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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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246話 4号室に起きた変化

 本祭りの早朝に思わぬ発見と出会いを得て満足したわたしは、ひと眠りした後は家でのんびりと調合三昧に明け暮れた。

 本祭りの午後の空き地は合コン会場と化すから避けるしかないし、カンストへの道のりは遠い。千里の道も一歩からと、明日も定休日なのでみっちり調合するつもりでいる。

 二階の書斎で調合しているので、ふとした時にオーグレーン屋敷の庭が目に入るのだけど、たまたま目をやった時に庭の裏口から出て来るドローテアとヘッグルンドの姿を見掛けた。

 ヘッグルンドがポットの入った籠を手に下げているところを見ると、どうやら東屋でお茶をしてきたらしい。

 そう気付いたらわたしもお茶を飲みたくなった。一旦休憩しよう。



 窓際のソファーに腰を下ろし、ゆっくりとお茶を飲みながらオーグレーン屋敷の庭を眺める。

 東屋でお茶か……。

 わたしが初めてドローテアに誘われてオーグレーン屋敷の庭の東屋でお茶をしたのは、ドローテアとヒュランデルがお茶をしていた時だった。

 せっかくドローテアという共通の知人がいるんだから、ヒュランデルはお茶会に交ざるとかして少しずつ接触してくれれば良かったのにと今更ながら思った。

 今まで全然付き合いのなかった大家が急にサシで接近してきたらビビるに決まってるよ。

 でも、待てなかったんだろうな。わたしは誰かにそこまで強く憧れたことはないけれど、近場にずっと憧れてた聖女がいるとなったら舞い上がってしまうのも無理ないと思えた。

 わたしがドローテアと知り合いだと知った時のヘッグルンドのテンションの上がりっぷりもすごかったからねぇ……。


 そんなことをつらつらと考えているうちに、先程見掛けたヘッグルンドとドローテアの二人に思考が移る。

 ドローテアに想いを寄せているヘッグルンドだけど、赤の精霊祭に引き続き今回もドローテアを誘ったんだろうか。ドローテアに余計なことを言うなと口止めされたので、その後どうなっているのか全然聞いていなかった。

 精霊祭に異性が二人きりで会うのは、恋愛関係にある、もしくはこれから恋愛関係に発展するものと見做されると聞いた。もしかしたらヘッグルンドは恋愛的な意思表示を明確にしたのかもしれない。


 そんなことをぼんやりと考えた。

 まあ、休憩を終えて調合を再開したらあっという間に作業に没頭してしまって、二人のことはすっかり頭から抜けてしまったけれど。




 青の精霊祭から二、三日経った営業日。

 ドローテアから昼休みに食事がてらお茶を飲みに来ないかと伝言が飛んできた。

 ナッツ入りのシナモンロールに少し工夫を加えたので、感想を聞かせて欲しいとのこと。さすがドローテア、新しいお茶菓子のアレンジには余念がない。

 わくわくしながら仕事して、昼になったら即行で戸締り。「休憩中」のドア札を掛け、わたしはいそいそと4号室へ向かった──のだけど。

 ドアを開けて出迎えたドローテアの様子がいつもと違った。



「あれ? ドローテアさん、何でヤルシュカ着て……」



 ヤルシュカは恋愛OKの女性が身につける服だ。自称おばあちゃんでパートナーと死別したドローテアは、わたしの知る限りずっと恋愛お断りのシネーラだったのに。

 疑問がポロリと口から溢れた瞬間、数日前に見た光景が頭をよぎった。

 オーグレーン屋敷の庭の裏口から出てきたドローテアとヘッグルンド。ポットの入った籠を下げていたから、東屋でお茶をしたんだなと思ったんだっけ。

 ……ちょっと待って。あの籠はドローテアの物だ。見覚えがある。でも、男性が女性の荷物を持つのって、カップルと見做されるんじゃなかったっけ?

