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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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256話 終活開始

 実績解除でレア薬のレシピをゲットした上に、精霊たちとの契約が切れてないままかもしれないと希望を持てた。

 久しぶりに嬉しいことが続いて心が浮き立ったものの、目覚めてステータス画面を確認すればHP12。現実は非情で、HPは順調に減っている。

 残り12日間の命か……。今の暮らしが終わってしまうと考えると、やっぱり悲しいとか寂しいという気持ちになる。

 ただ、異変を感知して以来ゲーム的な事象が続いてすっかりゲーム脳に戻ってしまったのか、自キャラがピンチに陥ってるのを見ているような感じで正直現実味がない。

 ゲーム感覚は捨てようと自分を戒めてきたのに、今になってどっぷりネトゲ的な流れになるなんてね……。

 でも、そんなこと考えたって空しいだけだからやめよう。

 最低限叶えたかったことは達成したから、後は諸々の片付けや魔族の皆とのお別れといった終活に勤しむだけだ。

 もう残り時間を気にして焦る必要はないんだから、一つずつ丁寧に対応していきたい。




 朝食には約束どおりカシュパルが来ていて、クランツも一緒に三人で食べた。

 久しぶりに寛いで過ごす朝食タイムだからか、給仕するファンヌも嬉しそうでわたしも嬉しい。



「さてと。報告や予定の調整とか、話さなくちゃいけないことがたくさんあるからね。ガンガン行くよ~」



 そう言って、カシュパルはてきぱきと話を進めていく。

 まずは部族長たちとの会合をと打診されたのでOKする。それとは別にグニラから個人的な面会を求められているそうで、こちらも快諾した。

 グニラは精霊について色々と教えてくれたし、陽月星記の萌えトークをしたりと他の友人たちとは違う交流を楽しませてもらった。直接感謝を伝えられるのはありがたい。

 わたしがOKするとクランツが即スケジュール管理担当のスティーグにメモを送る。折り返しの伝言で、部族長との会合直後にグニラとの面会を入れるとスティーグの声が告げた。

 役割分担のおかげでサクサク進んで行く。手際いい。


 次の議題は城下町で、まずは現状から説明された。

 雑貨屋は臨時休業のまま、わたし宛のメッセージも届かないとあって、城下町の知人友人からの安否確認がファンヌの元へ多数寄せられているらしい。

 そんなこと初めて聞いたので、びっくりしてファンヌを見たら肩をすくめてみせた。お泊り会の時によく連れ立って歩いていたから、エルサやドローテアどころか近所の店の人たちからも問い合わせが来てそうだなぁ。

 ブルーノやレイグラーフへも巡回班やミルド、冒険者ギルド長のソルヴェイなどから問い合わせが来ていて、今のところ「急病により現在離宮にて治療中」と回答しているらしい。

 ただ、二週間経っても戻ってこないのはおかしい、どんな病気なのかと再び問い合わせが来始めているのだとか。

 魔族にとって病気は魔術か薬で治せるものだからねぇ。仮病を使えないのは案外不便かも。


 部族長会議では最悪の事態を想定してわたしの死後のことも協議されたそうで、既に公表する内容も決まっているらしい。

 元人族の亡命者スミレは聖女であり、聖地を癒して魔素の循環異常を解消した。また、『精霊薬』と『魔物避け香』のレシピを発見した。それらをスミレの功績として公表し称えるのだとか。

 更に、聖女は役割を終えたため今後は現れないことも併せて発表するそうだ。

 功績だけ聞くと偉大な聖女みたいで、とても自分のこととは思えない。

 これを公表されるのか……。友人知人がどんな顔をするかと考えると、ちょっと恥ずかしい。

 でも、これを機に聖女はもう現れないと周知されると知ってホッとした。聖女信奉者に対する負い目もなくなる。肩の荷が下りた気分だ。



「そこでスミレに確認なんだけど。城下町の人たちに自分の口から今の状況や城下町から去る理由を説明したり、お別れを伝えたりしたいかい? HPが残り少ない今、城から出るのはリスク高いから相手に離宮へ来てもらうことになるけど、それで良ければスミレが会いたい人には絶対会えるように手配するよ」



