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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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241話 イスフェルト関連最終報告会

 ミルドと互いに打ち明け話をして、だいぶ気持ちが落ち着いた。苦しみを抱えながらも大好きな冒険に邁進する彼の姿に励まされたし、そんな彼の友人としてふさわしい自分になりたいと気合いが入った。

 とは言っても、朝夕に居間の窓を開け閉めする際にオーグレーン屋敷が目に入ると罪悪感や自責の念が頭に浮かんだりする。やはりまだしばらくは呑み込めそうもない。

 だけど、その度に「今は放置」と自分に言い聞かせている。一生呑み込めないままで終わるかもしれないんだ、焦っても仕方ない。

 大家の件ではかなり凹んだし自己嫌悪の度合いも大きかった。ただ、聖女という役職について理解を深められたし、聖女としての自覚のようなものも芽生えた。悪いことばかりじゃなかったと今は思う。

 聖女召喚の魔法陣は消滅した。この世界に二度と聖女は現れない。わたしは最後の聖女なんだ。

 グニラや樹翁(じゅおう)の状態異常を治したように、聖女の回復魔法で誰かを癒せるなら迷わず癒そう。そして、魔素の循環異常が発生した時は、魔素の循環異常を回復できる唯一の魔法『四素(しそ)再生』でわたしが癒すんだ。



 そんな決意をわたしはヴィオラ会議の皆に伝えた。

 二連休の定休日、里帰りして参加したイスフェルト関連の最終報告会の冒頭で、まずは先日の大家との一件に関してお礼を伝え、まだ諸々呑み込めてはいないけれど、魔素の循環異常が発生した時には自分を投入して欲しいという希望を伝えた。

 魔王はいつものように「わかった」とあっさりと了承してくれたけれど、レイグラーフから待ったがかかった。

 アディエルソンとの面談が入る前に自宅へ戻った彼は、後でわたしが面談中に号泣したことを知って傍にいなかったことをひどく後悔したらしい。



「スミレ、あなたはほんの数日前にあれほどショックを受けたばかりではないですか。辛い思いをしたばかりなのに、今すぐ結論を出すことはありません。もう少し落ち着いてからゆっくり考えてもいいのではないでしょうか」


「大丈夫ですよ、レイ先生。自分を追い詰めたりしてませんから。それにルード様には以前から魔素の循環異常が発生したら教えてくださいとお伝えしてましたし」


「自分は聖女なんだからそうするべきとか、聖女召喚の魔法陣を壊した責任を取るためにとか、そういうんじゃねぇんだな?」


「えっと、最後の聖女としてちゃんと勤めを果たしたいとは思ってます。ただ、責任感からっていうわけじゃなくて、単になるべくシンプルに考えた結果というか。聖女の力をどう使うかってことと、聖女として求められることにどう対応するかは別々に考えようと思ったんです。後者は当分結論が出そうにないですから」



 ブルーノがわたしの意思を確認してきたので、今の心境を正直に話した。

 聖女として求められることにはまだ抵抗がある。わたし自身を見てもらえてないように感じてしまうから。だから、聖女信奉者たちへの対応などは今は考えずに放置するつもりだ。

 だけど、自分にできることなら気軽に手を差し伸べる、できる範囲での助力は惜しまない、というのが魔族の流儀だ。だったら、聖女の回復魔法も惜しまず使っていくのが魔族らしいんじゃないか。

 わたしがそう言ったら、なるほどと皆も──もちろんレイグラーフも──すんなりと納得してくれた。

 うん。やっぱり魔族の思考としてはこういう方向が正しいよね。今後も迷った時はこの魔族の流儀で判断していこう。



「まあ、スミレが無理をしてないならいいのでは?」


「そうですねぇ。スミレさんはこれまでもネトゲのアイテムやレシピを提供して魔族国へ貢献しています。そこに聖女の回復魔法が加わるだけだと考えれば、今までのスタンスとそう変わらない気もしますしねぇ」


