257話 さよならミルド
夕方になって、ミルドの来訪が告げられた。
わたしが聖女だとまったく知らない人に事情を話すのは初めてなので緊張していたんだけど、ミルドの顔を見たら久しぶりに会えた嬉しさの方が勝ってしまった。
「わあ、ミルド久しぶり~!」
「何だよ、全然元気そうじゃねーか」
手をブンブン振るわたしに呆れた顔をしながら、ミルドは向かいのソファーに腰を下ろした。
部屋に入る時はすごく深刻そうだったのに、すっかり安心したのかリラックスしてお茶を飲んでいる。
案内のクランツも去って二人だけになったし、わたしが淹れたお茶はミルドの好みに合わせて温めだって知ってるからね。
「くっそー、クランツのヤツ。スミレはもう長くないなんて脅かしやがって」
「あー、……ごめん。それ、嘘じゃないの」
「は?」
「わたしさ、あと12日の命なんだ。で、いろいろと片付けなきゃいけないから、ミルドを呼んでもらったの。来てくれてありがとう」
わたしの目を見たままミルドは数瞬固まっていたけど、冗談ではないとわかったんだろう。
一度大きく深呼吸すると、睨むような険しい目でわたしに問い掛けた。
「時間がないって認識でいいんだよな? わかった、引き受けるから話せ。言っとくけど、妙な遠慮とかで余計な手間掛けさせんなよ」
「……すごいねミルド。いきなりこんな話聞かされても即対処するんだ。さっすがAランク冒険者! 危機意識高くて状況判断も早いし、うちの相談役はかっこいいな~」
「単なる冒険者の習性だっつーの。一瞬の判断の遅れが命取りになる稼業なんだから当然だろ。感傷に浸るのは後だ。アホな感心してねーでさっさと話進めろよ。時間ねーんだろ?」
ミルドに促されて、わたしは自分が召喚された聖女だということから話した。
召喚元のイスフェルトから逃亡して魔王に庇護を求めたこと。聖女であることを隠して生きていくつもりで城下町で暮らし始めたこと。
そして、先日聖女の力を使って魔素の循環異常を癒した結果、魔力を失い生命値も激減してしまったこと。毎日1ずつ減っていることも伝える。
「残り12日の命って、そーゆー意味だったのか」
「うん。でね、魔王の意向で雑貨屋は休業のまま保持するんだけど、個々の契約や冒険者ギルドの代理販売について相談したくて。余所で売ってないアイテムとかあるし、冒険者には結構影響あるよね……」
「一番でかいのは高級ピックと脱出鏡だな。それと魔物避け香もか」
「あ、魔物避け香はレシピ発見したから調合できるようになるよ。そのうち出回るはずだから、そっちは大丈夫!」
「は? 調合のレシピなんてそう簡単に発見できるもんじゃ……あ~、何かお前が聖女っつーの納得したわ。人族だから変わってんのかと思ってたけど、そんなレベルじゃなかったのか」
酷い言われようなんだけど。でも、わたしが聖女だと知ってもミルドの態度が全然変わらないのが嬉しい。
とは言っても、やっぱり申し訳なさが先に立つ。
冒険者たちには雑貨屋の商品を愛用してもらい感謝している。特に上位ランクは軒並み高級ピックへ切り替えてくれた。なのに、こんなに早く供給できなくなってしまうなんて。
ただ、店の商品は亡命してきたわたしが人族の品を持ち込んだという設定だったから、売り尽くしたらおしまいという代物でもあった。「完売しました」と言えばいつでもやめられるのだ。
「それで、冒険者ギルドの代理販売なんだけど、在庫を引き取りたいかギルド長に聞いてもらえない? だいたい高級ピックが1万2千本、脱出鏡が千個、裁縫箱が五百個くらいあって、全部でもいいし要る分だけでもいいから」
「貯め込んでんなー、お前。購入制限つけりゃあと数年はもちそーでありがたいけど、問題はギルドに全部買えるだけの資金力があるかだな」
