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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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240/289

240話 ミルドとの打ち明け話

 翌朝、わたしはいつもより早めに起きて朝食を済ますと、早々に離宮を出た。昨日は急遽予定外の里帰りとなってしまったけれど、今日は営業日だから開店時間に間に合うよう早く帰らなくては。

 帰りの馬車にはクランツも同乗している。昨日ああいうことが起こったので送ってくれるらしい。里帰りはもうすっかり一人で往き来するのが普通になっていて、クランツに送ってもらうのは久しぶりだ。

 自分がいない時にああいう事態になってしまい、護衛のクランツとしては不本意だっただろう。護身術は役に立ったと伝えたいけれど、喜ばれるかというと微妙な気がしたのでまた今度にしよう。



「一日店にいてもいいのですが」


「大丈夫だって。ありがとうね、クランツ。心配してくれて」


「……まあ、またすぐ里帰りですし、さほど心配はしていません」



 イスフェルト関連の情報が出揃ったから報告会をするそうで、次の二連休の定休日には里帰りする予定になっていた。

 イスフェルトの情報と積極的に接するのはこれを最後にするつもりでいる。

 明日は星の日の定休日だし、ゆっくり休んで報告会に臨むつもりだ。そのうちに気持ちも落ち着くだろう。

 開店時間までに帰宅できたので、手早く開店準備をする。

 店の応接セットでお茶を一杯付き合ってからクランツは帰っていった。

 時々気遣わし気な顔をしていたものの、皮肉屋なところがあるクランツは基本的にわたしを甘やかさない。何も言わず、ただ傍にいてくれたのが嬉しかった。



 その日は読書しながら店番しているフリをして、一日ぼーっと過ごした。

 自省タイムというか、昨日の一件でごちゃごちゃになった頭と心を整理したいんだけど、ちょっと気力が湧かない感じだ。

 帰宅して、二階の窓を開けに行った時にオーグレーン屋敷が目に入り、一瞬で昨日のことを思い出して罪悪感が胸に膨らんでしまった。

 竜人族部族長アディエルソンとの会談で吞み込むと決めたのに、正直全然呑み込めそうにない。どうやって折り合いをつけていけばいいのかわからなくて途方に暮れている。

 納得いかなくても呑み込むしかないなんてこと、元の世界ではいくらでもあったのに。いつの間にこんな弱メンタルになったのか。情けない。

 ただ、以前聖女扱いが嫌だとスティーグに零した時に、自然に折り合いがつくまで聖女のことは放置するように言われたことを思い出した。

 そのアドバイスに従ったおかげで、わたしは最終的に聖女という存在を受け入れられる心境に至れた。

 だから、今回も同じように自然に折り合いがつくまで放置しようと思う。きっといつかは呑み込めるようになるはずだ。




 夕方頃、ふらりとミルドがやって来た。夕飯を一緒に食べようと誘いに来たそうで、閉店までお茶を飲みながらここで時間を潰す気らしい。

 Aランクに昇格して以来、ミルドは少し冒険のペースを落としている。意欲的なのは変わらないものの冒険の質を上げたいそうで、調べ物や本を読むことが増えているみたいだ。

 冒険者ギルド長のソルヴェイのように学校でいくつか中等課程の科目を修めることも考えているらしく、まずはどの科目から受けようかなどと話している。

 やりたいことにまっすぐ突き進んでいるミルドが眩しい。

 わたしの友達はかっこいいや、それに比べてわたしは……と思考が沈みかけて、いかんいかん、放置放置と思い直していると、ふいにミルドがわたしに尋ねた。



「何かあったのか?」


「へっ? 何かって、何?」


「わかんねーけど。元気ねえっつーか、今日のお前覇気がねーよ」



 普段どおりに過ごしていたつもりだし、昼にノイマンの食堂へ行った時にも何も言われなかったから誰も気付いてないと思う。

 でも、友人であり雑貨屋の相談役でもあるミルドは気付いちゃうんだな……。城下町で一番深い付き合いで、一番気を許している相手だから、つい弱さが漏れてしまうのかもしれない。

 パッと見チャラそうだけど、ミルドは出会ったばかりの頃からいつもこちらの気持ちを察してはスッと引いてくれる人だった。だから、わたしが何でもないと言えば追及はしないだろう。

 でも、それは何か違うと思った。ミルドには聖女だということ以外に隠し事をしたくない。機密に抵触しない部分だけなら話してもいいんじゃないか。というか、聞いて欲しい――そう思った。

 口にしたら愚痴になる。散々わたしのために奔走してくれた保護者たちには言えない、聞かせたくない。だけど、口に出して、もう少し呑み込めるくらいになるまで咀嚼したかった。



「あのさ、ちょっと呑み込むしかないことがあって。けど、何ていうか、呑み込むしかないんだけど、呑み込めなくて苦しい……みたいな感じなんだよね」



 ものすごく漠然とした言い方になってしまったけれど、機密だから詳細は話せないし、自分の中でモヤモヤしているものを表現するのは難しかった。

 なのに、ミルドは語彙の足りないわたしの言葉にすんなりと理解を示した。



「そーゆーヤツか。自分じゃどーにもならねーことってキツイよなー」


「……そっか、ミルドも経験あるんだね」


「まあ、こう見えていろいろと苦労してるからな。話してスッキリするなら聞くけど、どーする?」


「うん……かなりボカしてしか話せないけど、聞いてくれる?」



 ある人の、とても大切にしているものを破壊したこと。

 その人と話す機会があり、破壊したものへの思い入れを聞いて罪悪感に苛まれていること。

 事情があって破壊したことは伏せられており、その人は知らないままだから謝罪もできないこと。

 わたしがポツポツと語るのを、ミルドは黙って聞いていた。



「わたしにはそれを壊さなきゃいけない理由があって、今でも破壊したこと自体は後悔してないんだ。けど、やっぱり罪悪感は消せないし、どうにもできなくて苦しい……。でも、甘んじて受けなきゃいけない苦しみだとも思ってて……。こういうのって、やっぱ時が解決するのを待つしかないのかなぁ」



