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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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249話 聖地の傷

 聖地周辺を立ち入り禁止にする手配が整うまでしばらく待機しなければならないらしくて、クランツ以外は一旦城へ戻っていった。グニラ以外の部族長二名と次期魔王候補のシーグバーンも呼び寄せるそうだ。

 全員揃って聖地へぞろぞろと向かうのは目立ちすぎるので、わたしとクランツは別行動で聖地へ向かう。『透明化』したわたしをクランツが肩に担いでいく、いつもの隠密移動だ。

 聖地へ行くのは二度目だからそこまで緊張していない。フィールドでの採集実習が目的で実施された聖地訪問だったけど、今となってはあの時行っておいて良かったと思う。

 こんな緊急事態の中で初めての聖地訪問、次期魔王や部族長との初対面、なんてことになっていたらと考えただけで冷や汗が出てきそうだ。初対面なのが獣人族部族長一人だけで良かったよ。

 竜人族部族長のアディエルソンと面識を得たのはヒュランデルの一件があったからだし、人間万事塞翁が馬だなとしみじみ思った。



 ゴーサインが出たのでクランツと離宮を出発する。転移陣を経て聖地へと繋がる道まで移動したところで、前を歩いているレイグラーフとグニラを見つけた。

 『透明化』を解いて徒歩組に混ざると、レイグラーフが嬉しそうに声を掛けてきた。わたしが何か異常を感知したと情報だけ入って、顔を見れないままだったので心配していたらしい。

 グニラは歩くのが遅いので先に出発していたのだとか。測定器など諸々の装置の準備を終えたレイグラーフは、先行するグニラの付き添い役を任されたらしい。まあ、同族だし、適任かと。



「私は飛行魔術で移動しようと言ったのですが、長が嫌がるので仕方なく……」


「お前に抱えられるなんぞ御免じゃよ」


「ブルーノさんに担がれて移動するのも、グニラおばあちゃんにはキツそうですもんね」


「フン、体力的なことではないわい。相手によるだけじゃ。そっちの近衛ならわたしも不満はないがのぅ?」



 そう言ってグニラがチラリとクランツに視線を送った。いや、これはもしかして流し目では!?

 うおお……、グニラおばあちゃんのヤルシュカはガチだったもよう……。1003歳の現役肉食系女子、お強い!



「護衛任務中ですのでご要望にはお応えいたしかねます。申し訳ございません」


「ホッホッホ、任務に忠実で結構なことじゃ」



 しかし、クランツはあっさりと卒なくお断りした。わたしは固唾を飲んで見守っていたというのに!

 やっぱり慣れか、慣れなのか。ファンヌといいクランツといい、美形はナンパもそのお断りも日常茶飯事なんだろうなぁ。積み重ねた経験値がすごそうだ。

 などと考えていたら、グニラから内緒話に誘われた。すぐに応じて歩きながら音漏れ防止の結界を張る。



「この後も出番があるかもしれんので、今のうちに伝えておくがのぅ。お前さんの精霊は普通の精霊と違って成長しておる。以前見た時より強くなっておった」


「え、普通は成長しないんですか?」


「しないねぇ。今回わたしやルードヴィグが異常を感知できんかったのは、契約した精霊が成長しとらんからかもしれん。まあ、お前さんは四エレメンタルすべてと契約しておるから、そっちの影響かもしれんがのぅ」



 どちらにしろ規格外じゃがと言いながらグニラは苦笑した。

 わたしは単に仲良くしていただけなんですけどね……。精霊と一緒にご飯食べるのお勧め。



「……精霊との契約は本来他人に明かすことではない。じゃが、今回ばかりはそうも言っておれん事態になる可能性が高い。もちろん、明かすことになったとしても他の部族長やシーグバーンの坊やには厳重に口止めするが、あらかじめ承知しておいて欲しいんじゃ」


「わかりました。大丈夫ですよ、グニラおばあちゃん。ルード様の判断に従いますから」



 その辺りの判断は全面的に魔王に預けている。わたしはたいして聖地のことを知らないから、適切な判断を下せる自信がない。余程、それはちょっとと思うようなことがない限り魔王の指示に従うつもりだ。

