってはおけぬ」
「へへへ。頼りにしてますね、部族長!」
「任せておけ」
女々しいことを言ってしまったと悔みつつも、あっさりと引き受けてくれる魔王の言葉が嬉しくて、でも庇護者目線なのが切なくて胸が苦しい。
……今この場で告白したらどうなるんだろう。
あと寿命5日の女に告られても迷惑だろうけど、魔王なら受け止めてくれそうな気がする。いや、きっと受け止めてくれるだろう。
反省を活かすのは次の人生じゃなく今なのでは?
心残りのないようにって決めたじゃん。ミルドも変な意地張って後悔するなよって言ってたじゃん。
魔族らしく、好きですって、ずっと好きでしたって言っちゃいなよ──ッ!!
にわか恋愛脳がそう叫んだけど、結局わたしは想いを告げられないまま、魔王との一対一タイムを終えてしまった。
だってもうあと5日だよ。告ってどうしろと? 思い出作り? もうすぐいなくなる自分のためだけに?
単に振られるのが怖いだけかもしれない。でも、こんなに大切にしてもらったのに、最後の最後で波風立ててまで想いを伝えるのが良いこととは思えない。
言うだけ言ってわたしは気が済むかもしれないけど、残される側はどうかと考えたらとても自分の我儘に付き合わせる気にはなれなかった。
ノイマンやヘッグルンドの言葉が頭をよぎる。別れがどれだけ辛くても、少しでも長く一緒にいたいとドローテアも言っていた。
あと三か月時間が残ってたらわたしも違う選択をしたかもしれない。告っておけばよかったと後悔すると思うから。でも5日ならあっという間だ。後悔し始める前にわたしはもういなくなる。
わたしに勇気ある数々の言葉をくれた魔族の皆。活かせませんでした。次の人生に持ち越します。ヘタレでごめん。
見送るわたしの頭をいつもどおりくしゃくしゃっと撫でて帰っていく魔王。
実は毎回頭を撫でられる度にキュンとしていたと、白旗を上げた心が今になって認める。マジで遅い。
寝支度をしようとワードローブを開け、ふと精霊色のヤルシュカが目に入った。
最初から素直に好きだと認めていたら、これを着て派手メイクして、恋愛OKな魔族女性らしい姿で魔王に告白できただろうか、なんて不毛な考えがよぎる。
ダメだ。本気で自分にうんざりしてきた。
バーッとカーテンを全開にすると寝室内に月光が差し込んだ。
ベッドに寝転び、窓越しに月を見上げる。今日も見事な満月だ。
不変の象徴、陽月星。
わたしに力を貸してください。
もう揺らぎたくない。最後まで皆の前で笑顔でいたい。
しばらくするとヒートアップした脳が冷めてきて、とろりと眠気が訪れた。
やっぱり月光浴は効くなぁ。布団にもぐり込み、胸元の置き石のペンダントを指でそっと撫でる。
もう0時を跨いだだろう。HPは4になってるはず。
あと四日。
明日はレイグラーフと一対一タイム。
録画と映写の魔術具が完成してるといいな。
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この回、全然まとまらなくて苦労しました。しかも連載開始当初の予定とは違う展開になってしまった……笑




