表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

253/289

253話 奈落の底

 目が覚めた時、わたしは離宮のベッドに横たわっていた。

 どうやら聖地で意識を失った後ここまで運んでもらえたらしい。少し身じろぎをしてみたけれど、どこも痛くないし異常は感じなかった。

 視界の右下隅を見れば、時刻は午後四時半。もう夕方か。



「スミレ……? ああ良かった、目が覚めたのね」



 ベッドサイドのイスに座っていたファンヌがすぐに気付き、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。



「具合はどう?」


「ん、どこも悪くないよ。あ~、結構長く寝ちゃったみたいだね」


「何呑気なこと言ってるのよ。あなた丸一日寝てたんだから。何か食べた方がいいと思うのだけれど、食べられそう?」


「ええっ、丸一日!? うわ~、そう聞いたらものすごくお腹減ってきた……」


「食欲があるなら大丈夫そうね。準備してくるから、その間に着替えを済ませておいて。ルードたちにも連絡入れるわ。皆心配していたから、すぐ来るわよ」


「うん、わかった」



 部屋を出ていくファンヌの背中を見送りながら、う~んと伸びをする。まさか丸一日眠る羽目になるとは思わなかった。

 でも、昨日『四素再生』を始めたのは午後二時近かった。丸一日経ってこの時間だというなら、『四素再生』に掛かった時間はそれほど長くなかったんだろう。

 永遠に終わらないかと思ったくらいだったのになぁ、などと考えながらのんびり起き上がりかけて、体がギクッと強ばった。


 視界の右上隅にある、ネトゲ仕様のメニューを開く四角いアイコン。

 いつもは緑なのに何故か赤くなっている。

 イスフェルトに召喚されて暴行を受け、怪我をしていた時はオレンジ色になっていたけれど、じゃあ赤は?

 この四角が赤いのは初めて見たけど、他のものなら赤くなったのを見たことがある。

 実験施設で、ファイアーボールを受けて吹っ飛んだブルーノ。血と重なって見えなくなったステータスバーが、赤だった。


 急に耳元で心臓の音がドクンドクンと聞こえ出す。

 嫌だな、何かの間違いでしょ。

 一瞬湧いた不安な気持ちを払拭しようと、すぐに視線で四角をタップしてステータス画面を開いた。




名前:スミレ

部族:魔王族

役職:元聖女

HP 27/ ─ 

MP  0/ ─ 




「嘘……」



 HPとMPが両方とも赤色だ。しかも、MPがゼロってどういうこと!?

 ステータス画面を隅々まで確認したけど状態異常の表示はない。なのに、丸一日経ってるらしいのに何で回復してないの?


 とりあえず、MPがゼロでは回復が掛けられないから回復薬を飲もう。

 HP、MP共にレッドゾーンだなんて心臓に悪い。それに比べれば、役職が聖女から元聖女に変わったのなんて予想の範囲内だし些細なことだよ、ハハハ。

 昨日に引き続き大盤振る舞いで『回復薬(究極)』を飲もうか。聖地の傷を癒して魔素の循環異常を解消したんだから、これくらいの贅沢したっていいよね~。



 ……ねえ、何で回復しないの?



 ステータスバーが微動だにしない。

 ヤバい。絶対何か不味いことが起こってる。

 わたしは慌てて魔王にメッセージを送ろうと、ふぅちゃんを呼び出した──はずなのに。



「……ふぅちゃん?」



 風の精霊のふぅちゃんが現れない。心の内で呼んでも声に出して呼んでも何の反応もなかった。



「ひーちゃん、みーちゃん! ツッチー!?」



 精霊が姿を見せない。何で!?

 この異常事態にパニクったわたしは、焦ってファンヌを呼びに行こうとして裾の長い寝間着に足を取られ、ベッドから転がり落ちた。

 すぐに立ち上がろうとした瞬間、急に視界が黒で塞がれる。

 この黒は、布地……? ──魔王だ!!