「そのあたりは保護者たちと話し合ってもらった方がいいかもね。支払いと品物の引き渡しは保護者経由になるかもしれないから、そしたら分割払いもありかもしれないし」
わたしがそう言ったらミルドはすぐにクランツへメモを飛ばした。クランツからもすぐ伝言が返ってきて、結局ミルドが向かい側にあるクランツの部屋へ移動。細かいことを話し合ったらしい。
戻ってきたミルドの話によると、帰りに冒険者ギルドへ寄ってソルヴェイと会合できるようアポを取ったそうで、それにレイグラーフとクランツも同行することになったのだとか。
何だか大ごとになってしまったなぁ。
「あと、依頼の契約なんだけど、本人死亡で自動的に解消になるか確認してもらってもいい? 自動的に解消になるなら、ギルドのとヨエルさんのは手続き省かせてもらおうかなって」
「おっさんのって、魔物避け香の使用情報の買い取りか」
「うん、それ。いろいろと手間掛けさせてしまうけど、よろしくお願いします」
「相談役の仕事だろ。問題ねーよ」
「あ、その相談役なんだけどさ。ミルドの契約はちゃんと解消──」
「解消なんて、ぜってーしねーからな」
ミルドはわたしの申し出を全部言わせないまま、頑強に拒んだ。
たぶん冒険者ギルドの依頼も商業ギルドの登録と同じで、わざわざ手続きしなくても本人死亡と共に自動的に解消になるんだろう。
ただ、ミルドへの依頼はわたしにとって特別なものだったし、ミルド的にもけじめをつけた方がいいかと思って聞いてみたんだけど……。
うう、めっちゃ睨まれてる。つい目を逸らして言い訳してしまった。
「いや、だって、なあなあにしたまま終わるのも悪いし」
「更新するか新規で契約し直すかって時にお前が言ったんじゃねーかよ。この依頼はお前とオレが信頼と友情を育んでいった軌跡だから、あっさり終了なんて嫌だっつって。覚えてねーのかよバーカ」
ミルドの言葉に衝撃を受け、思わず彼の顔を見た。怒ってるのか拗ねてるのか、どっちかわからない表情。
言った。言ったよ、わたしちゃんと覚えてる。けど。
「ッ、覚えてるよ! 忘れるわけないじゃない。何さ、こっ恥ずかしいこと言うなとか言ったくせに」
「うるせー。くだらねーこと言おうとしたお前が悪い」
「……だって」
「ギルドの管理上どーなるかは関係ねー。オレとお前が解消しない限り永遠に続く、オレはそー思っとく」
「うう、ふえぇ~~」
ミルドがわたしの言葉を覚えててくれたのが嬉しくて、そういう意味で契約を解消したくないと言ってくれたのが嬉しくて、でももうミルドともお別れで。
泣きたくないけど我慢できなくて、とてもアラサーとは思えないような泣き方をしてしまった。心底情けない。
でもミルドは席を移動してわたしの隣にドカッと座ると、アホとかバカとか言いながら好きなように泣かせてくれた。
「ごめん、こんなことで時間使うのもったいないのに……」
「まったくだぜ。ギルド長に会いに行くからそろそろ出なきゃなんねーし、もう泣き止めよ。また話し合いの結果を報告しに来る。今日が最後じゃねーんだから」
「うん。ギルド長にお世話になりましたって御礼伝えてね」
鼻をすすりながら手の甲で涙を拭うわたしを見ながら、何故かミルドが苦笑いしている。何だよぅ?
「お前さ、前に一生友達でいる、絶対オレに恋しないって言っただろ? こーゆー切羽詰まった状況になったら少しは揺らぎそーなもんなのに、全然そんな気配ねーのな」
「だって約束したもん」
「それだけか~? 案外他に好きなヤツいそーな気がしてきたぜ」
「は? ないない。むしろこの状況で好きな人いたら辛すぎるわ」
「ふ~ん? まあ、変な意地張って後悔すんなよ」
そう言ってわたしの頬をびよ~んと引っ張ると、笑いながら手を振ってミルドは帰っていった。
部屋には妙な胸騒ぎを抱えたわたしだけが取り残される。
な、何なんだよ!
好きな人がどうのとか、急に変なこと言い出して。
人を混乱させるな──ッ!!
