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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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243話 一周年記念の買い物と次期魔王との勝負

 魔族国へ来てちょうど一年という日の朝。

 わたしは目を覚ますといつもどおりステータス画面を確認し、ベッドの上でストレッチを済ませ窓を開けた。流れ込む外気に乗って遊ぶ精霊たちを笑顔で眺めながら朝の空気を胸一杯に吸う。

 一年前は、この異世界でこんなに穏やかな朝を迎えられる日々が来るとは予想してもいなかった。

 あれからもう一年も経つのかと思う一方で、たったの一年かとも思う。長かったような短かったような、不思議な気持ちだ。



 ヴィオラ会議の皆にはひと足早く祝ってもらったけど、今日は星の日の定休日なので自分でもひっそりと祝うつもりでいる。

 まずは精霊たちに振る舞う魔力クリームをスペシャルバージョンで作ってみた。

 いつもの「おいしくな~れ」に加えて「甘味マシマシ」と唱えつつ作ったけど、本当に甘さが増したかはわからない。でも、精霊たちも喜んでくれてたし、たぶんいつもよりおいしく仕上がっていると思う。

 そして、次は馬車に乗って買い物をしに四番街へと出掛けた。

 実は、コツコツと地道に頑張った甲斐あって数日前に調合が8にレベルアップした。カンストまであと2つ、それまでには実績解除も来るだろう。そんな風に調合に励んでいたせいか、仕事着のバルボラの袖口が擦り切れてきた。街着クラスのを何着か買いたい。

 買い物なら市場か六番街の方が選択肢は多いんだろうけど、エルフの薬屋と揉めたからしばらくそっち方面へ行くのは避けている。だから四番街というわけだ。

 久しぶりに来た四番街では相変わらず魔族女性をよく見掛ける。カップルが多く住むこのエリアはおしゃれな店や女子受けしそうなものが多いから、服を買うには正解だったかも。


 既存のグラフィック数に限りのあるこのネトゲ仕様において、色やテクスチャが変更できる装備品は比較的自由度が高い。型は同じでも色や柄、材質が違うだけで随分と印象が変わる。あれこれと見て歩くのは楽しい。

 初めてラウノの道具屋を訪れた時、食器類の種類のあまりの少なさに「この異世界ではウィンドウショッピングという楽しみは成立しない」とがっかりした覚えがある。だけど服の類はそうでもなさそうだ。

 今までは特定の業者に注文する形でしか服を買ったことがなかったから気付かなかった。……そうか、わたし、この世界で自分一人で服を買うのは今日が初めてなんだ。しかも自分で稼いだお金で服を買うのも初めてだよ!

 へへへ。嬉しくて、ついにやけてしまうな。魔族国一周年記念にふさわしい買い物になりそう!


 いろいろ見た結果、三着のバルボラを買った。そのうちの一着はふと目に留まった白い無地のバルボラで、本来は別注文で好みの刺繍を施す前提の品らしいのだけど、自分で刺すとか適当に誤魔化して無地のまま買った。

 ゆったりした膝丈のチュニックのような白い無地のバルボラは、何だか元の世界で着ていた服を思い出させる。

 バルボラに合わせて黒いヴィヴィも買う。シンプルなパンツスタイルは好きな服装だ。ちょっとオフィスカジュアルみたいで懐かしい。


 元の世界と魔族社会とでは服やメイクのセンスがかなり違う。華やかな色が溢れているから、もともと好きだったモノトーンなどのシンプルな服装は周囲から浮いてしまうので封印していた。

 服に関しては天才スティーグにお任せするのが一番だと思ってるし、実際今着ている服はどれも気に入っている。ただ、それとは別に、もともと好きだった系統の服もたまには着たいなと思ったので買ってみた。

 白い無地のバルボラと黒のヴィヴィ。これを着て出歩いたら確実に浮いてしまうけど、家の中で着るくらいならいいんじゃないかな。

 でも、ファンヌやエルサに見つかったらダメ出しされそうなので、ワードローブには入れずにどこでもストレージにしまっておこう。


 早く魔族社会に馴染みたいと思うあまり、元の世界を懐かしく思い出すのは後ろ向きなことのように感じていた時もあった。でも、魔族らしくなることと元の自分を捨てることはイコールじゃない。

 魔族のシェスティンが描いた桜と富士山に似た絵を見ていると、魔族らしさとわたしらしさは両立すると思えてくる。変にこだわらず自然体でありたい。

 そんな風に思えるようになったことが嬉しくて、久しぶりに立ち寄ったお気に入りのタルト専門店で奮発してタルトをがっつりと買い込んだ。

 次の二連休の定休日は恒例のお泊り会と女子会があるのでちょうどいい。二日目にはファンヌとドローテアのお茶会に行くし、手土産にもいいだろう。

 お茶会の後はファンヌと一緒に離宮へ帰る。何と、次期魔王候補のシーグバーンとお茶する予定が入ったのだ。そういえば、聖地で会った時にイスフェルト侵攻が片付いたらお茶しようと約束していたんだよね。

 空気を読まないマイペースな彼と会うのは久しぶりだ。ちょっと子供っぽいところがあるから、また魔法を見せろとか何かを挑まれたりしなければいいけど……。

 どうなることやら。





 相変わらず空き時間は調合に励みつつ日々を過ごし、二連休の定休日にお泊り会や女子会やお茶会をたっぷり楽しんだわたしはファンヌと共に離宮へ帰った。

 そしてシーグバーンと再会し、自室に迎えてお茶と会話を楽しんだ。

 ……最初の二十分くらいだけだけど。

 それ以降は、延々と『あっち向いてホイ』に付き合わされている。



「ジャンケンポン! あいこでしょ! あっち向いてホイ! ジャンケンポン! あいこでしょ! あいこでしょ! あっち向いてホイッ!? ぐあああッ、また負けた──ッ!!」


