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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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247話 引っ越しの手伝いと恋愛成就の瞬間

「ドローテアさん、おはようございまーす」


「あらスミレ、おはよう。もう来てくれたの。申し出に甘えてしまうけれど、今日明日とお世話になりますね」


「任せてください! じゃあ行ってきまーす」



 ヘッグルンドが4号室へ引っ越して来る日、わたしはマッツとロヴネルの店で朝食を済ますと、ドローテアにひと声掛けてさっそくヘッグルンドの自宅へと向かった。

 ヘッグルンドは小広場の近くに部屋を借りているという。商業ギルド裏手の細い路地沿いにある文具店、その建物の四階に住んでいるのだとか。

 その文具店はPOP用のカードやポスター用の紙などを買いに行ったことがあるので知っている。すぐ傍にはドローテアがよく利用する手芸店もあるので、気付いてなかっただけで案外二人はニアミスしてたんじゃないかな。



「おはようございまーす」


「おはよう」


「おはよう。悪いな、朝早くから」


「いえいえ、ガンガン運びますから任せてくださいね」



 部屋に着いたらヘッグルンドとカフェ店員のネレムが既に作業を始めていた。

 ネレムはスイーツスタンド店員のセディーンの手回しにより、引っ越しの手伝いのために急遽休みになったらしい。

 異性のヘッグルンドとわたしが二人きりで作業するのは魔族のNG的に良くないか。小広場の屋台群のまとめ役なだけあってセディーンはよく気が回るなぁ。さすが調整力の高い魔人族。


 荷物がある程度まとまるまで部屋の隅の椅子に座って待ちながら、不躾にならない範囲で部屋の様子を眺める。

 玄関から入ってすぐの部屋と、奥に寝室。どちらも魔族的にはこぢんまりとしたサイズで、キッチンはなし。一人暮らし専用って感じだから、食事は外食で済ます前提なんだろう。

 家具も少なめだ。同棲するカップルは内装に気合いを入れると聞いたことがあるので、逆に一人暮らしはあまり手を掛けないものなのかもしれない。

 まあ、それでもベッドだけは大きいんだけどね……。魔族社会では二人寝られるのが標準サイズだと、以前物件の下見の時にカシュパルから教えられたけど、本当なんだなぁ。

 そして、手前のドアはトイレ付きのバスルームだろう。王都の建物は全部族・種属対応型だから、湯船もあるはず。サイズはどれくらいか見てみたいけど、さすがに異性の部屋では言い出しにくい。

 バスルームへのドア脇の壁にあるのは、家全体を管理する魔術具かな。

 オーグレーン荘以外の城下町の建物の住居部分を見るのは初めてだから、何だかすごく新鮮だ。


 ……というか、今気付いたけどよく考えたらわたし、城下町の友人たちの家ってオーグレーン荘の両隣り以外は訪問したことないような……。

 エルサの部屋は食堂の従業員エリアにあるから、部外者の立ち入りは良くないかと思って言い出さないまま忘れていた。

 シェスティンのところは工房とキッチンしか入ってない。いくらオネエさま相手でも、一応異性なのでNGに引っ掛かりそうだし。

 ミルドなんて最近まで家の場所すら知らなかった。まあ、彼の場合はいろいろと女性トラブルに悩まされてきたと知ってたから、互いに打ち明け話をするまでは敢えて聞かなかったんだけど。

 よし、エルサに今度遊びに行ってもいいか聞いてみよう。もしダメだったらあんこ菓子の店を独立した後でいいや。

 今ToDoリストには調合修業でカンストを目指すことしかないから「友達の家へ遊びに行く」を足そうか。小学生みたいで恥ずかしいけど、ToDoリストにやりたいことを追加していくのは楽しい。

 それに、イスフェルトの件も片付いたことだし、そろそろ海辺の里に行きたいと希望を出してみてもいいかもしれない。魔族軍の第二兵団の駐屯地があるらしいから、まずはブルーノに相談してみようか。