「何があった」



 腰を落とした魔王がわたしと目線を合わせて声を掛ける。


 また来てくれた。

 『戻り石』の魔術具で。

 わたしの絶体絶命のピンチに、魔王が来てくれたんだ。


 魔王の服を掴み、わたしは縋りつくようにして叫ぶ。



「ルード様っ、精霊がいないんです! 呼んでも出てこなくて、それに、わた、わたしのMP、ゼロになっちゃって……HPも27しかないんです! MPがないから回復できなくて、回復薬飲んでも効かなくて……。わたし、どうなっちゃったんですか!?」


「落ち着け」



 途中から泣き出したわたしの頬を親指と手の甲で拭うと、魔王は両腕でわたしを抱えてベッドに腰を下ろす。

 背中をポンポンとしてくれるけど、言葉にしたら不安が一気に膨れ上がった。嗚咽が止まらず、呼吸もままならない。


 HP27なんて、何かあったらすぐ死んでしまう。

 MPゼロじゃ魔術も魔法も使えない。魔力で成り立つ魔族国で生きていけるの?

 何より、精霊たち。あの子たちがいないなんて辛い、寂しい。耐えられない。


 しゃくり上げて泣くわたしを宥めていた魔王が、わたしの両肩を掴んでぐいと身体を引き起こさせた。



「スミレ。混乱するのはわかるが時間が惜しい。詳しく話せ。──ヴィオラ会議の入室を許す。スティーグ、防音の魔術を」


「わかりました」



 その会話で、寝室の入り口にヴィオラ会議の皆が来ていたことに気付く。

 魔王の入室許可と同時にレイグラーフが駆け込んで来て、わたしの頬を両手で包むと顔を心配そうに覗き込んだ。



「ああスミレ、こんなに泣いて。あなたに起こった事象について至急調べます。ですから、落ち着いて話してください」


「何がどうなってるのかわからないと動けねぇ。話した後なら好きなだけ泣いていい。少しだけ我慢してこっちを優先してくれ。お前ならできるだろ、頑張れ」



 レイグラーフの背後からブルーノが声を掛けてくる。冷静な表情だったけど、その声には焦りが滲んでいた。クランツ、カシュパル、スティーグの顔も見える。どれも真剣な表情だ。

 確かに泣いてる場合じゃない。すぐに原因を究明して対処法を見つけてもらわないと。

 わたしは必死で泣くのを堪えながら現状を説明した。更に、レイグラーフの指示でネトゲ仕様をあちこち確認する。


 HP、MPともに最大値の表示はあいかわらずハイフンで、不明のまま。

 魔術、魔法の欄はすべて文字が薄い灰色で表示されていて、使用不能となっている。当然、呪文名をタップしても何も反応しない。

 魔力がなくてメッセージの魔術が使えなくても、ネトゲ仕様のメッセージ機能なら使えるのではとレイグラーフに言われ、試そうとしたけど、誰もフレンド登録してないから送信すらできなかった。魔族たちをフレンド登録できないのは亡命当初に確認済み。