 音漏れ防止の結界を解くとレイグラーフが物言いたげな視線を向けてきた。何を話していたのか気になるんだろうけど、にっこり笑ってスルーする。

 ごめんねレイ先生。契約している精霊のことはヴィオラ会議メンバーにも話したらダメだって魔王に言われてるんだ。

 それにほら、もう聖地の入り口だし。


 森の中の道を抜け、目の前に原っぱが開けた。原っぱへ一歩足を踏み入れると同時に、シュンッという音と共にネトゲのメッセージが流れる。



《この地域内で魔素の循環異常が起きているようです》



 フィールドが切り替わったらしい。精霊たちと水晶球が示したとおり、やっぱり魔素の循環異常が起こってるのは聖地で合ってたんだ。

 ただ、今までのメッセージとは違って、今回は半透明の赤色の背景に黒色の文字になっている。注意から警告へと危険度が増しているっぽい。



「このエリアで魔素の循環異常が起きているみたいです」


「うむ、わたしも感知したぞ。何ということじゃ……」


「私も感知しました。ルードに連絡を入れます。スミレ、発生源を特定できますか?」


「やってみます」



 レイグラーフに頷くとすぐに心の中で精霊たちを呼び出す。

 ねえ皆、魔素の循環異常はどこで起こってる?

 パッと姿を表した精霊たちが聖地の中央の方へと飛んでいく。それを追いかけながら声を上げた。



「クランツ! こっちに集中するから魔物が出たらお願い!」


「承知!」



 すぐ後ろで返事が聞こえる。頼もしい! いつもこうしてクランツが背後を守ってくれてるから、わたしはいつだってどこへでも駆け出せるよ!

 石壇の脇を通り過ぎ、巨木と巨岩が見えてきた。

 え、……まさか樹翁!? 嘘でしょ、この前治したばっかなのに!


 精霊たちが空中に止まっているのを見て、ゆるゆるとわたしも足を止める。樹翁ではなかった。巨岩の下部分に下向きの矢印のアイコンが浮かんでいる。

 魔素の循環異常の発生源は、巨岩の下? しかも巨岩の下あたりの地面、微妙に黒い気がする。前回来た時はこんな風じゃなかったよね?

 とりあえず状態を見てみようと巨岩にそっと手で触れて、即座に手を離した。

 前回挨拶しようと触れた時も岩肌は驚く程冷たかったがそれだけだった。だけど今回は、触れた瞬間全身にゾッと悪寒が走った。袖をまくったら腕に鳥肌が立っている。

 何これ!?と思う間もなく、矢印のアイコンの脇に文字が表示された。



《聖地の傷》



「うわ……ッ!! く、クランツ、大変だよ! レイ先生、早く来てください!」



 聖地の傷って何!? こんなの前回魔力を流した時には出なかったのに。どう見てもヤバそう、カンベンして!

 でも文字の脇に三角形のアイコンが出ている。解決方法があるんだ、良かった!

 すぐに視線でタップすると「癒す」「調べる」の2つが表示された。「癒す」の方には魔法の『四素再生』が表示されて、それは予想どおりだったのでいいんだけど、「調べる」の方は何故か『霊体化』が表示されている。

 ……『霊体化』で聖地の傷を調べるの? どうやって??


 混乱しているところへ、レイグラーフが飛行魔術で文字どおり飛んできた。わたしの大声を聞いてクランツがすぐ伝言を飛ばしたから、大急ぎで来たのかグニラを脇に抱えている。手を叩かれて下ろしたけど。

 魔王以外の飛行魔術を見たのは初めてだな、なんてどうでもいいことが頭に思い浮かぶ。緊急事態だというのに、集中しろわたし!