「……ねぇシーグさん、そろそろやめにしない?」


「嫌だ! オレまだ一回も三本先取で勝ってないのに!」


「もう疲れたよ~。せめてちょっと休憩させて」


「そんなの、さっさと回復しなよ。魔法でも魔術でもどっちでもいいからさー」



 空気を読まない次期魔王候補様は相変わらずのマイペースっぷりだ。

 何でこんなことになっているかというと、お茶を飲みながらシーグバーンに元の世界についていろいろと訊ねられた中で、「子供たちは何をして遊ぶの?」という問いに対してジャンケンを紹介したのが事の発端だ。

 何故ジャンケンなのかというと、単に道具なしで体一つでできて、部屋の中でできる遊びを他に思い付かなかったからなんだけど……。子供時代なんてもう二十年前の話だ、ゲーム機なしの遊びなんてパッと思い出せなくても仕方ないと思う。

 ところが、あっち向いてホイのどこが気に入ったのか、シーグバーンがこの遊びに熱中してしまった。

 しかも、別に座ってやればいいのに何故かスタンディング且つオーバーアクションで、やたらとノリノリでやっている。そのノリを相手のわたしにも求めるもんだから、全力でスポーツしているみたいに体力とスタミナが削られていく……。

 いや、比喩じゃないのよ。ステータスバー減ってるもん。

 こんなことに回復魔法使っていいの? 魔素の無駄遣いじゃないのかこれは。

 そういえばシーグバーンは負けず嫌いだったなと、聖地で初めて会った時のことを思い出す。前回煽り過ぎたか……しまったな……。



「とにかく、一旦休憩! しないならもうあっち向いてホイしない!」


「ちぇーッ。しょうがないなあ、スミレは我儘なんだからー」


「誰がだよ」



 つい突っ込みを入れてしまった。

 うう、面倒くさい。全力で誰かに擦り付けたい。



「もう、そんなにやりたいなら、子供の遊びなんだから里の子供とやればいいじゃない」


「う~ん、教えてあげるのはいいけど、全員とプレイするのは大変そうだなあ。それに、一対一だと結局誰が一番強いかはっきりしないから揉めそうな気もする。そこをどうクリアするか考えてからじゃないと不味いかも」


「……そっか。余計なこと教えるなって里の人に叱られるかな」


「いや、この遊びは集中力が鍛えられるから教育的にもいいと思うぞ。魔力を扱うには集中力が重要だから、子供のうちから鍛えれば魔力の扱いも上達する。楽しみながら能力を上げられそうだから、オレは子供たちに教えてやりたい」



 全力で遊び倒していたシーグバーンの口から「教育」なんて言葉が出て来たので驚いた。

 ちゃんと為政者っぽい視点も持ってるんだね。魔人族の部族長代理をやってるんだから当然か。ごめん、手のかかる弟みたいな言動ばかりしてるから、ちょっと見くびってたよ。

 お詫びを兼ねて、大人数で対戦して最強を決めるのに適した方法として、総当たりのリーグ戦方式とトーナメント方式の二つを伝授した。

 紙に書いて説明したらシーグバーンはすぐに理解して、里へ帰ったらさっそく試してみると言って大喜びで紙をポケットにしまった。



「あっち向いてホイは部族や種族を問わないところがいいよな。ヒト型化すれば皆楽しめるから大人の魔族もきっと気に入るぞ。なかなか難しいんだ、全部族が楽しく競い合うのって」


「部族や種族によって体の造りや能力がかなり違うみたいだもんね。……あっ、そうだ。もし魔人族の子供たちの集中力強化に効果あったら、火の精霊族にも教えてあげてくれない?」


「いいけど、何で?」



 わたしは以前火の精霊族の里を訪れた時のことを話した。

 食堂で料理を待っている間に他のテーブルの会話が聞こえてきた。子供たちがヒト型化の練習をしているんだけど、集中力が続かなくてなかなかうまく行かない、教えるのに苦労してるというような内容だった。

 火の精霊族は種族長ですら全裸のゆる~いヒト型化しかしてなかったし、ヒト型化が苦手な人が多いのかもしれない。

 でも、もしあっち向いてホイが気に入ったら、遊びながらヒト型化を続ける練習ができるんじゃないかな。



「確かに~。グー、チョキ、パーがしっかりできないとジャンケンは勝負にならないもんね!」


「ただ、精霊族は保守的だって聞いてるし、慣例にないことは嫌がるかもしれないから、無理強いはしないでね」


「わかった。でも、慣例じゃなくても良い効果が見込めるなら導入するべきだろ。そこらへんは柔軟に対応していかないとな」


「おお~。頼もしーい」


「ヘヘッ、見てろよ。対戦しまくって腕を上げてやるからな! 次に会う時にはスミレをこてんぱんにしてやるぜーッ!」



 さすが次期魔王!と見直したのに、最後のひと言で台無しだよ……。

 シーグバーンの株価、乱高下激しすぎる。


 それでも、ご機嫌になったシーグバーンはそろそろ時間だからとすんなり帰っていった。

 ふう、休憩済んだらまたあっち向いてホイを再開されるかとヒヤヒヤしていたので、そうならずに済んでホッとしたよ。




 だけど、その一週間後。

 久しぶりに開催された陽月星同好会で、いきなりグニラに訊かれた。



「スミレちゃん、お前さんシーグ坊に何か言ったかね? 火の精霊族の里で騒ぎが起きておるんじゃが」



 ……シーグバーン!

 無理強いしないでって言ったのに、何やったのよ──ッ!?

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