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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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233話 大家からの招待

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


 ここのところ、わたしは食事と小広場以外の外出を控え、なるべく家で過ごしている。

 霧の森と人族エリアへの出入り禁止令は一週間ほど前に解除されたばかり。イスフェルトの侵攻に関する情報が巷に流れてくるのはこれからだ。聖女の噂も入ってくる可能性がある以上、今は極力人目を引きたくない。

 今のところ特に妙な視線を向けられることもないし、杞憂に過ぎないかもしれないけれど、念のため!

 そんなわけで、最近のわたしは家に籠ってひたすら調合修業に勤しんでいる。



 イスフェルト侵攻に向けての準備で気忙しくてあまり調合できず、ひと月以上レベルアップしていなかったせいか、開始早々調合7に上がった。

 ピロポロパ~ンというこの何とも言えないSEを聞くのは久しぶりだ。

 今回のレベルアップで各薬の特大クラスが調合できるようになったので、さっそく『回復薬(特大)』と『特殊回復薬(特大)』を作成する。ちなみに、小や特大などのクラスが指すのは回復量などの薬効のことで、薬瓶のサイズではない。

 薬には、調合レシピが伝わってなくて魔族には作れない「エルフの~」や「精霊の~」が頭につく回復薬・特殊回復薬・毒・解毒剤があるけれど、それらを除いた薬の中では最上級のものが調合可能になったかと思うと感慨深い。


 わたしが調合した薬は聖女のチートのおかげで通常の薬より薬効が高くなる。

 これまでのところ調合レベルが2つ上がる度に薬効が1割ずつ増えていて、今回レベル7に達したことで薬効が4割増しになる可能性が高い。

 聖女という存在に対して拒否感があった頃には、この薬効が上がる現象にも若干わだかまりがあった。でも、こうして調合のレベルアップに伴って薬効が上がっていくなら、それは自分の努力によるものだと思える。

 レベルアップや品質の向上ははっきりと数字で表れるから、成長が目で見えて嬉しい。

 頑張ったら頑張った分だけアップするというのは張り合いがあるよ。



 レイグラーフにレベルアップを報告したら、翌日さっそくクランツが薬の回収に来てくれた。回復薬と特殊回復薬、それに魔物避け香も作っておいたので、きっとレイグラーフは嬉々として検証するだろう。

 回収に来たクランツから、ヴィオラ会議のメンバーの近況を聞く。

 第四兵団の諜報部隊を動かしていたブルーノと、諜報部隊と呼応して風の精霊たちから情報収集していたカシュパルも、ようやく多忙な状態から脱したらしい。

 次の定休日に里帰りして、報告会で詳細を聞くことになった。今のところ特にエグイ話はないらしいので安心して臨める。

 ここのところ、里帰りしても打ち合わせや現場へ出張ることが多くて、のんびり里帰りするのは久しぶりだ。

 それを楽しみにしつつ、実績解除を目指してせっせと調合修業に励もうっと!





 そんな風に調合三昧の日々を送っていたある日、珍しい人物が来店した。オーグレーン屋敷の黒竜の執事だ。

 彼の顔を見るのはいつぶりだろう。確か雑貨屋が開店した日に顔を出してくれたから、その時以来か。かれこれ半年以上会っていなかったことになる。



「いらっしゃいませ。いつもお世話になっております。すっかりご無沙汰しておりまして」


「いいえ、私どもこそ。お変わりありませんか」


「はい、おかげ様で」



 大家の代理人といっていい人物のいきなりの登場に、思わず緊張してしまう。

 一応、新年の挨拶くらいは行った方がいいかと思い、ターヴィに聞いてみたら一度も行ったことがないという答えが返ってきた。ドローテアに聞いても必要ないと言われたので結局行かなかったのだけど、何だか非常に気まずい。

 それにしても、一体どうしたんだろう。年に一回発生する家賃は年明け早々ちゃんと自動で引き落とされたようで、デモンリンガ経由で知らせが来ているし。

 手広く商売をしているオーグレーン商会が、わざわざうちの店で買うものなんてないと思う。何か用事があるから来たんだろうけど……伝言では言えないような内容なんだろうか。

 疑問に思いつつ挨拶を交わすと、執事はすぐに「実は」と本題に入った。



「私どもの会長があなた様を夕食にお招きしたいと申しております。以前から一度お招きしようと考えていたのですが、なかなか都合がつかないまま、ご入居から既に7か月以上が過ぎてしまいました。大変遅くなり恐縮ですが、あなた様のご都合がよろしければどうぞお越し願えませんでしょうか」



 何と、大家であるオーグレーン商会のヒュランデル会長から夕食に招待されてしまった。

 大家と会ったのは入居契約を結んだ日と、屋敷の庭の東屋でドローテアとお茶をしているところへ遭遇した時、その二回きりだ。

 確かに、二度目に会った時に、一度ゆっくり話してみたいから屋敷に招待してもかまわないかと訊かれた覚えがある。わたしは内心ビビりつつも、機会があればぜひとか何とか答えたような……。


 面識の浅い人と、しかも魔族国の物流を担うオーグレーン商会の会長なんていう竜人族の中でもかなり偉い人物と、お食事?

 うわ――ッ! 何その、超緊張するご招待!!

 できれば全力でご辞退申し上げたいんですがががが!?


 ……でも、そんな失礼なことを言えるわけがない。

 そもそも、一度OKと言ってしまってるんだ。ここはひとつ、元の世界で培った社会人スキルで乗り切るしか……!!



「ご招待、ありがとうございます。お日にちを伺ってもよろしいでしょうか」


「本日の7時を予定しております。遅めの時刻で申し訳ないのですが、すぐ近くですし、お帰りの際もしっかりお送りいたしますので、どうぞご安心ください」



 今夜7時!? ちょっ、いくら何でも急すぎない!?

