232話 恩返しを帳消しにする
誤字報告ありがとうございます。
今年最後の投稿です。来年の初投稿は1月4日(木)の予定です。
「獣人族Sランク二人に助力を頼むですって!?」
「うん。何かね、あの人たち保存庫の食事の件で未だにわたしに恩を感じてくれてるらしいんだよ」
わたしに当てがある部族内で影響力のある獣人族とは、ズバリSランク冒険者の二人だ。
恩を感じてくれているのは本当にありがたいと思う。でも、わたしにはちょっと荷が重いので、何かお願い事でもして解消しようと頭の隅に置いたところだった。
「確かに店長に頼まれればあの二人は力を貸すだろうが、得をするのはエルサと俺だけで店長にはまったくメリットがない。冒険者向けの店をやってるんだ、Sランクの恩は保持しておいた方がいい」
「友達の役に立てるんだから十分なメリットですよ。それに、いつまでも気に掛けてもらうのも悪いし、何かお願い事でもして帳消しにしようと考えてたところだったんです。ちょうどいいから便乗させて欲しいなーと思って」
「相手はSランクだっていうのに軽く言うなあ。だが、部族に影響力を持つのは間違いないぞ。スミレがいいって言うんだから任せたらどうだ?」
ノイマンはわたしの案を後押ししてくれたし、エルサも異存はないみたいだけれど、ヤノルスは躊躇しているようだった。
やはり助力を頼む相手が同業者だというのがネックなんだろうか。自分の彼女のことで頼みごとをするのが気まずいのはわかる。それに、もしかしたら男としての面子もあるかもしれない。
でも、Sランクの二人へ助力を頼むのはあくまで「わたしの友人のエルサ」のためであって、「ヤノルスの彼女のエルサ」のためじゃない。ヤノルスがエルサと付き合っているというのはわたしのお願い事とは無関係だ。
そもそも、ヤノルスがレシピ開発に関わったのだって、エルサの試食を手伝ってもらうためにわたしが頼んだからだ。単なる先行協力者として、わたしからヤノルスの存在を彼らに伝えればいいだけな気がする。
それで、協力者同士での話が始まってから、実は、と切り出せばいいんじゃないだろうか。レシピ開発に協力しているうちに芽生えた恋なのは事実なんだし。
わたしがそう言うと、ヤノルスも納得した。
「それじゃ、彼らに助力を頼んだってエルサに報告した時に、ヤノルスさんと付き合い始めたのを聞いたことにするね」
「わかったわ。……アンタに教わったお菓子だから、アンタのためにもレシピ改善してきちんと世に出そうと思ってたのに、結局アンタの世話になりっぱなしね」
「別にいいじゃーん。わたしはエルサがあんこ菓子のレシピ改善するって言ってくれて嬉しかったし、あんこ菓子売ってるエルサの姿を思い浮かべてニヤニヤしてただけなんで~」
「キモーい。バカねえ、もう。アンタの友情に感動してたのに薄れるでしょ」
「夢叶っちゃうなんて嬉しいな~。フフフフ~ン」
「ニヤけてないで、これ渡しとくからSランク二人に頼む時に試食してもらって。ヤノルスはもうそれ以上食べちゃダメよ」
浮かれるわたしに、エルサは保存庫に入れたあんこ菓子を持たせて帰した。
残りを取り上げられたヤノルスは若干しょんぼりしていたけれど、あんこ菓子の販売店はあなたの願いでもあるんだから我慢して欲しい。
というか、これまでも相当食べてきているはずなのにまだ食べたいのか。本当にあんこ菓子が好きなんだねぇ。
その日のうちに獣人族Sランクと連絡を取った。二人ともそれぞれ冒険に出ていたので、城下町へ戻って来るのを数日待つ。
その間に、ブルーノから伝言が届いた。イスフェルトの騒動が概ね落ち着いたので、霧の森と人族エリアの出入り禁止令を解除するらしい。
「その後の諸々を知りたいなら報告会をするが、特に知りたくないなら無しでもいいぞ」
どうしたいかと聞かれて、わたしは報告会をお願いした。自分で望んで仕返ししたんだ、事の顛末を知る義務がわたしにはあると思う。
それに、あんなに協力してもらったのに、仕返しして気が済んだから後はもう知らんぷりなんて、そんな失礼なことはできない。
月末頃の定休日に里帰りして、その時に詳しく聞かせてもらうことになった。
イスフェルト関連は、そこで本当に終了だな。
そして、城下町へ戻ってきた獣人族Sランクの二人が雑貨屋へ来てくれた。
本当はこちらから出向くべきなんだけど、下手に二番街の店でSランク二人と話し込んでいたら目立ってしまう。
エルフの薬品工房の件を彼らの耳に入れたヤノルスに、店長は目立つことを避けているから工房に乗り込むのはやめてやれと言われたそうで、あちらから店へ行くと言ってくれた。うう、気遣いがありがたい。
獣人族Sランクの彼らには、以前保存庫の食事はどこの店のものかと訊ねられた際にノイマンの食堂を紹介している。
あの時の肉団子の煮込みが気に入って何度か足を運んだそうで、ホール担当のエルサのことも覚えていた。
「ああ、あの兎族の看板娘か。ツインテールの可愛い子だよな」
「はい! そのエルサが新しいお菓子のレシピを完成させたので、独立して店を持ちたいと考えてるんです」
「へえ、若いのにすごいな。新しい菓子って、シナモンロールみたいに見た目も新しいのか?」
「いえ、パンケーキのアレンジになるので見た目はパンケーキと同じです。でも、中身がちょっと違いましてね……。こちらがそのお菓子で、あんこ菓子と呼んでます。どうぞ食べてみてください」
「ふーん、手づかみでいいのか。お、何だこの食感」
「変わった食感だが、うまいなこれ。二番街に店出さねえかな」
おお、あんこ菓子の受けは良いみたいだ。滑り出しは上々だな。
ちょうど店についての発言もあったので、さっそく本題に入る。
「その店なんですけど、店舗物件が空くのにどれくらい時間が掛かるかわからないそうなんです。下手したら何十年も待つことになるって聞いて驚きました」
「あ~、特に飲食関係の物件は滅多に空かねえって聞くよなぁ」
「冒険者は実力さえあればなれるから良かったぜ」
あれから何度かノイマンから話を聞いたのだけれど、城下町での商業関係の就職は、あらかじめ部族に希望の職を伝えておいて、退職予定が出たらそこへ希望者を送り込むという感じらしい。
店長が店を辞める気になった場合は後継者を部族に送ってもらい、引き継ぎしてから辞めることが多いそうだ。
そういうシステムなので、新規参入はかなり難しい。あらかじめ菓子屋に就職してないエルサはかなり不利みたいで、何十年も待つというのもあながち大袈裟な話でもないのだ。
ただし、何らかの伝手があればそちらが優先されることもあるという。
エルサが早々に店を持つにはそれしかない。その「何らかの伝手」、何としても手に入れるぞ!
