245話 嬉しい報告ラッシュと青の精霊祭
グニラの助言に勇気づけられたわたしは、それ以来元気いっぱい活力モリモリで日々を送っている。
我ながら単純で笑ってしまうけど、精霊たちの信頼を自信の拠り所にするというのはわたしにはすごく効いた。
聖女としての正しさの判断基準を精霊に置くというのはわたしにはとてもわかりやすい。精霊たちの笑顔がバロメーター! いいね!
精霊たちとは今までも仲良く暮らしていたけど、更によく話し掛けるようになった。魔力を使う時には特に声を掛けていて、効率よく魔力を使えるよう手伝ってもらったり、魔力の無駄遣いになってないか見てもらったりしている。
いつかグニラみたいに精霊たちと明確な意思疎通ができるようになりたいというのが、最近秘かに胸の中で掲げた新たな目標だ。
今月末は青の精霊祭で、それに向けての準備がそろそろ始まっている。
里帰りせず精霊祭の時期特有の冒険に出掛ける冒険者たちが消耗品アイテムを求めて来店する中、久しぶりにユーリーンが顔を見せた。
子作りのために部族の里へ戻った彼は、普段は里にある冒険者ギルドの支部の依頼をこなし、イーサクから良さげな依頼の情報を得ると王都へ出て来てギルド本部の依頼を受けている。
そのついでに、時々こうして店に寄っては近況を知らせてくれるのだけど、今日はとても嬉しい報告をしてくれた。
「店長聞いてくれ! 彼女が身ごもった! 子供ができたんだよ!」
「ええっ、もう? わあ、おめでとうございます!」
「ありがとう! いやもう俺嬉しくって!」
里へ戻ってまだ五か月しか経ってないのに、もう子を授かったらしい。魔族は子供ができにくいと聞いていたのにびっくりだ。
しかも、これを機会に結婚するというから心底驚いた。
魔族の恋愛はある一定期間の関係なのが普通で、滅多に結婚には至らない。子を授かりにくい魔族にとって、積極的に子作りするにはパートナーを固定しない方が何かと融通が利くからだ。なのに、結婚するんだなぁ……。
周囲の魔族からは変わり者扱いされるかもしれないけれど、自分だけを見てくれる女性を求めていたユーリーンの心は満たされるだろう。
長年イーサクにコンプレックスを抱き続け、女性にモテることだけに執着していたユーリーン。
オンリーワンを手に入れた彼の幸せがずっと続きますように。
それから三日後。今度はナータンが来店した。
ナータンは相変わらず犬族冒険者集団と行動を共にしていて、主にグローダ討伐の依頼をこなしているらしい。
借りパク事件が解決した後しばらくはバツが悪いのか店には来なかったが、やがて犬族たちと店を訪れるようになった。今では皆と一緒にお茶を飲んでいくこともあるくらいには店の常連と化している。
いつもは犬族と一緒に来るんだけど、珍しく今日は一人で来て、これまた嬉しい報告をしてくれた。
「さっき商業ギルドに行って来たんだけど、俺の借金、ようやく半分になった」
「えっ、もう? すごい、頑張ってるんだね」
「へへ……まあな。将軍に報告したんで、店長にも知らせとこうと思って」
ナータンが借りパク事件で拵えた借金は1万7千D。Bランクでも下位のナータンには相当大きな額の借金だ。
堅実な金策プランを提案したのはわたしだけど、完済には三年くらいかかるだろうと思っていたのに、四か月あまりで半分も返済できるとは思わなかった。
やっぱり犬族と一緒に依頼をこなしていたのが良かったんだろうなぁ。効率の良さだけでなく、モチベーション維持の面でも。取り巻きを連れ歩いていたくらいだから、ああ見えて結構寂しがりなんだろうし。
嬉しい報告が続く中、調合がついにレベル9に到達した。
レベル9で実績解除が来ないかなと少しだけ期待していたんだけど、残念ながら実績解除はカンスト時のもよう。