バカバカ──ッ、ミルドのアホ──ッ!!
ギルド長との話し合いの内容は翌日の朝食時にクランツから教えてもらった。
在庫アイテムはあるだけ欲しいとギルド長は希望したらしい。やっぱりか。
ただ、金額が大き過ぎて冒険者ギルドではとても用立てられず、城が間に入ることになったそうだ。
これに関しては午前中にヴィオラ会議と話し合いをして、アイテムは預けるけどお金は受け取らない、売上金は国庫へと伝えた。
もちろん反対されたけど、総額で200万Dを超えるので確実に予備費の予算をオーバーすると思うのよね……。もう儲けはどうでもいいのだし、魔族国の財政を圧迫しては本末転倒だと言って押し切った。
同じく、城への納品ももうお金は受け取らない。残された日数で買えるだけアイテムを買って、それを役立ててもらえたらわたしは満足だ。
ミルドは今日も夕方頃来るらしい。今後の城下町への対応などを詰める予定。
たぶんミルドと会うのは今日が最後になる。時間があるなら一緒に夕食を食べたいな……なんて考えていたら、ミルドは手土産にわたしの大好きな料理をがっつり保存庫に入れて持ってきた。
何と学校の学食パンケーキに、串焼き屋の炙り焼き各種!
ひょおお~っ! さすがミルド、わかってるぅ~ッ!
パンケーキは二人分あって、お一人様一食限りなのにどうやって入手したのかと思ったら、ヤノルスに付き合ってもらったらしい。
「あいつには、スミレはもう城下町に帰ってこねーって言っといた。今は言えねーけど詳しいことはそのうち発表されるらしーから、エルサを支えてやれって」
「そっか……。ありがとう」
パンケーキを味わった後は、ミルドにアイテムをごっそり渡す。
冒険者ギルドに渡すアイテムはキリのいい数にして端数は全部ミルド行きだ。探索や宝探しがメインのミルドにとって高級ピックは最重要アイテムだし、脱出鏡や裁縫箱もあるに越したことないだろう。
他にもサバイバル道具類3点セットのテント、寝袋、野外生活用具一式を壊れた時の予備として一つずつ用意した。
「こんなにもらえるかよ。いくら何でも多すぎだ」
「少しでも長くミルドの冒険を支えたいっていうわたしの気持ちを無碍にしないでくれたまえ」
「断りづれぇ……」
「他の人に分けてくれてもいいからさー。あと、ヤノルスさんとヨエルさんにお世話になりましたって、これ渡しといて。サロモさんにはこれね」
特にお世話になった常連客には彼らが使っていたアイテムを贈る。形見分けなんて重くならない範囲で少しだけ。
ヤノルスは口述筆記帳、ヨエルは100枚入りの紙袋。犬族冒険者集団の代表サロモにはレンタルサービスで使っていたサバイバル道具類3点セット。
これからの冒険に役立ててもらえたら嬉しい。
串焼き屋の親父さんが焼いた炙り焼きを食べながら、思い出話に花を咲かせる。
思えば、城下町へ引っ越して最初に一人で朝食を食べていた時に声を掛けてくれたのがミルドだった。チャラそうな人だなと思ったのに、こんなに大切な存在になるなんてあの時は思わなかった。
わたしが城下町での暮らしや冒険者相手の雑貨屋経営を順調に送れたのは、半分以上ミルドのおかげだと思う。
一人で始めたわたしの城下町暮らしを、実質面で誰よりも支えてくれた人。
ミルドが帰る時、最後に長いハグをした。
たぶん二人とも涙の気配があったから、治まるのを待つ分長引いたと思う。
「ミルド、体に気を付けて冒険頑張ってね。あと、幸せになって。別に恋愛方面でなくていいから」
「唯一の女友達の頼みなら断れねーか。……なぁ、いつもみたいにまたなって別れよーぜ」
「うん。じゃあミルド、またね。おやすみ~」
「おう、またなー。おやすみ」
ドアが閉まる。本当にさよならだ。
でも、二人の信頼と友情の軌跡は絶えずに続く。
わたしを特別な場所へ置いてくれてありがとね、ミルド。
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