 そんなことを考えている間に運ぶものがまとまったようだ。

 まずは衣類が詰まった袋と靴が入った箱が数個ずつ。それらを空間を歪める魔術具のバッグに入れるように見せかけてどこでもストレージへしまい、オーグレーン荘へ向かう。

 今日一日で何往復することになるかわからないけど、こまめに回復すればいいだけだから平気だ。魔術と魔法、マジで便利。

 4号室へ戻ると、内装屋が来ていて二階にチェストを納めていた。ソファーや一人掛け用の肘掛け付きソファーなども入れ替えるそうで、今はカーテンについて話し合っているらしい。

 おお~、単にヘッグルンドが引っ越すだけじゃなくて内装もいじるのか。同棲するカップルが内装に気合いを入れるっていうのは本当なんだなぁ。

 優しい色合いでコーディネートされていた応接間もヘッグルンドの好みを加味したものに変えるため、ソファーに置くクッションやランチョンマットなどお手製の品々も新しく作るそうな。

 近いうちに手芸屋へ材料を買いに行くと言うドローテアに、明日一緒に行こうと持ち掛ける。

 明日はヘッグルンドが仕事でいないので、細々とした片付けをするドローテアを手伝うつもりだったから、荷物持ちを引き受けると言ったら喜ばれた。

 ドローテアが楽しそうに新しい暮らしの準備をしていてわたしも嬉しくなる。彼女には幸せになってもらいたいもんね。



 荷物をどんどん運び出し、引っ越しは無事済んだ。

 印象的だったのは、ヘッグルンドが茶道具の類を手ずから運んでいたこと。

 この世界はグラフィックに制限があるため使い回しが多く、背景装置的なアイテムは種類も少ない。茶器のセットなんてたったの6種類しかないのに、ヘッグルンドはその6種類のセットをすごく大切にしているんだな……。

 わたしはこの世界のグラフィックの仕様について、ついしょぼいとか使い回しとか思ってしまうけれど、そのアイテムに思い入れを持つ魔族はたくさんいるんだと改めて反省した。

 いや、料理が完成した瞬間既存のグラフィックに置き換わる仕様だけは未だに納得いかないけど。

 普通の魔族の暮らしを垣間見たことでいろんな思いが沸いたし、ToDoリストを更新するきっかけにもなった。引っ越しの手伝いをして良かったな……。





 引っ越しから三日後。

 星の日の定休日の午後に、ファンヌと共にドローテアのお茶会に招かれた。



「あら、カーテン新しくされたんですね。以前とだいぶ雰囲気変わりましたけど、やっぱり一番の変化はドローテアさんのヤルシュカかしら。そのコーデ、よくお似合いです。素敵!」


「まあファンヌったら。いい歳をして少々気恥ずかしいのだけれど、ありがとう、嬉しいわ」



 う~ん、やっぱり年配だと恋愛OKをアピールするヤルシュカは気恥ずかしいものなのか。

 でも、ドローテアがシネーラからヤルシュカに変わった後で気付いたんだけど、実はグニラもヤルシュカ着てるんだよね……。

 1003歳で未だに恋愛OKだなんてすごいよ。生涯現役のままで行くのかもしれないな……。


 今日のお茶会にヘッグルンドはいないけれど、彼が持ち込んできた茶葉が披露され、ファンヌが絶賛していた。

 本人がいる時に披露すればいいのにと思ったけど、お茶好き同士の割りにファンヌとヘッグルンドはそりが合わなそうだった。無理に同席させることもないか。

 お茶菓子には先日試食したキャラメリゼしたナッツ入りのシナモンロールもあって、ファンヌがさっそく食いついている。自分でも作ってターヴィに食べさせるつもりなのかもしれない。

