255話 最後の調合修業
ヴィオラ会議との会合が終わった後、すぐにわたしは調合修業を開始した。
魔素の循環異常に備えて離宮で待機する予定だったから、待ち時間用にと調合道具一式を持って来ていたのはラッキーだ。
同じく持参した調合用のバルボラとヴィヴィに着替え、さっそく調合に取り掛かる。
食事と睡眠、最低限の休息だけ取って、あとはひたすら毒の調合に時間を注ぐ。
『作業用手袋』をしているとはいえ、毒蛇だの毒グモだの、気持ち悪い上にえぐい毒性を持つ強力な素材に触れるのはやっぱり怖い。
ネトゲのバーチャルなウィンドウ上で調合すれば素材に直接触れることなくタップするだけで済むかと一瞬期待したけど、調合ウィンドウを開いたら残念ながら実行アイコンは点灯していなかった。
ネトゲの調合は魔力が必要だったのか。ずっとリアルで調合していたから気付かなかった。一度くらい試しておけばよかったな。
それでも、慣れというのは恐ろしいもので、最初はビビリながら扱っていたグロい素材も、三日もすればためらいなく平然と扱えるようになっていた。
簡単に安定して調合できる魔術具を使えない分、集中力を必要とするのでひいひい言ってる暇はなかったし、クランツがつきっきりでサポートしてくれてるのに泣き言なんて言ってられない。
そのクランツは水の魔術で防毒のサポートと毒の回収をしつつ、休憩や食事も付き合ってくれて、睡眠時以外はずっと一緒にいた。
口数が少なかったのは、たぶんわたしが現状を受け入れ、生き延びることを諦めたのがやり切れないんだと思う。
胸の内でごめんねと謝りつつ調合を続けた。
残り少ない貴重な時間だというのに、フルフェイスのヘルメットみたいに水を頭にまとってひたすら調合している自分を、頭おかしいんじゃないかとか、魔族国の役に立ちたいなんて綺麗事で現実逃避してるだけじゃないのか、なんて自嘲したりする。
調合修業開始から五日経ったあたりから、徐々に焦りが出始めた。
経験値が表示されないから、あとどれくらいでレベル10になれるのかまったくわからない。
わたしは急き立てられるようにしてひたすら毒を調合し続けたが、一週間が過ぎた頃には焦りに絶望が混じり始めた。
間に合わないかもしれない。ゲームの強制力に負けて生存を諦めるだけでなく、ほんのささやかな願いすら叶わないのか。
だけど諦めない。諦めたくない。絶対に間に合わせるんだ。
そして、調合し続けて九日目。
寝食を忘れて作業に没頭していたわたしに、ついにその時が訪れた。
《調合スキルがレベル10になりました!》
《実績解除! 新たなレシピ(調合)が追加されました。》
……きた。
いつもみたいに「キタ────ッ!!」なんて声を上げる元気はない。
安堵のあまり身体から力が抜ける。すぐさま飛んできたクランツに支えられながら、へなへなと床に座り込んだ。
「クランツ、きたよ。じっせきかいじょ、きた」
「ああ。おめでとう。よく頑張った」
クランツがぎゅっとハグしてくれる。嬉しい。
それにしても、このピロポロパ~ンという何とも言えない感じのSEを、感動にうち震えながら聞く時が来るとは思わなかった。
自分の感想がおかしくて半笑いしながら、クランツに促されてバーチャルなウィンドウを開き、調合の欄を見る。
『実績未解除』と表示されていた位置に金色のメダルのマークがついた『精霊薬( シリーズ )』というレシピがあった。
精霊薬? 聞いたことないなと思いつつ、レシピ名の横の三角アイコンをタップすると、『精霊の回復薬』『精霊の特殊回復薬』『精霊の毒』『精霊の解毒剤』の四つのカテゴリがあり、更にそれぞれの三角アイコンを進めば(小)から(究極)までのレシピが詰まっていた。
「えっ、何これ……すごっ」
「どんなレシピですか」
「『精霊の~』って頭につくヤツのレシピ、全種類入ってる」
「……まさか」
「いやマジで」
『精霊の~』で始まる各種薬は、通常はダンジョンの宝箱やボスクラスの魔物からしか出ないレアアイテムだ。