 シェスティン工房からカタログや看板を持って帰る時だったか、ミルドに荷物持ちを手伝ってもらうことになって、そのNGについて教わった、はず。

 え。ということは、つまり。



「も、もしかして、ヘッグルンドさんと」


「あら。スミレは恋愛に関心なさそうなのに、意外と敏感なのねぇ」


「えええっ!! ま、マジですか……うわ、うわあ! あの、おめでとうございます……って言っていいんですよね?」


「ホホホ、もちろんよ。さあ、詳しく話すから、まずは昼食にしましょ」



 ドローテアとヘッグルンドが付き合い始めた!?

 年齢差550歳のカップル!? ひえええ……いやドローテアは900歳だけどおばあさんって感じじゃないし、素敵な大人の女性でわたしも憧れてるし、魔族の恋愛では800歳差なんてのも普通にあるって聞いてたけども!!

 でもちょっと、頭が追い付かない。……うわあ、マジか……。

 とりあえず、出されたサンドイッチを頬張る。くっ、コンビーフのサンドイッチ大好きなのに全然味がわからん!



「スミレはヘッグルンドさんから聞いてたんですってね。驚いたでしょう?」


「ええ、まあ。あの、二か月くらい前に打ち明けられたんですけど、ドローテアさんには何も言うなって口止めされてて」


「それも聞いたわ。ふふ。彼ね、自信なかったんですって」



 彼、かぁ。

 何だかドローテアの纏う空気が甘い気がする。ふわ~っと甘いミルクティーを飲んだみたいな感じだ。

 どう見ても幸せそうです。もう随分と前になるけど、我が家で催したお茶会で死別したコーヒー好きの元カレの話を聞いた時の、少し物寂しい感じは欠片もない。

 ……良かったなぁ。

 いくら頼み込まれたとはいえ、城下町へ引っ越してからずっとお世話になっているドローテアにヘッグルンドを紹介したのはわたしなんだから。二人の出会いがほろ苦いものじゃなく幸せな方向へと進んだなら、こんなに嬉しいことはない。

 そう思ったら、ようやく少し落ち着いた。サンドイッチを食べながら、ヘッグルンドと付き合うに至った経緯を聞く。

 しばらく前にこの4号室で二人でお茶会をした時に、ドローテアはヘッグルンドから告白されたそうだ。

 もともと青の精霊祭の時にオーグレーン屋敷の庭の東屋でお茶しようと約束してあったので、返事はその時にとなったらしい。



「ヘッグルンドさんね、『もし俺の想いに応えてくれるのなら、東屋へ向かう時にあなたの茶道具を俺に持たせて欲しい』って言ってくれたの」



 ほんのり頬を染めて嬉しそうに語るドローテアが可愛い。だけど、ごめん、全然わからん! 「茶道具持たせて」のどこに萌えろと……。

 いやもちろん、あなたの大切な物を俺も大切にするとか、諸々俺に預けてくれとか、そういう意味だってことくらいはわかるけど、そんなのお茶好き同士にしか伝わんないでしょーっ!? 魔族の恋愛の機微って難しいね……。

 でも、ああそうか。わたしが見掛けたのはカップル成立したてのホヤホヤなタイミングだったんだなぁ。

 ……何か、こっそり見ちゃって申し訳ない気持ちになったので、目撃していたことは黙っておこう。


 話の合間に、食後のお茶と共に本日のメインであるナッツ入りシナモンロールをいただく。

 おお、ナッツがキャラメリゼされてる! 甘くてちょっとほろ苦くて香ばしい、一段と洗練されたシナモンロールになっている。さすがドローテア。

 絶賛と味の感想が一段落すると、再びヘッグルンドとの話に戻る。



「スミレ、心配してくれたんですってね。年齢的にあまり長くは一緒にいられないから、残して逝くわたしが負担に思うんじゃないかと考えたんでしょう?」


「……すみません、余計なことを言ってしまって」


「いいえ、誰もが考えることよ。でも、それも織り込み済みだって言われたわ。わたしもそうだったからよくわかるの。別れがどれだけ辛くても、少しでも長く一緒にいたいのよ。前の彼はわたしが望むだけ傍にいさせてくれた。おかげで最期まで幸せな時を過ごせたわ。わたしもヘッグルンドさんが望むようにしてあげたいの」



 おおお……。意外と言ったら失礼だけど、思っていたよりドローテアの方も好意を寄せているっぽい?