「どーだろ。オレもそーゆー感じで長年呑み込めずに抱えてることがあるけど、全然解決しそーにねーぞ?」


「そっか……。ミルドもつらそうだね」


「ついでだからオレの話も聞いとくか? 機会があったらお前には話そうと思ってたんだ」



 思わぬミルドからの申し出に、つい頷いてしまった。

 そしてそれは、ミルドの女性不信に繋がる悲しい話だった。



 ミルドには子供の頃から想い合っている同じ豹族の女の子がいた。二人とも成人したらパートナーになって、いずれ子作りしようと話し合っていたそうだ。

 しかし、先に成人したミルドは豹族の里の女たちから子作りの誘いの猛攻を受ける。何とか逃げ回り、成人した彼女と一緒に暮らし始めたが、女たちの猛攻の矛先が彼女へと向いてしまった。

 ついには暴力沙汰にまで発展し、彼女を守り切れなかったミルドは彼女の希望を容れてパートナーを解消する。里の者が間に入って調停を行ったものの、ミルドは里の女たちを許さず、一生子作りはしない、里には二度と戻らないと言い捨てて里を去った。


 子供の頃から冒険者を目指していたミルドは、成人してすぐに部族長の推薦状を得て冒険者ギルドに登録していた。里を出たいと願ったミルドの事情が考慮され、Dランクながら城下町へ出る。

 しかし、城下町でも女たちからの誘いは絶えない。部屋まで押し掛けられたりといろいろと面倒事が起こる。依頼を通じて知り合った商会の主に部外者は入れない物件を斡旋され、一番街へと居を移してようやく身の安全とプライバシーを確保できた。

 同時期に知人のAランクから女たちの扱いについてアドバイスを受け、面倒事を回避できる立ち回りを覚えていく。

 Aランクが言うには、逃げるから追われる、全部断ってると却って面倒だ。部屋へ押しかけるヤツは無視してもいいが自宅へ誘う女くらいは受け入れろ。半分を味方につければ、そのうち女たちの間で合意が形成され連携するようになり、しつこいヤツややり過ぎなヤツは淘汰される。お前は適当に遊んでるフリで、面倒を起こさなければ相手してもらえるって空気を作れ。



「……わりと、身も蓋もないアドバイスだね……」


「ハハッ、ホントだよな。でも、そのAランクも同じよーな感じで苦労したらしくて、実際やってみたらうまく行ったってゆーか、面倒事は激減したんだ。追いかけ回されるよりは100倍マシだな。複数の女の間をフラフラしてれば向こうもそんなムキにならねーって学習したし、面倒がないタイプだけ相手にしてたら、しつこかったヤツも自重するよーになった」



 ある程度予想はしていたけれど、ミルドが女性不信になった経緯は思った以上にハードだった。特に、幼馴染の彼女と別れるに至った里での出来事なんかはかなり酷いと思う。

 知り合った当初、わたしに対して警戒を緩めなかったミルド。

 遊んでるから女性の依頼主相手に苦労するんだと揶揄した時、「適当に相手しとかねーと、もっと面倒なことになんの!」と言い捨てたミルド。

 女たちの要望を呑み込めなかったミルドは、今もそれを抱えたままでいるのか。


 ちょうど閉店時間となる頃に、ミルドの話は終わった。

 店を閉め、家中を戸締りして食堂に出掛ける準備を終えると、わたしはミルドに声を掛けた。



「ねえ、ミルド。ハグしていい?」



 慰めたいとか励ましたいとか、言葉にすると陳腐だけど。

 でも、ミルドが抱えてきた傷の痛みを少しでも和らげたいと思った。



「は? 何言ってんのお前」


「友人のハグだよ。わたし、一生ミルドの友達でいる。絶対恋しないから、安心してていいよ」



 そう言って両手を広げたら、ミルドは顔をくしゃっとして笑いながらわたしをハグした。

 背中に回した手でポンポンと叩く。魔王にしてもらうと安心するヤツだよ。

 腕を解いて離れると、ミルドがプハッと吹き出した。



「全然ムラッとこねーな」


「あははっ。こなくていいよ、そんなの」


「オレじゃねーよ。これNGだからホントは言ったら不味いんだけど、お前匂いしねーんだよなぁ。たいていの女は抱き合ったら匂い変わるぜ?」



 わたしが無臭だというのは、以前ブルーノとクランツから聞いている。確か、夜歩きテストの反省会の時にうっかりお誘い案件にヒットしてしまった時だったか。

 これは間違いなくネトゲ仕様のせいだ。一体何のためにあるのかわからない仕様なんだけど、わたしがいつも無臭であることでミルドがホッとしているなら、こんなにありがたい仕様はないよ。


 ミルドの背中をポンと叩く。



「さあ、ご飯食べに行こうよ」


「おー。つーかお前、外ではあんまり気安く体に触るなよ? オレに気があるとか思われたら面倒なことになるからよー」


「うん。気を付けるね」



 自分と親しい女性に敵意を向けられる。それは、ミルドにとって最も辛いことだろう。呑み込めないものを抱えている同士でもある大切な友達に、そんな思いをさせたりしない。



 皆何かを抱えてる。そうやって日々を送っているんだ。

 わたしにだってできるはずだよ。

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