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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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254話 わたしの願い

残りHPが間違っていたので修正しました。

 いろいろと思いを巡らせているうちに、だんだん考えがまとまってきて、気持ち的に踏ん切りもついた。

 よし、顔でも洗って気合い入れよう。

 洗面所で魔術具を使って勢いよく水を出し、顔を洗う。タオルを当てながら久しぶりに鏡に映る自分の顔を見たら、目が腫れまくってパンパンにむくんでいた。

 過去イチ最低最悪な顔だ。悲惨のひと言に尽きる。

 こんな顔を皆の前に晒していたのか……。死にたくなるな──って、もうじき死ぬけど。ハハハ。

 自虐はさて置き、魔王たちにきちんと話をしたいけど、これ以上こんな顔は見せたくない!


 そんなわけで、さっそく洗面所の魔術具で冷水と湯を出して冷たいタオルと蒸しタオルを作り、交互に顔に当てる。

 くうぅ。たかが顔のむくみを治すのに、こんな地道な回復手段しかないなんて。

 そう感じてしまうほどに、身体の不調は魔術で回復すればいいという魔族的思考に、いつの間にかわたしも染まっていたんだなぁ。

 この水を出す魔術具も、一人暮しを決心する前の、まだ生活魔術を習ってなかった頃に使っていたものだ。

 またこの手の魔術具のお世話になる時がくるとは思わなかったな……。

 ちなみにこれらの魔術具はレイグラーフが改造して『究極の魔石』から必要な魔力を補うようになっている。

 意外な場面で役に立ったこの『究極の魔石』は、わたしが『(から)の魔石』に聖女の魔力を込めた結果できた偶然の産物だ。

 メシュヴィツとの親交やナータンの借りパク騒動がなかったら生まれなかったアイテムだと思うと感慨深い。


 しみじみしながら呼び鈴の魔術具を使ってファンヌを呼ぶ。

 そして、すぐに来てくれたファンヌに、ヴィオラ会議の皆に話があるから時間を取って欲しいと伝えてくれるよう頼んだ。



「でね、その時はファンヌにも同席して欲しいの」


「わたしも? だけど機密が」


「あのさ、ぶっちゃけわたしにはもうあまり時間が残されてないじゃない? 今更だけどファンヌにはわたしのこと全部知ってて欲しいし、情報秘匿のための人払いでいちいち時間取られるの嫌なんだ。少しでも長く一緒に過ごしたい。皆にもそう頼むつもり」



 ニカッと笑って言ったら、ファンヌは一瞬唇を噛んだけど、すぐにキリッとした顔でわかったわと答えた。

 さすが辣腕侍女は切り替えが早い。わたしの親友はやっぱかっこいいな。





 ファンヌが大急ぎで連絡してくれたおかげで、その日の夕食後にヴィオラ会議のメンバーがわたしの部屋に勢揃いした。もちろんファンヌも同席している。

 本当は夕食も一緒にとりたかったけど、たぶん皆、食事を楽しめる心境じゃないだろうと思ってやめた。

 どうやらそれで正解だったらしい。皆やつれている。それに表情が暗い。

 身体の疲れは魔術や薬で回復できても、精神の疲れは治せないもんなぁ……。

 全部、わたしが泣きわめいて醜態を見せたせいだ。深々と頭を下げ、多大な心配をかけたことを心から詫びる。



「いろいろとご心配をお掛けしましたが、お陰様でこのとおり浮上しました。なので、どうかもう調査は切り上げてください」


「何を言っている? 我々は諦める気はないぞ」



 わたしの言いたいことを察して魔王がすかさず牽制してきた。そう言ってもらえるの、本当に嬉しいしありがたいと思う。

 だけど、時間は有限だから。一瞬だって無駄にしたくないんだ。

 以前ノイマンやヘッグルンドが言っていた言葉を思い出す。今は彼らの気持ちがよくわかる。



「説明するのが難しいので端折りますが、たぶんこれはネトゲの事情によるものなので、もう避けようがない流れなんですよ。だったら、せめて思い残すことがないよう他のことに全力を尽くしたいと」


「諦めるなよ!」


「スミレ、ギリギリまで粘って解決法を探しましょう」


「僕は諦める気なんかないからね!」



 一斉に反対された。

 本当にありがたくて、鼻の奥がツンとして一瞬泣きそうになったけど堪える。

 皆の記憶に残るのが泣き顔のわたしになるのは嫌だ。

 だからもう、なるべく泣かないように踏ん張ろう。むくんだ顔を治すのも大変だしね。


 反対する皆に納得してもらえるように、わたしは自分の考えを話した。

 もともと魔族国にはあまり聖女の記録は残ってなかったそうで、わたしが亡命してきた時に本格的に調査したと聞いている。

 既に一回情報を総ざらいしているのに、その時に見つからなかったものを今から短期間で探し出すというのは、正直現実的な話とは思えない。

 それは皆だってわかっているはずで、それでもわずかな可能性に賭けようとしているのは、ひとえにわたしのためだ。



「皆さんの気持ちは本当に嬉しいです。でも、この状況を変えられないなら、せめて残された時間を皆と一緒に過ごしたい。一緒に食事して、お酒も飲んで、たくさんおしゃべりしたいんです」


「残された時間なんて言わないでください……」



 顔を歪めたレイグラーフが絞り出すような声で呟いた。

 わたしは彼の頬を両手で包み、顔を覗き込む。いつもレイグラーフがやるムーブを、今日はわたしがお返しするよ。



「ねえ、レイ先生。こんなやつれた顔させてしまって、わたしが平気でいられると思います? 見つけられるかどうかわからない情報探しするより、わたしと過ごすために時間を使ってくださいよ」