「レイ先生、この岩の下に聖地の傷があるみたいです」


「聖地の傷? 一体何なのでしょう……。長はご存知ですか?」


「いいや、わたしも聞いたことはない。スミレちゃん、その聖地の傷というのは確実にあるのかね?」


「はい。単なる勘じゃなくて確信があります。証拠とかはお見せできないんですけど、間違いないと思います」



 ネトゲのシステムは間違わない。だから聖地の傷とやらは確実にここにあるはずだ。だけど、何かしら裏付けは必要だろう。ブルーノ以外にも裏付けを求める人はきっといるだろうし。

 裏付け……そうか、直に見てこいってことか。『霊体化』して、巨岩や地面をすり抜けて。



「どうやら『レイタイカ』すれば聖地の傷を調べられるようなんです。試してみてもいいですか」


「霊体化? まさかスミレ、岩の中に入る気なのですか!? いけません、どんな危険があるかわからないのですよ!?」


「落ち着かぬか、レイグラーフ。スミレちゃんもじゃ。ルードヴィグらが来ておらんのに勝手なことをするのはわたしが許さん。もうじき到着するらしいから、少しお待ち」


「グニラ刀自のおっしゃるとおりですよ。──ほら、飛んで来る姿が見えます。カシュパルとアディ翁ですね。将軍や魔王は地上を来るのでしょうか」



 クランツが指差す方向を見ると、青竜と黒竜が聖地上空へ現れた。わたしたちを見付けたらしく、近くへ降下するつもりなのかホバリング体勢に入る。

 おお~、カシュパルの青竜以外は初めて見るなぁ。黒竜もかっこいい。

 竜化を解いたカシュパル、アディエルソンと挨拶を交わしていると、今度は鈍色の巨狼が駆け込んできた。その後に飛行魔術で魔王とスティーグ、シーグバーンが続く。

 あれ、獣人族部族長がいない?

 辺りを見回していると、獣化を解いたブルーノが空を見上げた。



「お、来た来た。うちの長は飛ぶの速い種族じゃねぇからなぁ」


「いやいや、移動手段があるだけマシじゃろうて」


「何だじじい、二本足以外の移動手段を持たぬわたしへの嫌味かえ?」


「まあまあ、婆さま。樹性精霊族はそれが普通なんだから。飛行魔術を覚えようとするレイがおかしいだけだよ」



 老人二人が嫌味の応酬をしているのを聞き流して空を見上げる。

 獣人族部族長は鳥系なのか。……ん? でもあれって……。



「えっ、獣人族部族長ってフラミンゴなんですか!?」

 


 意外だ。てっきり強い肉食系の種族だと思い込んでいた。

 クランツが言うには、鼠やリスのように小さくか弱い種族もいるので、獣人族全体を代表するのに強さで選ぶことはしないのだとか。

 長めの任期に対応できる長寿の種族がいいだろうということで、温厚な鳥系種族から選出されるようになったらしい。鳥って寿命が長いのか、意外だ。でも確かに「鶴は千年」っていうもんなぁ……。

 それなら亀は?と思ったけど、足が遅すぎて視察などの難易度が跳ね上がるので向いてないのだとか。なるほど。


 その獣人族部族長のフラミンゴが淡いピンク色の羽を羽ばたかせながら降りてくる。同じ羽ばたきでも強い風を巻き起こす竜人族やワイバーンと違って優雅だ。

 降り立つと同時に獣化を解いた部族長はすらっとした細身の男性だった。

 グニラやアディエルソンと違って老人ではない。ブルーノと同じくらいの歳だと思うけど、おっさんではなくおじさまと呼びたい雰囲気。

 淡いピンク色のふんわりウェーブした長い髪に、オレンジがかったピンクのインナーカラーがおしゃれだ。細身&ロングヘア―だからシェスティンと似た系統だけど、こちらはオネエじゃなくきっちり男性らしさがある。

 種族も容姿も意外だったせいで、ついぼーっと見ていたのだけど、ふと目が合った途端微笑みかけられて、思わず背筋が伸びた。

 ハッ! 初対面なのに挨拶もしないまま不躾にジロジロ見てしまったよ! 失礼じゃないの!

 焦るわたしを気にする様子もなく、獣人族部族長がススッと近寄ってきて声を掛けてきた。



「初めまして、聖女のお嬢さん。私は獣人族部族長のニクラス。スミレさんと呼んでもいいかな?」



 小首を傾げ、スマートに挨拶する。獣化していた時の印象のまま、優雅な立ち居振る舞い。

 わーお、獣人族部族長はイケオジだ。いろいろと意外すぎる。

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