 わたしにも都合というものが……いや、予定は何もないけど、でも心の準備ってものがですね!!



「急な話で大変申し訳ございません。ですが、何分会長は多忙な身でして、本日を逃しますと次はいつになるか見通しが立たないのでございます。ご無理でないようでしたら、ぜひともお受けいただきたく……」



 あわわ……となっているわたしの顔を見て、黒竜の執事はとても申し訳なさそうな顔をした。したんだけども、それでも申し入れを取り下げる様子はない。

 ううう。この人、こんな優し気で丁重な態度のくせに結構押しが強い……。さすがオーグレーン商会と言うべきか。


 結局わたしは、オーグレーン商会会長のご招待という圧と、執事の揺るがない視線に負けて、夕食の招待を受けてしまった。

 元の世界で培った社会人スキルはどこへ行ったんだと自分に問いたいが、よく考えたら偉い人には長い物には巻かれろ式に応対していたような気もする。

 ヘタレのままか、ダメダメだな……。魔族国トップの魔王や魔族軍将軍のブルーノと普通に話してるから、毅然とした対応ができる気になってたわ……。



 ただでさえ面識の浅い偉い人との食事で気が重い上に、自分のヘタレ具合に凹みつつも、いつまでもそんな気分を引き摺ってばかりもいられない。

 執事が帰った後、すぐにワードローブの中身を頭に浮かべ、今夜着ていく服装について考える。

 もちろんシネーラ一択なんだけど、そのシネーラにも街着、よそ行き、最上級といろいろあるのだ。それに、今回は面識の浅い異性との食事だから、魔族のNGにもしっかり対応しなければならない。

 相手の髪や目の色と同じ色は身に着けない方がいいな。ヒュランデルは赤竜だから、両方とも赤か。赤は避けるとして、ご招待だしよそ行きのシネーラを着て行こう。オーグレーン商会は竜人族直属の事業体で、屋敷は竜人族の王都での拠点でもあるけれど、最上級シネーラは城用だ。さすがにそこまでの格は必要ないだろう。

 スティーグに相談しようかとも考えたけれど、今日はオシャレが目的じゃないからやめにした。むしろ今日は年寄りくさいと言われたわたしのセンスで臨む方がいいと思う。


 閉店時間になったらササッと店を閉め、急いで支度をした。

 焦げ茶色の生地にからし色の幾何学模様の刺繍が入ったよそ行きのシネーラに、ベージュのスカーフ。スカーフは挨拶後に外すつもり。

 茶系のバッグとブーツを合わせて、鏡で確認。色とりどりな魔族社会の感覚からするとかなり地味だけど、今回はこれくらいでいいだろう。

 そろそろ出掛けようかという時間に、馬車の音がして家の前に止まった。まさかと思ってドアを開けたら、オーグレーン屋敷から差し向けられた馬車だという。

 歩いて10分くらいなのに馬車が迎えが来るとは思わなかったよ……。さすがにちょっと大げさ過ぎない? 行き届いているんだか何だか、よくわからないなぁ。


 それはともかく、気を遣ってくれていることはよくわかった。失礼のないように気を付けつつも、厚意はありがたく頂戴して楽しく夕食をご馳走になろう。

 何せ、わたしはこのオーグレーン荘で毎日楽しく快適な暮らしを送らせてもらっている。大家さんにはとても感謝しているのだ。

 ただし、話す内容には気を付けて。亡命や人族に関することは秘匿するよう保護者たちに言われているという設定なのでね――っと、そういえば。

 相手は竜人族。鱗持ちなんだから、そっちのNGにも気を付けなくては。見えるところに鱗があってもジロジロ見ないこと!

 あと、以前ブルーノに言われたヤツも! 獣人族と竜人族の異性の前では「いい匂い」と言ってはいけない。食事するんだから、うっかり口から出ないよう重々気を付けなければ。




 そんな感じで緊張して訪れたオーグレーン屋敷だったんだけど、食事自体は比較的落ち着いてできたと思う。

 何故かというと、招待主である大家のヒュランデル会長の方が明らかにわたしよりテンパっていたからだ。



「よく来てくださいました! 急にお誘いして本当に申し訳ない! ですが、招待を受けてもらえたと聞いて私は嬉しくて小躍りしましたよ! 今日はもうもの凄い速さで仕事を片付けまして! ええ、何があろうと7時までには絶対に万全を整えるべく、それはもう! さあさあ、どうぞこちらへ――うぐっ」



 広い応接室へ通されヒュランデルと顔を合わせた途端、初っ端の挨拶からマシンガントークが炸裂した。かと思えば今度は、食堂へ案内しようと動き出したヒュランデルの足元からガツッという鈍い音が。ぐっと堪える表情から察するに、どうやらテーブルに足をぶつけたらしい。……大丈夫ですか?

 ほら、慌てている人が傍にいるとこっちが冷静にならざるを得なくて、落ち着いてくることってあるでしょ? ああいう感じで、気付いたらいつの間にか緊張がほぐれていたらしい。

 食事中も、オーグレーン商会で扱っている商品の話とかワイバーンによる物流システムの話とか、少し水を向けるだけでヒュランデルが立て板に水の勢いで話してくれるものだから、わたしはほぼ相槌を打ちながら話を聞いているだけで済んでしまったのだ。

 おかげでゆっくりと食事ができたので、それは良かったんだけど。


 ……おかしいなぁ。

 以前東屋で一緒にドローテアのお茶を飲んだ時は、大商人らしくとても堂々としていて、自信に満ち溢れているように見えたんだけど。

 魔族国でトップクラスの商会を任される竜人族の有力人物が、何でこんな高揚して上擦った感じになってるんだろう??

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