 やけに真剣な顔でカシュパルはそう言った。

 本当に、どこまでもわたしの望みを叶えようとしてくれているんだなぁ。

 その気遣いや思いやりがとても嬉しい。嬉しいけど。



「う~ん……。会うのは契約関係とかで話し合う必要がある人だけにして、個別のお別れはやめておこうと思います。最後に辛気臭い話をするのも嫌ですしね。たった一年、一番街に住んで雑貨屋を営んでいた、ただの元人族の亡命者って感じでいいかな~って」



 誰と会って、誰とは会わないと線引きするのは難しい。それに、わたしが何故城下町からいなくなるのか、秘匿事項に触れずに説明するのも難しいだろう。

 何より、わたしの涙腺がもたないと思うし。

 長い魔族の人生の中で一瞬すれ違っただけの存在だ。覚えていてくれても、忘れてくれても、どっちでもいい。

 わたしは城下町で皆と暮らせて楽しかった。それで十分だよ。



「あ……、でもミルドには会いたいです。彼とは契約を結んでるから、聖女だったことや、もうじき死んでしまうこともちゃんと伝えたい。でないと、たぶん納得して契約解消に応じてくれないんで」



 ミルドには機密のいくつかを明かしたいと伝えたら、クランツがすぐ魔王に伝えて許可を取ってくれた。

 ミルドとは彼自身の契約だけでなく、冒険者ギルドとの代理販売契約についても相談したいから、なるべく早く会いたい。そう希望したら、クランツは予定の調整をしてくると言って、一旦離宮の自室へ下がっていった。

 あれ? 面識ないとメッセージ送れないはずだけど、ミルドとクランツって面識あったのか。知らなかったなぁ。



 その次の議題はオーグレーン荘の部屋についてだ。

 本当は自分で引っ越し作業をしたいけど、離宮から出ないで欲しいと皆が思っていることは言われなくてもわかる。わたしもそこまで我儘を言うつもりはない。

 第一、HP12なんて下手したらうっかり転んだだけでも死にかねないし、そんな死に方したら悔やんでも悔やみきれないだろう。大人しく離宮に引き籠るつもりでいる。

 だから、荷物の片付けなどはファンヌにお願いしようと考えていた、のだけど。



「オーグレーン荘3号室はルードの指示で今のまま保持する。雑貨屋は営業自体は終了するけど休業状態で保持。家賃の引き落としや家の管理権は時期を見てルードに移す予定。これは既に大家も了承済みで決定事項ね」


「は? 部屋、引き払わないんですか? えっ、何で?」


「何でって、どうせスミレのことだから家賃がもったいないとか考えてるんだろうけどさ。……あのね、もしHPがゼロになって本当にスミレがいなくなるとして。君を失った僕らが君の思い出が残る場所を残したいと思うのって、そんなに不思議なことかい?」


「それは……」



 カシュパルはからかうような調子でいつものように軽く言ったけど、わたしは思わず胸が詰まった。

 とてもじゃないけど、反対も抵抗もできないよ。

 打ち合わせ中に出てくる「死亡」や「終了」といった言葉を、カシュパルは淡々と事務的に使う。平然としていてくれるのをありがたく思っていたけど、ウェットな気分にならないわけじゃないんだね……。