仮想空間のアイテム購入機能で入手できるからせっせと城に納品しているけど、購入制限きつめな部類で少しずつしか買えないし、値段も高いから気軽に買えるものじゃないのに。
顔を見合わせたわたしとクランツは、一瞬の間の後、大笑いしながらハグし合った。
「あんな貴重な薬が調合可能に……? ハハッ、まったく君って人は。本当に信じられないことばかり引き起こしますね」
「あははっ、マジでお宝の山掘り当てた気分! やったね、わたしすごーい!」
笑いながらもクランツがヴィオラ会議のメンバーにメモを送って知らせると、次から次へと驚きの伝言が返ってきた。
特に知的好奇心MAXな上に調合レベル10のカンスト勢でもあるレイグラーフの興奮ぶりは半端なくて、伝言の勢いも凄かったけどすぐに本人が離宮へ飛んで来たくらいだ。
「スミレ! 『精霊~』の調合レシピが出たというのは本当なのですか!?」
「へへへ、本当ですよレイ先生。メモっておきましたから、これどうぞ。よかったら素材出しますから、何か調合してみませんか?」
実績解除の余韻が去ると猛烈な空腹に襲われたわたしはクランツと一緒に食事中だ。
興奮状態のレイグラーフの相手はちょっと手に余るので、レシピを書き写したものを渡して空いている調合道具に誘導してみる。
もちろんレイグラーフは即座に食い付いたので、『精霊の回復薬(小)』の素材を提供したらいそいそと調合を始めた。
クランツがよくやったと目配せしてきたので、弟子の役割ですからとにっこり笑って返す。
ただ、そこまでは良かったのだけど、レイグラーフの調合は予想外の結果となった。『精霊の回復薬(小)』のレシピどおりに調合したにも関わらず、何故かただの『回復薬(小)』が出来たのだ。
「おかしいですね。何ででしょう?」
「おそらく何か満たしてない条件があるのでしょう。ううむ、どうしたら原因を特定できるのか……。そうだ、スミレも調合してくれませんか。あなたの調合結果と比較させてください」
レイグラーフに頼まれて、再び調合することになった。
魔力を必要としない調合器具だけで作れるものはやはり毒だけだったので、また毒作りにチャレンジする羽目になってしまったよ……。
最後の調合修業では感覚が麻痺していたけど、新たな素材で作る新たな毒──しかも『精霊の毒(究極)』なんていう、たぶんこの世界最強の毒だと思うと、恐怖心が甦ってきてビビりながら調合した。
さっきまでの調合でも使っていたトリカブトはともかく、ツチハンミョウだのアオイラガだの、虫の素材が気持ち悪いんだよぉお!
ひいひい言いながらわたしが調合した毒はちゃんと『精霊の毒(究極)』になった。でも、レイグラーフも同じレシピで調合したのに、やっぱり『毒(究極)』にしかならない。
「え~? 何でだろう……。ネトゲの機能は使ってないし、魔力を必要としない調合道具を使っただけで、それはレイ先生も同じなのに」
「スミレが作れるということは魔力の有無に依らないということですからね。つまり、魔力の質でもない、と。……うう~~ん、私とスミレの差……スミレにあって私にないもの…………あっ」
ブツブツと呟いていたレイグラーフが声を上げると、ファンヌにひと言断って音漏れ防止の結界を張った。ファンヌがダメでクランツはOKということは、ヴィオラ会議で共有済みの話なんだろう。
「精霊との契約に関することなのでファンヌには伏せますが、私はスミレと違って精霊と契約を結んでいないのです。もしかしたら精霊と契約を結んでいる者が調合しないと『精霊薬』にならないのかもしれません」
「なるほど。薬の名前からして精霊との関わりが深そうですから、可能性はありそうです」
「ええ~、調合カンストだけではダメなの? まあ、レアアイテムなんだからハードル高くて当然か……」
でも、精霊と契約を結ぶのは百年単位で時間がかかると魔王が言っていたし、グニラの話では精霊と契約を結んでいるのは魔王や部族長、高位の魔術師クラスの人たちみたいだった。
もしも本当に精霊との契約が調合の条件なら、このレシピ相当大変なんだけど?