「はい! まずはそういうライトな感じでいこうかな、と。今までわたしの中で聖女とイスフェルトを切り離して考えるのは難しかったんですけど、仕返しと絶縁宣言をした今、イスフェルトはもう関係ない存在となりました。今後は魔族視点で聖女のことを考えていきたいなと思って」


「じゃあこの話はこの辺で終わらせて、その仕返しと絶縁宣言後の報告会に移ろうよ。ようやく最終的な報告が出揃ったからね。まあ、土壇場で総チェックし直しになって大変だったけど」



 カシュパルの言う総チェックとは、先日の大家との一件でイスフェルトから入ってきた情報の内容や流布の具合に不安を覚えたカシュパルが、念のため風の精霊たちに頼んで情報を持ち帰った者や報告内容を再度チェックし直したらしい。

 一週間前には報告会の日程は決まっていたから、当然報告は既にまとまっていただろうに、それをこの数日で全部チェックし直す羽目になったとは……気の毒すぎる。事の発端が同族だから猶更だ。

 そう同情したのに、一発目のカシュパルの報告を聞いて思わず口をあんぐりと開けてしまった。

 何とカシュパルは、イスフェルト城から撤収し第四兵団の離発着場へ魔王たちを送り届けた後、再びイスフェルト王都へ戻り竜化した諜報部隊の竜人族兵士らと共に城の上空を飛びまくって『落雷』を堪能したというのだ。



「ちょ、何ヒャッハーして楽しんでるんですか!」


「えー? だって長時間の落雷だよ? あんなの目にして僕ら竜人族がジッとしてられるわけないじゃない。さすがに夜の間だけだったけど、もう最っ高に楽しかったよ!」


「……ブルーノさん、良かったんですか?」


「まあ、な。イスフェルトの連中に聖女の姿と声はそれなりに見聞きさせたが、予定よりだいぶ目立つ動きをしただろう? 情報の撹乱にもなるからとカシュパルが強請るんで、仕方ねぇから許可したんだ」



 落雷だけでなく、数頭の竜が城の上空を飛び回り咆哮を上げまくるのが一晩中続き、城だけでなく王都に住む人々をも恐怖に陥れたらしい。竜のインパクトが強すぎて、聖女や演説に関する住民たちの記憶はだいぶ散漫になっているそうだ。

 わたしとしては、最低限王や宰相たちが聖女に嫌われるようなことをしたせいで逃げられたということがイスフェルトの民に伝わればいいし、自分が特定されそうな情報は薄れた方がいいから、竜人族の大暴れによる攪乱効果は確かに助かるんだけど……。

 呆れているわたしに、竜人族兵士を口止めするにも役立ったんだとカシュパルは言った。楽しませてやるから同族には内緒にしなよ?と言って、翌朝になっても鳴りやまないほどの雷については完全に口を閉ざさせたらしい。

 何でも、今回投入された諜報部隊にはあの落雷は魔王の魔術具の実験によるものだと説明してあるそうだ。毎回侵攻を仕掛けてくる人族への懲罰を兼ねて、雷の魔術具の最大出力の実験をイスフェルト城上空で試したということにしてあるのだとか。

 ……『転移』の実験の時もそうだったけど、何でもかんでも「魔王の実験」にしすぎじゃない? それで通ってしまうくらいに魔王はしょっちゅう大規模な実験をやってるの? 魔術具の権威ってそういうモノ??

 しかも、魔術具が暴走したため予想外に長時間雷が収まらなかった、魔術具が暴走した原因が判明せず魔術具の製品化は頓挫したと、あらかじめ竜人族が雷の魔術具を欲しがらないよう言い含めてあるという。

 ……まったく、手回しが良すぎるでしょ……。しかも、今回起用された竜人族兵士はきっちり聖女信奉者を省いてあったというのだから恐れ入る。



「スミレの作戦を聞いた段階で、もしも『落雷』を使う場面があったら竜化した竜人族兵士を投入するのもアリかと思ったんだ。どうせ夜間は情報収集の活動範囲も限られるし、だったらビビらせて、意識を逸らす方に人員を割いたっていいじゃない? そのついでに僕らもちょっと楽しもうかな~ってね」