地道に頑張るしかないのはこれまでと同じとはいえ、レベルが上がるにつれて必要な経験値は増えていくから、レベル10に上げるのはかなりきついだろう。
そういう意味では、カンスト時の楽しみがある分だけ励みになるとも言える。
もし今回のレベルアップで実績解除されたら、そこで調合修業をやめてしまったかもしれない。そしたらレイグラーフに提供するデータがレベル9止まりになってしまうもの。10まで上げるモチベーションが維持できて良かったと思おう。
昼は雑貨屋の仕事に精を出し、夜はカンスト目指して調合修業に励む日々を過ごす中、青の精霊祭を迎えた。
一年前の青の精霊祭の時はまだ異世界召喚のショックから立ち直ってなくて、自室に一人閉じこもっていたから祭りがあったことも知らなかった。
これでついに四つの精霊祭すべてに参加したのかと思うと感慨深い。
今回の精霊祭は宵祭りの午前中に離宮へ里帰りして、昼食時に“部族長を囲む魔人族と魔王族の食事会”を開いた。
名前が長いので“魔王を囲む食事会”でいいんじゃないかと前から思ってるんだけど、魔族は部族や種族を大事にするから、略すとファンヌに叱られそうなので口には出してない。黙っておくのが正解と思う。
「それで、今夜も真夜中に北の広場へ草性精霊族の舞を見に行くつもりなの?」
「うん。たぶんなんだけど、あの舞、季節によって違いがあるんじゃないかと思ってて。まだ黒と赤の精霊祭しか見てないから、全季節コンプリートするつもり」
「精霊祭の日に他部族・他種族の催しを見るために深夜の城下町を一人でうろつく若い女性なんて、スミレさんくらいでしょうに。本当に変わってますねぇ」
ファンヌもスティーグも若干呆れたように言うけれど、わたしが城下町で一人でも精霊祭を楽しんでいることを喜んでくれている。
そして、魔王はと言えば。
「ふむ。それは興味深いな。私も一度見てみるか」
「本当ですか!? もし行かれるなら一緒に行きましょうよ!」
「ちょっとスミレ! それは駄目よ!」
「そうですねぇ、それはちょっと問題ありますねぇ」
「ええ~~」
何でも、精霊祭の日に異性と二人きりで過ごすのは恋愛関係にある、もしくはこれから恋愛関係になる意志があると見做されるそうで、要するに魔族の恋愛NGに抵触してしまうのだとか。
ハイハイ、どうせそんなことだろうと思いましたよ。
でもまあ、確かに真夜中とはいえ広場には人目もあるから、魔王と二人でというのは確かに不味いだろう。噂になったりしたら申し訳ないし。
「ですが、人目につかないところでなら、ルードとスミレさんが精霊祭の日に二人で過ごしても大目に見ますよ」
「ちょっと、スティーグ」
「私はスミレさんが精霊祭の日に二人で過ごしたいと思うような相手ができるのは喜ばしいことだと思ってますのでねぇ」
「ヘッ!? ちょ、スティーグさん、何言ってるんですか」
「ほう。覚えておくか」
「る、ルード様まで! もう、からかわないでくださいよッ!!」
プンスコしながら文句を言う。
まったくもう、恋愛ネタでからかうのはやめていただきたい。恋愛とは縁遠くなり過ぎて、どうリアクションしたらいいかわからないよ。
からかわれたり不貞腐れたりしつつも楽しく食事会を終え、わたしは離宮を後にした。帰りの馬車を途中で降り、北の空き地でいろんな集まりを見て歩く。
毎回思うんだけど、お祭りなのに屋台がないのが寂しい。まあ、屋台を出すとなると誰かが働かなくちゃいけなくなるから難しいのはわかるけど。
家に帰ったら裏庭で火を焚き、精霊たちと火の周りを回りながらフォークダンスを踊る。これも食事会と同じく精霊祭の恒例行事だ。
深夜に再び北の空き地へ出掛け、草性精霊族の舞を見る。月明かりの下で静かに舞い踊る様は、本当にいつ見ても美しい。