 てっきりヘッグルンドの熱意に押し切られたのかと思ってたよ。

 わたしがそう言ったら、熱意に押されたこと自体は事実だったようで、「あなたの淹れたお茶を毎日飲みたい。そして俺の淹れたお茶を毎日飲んで欲しい。最後の瞬間までそうやって共に過ごそう」と言われたのだとか。

 ドローテア自身も決断するには勇気がいったらしい。でも、悩んだのは一瞬だったと、頬に手を当てながらドローテアは照れくさそうに言った。

 本当に嬉しそうな彼女の姿に、やっぱり恋する女性はいくつになっても可愛いなと思った。

 服装がシネーラからヤルシュカに変わったせいもあるのか、上品さはそのままだけど女性らしさが増した気がする。正直眩しい。



「ねえ、スミレ。元人族のあなたは魔族と比べて寿命が短いから、将来相手に与える負担を思って告白されても受け入れられなかったり、好きな人ができても告白を思い止まったりするかもしれない。でも、勇気を出して。ためらわないで。相互理解を深めるには想いを伝え合うのが基本よ。相手の幸せを勝手に判断しては駄目。そして、あなたの幸せも簡単に諦めては駄目よ?」



 人生の大先輩であるドローテアの言葉が胸に染み入る。

 誰かを幸せにして、自分も幸せになる人の言葉は力強い。

 やっぱりドローテアには憧れるなぁ。わたしも穏やかで芯の強い魔族女性になりたい。





 翌日。朝食済ませたその足で、やって来ましたよ小広場。

 わたしが星の日の定休日にここを訪れると知っていて、ドローテアは昨日打ち明けたらしい。手回し完璧か!



「おはよう皆さん! ちょっと、そこの喫茶スタンド店員! 目を逸らすんじゃない!」


「うるさいぞ! くっそ、ニヤニヤしてこっち見るな!」


「へへへ、ドローテアさんから聞きましたぜ。おめでとうございます。今のお気持ちは?」


「……最高だ。あんたには感謝してる」



 この小広場へ通い出した初期の頃のやらかしのせいで、わたしに塩対応することが多いヘッグルンドだったが、さすがに今日は素直な態度だ。



「定休日だから、陽の日、月の日と引っ越し手伝いますね」


「そうなのか、悪いな」



 昨日のお茶会で、ヘッグルンドが4号室に引っ越してくると聞いて驚いた。一瞬でも時間を無駄にしたくないとヘッグルンドが強く望んだ結果らしい。

 即同棲開始かーい!と思わず突っ込んだけど、非常にヘッグルンドらしいとも言える。

 オーグレーン荘は竜人族の持ち物だし、管理者のヒュランデルとドローテアは旧知の仲だから、即入居の許可が下りたそうだ。

 竜人族のヘッグルンドが転がり込んでくる分には何の問題もないらしく、あっという間に引っ越しの目途が立ったのだとか。


 引っ越しの話を聞いて、わたしは大容量の空間を歪める魔術具のバッグを持っているからと手伝いを申し出た。ドローテアには城下町へ引っ越した当初からお世話になっているから、ぜひとも恩返ししたい。

 実際はネトゲ仕様のどこでもストレージに放り込むんだけど、保護者から借りている物だから又貸しできないということにして、ヘッグルンド宅まで出向いて大きい荷物の運び出しを担当する予定だ。

 ヘッグルンドはシフトの関係で陽の日しか休めないそうなので、陽の日に大きい荷物を一気に運んで、月の日は細々とした片づけを手伝うつもりでいる。

 何気に魔族の引っ越しに参加するのは初めてなので、すごく楽しみだ。



 4号室に新たな住人がやって来る。

 他人事ではあるけど、隣人としてはこの変化にちょっとドキドキしてしまうな。

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