「だからさ、3号室のことは僕らに預けてくれない?」


「……はい。よろしくお願いします」



 素直に頷いた。カシュパルは絶対わたしに悪いようにはしないもんね。

 カシュパルとスティーグは、いつだってわたしの望む方向へ舵を取ろうとしてくれる。それが魔族的には眉を顰めるようなことであろうとも。

 魔王の側近二人はわたしにとってはお兄さん的な存在だから、スケジュールの管理もわたしの大切な部屋も、何だってお任せできるよ。



 ただ、部屋を保持するのはいいとして、雑貨屋のこと……商業ギルドの方はどうなんだろう。開店休業のまま放置でもいいのかな。

 わたしの疑問を読み取ったカシュパルがサクサクと説明してくれた。

 本人死亡の場合、デモンリンガの消滅に伴い自動的に商業ギルドから脱退となるため手続きは特に必要なし。

 冒険者ギルドの代理販売がどうなるかにもよるが、まだ雑貨屋の取引を行う可能性がある以上、わざわざ脱退しない方がいいだろうとのこと。



「気になるなら、レンタルしてた魔術具だけ返却したらどうかってギルド長が言ってたよ。全部終わったら僕が返しに行くから」


「じゃ、お願いします。ギルド長にお世話になりましたって伝えてくださいね」


「向こうの台詞だよ。功績には加えてないけど、スミレは『シナモンロール』のレシピも発見してるんだから。公表後に『精霊薬』と『魔物避け香』のレシピもスミレの発見だって知ったら、ギルド長、卒倒するかもね」



 そう言って少年のように笑うカシュパルに釣られてわたしも笑った。

 そうだね。わたし的には、ネトゲ仕様も聖女の力も一切関係なかった『シナモンロール』のレシピ発見が一番の自慢かもしれない。


 ひとしきり笑い合ったところへクランツが戻ってきた。どうやらミルドとの調整がついたらしい。

 ただし、今日の夕方と聞いて驚いた。早めにって希望したのはわたしだけど、今日のうちに会えるとは思ってなかったよ。





 部族長との会合は、アディエルソンの男泣きと同時に始まった。

 釣られたのかシーグバーンまで泣き出したのには弱ったけど、イケオジのニクラスがスマートに進行してくれて助かったよ。魔王は苦笑しながら見てるだけなんだもん。

 魔王以外の部族長たちから聖地を癒したことを感謝された。だけど、わたしが魔力を失い命も残りわずかとなってしまったため、彼らはこの世界を守るために異世界人のわたしを犠牲にしたと考えているらしい。アディエルソンの涙はそれが理由だそうで。

 心情的に理解はするけど、わたしとしてはいつまでも余所者だと区別されているようで寂しいから、もう気にしないで欲しいと伝えたら更に泣かれた。

 シーグバーンは公表予定のわたしの功績に「あっち向いてホイの創始者」を入れられなかったのが悔しくて泣いているらしい。何を言ってるんだ、次期魔王。

 わたしはルード様に守られて幸せだった、シーグさんも立派な魔王になってねと励ます。どうか真っ当な魔王になっていただきたい。

 そして、さり気なくニクラスにエルサの開店準備への助力を頼んでみた。獣人族Sランクの二人にも頼んであるけど、部族長のバックアップがあれば完璧だ!



 朗らかな雰囲気で部族長との会合を終えた後、グニラとの二人きりの面会では少し泣きそうになった。



「『四素再生』を頼んだこと自体は後悔しておらん。じゃが、魔力や命まで失うとは思わなんだ」


「グニラおばあちゃん。わたし、あれから何度も考えたけど、もう一度あの場面になっても結局同じことをすると思うんです」



 魔素の循環異常に対して行う精霊の大量投下とは、精霊の持つ魔素を精霊ごと大量に消費して循環を促すこと。

 だったら、循環異常を治せるのに治さないなんて選択はできない。



「死にたくはないけど、『四素再生』したことを悔やむ気持ちにはなれないんですよねぇ。精霊との一体感、すごかったし……」


「美しかったのぅ。あんな光景見たことないわえ。伝説級じゃ」


「陽月星記にも載ってないですもんね~」


「……陽月星記同好会はわたし一人になってしまうのぅ」


「永遠に二人だけの同好会ってことで。へへへ、グニラおばあちゃんを独占しちゃいますから~」


「馬鹿をお言いでないよ。わたしがスミレちゃんを独占しとるんじゃい」




 聖地を癒した自分を肯定できるのは、精霊と魔族の皆が大好きだからだと思う。

 グニラおばあちゃん、精霊たちとの素敵な世界を広げてくれてありがとう。

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