「でも、せっかく頑張って新しいレシピを完成させたんですから、なるべく早く世に出したいんですよ」
「まあ、当然だよな」
「部族にとっても良い話だから歓迎されるんじゃないか?」
おっ、部族のことに触れてくれた。
よし! いい流れだ、このまま押すぞー!
「ええ。部族の影響力拡大にも役立てたいと考えているみたいです。そこで、獣人族の部族内で影響力を持つお二人に助力していただけないかと、お願いしたくてお越しいただきました。恩を感じてもらっているようなので、それで帳消しにしていただければと思ってます」
「ほー、そういうことか。そりゃ、店長に頼まれりゃ俺たちは喜んで手を貸すが、自分のことじゃなくていいのか?」
「自分で言うのも何だが、Sランクの影響力ってのは結構でかい。もっと有効活用できる場面に取っておくってのもアリだぞ」
「いつまでも恩を感じていただくのも申し訳ないですよ。普通に常連客になってもらえただけで十分恩恵を受けてますから、その辺はもう気にしないでください」
ここも重要なのでしっかり念を押しておく。今回の件に助力してもらうことで恩はチャラにしていただきたい。
そして、自分のことじゃなくてもわたしにとってはとても価値のあることなんだと、しっかり強調しておこう。
「エルサは城下町でできた最初の友達なんです。大事な友達だから、何とか力になりたくて……。少しでも早くお店を持たせてあげたい。彼女が作った新しいお菓子をお店で買って食べたい。何十年なんて、待ってられないんですッ!」
わたしが拳を握り締めて力説したら、Sランクの二人は何かハッとしたような顔をして、二人で顔を見合わせた。
「ちょっと悪い。二人で話させてくれ」
あたふたとした様子で音漏れ防止の結界を張り、話し合いを始めた。チラチラとこちらを見る彼らの表情が少し険しくなってきた気がする。
急に何だろう。何かに気付いたっぽい様子だったけど。
もしかして、店舗物件の枠を融通してもらうというのは、わたしが思っているよりずっと難しい話なんだろうか。
――無理、なのかな。
どうしよう。自信満々で引き受けたのに。
期待させるだけさせておいて、ダメでした、なんて、エルサをがっかりさせてしまう。
「わっ! 店長、そんな心配そうな顔するな!」
「大丈夫だ! あんたの友達の件、俺らが責任持って引き受けてやるから!」
二人は慌てた様子で結界を解除すると、わたしに言い募った。
でも、さっきの懸念あり気な様子は、大丈夫なんて感じじゃなかったと思う。
「……本当ですか? あの、無理はしないでください。恩着せがましいことはしたくないですから。ご迷惑をお掛けするようならお願いは取り下げますので」
「無理じゃないし、迷惑でもない。本当に大丈夫だ」
「ああ、安心して任せてくれ。よし、そうと決まれば、まずは改めてエルサに紹介してくれないか?」
「そうだな。店長、今から食堂へ行ってもいいか彼女に聞いてくれ」
何やら性急な様子でエルサへの取り次ぎを頼まれた。彼らが大丈夫と言うなら、わたしに断る理由なんてない。
急いでエルサに伝言を送って了承を得ると、Sランクの二人とともにノイマンの食堂へ向かう。エルサとSランク二人を紹介し、彼らがエルサに助力を申し出て、エルサが御礼を言っている。
トントン拍子に話が進んで行くのをノイマンと一緒に見守った。
どうやらエルサは無事に伝手を手に入れられたみたいだ。レシピ開発に協力者としてヤノルスが関わっていることもさり気なく伝えられたし、良かったなぁ……。
この時、Sランクの二人は何を焦っていたのか。何故急いでエルサへの助力を進めようとしたのか。
それは彼らが「何十年も待っていられない」というわたしの言葉を、寿命の短い元人族ゆえの言葉だと捉えたからで、自分が死ぬ前に開店を見たいんじゃないかと早とちりしたのが原因らしい。
彼らが「一刻も早く、店長が生きている間に何としても実現してやらねば!」という使命感に駆り立てられたおかげで、エルサの店は通常よりかなり短い期間で整うのだが、わたしがそれを知るのは十数年後のこととなる。
今年一年、本作をお読みくださりありがとうございました。
皆様どうぞ良い年をお迎えください。