「……このレシピ、作れる人いるのかなぁ」
「今はまだ契約を結べていませんが、いずれ調合できるようになってみせますよ。スミレが発見してくれたレシピを無駄になどしません!」
「おお~、さすがレイ先生!」
レイグラーフが拳で胸を叩いて力強く言い切った。
そうだよね、レイグラーフなら追究せずにいられないよね。きっとやってくれるに違いない!
「それよりもスミレ、精霊が見えない、呼び出せなくなったと嘆いていましたが、契約は切れてないのかもしれませんよ」
「えっ。ほ、本当ですか!?」
「推測の域を出ませんが可能性は高いと思います。それに、以前精霊たちにあなたの魔力を込めた『究極の魔石』を与えたでしょう? あの魔石は自動回復効果がありますから、あなた自身が魔力を失っても、彼らがスミレの魔力供給を受け続けていると仮定すれば、あり得ないことではないですよ」
精霊たちがいなくなったと悲しんでいたけれど、魔力がなくなって姿を見れなくなっただけで精霊たちとの契約は生きていて、今までと変わらず彼らはわたしの傍にいて手助けしてくれている?
そう思ったら嬉しくて泣きそうになった。皆の前ではもう泣かないと決めていたのに。
でもちょうどその時ブルーノが部屋に入ってきて、「スミレ、でかしたぞ!」と子供をあやす時の高い高いみたいにわたしを持ち上げたものだから、涙の気配は吹き飛んでしまった。
満面の笑みでわたしを褒めまくるブルーノに、レイグラーフが青い顔をして危ないから下ろすように言い募るのがおかしくてわたしも笑顔になる。
ブルーノは力加減を間違えたりしないから、そんなに心配しなくていいのに。ほら、クランツも何も言わずに見てるでしょ?
大騒ぎしているところへ、魔王が側近二人を連れてやって来た。彼らも口々にわたしの成果を祝ってくれる。
ブルーノに下ろしてもらうと、レイグラーフに渡したのと同じくレシピを書き写したものを魔王に手渡した。
「ルード様、こちらが『精霊薬』のレシピです。どうかお役立てください」
「ありがたく受け取ろう。スミレ、お前の魔族国への貢献は計り知れぬ。お前の献身に報いたい。望みがあれば何でも言ってくれ」
「じゃあ、お言葉に甘えまして……。調合修業も終わったことですし、この前お願いしたように皆さんのお時間をわたしにください。城下町の方の手続きもあるので四六時中ってわけじゃないですけど、食事やお茶に、お散歩とか飲み会とか、いっぱい付き合って欲しいんです!」
「ああ、約束しよう」
「やった~!」
「手続きは僕の方でいろいろと準備を進めてるよ。打ち合わせしたいんだけど、明日の朝食時にどう?」
「わー、よろしくお願いします!」
さっそく明日の朝食からカシュパルが付き合ってくれるらしい。スケジュール管理はスティーグが受け持っていて、ガンガン予定を組んでくれるそうな。
食事して満腹になったせいか、急に眠くなってきた。
修業のラストスパートで寝不足だったし、調合の実績解除が済んで安心したのもあるだろう。皆におやすみを告げて寝室へ引き上げる。
布団と枕の感触が心地良くて、すぐに眠りに落ちそうだ。
でもその前に。
胸の内で精霊たちにおやすみと呼び掛ける。
会えないのは寂しいけど、あの子たちがいなくなってないのならどれだけ心が慰められることか。
もう魔力クリームはあげられないけど、魔力を込めた魔石をプレゼントしておいて本当に良かったな……。
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