夜に花を咲かせる多年草の種族なんじゃないかと思っているんだけど、何となくレイグラーフにもグニラにも聞かないままでいる。知らないままの方が神秘的なような気がして。
月光と、ふわりふわりと優雅に踊る、無音の舞。この幻想的な光景を魔王と見たかった。いつか一緒に見れるといいな……。
草性精霊族が解散するまで延々と見続けて、一旦帰宅。仮眠を取って、再び北の空き地へやって来た。もちろん眠い。だけど『寝不足』の状態異常は魔法か魔術で回復してしまえばいいのさ~。
宵祭りは毎回最後まで舞を見るせいで寝るのが遅くなるため、二日目の本祭りは朝寝坊していた。それに、午後からは部族・種族問わないパートナー募集中の人たちの集いが開かれるので避けている。だから、今まであまり見たことがない本祭りの空き地の様子も見て見たかったのだ。
前回はオーグレーン荘の屋上に上がって日の入りと日の出を見た。空き地のスケジュールによると、夜明け前から早朝あたりは利用予定が何も入っていない。どうせなら北の空き地で日の出を見ようと思ってやって来た──のだけど。
もしかしたら他にも日の出を見に来る人がいるかもしれないと思っていたら、やはり何人かそれらしき人たちの姿があった。
遠巻きにしつつ空き地に入っていくと、その中の一人の女性が近寄ってきて声を掛けられた。
「ねえ、あなたも日の出を見に来たの? 良かったらあちらで一緒に見ない?」
「え、いいんですか? あの、どういった集まりなんでしょう」
「部族や種族の集まりじゃないの。個人でぶらっと来てる人たちばかりだから、そもそも集まりでもないわね。毎回来る人が多いから、何となく顔なじみにはなっているけど」
女性に連れられてその集団に近寄ると、数人からおはようと声を掛けられ挨拶を返す。
確かにパッと見た感じ、部族や種族はバラバラっぽいな──と思いつつ見渡していたら知った顔を見つけた。というか、バッチリ目が合った。
「よう、嬢ちゃん。何であんたがこんなとこにいるんだ」
「親父さんこそ」
何と串焼き屋の虎族の親父さんがいた。
夜明け前の薄暗い中で見る親父さんの強面度はいつもより高く、マジで怖い。他の人たちがいない状態で出会ってたら腰抜かしたかも。
「あら、知り合い?」
「ああ、うちの客だ」
「ええっ、このシネーラ着てるお嬢さんが串焼き専門店の客? 嘘だろ?」
「いえ、本当です。先日もお邪魔しましたよ」
「元人族の亡命者だが正式な魔族だ。変わり者だが悪いヤツじゃねえよ」
親父さんが軽く紹介してくれたおかげで、すんなりとその集団に溶け込めた。
人族を初めて見たという人が多くて珍しがられたけど、あまり口数が多くない人たちで、皆で静かに日の出を待った。
魔族の多くは精霊祭を部族や種族の親しい人たちと過ごす。だけど、そういう交流を嫌がったり避けたがる魔族もいる。
ひっそりと精霊祭を過ごしたいけど、日の出くらいは広い場所で見たいという人がこの空き地にやって来た結果、寄せ集まったのがこの集団ということらしい。
やがて日の出の時間が来た。
赤く染まっていく空はいつ見ても気持ちがいい。スーッと深呼吸を繰り返していると、何だか体の隅々まで魔素が行き渡ったような気持ちになる。
日の出を待っていた人たちは、皆思い思いに時間を過ごすと軽く挨拶を交わして去っていった。
こういう精霊祭の過ごし方もあるんだな……。
「良かったらまたおいでよ」
「はい。ぜひ」
最初に声を掛けてくれた女性がそう言ってくれた。
串焼き屋の親父さんも軽く手を挙げて去っていく。
次もまた来よう。
空腹を訴えるお腹をさすりながら、わたしは家まで走って帰った。
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