 アイテムは購入可能。マップも見れるしキャラクターも表示されている。アラームやメモ帳、表計算やデータベースの機能も使えた。

 どうやらネトゲ由来の機能は使えて、魔力を必要とするものだけが使えなくなっているようだ。


 わたしからの聞き取りを終えると、クランツだけを残してヴィオラ会議は散会した。分担して可能な限り情報を集めるらしい。

 魔族国の総力を上げて調査すると魔王は言った。部族長たちにも知らせ、わたしに起きた症状と似た事例が部族や種族内にないか徹底的に調べてもらうそうだ。



 皆が退室するのを見送った後ファンヌに食事を勧められたけど、喉を通らなかったので再びベッドにもぐり込んで一人泣いた。

 聖地を癒して魔素の循環異常を解消すれば、聖女の役割は終わる。だから聖女の力を失うことはある程度覚悟していた。

 だけど、まさか魔術と魔法の両方が一切使えなくなるなんて。

 奈落の底に突き落とされる、正にそんな気持ちだ。


 最後の聖女として役目をまっとうしたつもりだった。

 最善を尽くしたと思う。なのにこの仕打ち。

 メインクエスト達成したら魔力を封じられるとか、何というクソ仕様。クソゲーかよ。





 わたしは身も世もないとばかりにひたすら泣いて過ごした。

 精霊たちを呼び出せなくなったことを筆頭に、HPが27、MPがゼロになったことも衝撃だったが、翌日更に事態は悪化する。

 HPが1減って26になったのだ。

 そのことは「1日に1ずつHPが減るのではないか」という推測に繋がり、実際に翌日もHPが1減って25になったことで裏付けられてしまった。



 25日後にはHPもゼロになり、わたしはたぶん死んでしまう。



 それまで冷静さを保っていた魔王の顔に初めて焦りが浮かぶのを見た。

 調査を最優先しろ、手段を選ぶなと魔王の命令が下され、部族長には門外不出の情報の提供をも求め、カシュパルは即刻イスフェルトへ飛んだ。

 スミレのことはクランツとファンヌに任せて調査に専念しろ、とブルーノが檄を飛ばす。

 毎日わたしの様子を見に来ていたレイグラーフが、研究院の資料を総ざらいするのに専念するためしばらく来れないと、苦渋の表情で告げて去った。

 職業意識の高いファンヌが視界の隅でずっと秘かに泣いている。



 泣いて泣いて、泣き疲れてうたた寝する、ひたすらそれを繰り返す。

 魔術や魔法での回復だけでなく回復薬までも効かなくなったわたしには、自然回復以外にスタミナ減少による疲れを回復する術がなかったからだ。

 スタミナは自然回復するのに、何でHPとMPは回復しないのか。

 クソゲー、クソ仕様、開発担当者は○ねと、呪詛の言葉を吐いていたのも初めのうちだけで。

 すぐに、確実に迫ってくる別れへの悲しみと恐怖で一杯になった。


 大好きな人たち。大切な暮らしや仕事。

 この一年、自分なりに丁寧に積み上げてきたものを全部、全部手放すことになるなんて。




 散々泣いて、泣きまくって、三日ほど過ぎたあたりでようやく頭が冷静さを取り戻し始める。

 HPが毎日1ずつ減っていって、ゼロになったらわたし死亡。

 いや、ゲームエンドか。たぶんわたしはゲームをクリアしてしまったんだな。

 そう思い至って、今のこの状況はゲーム的にはどういう状態なのか、働きの鈍い頭でぼんやりと考え続ける。


 パーティーが組めたりメールやチャットの機能があるからネトゲだと思い込んでいたけれど、普通のオープンフィールドタイプのRPGだったのかな。

 毎日1ずつHPが減っていく今の状態は、エンディングのムービーみたいなものか。ゲーム画面が見れるなら、訪れた場所や回想シーンを背景にスタッフロールでも流れているんだろう。

 丸一日意識を失い、目覚めた時のHPが27。クエスト完結時からカウントダウンが始まったのなら最初は28だったのかも。この世界はひと月28日だし。

 それとも残りひと月で思い出を振り返る、みたいな演出? まあ、単にムービーの長さの関係かもしれないけど。


 どちらにしろ、強制終了の流れだ。

 もう、この流れは止められない。



 導き出された答えに抗う気力は残されていなかった。

 何せわたしは、異世界召喚時に一度すべてを失くし、諦念というものを経験済みなのだから。

 どんなに泣こうが抗おうが、システムどおりにしか動かないんだ、この世界は。



 そうとわかれば。

 泣いてる場合じゃない。

 残された時間がわずかなら、後悔しないためにも今すぐ動かなきゃ。

 死ぬまでにやりたいこと、片付けなきゃいけないこと、いろいろある。


 何よりも、これまでわたしに良くしてくれた人たちに少しでも恩返しがしたい。

 魔王たち保護者の皆、ファンヌやミルドたち友人、親しくしてくれた魔族たち。



 わたしが彼らに返せるもの。魔力と聖女の力を失ったわたしにできること。

 一体何があるだろう。

 わたしは真剣に考え始めた。

ブックマーク、いいね、評価ありがとうございます。励みになってます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