「おい、計画的だったのかよ。いや、イスフェルト城へ行こうと言い出したこと自体、それ狙いだったんだな?」


「嫌だなぁ。あくまでもスミレが心残りなくスッキリきっぱりイスフェルトに仕返しと絶縁宣言できるようにってのが主目的だってば。第一、僕はイスフェルト城へ寄って王にも仕返ししてやろうって提案はしたけど、『落雷』使うのを提案したのはブルーノでしょ? 僕じゃないよ」



 フフッと笑って目を細めるカシュパルはどう見ても確信犯だ。わたしのために尽力してくれたのは確かなんだろうけど、何ていうかもう、さすが謀略担当、腹黒側近の面目躍如だなと感心するしかない。

 いや、そこはもういいや。それより、カシュパルの報告を聞いて腑に落ちたことがある。



「ヒュランデルさんが、イスフェルトで何頭もの竜が咆哮を響かせながら上空を飛び回っていたらしいと言ってて、変だな、飛んでいたのはカシュパルさんだけなのにって不思議だったんですよ。だいぶ情報が錯綜してるみたいだと思ってたんですけど、事実だったんですね」


「冒険者やオーグレーン商会からも情報を得ていたスミレさんですら正確なことはこの報告会まで掴めてなかったんですから、他の者ではもう何が何やらという感じでしょうねぇ。上手いこと有耶無耶になったようで良かったじゃないですか」



 スティーグがニコニコしながらそう言うんだけど、それでいいの? ブルーノあたりはきっちりさせたがりそうな気がするけど。でも、魔王は概ね良ければOKらしい。いいのか、ならいいや。

 脱力感を覚えつつ、次の報告へ進んでもらった。


 イスフェルト王の権威はだいぶ失墜したらしい。軍関係者や有力貴族らから突き上げを食らったそうで、最近は病と称して引き籠っているそうだ。

 宰相は引責辞任の上で今回の被害回復の方策を一手に押し付けられ、四方の騎士らはその地位を剥奪されただの騎士となり、現在は城の防御力を回復するために魔力を注がされているのだとか。

 イ軍平地から離散した兵士らは『恐怖』が切れた後はそれ程混乱もなく駐屯地へ逃げ帰ったそうだ。だが、軍は侵攻用に徴兵した兵士らを口止め料として兵糧から小麦粉一袋を持たせた上で早々に解散させたという。兵士らの不満が募り、武力蜂起に繋がるのを恐れたようだ。


 うん、こういう報告が聞きたかったんだよ。なのに何で『落雷』を楽しんだ話が先だったのか……。

 たぶん、それだけ人族の優先順位が低いってことなんだろう。カシュパルにとって、人族はとことんどうでもいい存在なんだろうな……。


 報告は更に続く。

 わたしを手当してくれた女官が竜の背の上で口上を述べるわたしの姿を見ていたらしく、あれは確かに聖女様だと証言したそうだ。

 陽月星色の最高位のドレスで着飾ったわたしを見て、ぼこぼこに殴られた姿のわたしと同一人物だと即座に断定できたのか……。それはそれで何かちょっと納得いかないというか、微妙な気持ちになるな……。

 でもまあ、本物の聖女だと認識されたならいいか。ついでに、その女官と一緒に手当してくれた神官長も聖女に振るわれた暴行について証言したそうだし、演説で述べた宰相や四方の騎士らの所業が裏付けられたのなら上々だ。



「ね? やっぱりイスフェルト城まで足を伸ばして良かったでしょ?」


「いや、ね?じゃないですから」



 得意げに言うカシュパルに突っ込みつつ、ホッと息を吐く。

 ひと通り報告を聞き終わったが、とりあえずあの六人は命を脅かされるような悲惨な状況にはなっていないようだ。

 演説の音声を届けた二つの属国はまだ情報収集に留まっているものの、いずれは独立に向けて動き出すだろう。でも、イスフェルトは特に大きな混乱には陥っていない。

 どうやらわたしの仕返しは笑って「ざまあ」と言える範囲に収まったみたいだ。


 うん。これで、本当にイスフェルトと決別できるね。

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