 そういえば、ファンヌがターヴィにお菓子を食べさせるようになってから半年くらい経つ。あまりうるさく訊ねてないんだけど、少しは進展してるのかな。

 2号室への訪問は続いているようだし、恋愛お断りだったターヴィもファンヌに対してはだいぶ警戒心が薄れ、態度も軟化したんじゃないかと思うんだけど。



 そんなことを考えていたからか、お茶会が終わって4号室を出たら、うちのドアの前にターヴィが立っていたので驚いた。



「あら、ターヴィじゃない」


「こんにちは~」


「ああ、どうも」



 ファンヌが声を掛け、わたしが挨拶すると、ターヴィが生返事をしつつこちらへやって来た。何やら難しい顔をしていて、いつもより強面度が増している。

 先日、精霊祭の日の出を見る会で出会った串焼き屋の親父さんもそうだけど、ガタイが良く強面の虎族男性の見た目は本当におっかない。愛想良くしろとは言わないけど、口数が少ないとかなり損すると思う。

 そんな凶悪な表情をしたターヴィがファンヌに訊ねた。



「お茶会は終わったのか?」


「ええ、今から帰るところよ」


「……馬車乗り場まで送っていく」



 ボソッと言ったターヴィの言葉を聞いた瞬間、ファンヌが何か言う前にわたしは速攻で動いた。

 いつもはわたしも馬車乗り場までファンヌを見送りに行く。だけど、──この感じ。これはお邪魔してはいけない。



「じゃっ、わたしはここで! ファンヌまたね!」



 ニカッと笑って手を振ると、ダッシュで家の中へ飛び込みドアを閉めた。その場で『透明化』して、そっと窓から外の様子を窺う。

 ファンヌとターヴィは西通りへと歩き出していた。こちらに背中を向けているので、会話しているのかどうかはわからない。

 二人の間隔は付き合ってない男女の距離だ。あれ~? ターヴィのあの感じは、何かこう……いつもと違うと思ったんだけどなぁ。

 後は若い人たちで、なんて世話好きなおばちゃんみたいなムーブしてしまったかも。うわ、恥ずかしい。後でファンヌから余計な気を回すなって冷え冷えとした伝言が来そう。ひいぃ。

 そんなことを考えてヤバイと焦り出した、その時。



 ふいに二人が足を止めた。

 ターヴィがファンヌに手を差し出す。

 一瞬間があって、ファンヌがターヴィにバッグを手渡した。

 受け取ったバッグを手にぶら下げると、ターヴィはもう片方の手でファンヌの手を取り、再び歩き出して────



 ふおおおお~~ッ!!!

 ちょっと! 見た!?

 何あの、ちょ、魔族の恋愛ってあーゆー風に始まるわけ!? ひゃ──ッ! わかった、今初めてわかったよ! これが魔族の恋愛の機微なんですね!?

 手荷物を託す、託される。たったそれだけの行為だけど、言葉を超えた気持ちが表れているのを感じた。

 「茶道具持たせて」のどこに萌えるんだとか思ってごめん、ドローテアさん。

 ようやくわかったよ。うは~~、これはキュンと来るわ……。はわわ……。


 テンション爆上げしたけど、すぐに我に返って窓の外に背を向けた。

 これ以上見てはいけない。親友の恋が実ったかもしれない瞬間を見てしまったけど、見ていないことにする。

 そうなるといいかな~と思って立ち去っただけで、見てません。見てませんよ、わたしは。

 でもおめでとうファンヌ! 後でゆっくり話聞かせてね!




 その日の夜、お風呂に入りながらファンヌと伝言を交わした。

 結局、ターヴィはバッグを持って馬車乗り場へ送っただけで、決定的な告白とかはなかったらしい。

 ただ、いつもはファンヌから次の休みの予定を訊ねるのを、今日はターヴィから訊ねてきたそうで、ファンヌとしてはそれがとても嬉しかったそうだ。



「人付き合いが苦手で、女性が嫌いで、そんな彼が一歩ずつ歩み寄ってくれているのを実感してるの。ようやくここまで来たんだもの、今更焦らないわ」



 そうクールに言ったファンヌが、何故かわたしを「縁結びの魔術師」と持ち上げだした。

 以前女子会の時にそんな二つ名を付けられたけど、エルサに続いてドローテアやファンヌまでもとなると、わたしもちょっとその気になってしまうなぁ。



 満更でもなくて、にやけながら楽しくおしゃべりを続けた。


 この日がわたしにとって、最後の平穏でのどかな一日になるとも知らずに。

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