 わたしがちょっとふざけ気味にそう言ったら、レイグラーフの目尻から一筋涙がこぼれた。場違いな感想だけど、綺麗だなと思った。

 弟子思いの師匠。あなたの弟子になれて良かったと、あなたの弟子は心の底から思ってますよ。


 調査の中止に反対する声はもう上がらなかったけど、やり切れないといった空気が漂う中、スティーグが声を上げた。



「そうですねぇ。我々の望みはスミレさんの願いを叶えることですから、あなたが望むなら私は方針転換を支持しますよ。現時点でスミレさんがしたいこと、欲しいものがあれば教えてくださいな」



 笑顔を浮かべながら、軽やかな声でスティーグがわたしに訊ねる。

 スティーグはいつもこうだ。わたしがこの離宮へ来た当初からお世話係で、さり気なくわたしの要望を聞いては各方面の調整をしてくれた。

 そして、お茶やメイクやファッションでわたしの気分を上げ、さり気ない会話でわたしの心を軽くしてくれるのだ。



「えっとですね、まずは調合でレベル10達成を目指そうと思ってます。実績解除で新しい調合レシピをゲットしたいんです」



 いきなり調合などと言い出したわたしに、スティーグは面食らったような顔をした。だけど、わたしも自分なりに真剣に考えたんですよ。

 魔族国のためにわたしができること。

 魔力や聖女の力を失ったわたしにできることなんて、たかが知れている。でもその中で一番価値が高いのは、たぶん調合カンスト時に実績解除で得られるレシピだと思う。

 レベル5で実績解除された『魔物避け香』のレシピは、研究好きなレイグラーフはもちろん、魔族軍でも採用されているアイテムなのでブルーノにもすごく喜ばれた。

 ネトゲの仮想空間のアイテム購入機能でしか入手できないものが調合できるようになれば、きっとまた喜んでもらえる。

 自分がこの世界にきた意義とか、生きた証なんていうと大袈裟だけど、魔族の皆の役に立てる何かを残したい。

 自己満足に過ぎないのはわかっている。でも、わたしの気持ちが少し慰められるから。



「調合レベル10に到達するまで、全力で調合するつもりです。だから、皆はその間になるべくお仕事を前倒しで済ませておいて、調合修業が終わり次第わたしと過ごせるように、時間を捻出してスケジュールを確保してください!」


「プハッ。……まったくもう、ささやかな願いですねぇ。スミレさんらしい」


「ええ~? 魔族国内で偉くて忙しい人の上位勢でしょ。すごい我儘言ってる自覚はありますよ」



 わたしのお願いを聞いたスティーグはくつくつと笑い出し、何人かは呆れたような顔をした。何でだ。

 でも、わたしの願いを叶えようというスティーグの意見には全員賛成のようで、魔王までもが時間の捻出とスケジュールの確保を約束してくれた。

 やったね!


 ただし、実は調合修業をする上でレイグラーフに許可をもらわないといけないことがある。

 これまではその時点で一番必要レベルの高い回復薬を作ってきたのだけど、魔力がないので調合で使う一部の魔術具が使えなくなってしまった。

 そこで魔力を必要としない調合器具だけで作れるものはないかと調べたら、何と高レベルの毒ならできるとわかったのよね……。

 毒と解毒剤の調合はレイグラーフに禁止されている。だけど他に調合レベルを上げる手段がない。どうか許可してもらえないかと頼んでみた。



「毒ですか……。しかし、毒の材料はそれ自体に強い毒性があります。万が一その毒に侵されたら……ああダメですよスミレ、危険すぎます! それに材料はあなたの苦手な昆虫じゃないですか」


「う~、確かに虫は苦手ですし、レベルの高い毒なんて怖くて仕方ないです。でももう四の五の言ってる場合じゃないんですよ。レイ先生、お願いします。どうかわたしに毒の調合の許可をください」


「レイ、私が同席して監督しますよ。調合された毒は私が責任を持って即座に回収しますから。どうか、スミレに許可を」


「クランツ、スミレの頭部を水の魔術で包み込んでやれ。スミレが『空気石』を口にくわえて呼吸すれば毒を吸い込む危険を減らせるだろう。『作業用手袋』を使えば防毒はほぼ完璧になる。レイグラーフ、それならどうだ」


「……わかりました。スミレ、絶対に無理はしないでくださいね」


「はい! ありがとうございます、レイ先生!!」



 ただでさえ過保護なレイグラーフから、HPが22になってしまったわたしが毒の調合許可を得るのは難しいと思っていたけれど、クランツとブルーノが後押ししてくれたおかげで何とか許可をもらえた。

 皆の篤いサポートのおかげで、調合修業は何とかなりそう。

 Xデーまで残り三週間しかないけど、絶対に実績解除までこぎつけてやるぞ!



 城下町の暮らしはもう解消するしかないから、その作業も進めないといけないけど、今は調合の実績解除に専念したい。

 そこで、調合修業は二週間までと決めて、最低でも最後の一週間は諸々の解消手続きに充てることにした。下準備をカシュパルが引き受けてくれたので、お言葉に甘えてお願いする。

 雑貨屋の廃業にオーグレーン荘からの退去、商業ギルドや冒険者ギルドにも話を通さないといけないだろうし、ミルドとの契約も解除しないと。


 ……何かこれ、完全に終活だな。

 まさかこの歳で終活することになるとは思わなかった。しかも、残り三週間という超ハードモード。

 でも、自分の手で準備できるだけ良かったと思おう。

 異世界召喚された時は向こうの始末は一切付けられなかったんだから、それに比べれば随分とマシなはずだよ。

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